赤魔道士は今日も黙って蘇生する   作:イカ姉

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第3話「0回」

 今日の目標は、一つだった。

 死なない。

 もう少し正確に言うなら。

 

 Alice Ecarlateに、蘇生魔法を使わせない。

 絶対に。

 

 前回と同じ、大規模戦。

 私は弓を構えた。敵が動く。

 数秒後に危なくなる場所が分かる。

 

 一歩、外へ。

 矢をつがえる。

 放つ。

 次。

 もう次の矢へ手が伸びている。

 

 前の敵。横を走る仲間。

 次に危なくなる場所。

 

 見る。

 撃つ。

 また、見る。

 

 その時、頭の上に、前も見た光が現れた。

 黄色い光。何本もの光が、私を指している。

 

「…………」

 

 これ。

 前回、死んだやつだ。

 周りを見る。

 仲間が、こっちへ走ってくる。

 一人。

 二人。

 もっと。

 

 前の私は、ここで逃げた。

 危ない。そう思って、人のいない方へ走ってしまった。

 

 でも。

 今日は、分かる。

 これは、逃げるんじゃない。

 集まる。

 

「……!」

 

 足が動きかけた。逃げる方へ。

 止める。

 いや。少しだけ、みんなが集まりやすい方へ。

 

 一歩。たった一歩。

 それだけ。あとは、仲間を信じる。

 

 仲間たちが、私の周りに集まった。

 黄色い光が大きくなる。

 

 来る。

 

「…………」

 

 光が弾けた。

 大きな衝撃が、何人もの身体を一度に叩いた。

 

 私は、立っていた。

 

「…………」

 

 生きてる。思わず、自分の身体を見る。

 ちゃんと立っている。体力も残っている。

 死んでない。

 

「…………」

 

 あの文字も、出てこない。

 よし。

 

「今の、よかったよ」

 

 すぐ近くから、アリスさんの声がした。

 

「…………」

 

 前にも、この人に同じようなことを言われた。

 あの時は、何がよかったのか、まるで分からなかった。

 でも、今は。

 

 周りを見た。

 意味を考えた。

 逃げなかった。

 間に合った。

 

「……はい」

 

 今度は。

 何がよかったのか、私にも分かった。

 

◇◇◇

 

 でも。

 戦いは、まだ終わっていない。

 

 敵が動いた。

 私も、次の矢へ手を伸ばす。

 矢をつがえる。

 放つ。

 

 その時。

 地面が、大きく揺れた。

 

「…………?」

 

 戦場の一角から、突如、巨大な塔がせり上がってきた。

 

 何だっけ。

 見た。

 前に、たぶん見た。

 

 でも。

 どう避けようとしたのか、覚えていない。

 あの時は、とてもそれどころじゃなかった。

 

「…………」

 

 敵が、塔へ向いた。

 大きく腕を振りかぶる。

 

 何を――。

 

 鋭い音が響いた。

 塔が、斜めに切られた。

 

「…………!」

 

 塔に、斜めの大きな切れ目が走った。

 切られた上側が、ゆっくりずれて、傾き始めた。

 周りにいた人たちが一斉に走った。

 塔が倒れてくる側から、みんな離れていく。

 

「…………」

 

 このままだと、こっちに倒れる。

 私も走った。

 

 同時に、矢筒へ手を伸ばす。

 矢をつがえる。

 放つ。

 走る。

 

 背後で、地面を揺らすような轟音がした。

 振り返ると、さっきまで私がいた場所に、塔が倒れていた。

 

「……!」

 

 予測が当たった。

 でも、立ち止まらない。

 敵を見る。

 矢を放つ。

 

 次。

 さらに次。

 

 いきなり、敵の姿が視界から消えた。

 

「…………え?」

 

 どこ?

 周りを見る。

 みんなが、一斉に戦場の奥を向いている。

 私も見る。

 いた。

 

 敵が、戦場の端に立っていた。

 その片腕だけが、赤く燃えていた。

 

「…………」

 

 何だっけ。

 これも、覚えていない。

 敵が身体を沈める。

 燃えている片方の腕が、前へ突き出された。

 

 その腕の反対側へ、みんなが走り始めた。

 

「…………」

 

 私も急いで走る。

 燃えている腕とは、反対側へ。

 

 敵が地面を蹴った。

 

「――!」

 

 巨体が、一気に戦場を駆け抜けた。

 同時に。

 

 燃えた腕が薙ぎ払った側を、炎と衝撃が一気に走った。

 戦場の半分が、飲み込まれる。

 

 でも。

 私のいる場所までは、来なかった。

 

「…………」

 

 合ってた。

 その時にはもう。

 私の手は、次の矢をつがえていた。

 放つ。

 

 敵を見る。

 周りを見る。

 次。

 もう一度、敵が動く。

 

 今度は何?

 分からないことが続く。

 

 でも、見た。

 敵の腕。

 身体の向き。

 立っている場所。

 周りを走る人たち。

 

 どこから来る。

 どこまで来る。

 どこなら立てる。

 

 全部、一度になんて分からない。

 でも。

 一つ見る。

 動く。

 また見る。

 撃つ。

 

「…………」

 

 敵が攻撃する。

 避ける。

 撃つ。

 

 敵が動く。

 見る。

 動く。

 撃つ。

 

 次。

 さらに次。

 

「…………」

 

 気づけば。

 次に何を撃つんだっけ、とは。

 

 一度も考えなかった。

 

 敵が、大きくよろめいた。

 周りから、一斉に攻撃が飛ぶ。

 私も。

 矢をつがえる。

 引く。

 放つ。

 

 次。

 まだ。

 もう一本。

 放つ。

 

 大きな身体が、ゆっくりと崩れた。

 

◇◇◇

 

 敵は、もう動かない。

 それなのに。

 私はしばらく、その場から動けなかった。

 

 また何か来る気がした。

 もう一度立ち上がるんじゃないか。

 どこかから、次の攻撃が飛んでくるんじゃないか。

 

 でも。

 何も来なかった。

 少し離れたところから、歓声が聞こえた。

 

「…………」

 

 本当に。

 終わったんだ。

 

 私は、ゆっくり弓を下ろした。

 

 手を見る。ちゃんと弓を握っている。

 足を見る。立っている。

 最初から。

 最後まで。

 

 一度も。

 

「…………」

 

 死ななかった。

 

 そう思った瞬間。

 何だか、変な感じがした。

 何かを忘れているような。

 何かを待っているような。

 

「…………」

 

 待つ?

 何を?

 すぐに分かった。

 

 死んだら、いつも来ていた。

 あの文字。

 

『Alice Ecarlateからの蘇生を受けますか?』

 

「…………」

 

 来ない。

 当たり前だ。

 今日は、死んでいない。

 だから、来るはずがない。

 

 それなのに。

 あの文字が出てこないことを確かめてから、ようやく。

 身体の奥にずっと入っていた力が、抜けた。

 

「……終わった」

 

 声に出してみた。

 

 以前は。

 何が起きているのか分からなかった。

 見えても、意味が分からなかった。

 意味が分かっても、身体が間に合わなかった。

 

 今日は。

 覚えていない攻撃もあった。

 何が来るのか、分からない時もあった。

 でも。

 敵を見た。

 周りを見た。

 考えた。

 動いた。

 その間にも、矢を撃った。

 

 最後まで。

 

「…………」

 

 できた。

 全部じゃない。

 きっと、まだ全然。

 

 それでも。

 以前はできなかったことが。

 今日は、できた。

 

 少しだけ、口元が緩んだ。

 

「今日は0回だったね」

「…………」

 

 後ろから声がした。

 振り返る。

 アリスさんが立っていた。

 

「……0回」

「うん」

 

 何のことかは、聞かなくても分かった。

 昨日は2回。

 その前は8回。

 

 今日は。

 0回。

 

「…………」

 

 その数字を、もう一度頭の中で言ってみた。

 何だか、その数字がものすごく嬉しかった。

 

「減ったね」

「……はい」

 

 減った。

 確かに減った。

 

 でも。

 今日は、それだけじゃない。

 私は最後まで立っていた。

 

 自分で見て。

 自分で動いて。

 最後まで戦った。

 

「……はい」

 

 もう一度、言った。

 今度は、さっきより少しだけ声が大きかった。

 アリスさんは、いつもの顔で頷いた。

 

「よかったね」

「はい」

 

 今度は、すぐに答えられた。

 

「…………」

 

 少し迷ってから、アリスさんを見た。

 

「……アリスさん」

「なに?」

「ありがとうございました」

 

 言ったあとで。

 少しだけ、変な感じがした。

 

 私。

 この人に前にも、同じことを言った。

 初めて顔を合わせた日。

 

「昨日はありがとうございました」

 

 あの時も、確かにそう言った。

 でも、あれは。

 礼儀として言っただけだった。

 早くこの話を終わらせたくて。

 

 ……できれば、そのまま帰ってほしくて。

 もう二度と、自分が死ぬところなんて見られたくなくて。

 

「…………」

 

 今は。

 違う。

 

 起き方を教えてもらった。

 弓を撃つところを見てもらった。

 何度も繰り返して。

 今日。

 

 最後まで立っていられた。

 

 だから。

 今のは、ちゃんと。

 ありがとうだった。

 

「うん」

 

 アリスさんは、それだけ言った。

 やっぱり、同じだった。

 大げさに褒めるでもなく。

 得意そうにするでもなく。

 

 ただ、普通に。

 

「…………」

 

 本当に。

 この人は変わらない。

 

 少しだけ、笑った。

 

 今度は、自分でも分かった。

 ちゃんと、笑っていた。

 

◇◇◇

 

「ねえ、ルーシー」

「はい?」

「私たちのリンクシェル、入ってみない?」

「…………」

 

 私が?

 

「……アリスさんたちの、ですか?」

「うん」

「ミスフィッツ・リミナルっていうの」

「…………」

 

 初めて聞くリンクシェル名だ。

 そういえば、私は、この人のことをほとんど知らない。

 

 アリス・エカルラートという名前と。

 赤魔道士だということ。

 背が高いこと。

 眼鏡をかけていること。

 頭には、サキュバスみたいな角が生えていること。

 

 あとは。

 人が死ぬと、爆速で蘇生魔法を飛ばしてくること。

 人の気持ちは全然察してくれないのに、弓を撃つ時の足とか手とかは、ものすごく見てくること。

 

「…………」

 

 ……知ってること、だいぶ偏ってるな。

 それより。

 

「……どうして私なんですか?」

 

 今日、一度も死ななかった。

 それはもう、嬉しかった。

 

 でも。

 だからといって、急に上手な冒険者になったわけじゃない。

 

「私、まだ全然ですけど」

「うん」

「…………」

 

 そこは、少しくらい否定してくれてもいいと思う。

 私の心の不満をよそに、アリスさんは少し考えていた。

 

「昨日、私が戻った時、まだ練習してたでしょ」

「……はい」

 

 射場。

 矢を射って。

 回収して。

 水を飲んで。

 少し休んで。

 それから、また立った。

 

「それに、昨日2回死んだあとも」

「…………」

「もう一回行きたいって、自分から言ったでしょ」

「…………」

「失敗したあとも、もう一回来る人の方が」

 

 アリスさんは、少しだけ首を傾げた。

 

「たぶん、うちには合うと思う」

「…………」

 

 強いから、じゃなかった。

 上手いからでも、才能があるからでもない。

 失敗して、死んで。

 それでも。

 

 もう一回来たから。

 

「…………」

 

 何だろう。

 今日、一度も死ななかったことを褒められるより。

 そっちの方が、少しだけ嬉しかった。

 

「……強い人たちなんですか?」

「うん。強いよ」

 

 即答だった。

 

「…………」

 

 じゃあ。

 なおさら、私でいいのか分からない。

 

「私、ついていけますか?」

「分からない」

「…………」

 

 そこは、大丈夫って言うところじゃないの?

 

「でも」

 

 アリスさんは続けた。

 

「分からなかったら聞けばいいし」

「…………」

「できなかったら、できるところからやればいいでしょ」

「…………」

 

 あまりにも。

 普通のことみたいに言う。

 

 分かりません。

 できません。

 助けてください。

 

 私には、そう言うことの方が、ずっと難しかった。

 分からないなら、自分で何とかしなきゃ。

 できないなら、できるふりをしなきゃ。

 迷惑をかけるくらいなら、最初から言わない方がいい。

 

 ずっと。

 そう思っていた。

 

「…………」

 

 でも、この人にはもう。

 私が何も分からずに死ぬところを、何度も見られている。

 弓を撃つだけで頭がいっぱいになって。

 息まで止めて。

 玉ねぎの話までした。

 

 今さら、格好をつけられるものなんて。

 ほとんど残っていなかった。

 

「…………」

 

 それなら、試しに。

 入ってみてもいいのかもしれない。

 

「……入ってみたいです」

 

 言った。

 自分の声だった。

 

「分かった」

 

 アリスさんは、あっさり頷いた。

 それだけだった。

 何か大きなことを決めたような感じは、しなかった。

 

 ただ。

 次に行く場所が、一つ増えた。

 そんな感じだった。

 

「…………」

 

 どんな人たちなんだろう。

 アリスさんと一緒に動いている人たち。

 強いらしい。

 

 だったら。

 私よりずっと冒険に慣れていて。

 この人よりは、もう少し話が通じる人もいるだろう。

 たぶん。

 一人くらいは。

 

 その時。

 アリスさんが、思い出したように言った。

 

「まあ、変な人たちなんだけどね」

 

 私は、思わずアリスさんを見た。

 アリスさんは、いつも通りの顔をしていた。

 

「…………」

 

 この人が。

 人のことを。

 

 ……変な人、って言った。

 

 さっきまで、少しだけ楽しみだった。

 今は、唐突に、ものすごく、不安になった。

 

 ……そういうことは、先に言ってほしかった。

 

◇◇◇

 

【次回予告】

 

「よし分かった。悪い知らせは?」

 

 それが。

 サイラス・バートラムという男の、私への第一声だった。

 

「…………はい?」

 

 初対面である。

 名前とか、ジョブとか、得意なこととか。

 普通の歓迎ルートには、かすりもしなさそうだ。

 

「できない。分からない。間に合わない。失敗した。そういうのだ」

「…………」

「出たら、最初に言ってくれ」

 

 待って。

 

「……怒られませんか?」

「何でだ?」

「失敗したって、言ったら」

 

 目の前の大きな戦士は、本気で分からないという顔をした。

 

「遅く言われる方が困る」

「…………」

「いい知らせは、あとでいい。悪い知らせは、とにかく早い方がいい」

「…………」

 

 アリスさん。

 『まあ、変な人たちなんだけどね』

 確かに聞きました。

 

 聞きましたけど。

 

 

 一人目からコレなんですか??

 

 

[第1章 蘇生地獄編 完]




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ご感想、評価はいつでも歓迎です。
おひとこと、気軽にいただけましたら嬉しいです。

イカ姉が、果たして奇人変人のMisfits Liminalを書けるのか。
本人も不安だらけなので、ぜひ。
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