血と嘘塗れの英雄譚   作:ブラートフィッシュ

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明かされた手札

 エンベルトの家を出てから歩くこと数分。ウェルトハーツにしては客の少ないカフェに入ると、テラス席の隅のテーブルを占拠することに成功した。俺が店員を呼んで注文を伝える間、ミランは頬杖をつきながら心底不満そうにこちらを見上げていたが、店員が去るとほぼ同時に両手を机に叩きつけた。

 

「で、説明してくれるんですよね???一応私たち、仕事中なんですけど」

 

 ……不愉快そうな表情の割には、机を叩く音もこちらを問い詰める声もボリュームは小さめ。一応他の客に配慮しているのか、はたまたそれほど怒っているわけでもないのか。

 

「まあいいだろ、俺の奢りでいいから」

 

「……まあ、帝国の英雄様ならさぞ賞与とかも貰ってるんでしょうね」

 

「…………賭けてもいいけど、お前が想像してるほどは貰ってないぞ」

 

 散々プロパガンダに利用しながら金は惜しむ政府を思って口元が歪む。自分が弱冠十九歳の警察官だということを思えば、それなりに貰っている方なのかもしれないが。それでも、英雄扱いが俺にもたらした不利益を思えば、不満と苛立ちを持ってしまうのも仕方ないことだった。

 

「……やっぱケーキも頼む?」

 

「……ご馳走してくれるのなら、反対する理由もないですけど……とりあえず先に仕事の話をしてください。そのために、わざわざ人の少ないカフェを探していたんでしょう?」

 

 椅子を二本足で揺らしながらも、彼女の視線は油断なく周囲に向けられている。それに安堵するべきか警戒すべきかもわからないまま背もたれに身を投げ出すと、一度深呼吸する。一瞬、この期に及んで浮かんだ躊躇を無理矢理押し退けて口を開く。

 

「……お前が……というよりは、AEIが何を考えてるかは知らないけど。この仕事を本気でこなそうとするなら、最低限信頼が必要だ」

 

「……それは、その……こちらとしても、異論はないですけど」

 

「俺は、俗にいう第六感を持ってる」

 

 ガタン、と小さな音が耳に入る。ついさっきまで椅子で遊んでいた彼女が、目を見開きながら微動だにせずこちらを見つめてくる。その姿が少し小気味いい。勢いに乗って畳みかけようとしたが、背後から聞こえて来た足音に慌てて口を閉じる。

 

「お待たせいたしました。ご注文は以上で?」

 

「ええ、どうも」

 

「それでは、ごゆっくり」

 

 メランジェを二つテーブルに置いて立ち去る店員。それを一瞥してからカップに口をつけると、まろやかなミルクに包まれた苦みが喉を滑り落ちていく。少し苦みに雑味が混ざっているのが気にはなるが……そのおかげで客が少ないと考えれば文句も言えない。

 

「……話を戻しましょうか。あなたが第六感を持っているのはいいとして……それを私に先制で明かす意味あります?この際だから言っちゃいますけど、AEIはあなたの第六感の詳細情報なんて握ってませんよ?」

 

「……それはそれで明かしていいのか?」

 

「まあいいでしょう……多分。この仕事にあたって、明確な秘匿事項以外は話しても良いと聞いているので」

 

 啜りながら目で先を促す彼女に頷いて、カップをソーサーに置く。

 

「お前みたいな歳でAEI所属ってことは、十中八九お前も持ってるだろ?第六感。なら、その情報だけでも交換しないか。それくらいしないと、戦略も何も立てられない」

 

「…………」

 

 無言でカップを置いたミランは、頬杖をつきながら考え込むように目を閉じた。

 

 第六感。一部の人間に見られる、ささやかではあるが理屈では説明のつかない現象。魔法のようでもあり、”勘が鋭いだけ”の一言でも片付けられるその能力は、古来より人々に噂され、崇められてきた。数百年前に流行り病のように流行した魔女狩りを見れば分かるように、それ以上に恐れられてきたことも事実だが。やがて科学が発展するにつれ、その超自然性はますます注目され、やがては国家が主導してその能力を活用しようという動きも水面下で見られ……そうして利用されたのがかつての俺たちであり、現在も利用されているのが今目の前にいるミラン……だと思ったのだが。

 

 さっきから微動だにせず俯くミランに、一抹の不安がよぎる。まさか、実は持ってないけど俺から詳細を聞き出すために持ってるフリでもしようというのか。流石にそろそろ口を挟むか、と思ったタイミングで、ようやく彼女は瞼を開いた。

 

「……いいでしょう。あなたの想像通り、私も第六感所有者っす。というか、私のようなAEIにいる子供は大抵そうだと思いますが……で、どっちから話します?」

 

「……まあ、コインで決めるか。どっちがいい?」

 

「じゃあ……表なら私からで」

 

 彼女の提案に頷くと、ポケットから取り出した銀貨を宙に放る。回転しながら落下するそれを手の甲で受け止めると、そこには皇帝陛下の肖像が煌めいていた。

 

「……俺からかよ」

 

「ご愁傷様でーす……じゃあ、どうぞ」

 

 途端に楽しそうに笑う彼女に舌打ちすると、一つため息を吐いて。

 

「……俺の第六感は、視線の逆探知。誰かが俺を見てる時、その誰かがどこから見てるか何もしないでもわかる。あとは慣れた場合だが、視線の主だったり感情もちょっとは読み取れる。以上」

 

「…………ええとつまり、どれだけ完璧に隠れてても、あなたを見た時点でその存在はバレるってことですよね?」

 

「まあ、そうなるが」

 

「ああ、それで……これまでAEI(うち)が尾行する度に撒かれてたのは、そういう理由……」

 

「…………お前らだったのかよ」

 

 たしかにこれまで、街中で誰かに尾行されることはあった。その度にわざわざ街を意味もなく数周したり、家に帰らず警察署で寝泊まりしたりと面倒な対処を強いられた。共和国の諜報員だろうという俺の予想は外れた形になったが、一応対処した意味はあったらしい。少なくとも、俺の自宅やティーナの存在はバレていないのだから。

 

「……にしても、なんで自国の臣民を何回も付け回す必要があったんだ?」

 

「さあ?そこまでいくと、もう私に触れられる情報の域を出るので……私が教えられるのは、私自身の第六感だけ。その能力は、人が嘘をついているかどうかを判別できる、というものです」

 

 用心深く周囲に目を配りながらミランは呟く。カップから立ち昇る湯気が風に溶けて消えていく。

 

「表情、呼吸、血管……あるいは何かの癖だったり。嘘をついている人間には、大なり小なり何かの反応が見られます。どうにも私はそれに関して敏感なようで、嫌でもわかってしまって……まあ、試してみますか。さっきのコイン、机の下で持ってくれますか?」

 

「……ああ」

 

 言われた通り右手を机の下に隠すと、表を上にしたコインを掌に乗せる。

 

「では、私の質問に答えてください。嘘でも本当でもいいっすから……今、表が上ですか?」

 

「いや」

 

「嘘ですね。表が上でしょう?」

 

「……正解」

 

 内心舌を巻きながら、手にしたコインを数回回す。再度表が上になったことを確認してから目で促すと、彼女の瞳が僅かに見開かれた。

 

「……表が上ですか?」

 

「ああ」

 

「裏が上?」

 

「いや」

 

「……裏が下?」

 

「ああ」

 

「…………表が上ですね」

 

 無言で両手を上げると、ミランは頬を緩ませながら息を吐いた。

 

「まあ、こんな感じっす。あくまで嘘かどうかがわかるだけなので、嘘の内容とかまでは無理なんですけど……まあ、それなりに使い道はあると思ってます」

 

「なるほどね……まあ実際、諜報員としては有よ……」

 

 ふと、脳裏に数十分前の記憶が蘇った。あのエンベルト宅で交わした、至極普通の会話。

 

『もしかして、恋人に選んでもらったりしたんですか?』

 

『生憎、俺のことを好きになるような変人とは縁がなくてな。店員に見繕ってもらったものをそのまま買っただけだ』

 

「……なあミラン、お前さっき……」

 

「いるんすね、恋人。それも結構いいセンスの」

 

 からかうような言葉に反射的に天を仰ぐ。舌打ちの出来損ないが唇から中途半端に漏れ、自身に対する罵詈雑言が頭の中に溢れる。今の今まで、ティーナの存在は頑なに……数人の例外を除いて、隠し通してきたのに。よりにもよってAEIに、完璧な証拠付きで押さえられるとは、迂闊というしかない。

 

「……あのー、フォールさん?そんなこの世の終わりみたいな顔しなくても、別に上に報告する気はありませんから……今回の事件には関係ありませんし……」

 

「俺でもわかるわ、絶対嘘だろそれ」

 

「……信頼されてないっすねぇ……まあうちが勝手に尾行してたのは本当ですし、当然っちゃ当然ですけど」

 

 同情の色が濃い視線から逃げるように、今度は視線を地面に向ける。四つも年下の少女に気を使われていることに耐えられなかった。そんな彼女のことを考えているうちに、一つの選択肢が胸に浮かぶ。

 

(……今から急いでこいつ殺すか?他のAEIと接触する前に始末できれば、とりあえずティーナのことは隠し通せる……)

 

 少なくともウェルトハーツ内に限っては、俺は少しだけ権力を持っている。部長含め署の上層部もAEIがこの街に干渉することは嫌うだろうし、ミランを殺してその死因を捏造するくらいならどうにでもなるとは思う。ただもちろんAEIがそれに納得するかは別問題。それ以前に、まだ敵かどうか確定する前にこちらから殺しに行くのは流石に躊躇われる。それが俺より年下の子供となればなおさら。

 

「……まあいい、一度話を戻そう。さっきの家にいるとき、窓の外から視線を感じた。それも一瞬ではなく継続的に。あれは意図的にこちらを観察していたと見ていいだろう」

 

「それはあなたにしかわからないですけど……他に判断材料もありませんし。異論はないっす」

 

「あれが俺たちの標的だと仮定して。今はお前のお仲間がいるから手出しはできないだろうけど、あの家が空になったら何かしら仕掛けてくるはず。元々エンベルトと接触する予定だったなら何かしら情報を受け取る手筈だっただろうし、拠点にしていた家に行けばそれを回収できるかも、と考えるのはそれほど不自然じゃないしな。そこを奇襲して捕まえる……という策なら思いついたんだが、どう思う?」

 

「……そうっすね。特に裏目もなさそうですし、やってみましょうか。さっきも言いましたけど、どのみちこっちは手詰まり状態ですし。ちょっとでも可能性があるなら賭けてみていいと思います」

 

 少し低い声で呟きながら頷くミラン。そんな彼女に頷き返すと、俺と彼女はもうしばらくの間作戦会議に耽るのだった。

 

 

 

「……意外と美味しいですね、これ」

 

 ようやく話もまとまってきた頃、目線くらいまでカップを持ち上げた彼女は呟いた。話題が急変したこともそうだが、その内容があまりにも同意できないものであったため返答に困る。

 

「…………今度、俺の好きな店教えようか?」

 

 なんだかんだ栄えているこの街には、ここより良いカフェなんて両手の指以上にあるのに。一応の親切心から口を挟んだ俺に、彼女はジトっとした視線を向けると、

 

「私みたいな薄給労働者には、これも贅沢品なんですよ」

 

 ため息混じりにそう呟いた。

 

「……AEIも随分ケチなんだな」

 

「まあ、私は下っ端ですから。出世すれば、こういうのも毎日飲めるようになる……のかもしれないですけど」

 

 十五歳の少女とはとても思えない言葉に苦笑しながら自分のカップを傾ける。俺の一番のお気に入りのカフェ……を教えるのは色々不味いので、その次くらいに好きな店でも紹介してやろうか。ああでも、この任務が終われば彼女はウェルトハーツを出るのだろうか。それだと教えたところで大して意味がない……

 

(……嫌な任務だ)

 

 別に、このミランという少女本人に嫌悪感など抱いてはいないのだが。それでも何故か、この少女から目を背けたくてたまらなかった。

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