血と嘘塗れの英雄譚   作:ブラートフィッシュ

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凶行の果てに

「……では、ロザイア市は正式にクルセンド共和国に降伏する。市に駐屯する軍は直ちに武装解除し、共和国軍は市民の安全を保障する。これらの点で合意したと考えてよろしいかな?」

 

 ロザイア市庁舎の最上階に位置する一室で。共和国軍の指揮官の言葉に、レオポルト市長は満足そうに頷いた。その表情に敗北の口惜しさなどは微塵も見られず、ただ己の生存が約されたことへの安堵に満ちていた。彼に対する嘲笑を辛うじて抑え込みながら、指揮官――ナゼール・プレヴォーは気取った口調で続ける。

 

「……そういえば、私の部下から聞いた話だが……まだ十代と思わしき少年兵たちが我らに歯向かってきたという。帝国軍はおのような人間を使わなければならないほどに人材難なのか?」

 

「……ああ、タリオンのことか。あれは帝国軍の一部……ごく少数の狂信者たちが作った、お遊び部隊だ。我々ロザイア市とは何の関係もないので、煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わない」

 

「……ごく少数の狂信者……?」

 

「ああ……所詮噂に過ぎないが。”人間を意図的に進化させる実験”とやらを、あのガキ共で行っているとか」

 

 この建物に入ってからずっと退屈さを表に出していたナゼールだったが、この説明には目の色を変えざるを得なかった。身を乗り出しながら追究を試みた彼だったが、突然聞こえた銃声にそれを妨げられる。

 

「誰だ!?」

 

「外です、おそらく山の方かと!」

 

 帝国・共和国を問わず、室内の人間が一斉に窓外に目を向ける。数時間ぶりに響いた銃声は、山間部――市庁舎を望める高台から響いていた。そこには、共和国軍が乗っ取り脅迫に使った砲台が位置している。

 

「貸せ……!」

 

 部下から望遠鏡を奪い取ると、それを覗き込むモーリス。砲台を死守しようとする共和国部隊だが、奇襲だったのかその足並みには乱れがはっきりと見て取れる。彼らを襲う人間たちは、はっきりとは見えないものの、大の大人にしては小柄なようにも見えた。

 

(……あれは……?)

 

 その中の一人、二丁の拳銃を握り戦場を疾駆する人間が、モーリスには妙に気になった。顔が判別できる距離でもないのに、不思議と見覚えがあるようなその姿に彼の視線は引き付けられる。

 

 不意に、望遠鏡の中の青年が振り向いた。まるで己に向けられる視線に感づいたかのような仕草に、モーリスの背筋に冷たい物が走り……次の瞬間、市庁舎に向けられたままの大砲が火を噴いた。

 

 

 

 

 

「下手くそ、外れてるじゃねえか!」

 

「黙れヴィル、二度はねえよ……!」

 

 砲台周辺は地獄と化していた。絶えず銃声や幾重にも交差し、時折爆発音や断末魔が顔を出す。至近距離にいながらもヴィルフリートとハルトナーが叫んでいるのは、それらの雑音を押し返すためだった。

 

「リーゼ、左に三枚!」

 

「わかってる、それより上の……!」

 

「ニュート、エーリヒ、詰め過ぎるな!ディルク、後ろを警戒しろ!」

 

 両手に拳銃を持ってフォールが駆け回る。小銃を抱えてリーゼロッテが地に伏せる。血と土煙が飛び交う中で、次第に攻防はタリオン優位に傾いていた。練度でも数でも勝る共和国軍だが、帝国軍の抵抗は終わったと油断していたこと。そしてタリオンの中に、正規兵すら凌駕する第六感所有者がいたこと。それらが共和国軍を敗走に追い込みつつあった。

 

 その戦闘を背後に、ハルトナーは砲身を調整し続ける。先程放たれた一発目は標的の少し上を叩いた。その一発だけで、彼はこの大砲の癖を理解していた。

 

「言ったろ、二度はないって」

 

 誰にともなく呟いた直後、再び轟音が響く。砲弾は市庁舎の壁にぶつかり、砕き、崩す。その様子を、ヴィルフリートの視力がつぶさに捉えていた。

 

「命中!奴らの集まってる部屋に直撃!」

 

「……まだだ」

 

 その声は、近くにいたヴィルフリートとハルトナーにしか通らなかった。二人の視線を背負いながら、フォールは銃をリロードして声を張り上げる。

 

「まだ生きてるかもしれない、そのまま撃ち続けろ。ここにある弾が尽きるまで」

 

「んなことしたら、あの市庁舎は全壊するぞ!?」

 

「それに何か問題があるのか?」

 

 淡々と答えるフォールに、二人は一瞬顔を見合わせる。それでも、ハルトナーは諦めたように肩を竦め、砲台の方に向き直った。既に共和国兵はほとんどが撤退に移っており、砲撃を続けることにそれほど危険はなかった。何より、今更手を止めたとて、味方を撃った事実は変わらないことを二人も理解していた。

 十数秒後、三発目の砲弾が市庁舎を叩いた。

 

 

 

 

 

「……おー、結構派手にやったなぁ」

 

 数時間後。ほんの少し前まで市庁舎であったそれは、見るも無残な姿に変わっていた。そこに広がるのは、崩れた建物の一部と多数の遺体。一階部分には原型が多少残っているものの、それ以外は瓦礫の山としか形容できない。土埃と血で汚れたそれを蹴り飛ばして、ヴィルフリートは獰猛さの滲む笑みを浮かべる。

 

「よし、じゃあさっさと探すか。タイムリミットは隣街から援軍が来るまで、一番最初に見つけた奴には……」

 

「うるさい、急げ馬鹿」

 

 無常にもそう吐き捨てて、ハルトナーが跡地に飛び込む。肩を竦めながらフォールがそれに続く。一人残されたヴィルフリートは、心底呆れたような顔で二人を見送るも。

 

「……ああもう、くっそ……!」

 

 その余裕は数秒しか持たず、慌てて二人の後を追う。

 

 それからしばらくして。

 

「……おい、フォール!」

 

 己の名を呼ぶ声に、フォールは瓦礫を掻き分ける手を止め振り返った。

 

「見つけたか、ハルト!?」

 

「わからない。だが見た目はかなりそれっぽいと思うが……!」

 

「………………これ、か」

 

 駆け寄ったフォールは、ハルトナーの足元に転がる死体を見て獰猛な笑みを浮かべた。遅れて駆け付けたヴィルフリートも、それを見下ろして僅かに目を見開く。

 

「……その反応は当たりと見ていいんだな?」

 

「ああ、間違いなくな。感謝するよ、ハルト」

 

「……いやちょっと待て、俺は無視か?一緒に探した仲じゃ……」

 

「黙れヴィル。何の成果も挙げられなかった無能にかける言葉はない……と、フォールは言っている」

 

 三人の足元に転がるその死体は、市庁舎の役人らしき装いを血と埃に染めていた。一応は味方のはずのそれにも一切の敬意を払わず、三人はどこまでも年相応な会話を続ける。

 

「……フォール?お前も疲れたか?」

 

「まあ……それなりには。イリスも死んだし……俺も数発もらったし。けど”これ”を見つけられたからな、それだけでだいぶ楽になったよ」

 

「ならよかった……ところで、実際にこれを目の当たりにした感想は?」

 

「…………何も思いつかない。どんな言葉を持ってくれば、この感情を表せるのか見当もつかない」

 

「……要は、この光景を見られたことには感動していて、それとは別にお前には作家の才能がないって認識でいいのか?」

 

「いいよ別に、どうせ君たちには関係ないだろ?仮に俺が本書いたとして、買ってくれるような性格してないし」

 

 不意に、フォールは手にした拳銃を後方に向け構えた。が、その先に立つ人間を見て腕を下ろす。

 

「……あれ、エーリヒだよな?」

 

「多分。少なくとも敵ではない。それよりフォール、始末をつけるならあいつに見られる前の方が」

 

「んー……まあそうだな、せっかくだし」

 

 フォールはしまいかけた銃を握り直し、足元のそれ——モーリス・アイスリーの遺体に向ける。血統上は父親に当たる人間の成れ果て、それと向き合っても彼は動揺一つ見せなかった。右目で慎重に狙いを定めた彼は、一拍置いて引き金を引く。そうして放たれた銃弾は、モーリスの額を正確に撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 ロザイア市で発生した衝突はエーデ帝国の勝利で幕を閉じ、その事件は『ロザイアの戦い』と称されるようになった。その対決から数週間後、帝国軍のある施設の中で。

 

「……は?」

 

 響いたフォールの声に、ルーカス・ゾマー大尉は僅かに眉を顰めた。上官に対する敬意など微塵も含まれていないそれを、どうにか飲み込んだ彼は言葉を続ける。

 

「何度も言わせるな。お前たちタリオンはお咎めなし、近くなんらかの勲章が授与されるだろう」

 

「……それは私も、ですか?」

 

「そうだ、ヴァルトルーデ」

 

 ルーカスの言葉にフォールの視線が揺れる。彼とフォールが関わるようになってからほんの一月ほどだが、ここまで動揺を表に出すフォールは彼にとっても真新しかった。数十秒ほどの沈黙の末、

 

「全部話したはずですが」

 

 虚空に目をやりながらフォールはそう漏らした。

 

「攻撃せずに鉱山まで逃げていても、生還の可能性はあったことも。あの攻撃が味方を狙ったものであることも。それらを全部話した上で、下された処分が勲章授与?」

 

「ああ……何か不満か?」

 

「……いえ。ただ、想定外だっただけです」

 

 抑揚の無い声で呟く彼に、ルーカスは深々とため息を吐く。けれども、彼がフォールに向けた視線には、呆れと共に労う色が浮かんでいた。

 

「お前が味方である帝国臣民を殺したことは確かに罪だろうが、共和国軍を撃退したという功も確かにある。それに比べて、功も無いくせに罪だけある奴が多すぎる。大した抵抗もできずに敗走したロザイア駐留軍、勝手に降伏した市上層部、誰かもわからない内通者……既に首相や軍の上層部は辞任を表明しているが、世論の怒りは収まりそうにない。それ故、政府はシンボルを必要としたんだろう。英雄として讃えられ、臣民の怒りを紛らわせる存在を」

 

「…………」

 

「一人の帝国臣民として話せば……私も、君には感謝している。死んだロザイア市民と関わりのない多くの人間も同じだろう。仮にお前が己を罪人だと感じているなら、今回の栄誉を胸を張って受け入れろ。帝国の勝利の象徴として、英雄として臣民の賞賛を受け止めろ。帝国の安定と結束のためにな」

 

 手元の書類をまとめると、最後にフォールの肩を軽く叩いて、ルーカスは部屋を後にする。一人残されたフォールは、やがて力無く天を仰いだ。

 

「……これから何して生きよ」

 

 多くの人間が死んだタリオンは、おそらく元の形には戻れないだろう。タリオン無き軍に己の居場所があるかは怪しいし、かと言って他に行く場所もない。父親を葬れた以上他にやりたいこともない。指針を失ったまま生きることになった青年は、しばらくの間座り込んでいた。

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