赤魔道士は今日も黙って蘇生する   作:イカ姉

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第3話「ヒーラー枠は赤魔道士です」

悪報は、マルシャークさんからだった。

この人はウトヤ前哨地で部隊の取りまとめをしている。

 

「北方観測班から、定時連絡がない」

「こちらから呼びかけても、応答なしだ」

 

どうして三人の空気が変わったのか。

私だけが、分かっていなかった。

 

通信の調子が悪いのかもしれない。

向こうで何か対応中で、返事が遅れているだけかもしれない。

私は、そう考えていた。

 

「最後に連絡が入ったのは?」

 

サイラスさんが訊いた。

 

「一時間ほど前だ。もう二回、定時連絡がない」

「位置は?」

「北側の第三監視地点」

「人数は?」

「三人だ」

 

短い。速い。

質問に無駄がない。

 

マルシャークさんが少し間を置いた。

 

「……そこに、ミーシィヤが同行しているはずだ」

「行こう」

「え?」

 

ダミルさんは即答だった。

私が戸惑っている間に、もう盾を手に取っていた。

 

「待て」

 

サイラスさんが止めた。

でも『行くな』ではなかった。

 

「最後に帝国兵を確認した位置と人数は?」

「北東側だ。巡回が何人か。正確な数までは分からない」

「南側の退路は?」

「まだ使えるはずだ」

「『はず』か」

「ああ」

 

アリスさんは、もう地図を覗き込んでいた。

指で経路をなぞっている。

 

「負傷者がいたら、南からそのまま戻せる?」

「道は生きてる。『今は』だがな」

「……あ、あの」

 

三人がこちらを見た。

 

「連絡がないだけ、ですよね?」

 

一瞬だけ、間があった。

サイラスさんが口を開いた。

 

「そうならいい」

「え?」

「だから確認する」

 

それだけだった。

大丈夫かもしれない、とも。

考えすぎだ、とも。

誰も言わなかった。

ただ、ダミルさんはもう前哨地の出口を見ていた。

胸の奥が、少しだけ冷えた。

 

「あの、今、ほかの人は……」

「……すまん。出せない」

 

マルシャークさんが答えた。

 

「よりによって東はスカーミッシュ、別区画でも交戦中だ」

「クリティカル・エンゲージメントにも人を取られてる」

 

そう言われて、周囲を見た。

さっきまでいた大勢の冒険者たち。

気が付けば、ほとんどいなくなっていた。

 

人の声が少ない。

武器を整える音も。

駆け回る足音も。

さっきまで、あんなにうるさかったのに。

 

マルシャークさんが続けた。

 

「本来なら、一班出す」

「だが、今すぐ動けるのはお前たちしかいない」

 

そして、私たちを見つめた。

 

「悪い。頼めるか」

「分かった」

 

ダミルさんが即答した。

 

「確認を頼む。何もなければそれでいい。だが――」

「分かってる」

 

サイラスさんも即答した。

アリスさんも頷いた。

ダミルさんは、もう歩き出していた。

 

さっきまで私は、連絡が遅れているだけだと思っていた。

今はもう……そうであってほしい。

 

「ルーシー」

 

アリスさんが振り返った。

 

「弓」

「……はい」

 

 

◇◇◇

 

 

爆発音がした。

 

「――!」

 

第三監視地点まで、もう遠くない。

木々の向こうで、黒い煙が上がっていた。

 

そして間髪入れず、もう一度、爆発音。

今度は、はっきり聞こえた。

 

「……通信障害じゃ、ない」

 

思わず呟いた。けれど、誰も答えなかった。

 

第三監視地点は、半分崩れていた。

柵は倒れ、土嚢も吹き飛んでいた。

観測機材の一部が燃えている。

 

そして――帝国兵。

 

「三……!」

「五だ!」

 

私が数え終わるより早く。

サイラスさんが叫んだ。

 

「右!」

 

木立の陰から、回り込もうとしている兵士。

矢をつがえる。

射る。

当たった。

 

「次!」

 

もう一人。

今度は迷わなかった。

射る。

 

帝国兵が足を止めた、その間に。

 

サイラスさんは正面の一人を押し返した。

ダミルさんは盾で別の一人を弾いた。

アリスさんの魔法が、その奥で炸裂した。

 

……速い!

 

私が一つ動く間に。

この人たちは、二つも三つも先へ行く。

 

「ミーシィヤ!」

 

ダミルさんが叫んだ……が、返事がない。

一瞬、胸が詰まった。

 

「ミーシィヤ!」

「――こっちだ!」

 

いた。崩れた壁の向こう。

ミーシィヤさんだ。

 

無事……いや。

完全に無事ではない。

頬に血がついている。それでも立っていた。

 

その後ろには、観測班の三人。

一人は肩を押さえている。

もう一人は脚を負傷しているらしく、一人では立てない。

ミーシィヤさんが、その人を支えていた。

 

「四人、全員いる!」

「歩ける奴は!?」

 

サイラスさんが訊く。

 

「私ともう一人はかすり傷だ!」

「一人は肩をやられたが歩ける!」

「最後の一人は脚だ、一人じゃ動けない!」

 

返事も速い。

 

「南側は?」

「まだ抜けられる!」

「よし」

 

サイラスさんが一瞬だけ周囲を見る。

それだけで、次々に指示が飛んだ。

 

「ミーシィヤ! 歩ける奴を連れて南へ!」

「わかった!」

「アリス! 歩けない奴を!」

「うん」

「ダミル!」

「道を開ける!」

「ルーシー!」

「右ですね!」

「そうだ!」

 

また帝国兵が来る。

射る。

一発。

 

考える暇がない。

止まっている暇もない。

次。

次。

次。

 

ダミルさんが盾を構えたまま前へ出る。

一人を押し返す。

もう一人の剣を受ける。

そのまま体ごと押し込んだ。

 

「今だ! 抜けろ!」

 

ミーシィヤさんたちが走る。

アリスさんは、脚を負傷した観測員の身体を支えていた。

 

「歩ける?」

「……なんとか」

「無理しなくていい」

 

アリスさんが肩を貸す。

 

その状態のまま、片手で魔法を撃った。

前から来た帝国兵が足を止める。

 

その一撃で道が開いた。

 

「南へ!」

 

ミーシィヤさんたちが先に退路へ入る。

アリスさんは、脚を負傷した観測員を支えて続く。

 

「こっちだ!」

 

ミーシィヤさんが引き返してきた。

アリスさんから負傷者を引き取り、肩を担いだ。

あと少し……その時だった。

 

「後ろ!」

 

死角から一人。しかも速い。

狙われたのは、ダミルさんじゃない。

最後尾の……ミーシィヤさん!

その隣で、脚を引きずっている観測員。

 

「――っ!」

 

ダミルさんが振り返った。

盾は、間に合わない。

代わりに、身体が入った。

 

鈍い音。

 

刃が、鎧の隙間へ入った。

 

「ダミルさん!」

「行け!」

 

血が落ちる。それでも。

ダミルさんは倒れなかった。

盾を振り抜くと、帝国兵が吹き飛んだ。

 

「止まるな!」

 

ミーシィヤさんが一瞬、振り返る。

 

「でも――」

「いいから行け!」

 

ダミルさんが怒鳴る。

ミーシィヤさんが歯を食いしばった。

 

「……わかった!」

 

観測員を支え直した。

そして、ミーシィヤさんは退路へ急いだ。

 

「ダミル!」

 

サイラスさんが駆け寄る。

 

「……まだ動ける」

「嘘つけ」

「動ける」

「その話はあとだ」

 

サイラスさんが前に出た。

ダミルさんの位置を、そのまま引き継いだ。

 

「お前は下がれ」

「サイラス……!」

「全員帰す」

 

短かった。

ダミルさんが黙る。

一歩。下がった。

 

その瞬間。

 

帝国兵が押してきた。

一人、二人。

――いや、三人。

正面から。

 

「ルーシー!」

「はい!」

 

射る。

一人が止まる。

でも、もう二人。

そのうち一人の剣を、サイラスさんが斧で受ける。

 

鈍い金属音。

 

「サイラスさん!」

 

その横から、もう一人。

後ろには、退路。

サイラスさんは腕の防具で受けた。

 

鈍い音。

 

「ぐっ……!」

 

それでも、衝撃までは殺せなかった。

腕が、ありえない方向へ曲がった。

 

「サイラスさん!」

「……前を見ろ!」

 

叫ばれた。その向こうから。

まだ帝国兵が来るのが見えた。

 

そうだ。

止まってる場合じゃない。

 

「はい!」

 

射る。

アリスさんの魔法。

私の矢。

サイラスさんは、もう斧をまともに振れない。

それでも、退路の前から動かなかった。

 

少しずつ。

少しずつ、南へ下がる。

あと少し。

 

観測班はもう退路へ入った。

ダミルさんも下がった。

残っているのは、サイラスさん、アリスさん、私。

 

その時。

後方の帝国兵が杖を向けた。

魔力が集まる。

――まずい。

 

「サイラスさん!」

 

炎が飛んだ。

サイラスさんが身をひねる――間に合わない。

炎が脚を呑んだ。

 

「ぐっ……!」

 

サイラスさんが膝をついた。

 

「サイラス、まだ来る!」

「分かってる!」

 

サイラスさんが叫んだ。

 

「アリス!」

 

それだけだった。

なのに、アリスさんはすぐ前へ出た。

魔法が、大きく炸裂した。

 

土煙。

サイラスさんの前にいた帝国兵たちの足が、止まった。

 

「今だ、下がれ!」

 

私は弓を構えたまま。

アリスさんも武器を下ろさない。

土煙の向こうで、帝国兵がこちらを窺っている。

 

だけど、追ってはこなかった。

 

「……俺たちも引く」

 

――私たちも、南側の壕まで下がった。

 

 

◇◇◇

 

 

「全員いるか!」

「……全員います!」

 

誰かが、大きく息を吐いた。

誰だったかは分からない。

私も同じだったから。

 

観測班のみんなは、全員いる。

誰も置いてこなかった。

 

ミーシィヤさんが、ダミルさんを見た。

 

「……すまない」

「何が?」

「私たちを庇って――」

「全員いるんだろ?」

 

ダミルさんが遮った。

ミーシィヤさんが、一瞬黙る。

 

「ああ」

「ならいい」

 

それだけだった。

ダミルさんは笑った。

 

「……っ」

 

少しだけ、顔をしかめた。

鎧の隙間から、まだ血が落ちている。

 

「全然よくないですよ!」

「大丈夫だ」

「どこがですか!?」

「まだ動ける」

「その基準やめません!?」

 

「ダミル」

 

アリスさんの声だった。

ダミルさんの顔から、笑顔が消えた。

 

「…………」

 

アリスさんは脇腹の傷を見ると、すぐに手をかざした。

淡い光。

 

「とりあえず、止血だけするね」

「……それだけか?」

「うん。今はね」

 

ダミルさんが、苦々しい顔をした。

次に、アリスさんは観測班の方へ向かった。

肩を負傷した人、脚を負傷した人。

それぞれ、いつもの治癒魔法をかけていく。

傷が癒えていき、表情が少し楽になった。

 

「肩はこれで大丈夫。無理に上げないで」

「……助かる」

「脚は?」

「痛むが……支えてもらえれば」

「じゃあ、帰れるね」

 

よかった。普通だ。

ちゃんと普通の治療だ。

 

アリスさんが振り返った。

 

「じゃあ、ダミル」

 

ダミルさんが一歩下がった。

 

「…………」

 

……あれ?

 

「ダミル?」

「……アリス」

 

声が重い。

 

「相談しよう」

「何を?」

「治療について、だ」

「するよ?」

「そうじゃない」

 

サイラスさんが壁にもたれたまま目を閉じた。

 

「諦めろ」

「……お前は次だぞ」

「分かってる」

「だったら諦めるな!」

 

……何の話?

アリスさんが、もう一度ダミルさんの傷を見る。

 

「止血はしたけど、このままじゃ歩いて帰れない」

「……そうだろうな」

「だから治すね」

「待て」

 

即答だった。

 

「え?」

 

私は思わず声を出してしまった。

ダミルさんが、ものすごく真剣な顔で私を見る。

 

「ルーシー、覚えておけ」

「何をですか?」

 

一拍。

 

「世の中には、治してもらいたくない治療もある」

「意味が分かりません」

 

怪我してる。血も出てる。治してもらえる。

何が嫌なんだろう。

アリスさんが首を傾げた。

 

「でも、今すぐ治した方がいいよ」

「それは分かってる」

「じゃあ」

「必要なのは分かってるが、嫌なものは嫌だ」

 

そうかもしれませんけど……

サイラスさんが、帝国兵のいた方を見た。

 

「……長居はできない。さっきの連中が戻るかもしれない」

「…………」

 

ダミルさんも、そちらを見る。

黙った。

 

ものすごく深いため息をついた。

 

「……頼む」

「うん」

 

アリスさんがダミルさんの傷へ手をかざした。

 

「じゃあ、いくね」

「…………」

 

強い光が広がった。

何も変わらないように見えた――次の瞬間。

 

「――っ!」

 

ダミルさんの身体が跳ねた。

 

「ぐ、あ……っ!」

「ダミルさん!?」

「…………大、丈、夫」

「大丈夫に見えません!」

 

傷口が、動いている。

いや――違う。

閉じていく。

裂けた肉が繋がっていく。

目の前で。

ありえない速さで。

 

「ぐっ……う……っ!」

 

ダミルさんが歯を食いしばる。

 

「もう少し」

 

アリスさんの声だけが。

いつも通りだった。

 

数秒。

本当に、たったそれだけだった。

 

光が消えた。

 

「終わったよ」

 

ダミルさんが、ゆっくり息を吐いた。

脇腹を見る。

 

傷は――なかった。

 

「……すごい……!」

 

私は近づいた。

血は付いている。

でも、その下には。

傷が、ない。

 

さっきまで、あんなに深く裂けていたのに。

 

「治ってる……」

「うん」

 

アリスさんが頷いた。

 

「立てる?」

「…………」

 

ダミルさんが手をつく。

立とうとする。

身体が少し浮いた。

そして、そのまま座り直した。

 

「…………」

「ダミルさん?」

 

あれ?

ダミルさんの顔色が、ひどい。

さっきまで、血を流しながら帝国兵と戦っていた時より。

明らかに、ひどい。

 

汗。

荒い呼吸。

震える手。

 

「水……」

「は、はい!」

 

水筒を渡す。

ダミルさんが口をつける。

何度か飲んで――止まった。

 

「……吐きそうだ」

「え?」

 

それでも、ダミルさんは水筒を離そうとはしなかった。

身体は水を欲しがっている。

なのに、受けつけない。

 

私はアリスさんを見た。

 

「……何したんですか?」

「治したんだよ?」

 

……それは見れば分かります。

 

「なんで治す前よりぐったりしてるんですか!?」

「ああ」

 

アリスさんが頷いた。

 

「そこ?」

 

そこです。

そこ以外ないです。

 

「人間の身体って、自分で傷を治すでしょ?」

「……自然治癒ですか?」

「うん」

 

アリスさんがダミルさんを指す。

 

「今、それを速くしたの」

「…………」

「どのくらい、ですか?」

 

ダミルさんは横で呻いていた。

嫌な予感しかしなかった。

 

「数日とか、数週間かけてやることを」

 

一拍あって。

 

「数秒から十数秒くらいで」

「…………」

 

「まず出血を止める」

「炎症反応が起きる」

「壊れた組織を処理する」

「血管や組織を作り直す」

 

急に、アリスさんがものすごく喋り始めた。

 

「その間には大量の酸素と糖を使う」

「体温も上がる」

「強いストレス反応も起きる」

 

まだ喋る。

この人、こんなに喋れたんだ。

 

「その反応を、全部まとめて一気に身体に起こさせた」

「全部!?」

「うん」

 

待って。

それ、本当に治療って呼んでいいものなんですか……?

 

「でも、普通の治癒魔法は……?」

「治癒の仕方が違う」

 

アリスさんが答える。

 

「普通の治癒は、術者や周囲のエーテルを使って治癒を助ける」

「でも今のは、違う」

「私のエーテルは呼び水だけ。ダミル自身の自然治癒を強制的に速めたの」

 

…………は?

 

「何日も何週間もかけてやる修復を、一気に身体にやらせたってことですか?」

「そう」

 

軽っ。

返事、軽っ。

 

「それ、ダミルさん大丈夫なんですか!?」

「傷は治ったよ」

「だから傷じゃなくてダミルさん本人の話です!!」

「休めば戻るよ」

 

アリスさんが首を傾げた。

 

「今すぐ治す必要があったから」

 

それは、否定できなかった。

あの傷のままでは、帰れなかった。

治癒は成功した。ただ――

 

「……何なんですか、この治癒」

 

サイラスさんが答えた。

 

「今すぐ治す必要があるなら最高だ」

「え?」

「今すぐ治す必要がないなら」

 

サイラスさんが、ものすごく嫌そうな顔をした。

 

「……最悪だ」

「…………」

 

アリスさんが、くるっと振り返った。

 

「じゃあ、次サイラスね」

「待て」

 

即答だった。

 

今度は。

私もサイラスさん側だった。

 

 

◇◇◇

 

 

「サイラスさん」

「なんだ」

「……頑張ってください」

「お前、さっきまで分かってなかっただろ」

「今は分かります」

「……だったら止めろ」

「それは無理です」

 

アリスさんは、もうサイラスさんの腕を見ていた。

 

「腕と脚だね」

「ああ」

「腕からやるね」

「待て」

「大丈夫。すぐ終わるよ」

「それが嫌なんだ!」

 

分かる。

その言葉が全然安心できないことは。

もう分かる。

 

アリスさんが手をかざした。

強い光。

 

「ぐっ……!」

 

今度は、何が起きているのか、私にも分かっていた。

折れた骨、傷ついた組織。

本来なら、何日も、何週間もかけて。

身体が時間をかけて直していくものを。

今、一気に。

 

「ぐ、う……っ!」

 

サイラスさんが歯を食いしばる。

曲がっていた腕が。

元の形へ戻っていく。

 

数秒。

光が消えた。

 

「腕、終わり」

「…………」

「次、脚ね」

「まだあるのか……」

「知ってるでしょ?」

「知ってるから嫌なんだ!」

 

また光った。

 

「ぐっ……!」

 

私は少しだけ目を逸らした。

仕組みを知ったら、さっきより見ているのがつらい。

 

やがて、光が消えた。

 

「終わったよ」

 

アリスさんが手を下ろす。

サイラスさんの腕は、元に戻っていた。

焼けていた脚も、跡すら残っていない。

 

完璧だった。本当に。

ただし『傷だけ』なら。

 

「…………」

 

サイラスさんが壁から身体を離す。

一歩。

 

「……っ」

 

ぐらり。

 

「サイラスさん!」

 

慌てて支える――重い。

 

「大丈夫ですか!?」

「……大丈夫、じゃ、ない」

 

あ。

この人が認めた。

少し離れたところを見る。

ダミルさんは、まだ座っていた。

 

「ダミルさん?」

 

片手が上がった。生きてる。

……たぶん。

 

「二人とも、傷はすっかり治したよ」

「それは分かりました!」

 

傷は治った。

ダミルさんの脇腹も。

サイラスさんの腕も、脚も。

だから、もう血は出ていない。

折れてもいない。

火傷もない。

 

なのに。

 

ダミルさんは立てない。

サイラスさんは、立っただけでふらついている。

 

「……アリスさん」

「なに?」

「私たち四人、誰もヒーラーじゃないですよね?」

「うん」

「じゃあ、ヒーラー枠って……」

「私」

 

…………。

 

「……アリスさんは、赤魔道士ですよね?」

「うん」

 

…………。

 

ヒーラー枠は赤魔道士です。

 

「これ……まともに戦えます?」

「無理だ」

「俺もだ」

 

サイラスさんと、ダミルさんが即答した。

ミーシィヤさんが二人を見る。

 

「私たちが肩を貸す」

「いや」

 

サイラスさんが首を振った。

 

「観測班を先に戻せ」

「だが、おまえたちは?」

「傷自体は塞がった。休みながら戻る」

 

ミーシィヤさんがアリスさんを見る。

 

「戻れるか?」

「うん。大丈夫。時間はかかるけど戻れる」

 

アリスさんの『大丈夫』。

今日だけで、その言葉への信用がかなり減った気がする。

 

「……わかった」

 

ミーシィヤさんが答えた。

それから、ダミルさんを見た。

 

「今度こそ、ちゃんと戻ってこい」

「ああ」

 

ダミルさんが笑った。

 

「任せろ」

 

今、一人で立てない人が言っている。

観測班のみなさんが南へ向かう。

ミーシィヤさんも最後にこちらを見て、そのあとを追った。

 

……あれ?

 

残ったのは。

アリスさん。まだ平気そう。

ダミルさん。ぐったりしてる。

サイラスさん。すごくぐったりしてる。

それから、私。

 

サイラスさんが訊いた。

 

「帰る途中で戦闘になったらどうする?」

 

一瞬。

アリスさんが私を見る。

嫌な予感がした。

 

「私とルーシーで頑張る」

「待ってください」

 

本当に待ってください。

 

「私、まだボズヤ来たばっかりなんですけど!?」

「大丈夫」

「何がですか!?」

「安心して20回、死んでいいよ」

「するわけないでしょう?!」

 

ダミルさんは、苦しそうながら、少しだけ笑った。

 

「……よし」

 

ダミルさんは意を決し、地面に手をついた。

立とうとした――けれど、失敗した。

 

「…………」

 

もう一回。

今度は、なんとか立った。

 

サイラスさんも壁から身体を離そうとして、ふらついた。

でも、立った。

 

「行くぞ」

 

サイラスさんが言った。

さすが。格好いい。

格好いいんだけど。

 

数十歩、進んだところで。

 

「……休む」

「早くないですか!?」

「休みながらと言っただろ」

「そうですけど!」

 

間違ってはいない。

ダミルさんも。

 

「……俺も休む」

「ダミルさん、あなたもですか!」

 

アリスさんが二人を見る。

 

「無理しないでね」

「……誰のせいだと思ってる」

「でも、治さないと帰れなかったよ」

「……それはそうだが」

 

本当にそう。

それはそうなんですけど。

 

「ルーシー」

 

アリスさんが呼ぶ。

 

「はい?」

「行くよ」

「……はい」

 

アリスさんが歩き出す。

サイラスさん、ダミルさんと、私も続く。

 

ゆっくり。

本当に、ゆっくり。

 

私は前を見る。

ウトヤまで、まだ距離がある。

帝国兵だって、まだいっぱいいる。

 

二人はまともに戦えない。

私はボズヤ初心者。

アリスさんは……

 

たぶん。

これを全部どうにかするつもりでいる。

嫌な予感しかしない。

 

だから。

お願いだから。

帰るまで。

 

もう何も起きませんように。

 

 

◇◇◇

 

 

【次回予告】

 

 

……そろり。

……そろり。

 

私たちは、ウトヤ前哨地へ向かっていた。

とにかく、帝国兵に見つかりませんように……

 

ダミルさんは、ぐったり。

サイラスさんは、もっとぐったり。

ついさっきまで、三人ともあんなに格好よかったのに。

 

なんだこれ。

 

 

次回『赤魔道士は今日も黙って蘇生する』

第4話――「迫る帝国兵と赤魔道士」

 

 

「サイラスさん……ダミルさん……」

 

朦朧とする意識の中。

これだけは、どうしても伝えたかった。

 

「まともなヒーラー役……呼びませんか……?」

「「……賛成」」

 

二人とも、それだけ言って意識を失った。

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