血と嘘塗れの英雄譚   作:ブラートフィッシュ

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忌まわしき故郷へ

「……頭おかしいんすか?」

 

 翌朝。俺たちの部屋に戻ってきたミランは、不満を隠そうともせずにそう吐き捨てた。

 

「あのっすね、AEIが今狙ってるのは私だけなんですよ。現状コーションはそれほどの武力を動かせなさそうですし、あなたがウェルトハーツにいる限り殺害は不可能なんですよ、昨日の件から考えると。なのになんでわざわざ危ない橋渡ろうとするんですか!?」

 

「言ったはずだがわからなかったか?お前を助けられるかもしれない手が思い付い……」

 

「だから、それがおかしいって言ってるんですよ!!」

 

 叫ぶようなその声を最後に、部屋は暫し沈黙に覆われる。あとで隣の部屋に謝ったほうがいいかな、と現実逃避的な思考に走る俺を他所に、ミランは何度か深呼吸する。一瞬落ち着いたかと思ったものの、どうやらそれはリロードに過ぎなかったようで。

 

「どうしてあなたが!私のために危険を冒そうとしてるんですか!あなたにはいるでしょう、守らないといけない恋人が!なのになんで、他の女のためにそんな馬鹿なこと……!!」

 

 彼女の叫び声は、自身の咳き込む音に遮られ霧散した。その背を優しく摩るティーナにすら、ミランは睨むような視線を向ける。何故あの馬鹿を止めないのか、と言わんばかりに。

 

「……ありがとうね、ミランちゃん。あなたがそうやって、フォールや私のことを気にしてくれるのは嬉しいよ。けど……私は、フォールの決断に賛成してるから」

 

「…………」

 

「フォールの策が上手くいけば、コーションって人は失脚して、ミランちゃんはAEIに戻れる……まではいかなくても、生き残ることはできるみたいだから。私も、ミランちゃんには生きていて欲しいし……正直ね、コーションって人は邪魔というか……失脚して欲しいというか……」

 

「……そりゃそうっすよ、あなたの恋人殺そうとしてる奴なんですから」

 

 呆れたように口元を緩めたミランに、ティーナも少し恥ずかしそうに微笑んで。ふと横目でこちらを見ながら言葉を紡いだ。

 

「それにね……こういう時は、背中を押してあげるのが私の仕事だと思うんだ。ほら、小説や劇に出てくる軍人の妻ってそんな感じじゃない?」

 

「……もう軍は辞めたんだけど、俺」

 

「そこなの?否定するところ」

 

 可笑しそうに笑うティーナの背後で、ミランは半ば呆然と立ち尽くしていた。さっきまで叫んでいたのが嘘のように黙り込んだ彼女は、数十秒ほど黙考して。やがて深々とため息を吐くと、俺の方に向き直った。

 

「……わかったっすよ。あなたたちが納得してるなら、私が口を挟むのもおかしいっすから……フォールさん、あなたの計画に乗ってあげます」

 

「そうか、それ……」

 

「ただし、一個だけ条件が」

 

 そう口を挟んで、ミランはこちらを真っ直ぐ見つめる。

 

「もしこの先、私が危機に陥ったとして。それを助けるのに、あなたの命が危険に晒される場合は、絶対に見捨ててください。あなたにも、ティーナさんにも、これ以上迷惑はかけられないっすから」

 

 少しの緩みもない真剣そのものな視線に、俺はただ頷くしかなかった。ミランとティーナが安堵したように顔を見合わせる中、椅子から鞄を拾い上げるとミランを指しながら恋人に呟く。

 

「ティーナ、悪いけどしばらくそいつの面倒見てて」

 

「いいけど……君はどうするの?」

 

「一旦署に行かないと……休暇申請して、銃持ち出す許可取って、それから……」

 

「ちょっ、ちょっと待ってくださいっす……!」

 

 慌てた声で呼び止められ振り返る。困惑と緊張の籠った表情を浮かべながら、ミランは俺に尋ねた。

 

「その、どこに……どこに潜伏してると思ってるんですか、あのスパイ……」

 

「ロザイア」

 

 それだけ言い残して、俺は玄関のドアを押し開けた。

 

 

 

 

 

 昼過ぎのウェルトハーツ駅は、相も変わらず多くの人間でごった返していた。それでも、この時間帯だと下り列車はかなり空いていて。ボックス席を占拠しながら、私たちはホーム上の客を眺めていた。白髪の柔和そうな老夫婦、資産家らしき男とその連れの女、良家の婦人とその侍女……その誰もが私には無い光を放っているのに、今はやけに矮小な存在に見えた。多分その半分くらいは、向かいに座る彼が紡ぐ昔話のせいだろう。

 

「……ま、こういう次第って感じ」

 

「……えーと、つまり……昔監禁されてた恨みを晴らすために父親ぶっ殺そうとしたら、なんやかんやで共和国軍を追い払って英雄になった……ってことっすか?」

 

 平然と頷くフォールさんに思わず頭を抱える。この人が自分とはスケールが違う存在であることは、ずっと前から悟ってはいたけど。あのロザイアの戦い、彼が英雄になったあの戦争の裏にあったのが、そんな個人的な怨恨だったとは。理解はできるが頭に入ってこない、そんな内容を必死に咀嚼する私に、彼は視線一つ向けない。

 

「…………なんていうか……凄いっすね、あなたって人は……ほんとに……」

 

「んー……まあ俺もあんなに都合よくいくとは思ってなかったんだけど。ハルトが上手くやったよ、あれは……あと一応ヴィルも」

 

 流れゆく窓外の景色に目を向けながら、そう語る彼の横顔は楽しそうで。余程仲の良い友人なんだろうな、と微笑ましく思うものの、いつまでも思い出に浸っていられると困るのもまた事実。

 

「……それはそれとして。そろそろ聞かせてもらえませんか?あなたの策とやらを」

 

 コーションの名前自体昨日初めて聞いたような彼が、そいつを失脚させる策を思いついたと言う。容易には信じられない話に目を細めて彼を見つめると、向こうも私が抱える疑いを気取ったのか、雑に髪を掻きながら足を組み替えた。

 

「スパイの処分に成功したら、それは俺たち二人の功績だろ?お前はAEIだから新聞とかには載らないにしても、AEIの上層部は把握するはず……第六感所有者のガキ二人によって、今回の事件が終息したって」

 

「まあ……そうなるっすね」

 

「そうなったら、第六感所有者の価値はAEI内でも上がるはず。そして、そいつらを排除することに躍起になってるコーションの立場は……」

 

「逆に怪しくなる、と。んー……まあ、筋は通ってるような気がしますけど……」

 

 顎に手を当て暫し考え込む。うちの組織内にも親第六感派はいるし、コーションの地位も絶対的なものではないので、失脚させること自体は可能だろう。ロザイアの戦いの話を聞く限り、最近軍で頭角を現しているヴィルフリート・クリューガーという男も第六感持ちらしいし……上層部がそれを知っていれば、コーションの意見を退ける理由になり得る。少々強引ではあるが理屈はわかるし……何より、それ以上のアイディアを私は持っていない。

 

「……仮にそう上手くいくとして。じゃあなんであなたは、スパイがロザイアにいると思ったんですか?」

 

 そう尋ねても、彼は相変わらず窓の外に顔を向けたまま。数秒が流れ、私が急かそうかと悩み始めて、ようやく彼は口だけを動かす。

 

「ラパロの家にあったフィウム。あれの入手ルートをずっと考えて、一つ思いついた。裏ルートなんて知る由もないけど……表ルートなら一つ知っている」

 

「表……って、正規ルートってことですか?」

 

「ああ……ロザイアにデカい軍の病院があって、そこでは他ではやってないような治療……使っていないような薬も使っていて。その中にフィウムも含まれてるって、去年くらいにヴィルが言ってた。俺が知ってるフィウムの搬入ルートはそれだけだから、もうそれに賭けるしかない」

 

 その治療とやらは合法なのか、聞いてみたい気持ちもあったけれど。超法規的捜査が日常のAEIに属している――一応、今のところは――自分が言えたことではないし、元とはいえ軍人の彼も良い顔はしないだろう。飲み込んだその質問の代わりに、彼の膝をつついてこちらを向かせる。

 

「ちょっと思ってはいたんですけど。スパイたちは、帝国の人間を篭絡して協力者にするためにフィウムを使ってたんですよね。けど……それ、フィウムである必要ってあるんすか?別に他の麻薬とか、金で抱き込むとか色仕掛けとか、手はいくらでもあると思うんですけど……軍の監視が厳しいロザイアに入り込んでまで入手する価値ってあるんすかね、あの麻薬に……」

 

「多分だけどさ……軍がロザイアに張ってる警備網って、警察がウェルトハーツに張ってるものと大体同程度だと思うんだよ。で、癪だけどスパイはウェルトハーツに潜入することは余裕でできてる。だからあのスパイは……並大抵の監視を潜り抜ける能力か、そもそも疑われない何かを持ってるんじゃないか?だから下手すると、因果が逆で……フィウムを盗むためにロザイアに拠点を置いてるんじゃなくて、元々ロザイアに拠点を置いていて、盗みやすいからフィウムを使ったとか……そんな理由かも」

 

「……そこまでできるスパイ、私たちの手に負えるんですかね」

 

 そんな無茶苦茶な行動を可能にしてしまう何か、それは第六感なのか、帝国内で有用な立場や地位なのか……首を捻りながら考え込む私に、不意に彼は呟いた。

 

「……あともう一個あった。ロザイアを疑った理由」

 

「それは……なんですか?」

 

「ヘルマンの息子は二年前に俺が殺した。けどヘルマン自身は、あの時ロザイアにいなかった……なのに、あの日の真相を知ってた。ということは誰かがあいつにバラしたわけで……その誰かはロザイア関係者の可能性が高いと思った。以上」

 

 

 

 

 

 エーデ帝国本土において、その秩序維持を担う組織は三つある。帝国陸軍、帝国警察庁、そして帝国維持委員会――通称AEI。これら三組織は水面下で権力争いを続けており、軍対警察の構図は一般臣民にも知れ渡っている。

 

 そんな中、幾つかの都市は特例として一組織の統制下に置かれている。警察が支配しているのがウェルトハーツだとすれば、軍が支配しているのがロザイア。共和国との国境沿いにあるその街は、帝国陸軍の重要な拠点だった。

 

「ミラン、ほらこれ」

 

 彼が投げ渡してきたそれを慌てて受け止める。軍の紋章が輝くそれは、何かの身分証のように見える。

 

「それ持ってれば、この街は基本どこでも入れるってさ。これで捜査には困らないだろ」

 

「……よくもらえましたね、そんなの。元軍人って経歴のおかげっすか?」

 

「どうなんだろうなぁ……どっちかというと、警察に転身した裏切り者扱いされた方が納得はしたんだけど」

 

 昼前という時間にも関わらず、通りを行き来する人数はかなり寂しい。ウェルトハーツと比べるのは酷だとわかってはいるが、あまりに華がないように感じてしまう。時折通り過ぎる軍服姿の男たちも、この街の寒々しさに拍車をかける。

 

 二年前の因縁の地、そして一応の生まれ故郷に帰還した彼は、けれども周囲の景色などには目もくれず。物思いに耽りながら淡々と足を進めるその先には、七階建ての大きな建物がそびえる。後ろから見ると、まるでフォールさんをおびき寄せているようなその建物こそが、私たちの目的地――ロザイア第一軍病院。

 

「……撃ち合う準備はしておけよ」

 

「了解っす」

 

 見舞いにしてはあまりに物騒な言葉を交わして、彼と私はその口の中に飛び込んだ。

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