個性:病原体 作:HERO
不穏な雰囲気が流れ、集団登校、集団下校が始まってから早一か月。未だに不審者は捕まっておらず、むしろ被害者が増える一方だった。
教室の休み時間。椅子に座って隣にいる耳郎と会話をしていた病は、周囲からの噂話が耳に入ってきた。
「なあ、四年生のあの人も来なくなったらしいぞ」
「ええっ。俺は3年生って聞いたよ」
「私は同じ学年の人って聞いたよ」
話を聞く限りだと、かなりの人数が被害に遭っているらしい。
主に狙われているのは女児の生徒。ヒーローや警察も動いているように見えるが、不審者はまだ捕まらないようだ。
耳郎も少し不安なのか、最近は傍にべったりと張り付いてくるようになっていた。
少し前までは空いていた隙間がほぼなくなり、歩いている時なんてラブラブカップルのように密着している。
役得ではあるが、それが周囲の環境のせいだと思えば少し残念だ。
椅子の耳郎は不安を隠しているようだが、吐息が聞こえるほど近くにいる時点で丸わかりだった。
そんな彼女はこちらへ視線を向けると、瞳を揺らしながら口を開いた。
「ねえ、犯人が誰か分かってるんでしょ?」
犯人が誰か。恐らくは警察も分かっているはずだ。
基本的に被害は休みの日に誰かと外出した際に発生している。その際に犯行へ及べるのは相当隠匿性の高い個性を持つ人物か、パトロールをしているヒーロー、警察のみ。
隠匿性の高い人物ならば発覚したのは変なので、十中八九ヒーローか警察に犯人はいる。
「予想だけれどね。まあ警察も分かってるはずだよ。彼らは俺より頭がいい人ばかりだし」
その証拠に、半月ほど過ぎたあたりからレッドホットとかいうヒーローを見なくなった。
それでも被害が止まらないため、警察も困惑しているのだろう。
不安そうにしている耳郎へ何度言ったか分からない慰めの言葉を口にする。
「耳郎は大丈夫だよ。俺が守るからね」
耳郎は少しだけ俯き、表情が暗くなった。
そして小さく、囁くような声で呟く。
「他の子は……守ってあげられない?」
自分だけが守られる罪悪感でもあったのだろうか。沈痛な面持ちで見つめてきた。
信頼してくれているのだろう。自分ならば他の子も守ることができると。
「まあ……無理だよ。俺はどうあがいても一人しかいないし子供だ。今は身近な耳郎を守るのに精いっぱいだよ」
「……そっか。……そうだよね、ごめん。今のは忘れて」
話は終わり、ということだろう。この自粛期間が終わった時の話を始めた耳郎に合わせて、病も気持ちを切り替える。
だがその心の中では、もしものために覚悟を決めていた。
個性の画面に映る特性の一覧。そこに記された数多の病名。そして忽然と輝く"即時発症"という特性。
病であることで発生する弱点。感染させても潜伏期間が発生し、発症まで時間がかかるデメリットを帳消しにする特性。
ただし必要ポイントは一回5000Pt。
(最悪は即時発症を付けた狂犬病を持つウイルスを感染させてやる)
そんなものが感染しまくったらやばいだろう。だがそもそも狂犬病の致死率は100%。他者に移すには理論上"噛めば"可能だろうが、そもそも噛むという行為を行う前にあの世行きだ。
ただし狂犬病を持つウイルスを作るのには1000Ptが必要。合計で6000Ptと痛い出費にはなるが、背に腹は代えられない。
(一回創っちゃえば体内に飼えるから、最終手段として持っておくのはありか。唾液で感染するかもしれないけれど、俺が感染させようと思わなければ感染しないはず)
自分の意思でばら撒けなければ、今頃この辺りに住んでいる人間はみんな力持ちで身長の高い美男美女ばかりになっていることだろう。
そうなっていないということは、"感染させよう"という意思が無ければ体内から細菌やウイルスは出ていかないということ。
(まあ、そんなことする必要なく捕まってくれればいいんだけどな)
きっとそうはいかないだろう。何故だかそんな予感がしていた。
警察に証拠を掴ませない隠匿性。間違いなく個性の影響。そして彼らはきっと隠している。個性で可能なことを。
戦ったことなんて前世も含めて一度も無い。
それでも耳郎を標的にされれば、きっと戦うだろう。幼馴染で数年を共にしている可愛い少女に、情が湧かない訳がない。
(……成長系、戦闘に関わるものだけ早めに上げといた方がいいかな)
****
病が決意を固めてからさらに一か月後。集団下校が始まってから二か月が経過した時、ついに警戒態勢が解かれた。
犯人が捕まったのかなんなのか。理由は分からないながらも、とにかく事件は終わりのようだ。
そっと胸を撫でおろしつつ、教室で耳郎と次の約束について話し合う。
「病。今日家にこれる?」
「もちろん。ドラムを教えてもらう前に、まずはベースが鈍ってないか確認しないとな」
家にベースは無いため、練習するには耳郎の家へと行かなければならない。
ここ二か月は不審者のせいで行けていなかったため、前に覚えたコードや進行を記憶できているかを確かめなくては。
病の言葉を聞いた耳郎は久しぶりに胸を反らして口を開いた。
「大丈夫、うちが教えてあげるから」
「さすが耳郎。頼りになるね」
表情を動かさないように努力しているが、耳のプラグが犬の尻尾のように振られている。
この癖は言わないようにしようと決意した。
その後も優等生として授業を終え、先生や子供達に褒められたりしつつ下校の時間がやってきた。
耳郎と共に手を繋いで帰路へと着く。
途中までは他の子供達と一緒だったが、途中から二人きりになった。
住宅街の車一台分程度の道を歩いていく。
「病、このままうちの家にくるよね?」
耳郎が道端で見つけた石ころを蹴りながらそう言った。
病は今日の予定を思い返すが、何もないことを二度ほど確認してから返答をする。
「行こうかな。耳郎の歌も聞きたいし」
耳郎は口元に手を添えてはにかみながら微笑んだ。
「ふふ、なにそれ。そんなのいつでも聞かせてあげるって」
耳郎の歌はかなり上手だ。将来はスターになれるんじゃないか、と思ってしまうのは身内贔屓ではないはずである。
そうして二人で雑談に花を咲かせながら歩いていると、住宅の脇道から筋肉の浮かぶピッチピチの赤スーツ、目元を隠すゴーグル、口元以外を露出していない数か月前に知ったヒーロー"レッドホット"が道を塞ぐように現れた。
彼は目が合うと笑みを浮かべながら口を開く。
「やあ、響香ちゃん。それと……病くん、だっけ?」