起きたら所長がラスボスで上司だった件 作:村人その1
昨日まで吹雪いていた空は、夜明けと共に雲一つ無い晴天となった。
一面の蒼天の下、
終わりを告げる来訪者たちを乗せて。
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カルデアスを前に新しく来る新所長を迎えるべく全ての職員が集まっていた。
全て、と言うからには勿論、僕を含めた人類最後のマスター”だった”七人の魔術師がその中心となって魔術協会の査察団が来るのを待つ。
そこに以前まであった暖かい雰囲気は微塵もない。
何処かピリついた雰囲気を漂わせ、ただその時をまつ。
『ー以上、44名。登録情報、オールクリア』
『安全性審査:協会規定 特別免除により、全員のカルデア入館を許可します』
『正面ゲート 開放。ようこそゴルドルフ・ムジーク様』
『並びに、国連査問会の皆様。当カルデアは皆様の入館を歓迎します』
入館手続きの進行を告げるアナウンスが、ついに最後の一人の登録完了を告げた。
どうなるか分からない、先延ばしにしていたものを突きつけられたような気がして、思わず萎縮しそうになる。
「ーッい!」
その思考をかき消す激痛が、足先の....正確に言えば右小指を起点に走る。
辛うじて両手で口を押さえ、大声を出すのこらえたものの、目から涙が溢れ出す。
「ちょッ、急に何をするんだッ」
声を抑えて、けれどしっかり抗議するという高等テクニックをしつつ、下手人である人物を睨みつける。
しかし当の下手人である芥ヒナコは悪びれもせず、相も変わらず眼鏡越しに無表情で無愛想な視線を向けてくる。
「別に。やけにめそめそしている奴がいたからムカついただけよ」
「だからってここまでしなくていいだろッ」
「ならさっさと前を向きなさいよ」
「どーんとしてればいいのよ」という彼女の言葉は一見投げやりに見えて、いつものようにただ一方的に相手を気遣っているだけだった。
「別に、新所長がどうのこうのになってカルデアの体勢が変わっても、それが人類が滅ぶなんてことになるわけがないでしょ。気楽じゃない」
「.....それも確かに、そうだな」
そのあまりにもあんまりな例えに思わず笑みが出て体が軽くなる
そうだ、人類を救うことに比べればこの程度、どうということではないのだ。
”たかが査察団が訪れる程度”のことがどうして人類史存亡の危機に勝るほどの脅威になるのだろうかと馬鹿らしくなる。
本当に、人間嫌いなくせに頼りにしかならない彼女に内心感謝しながら顔を上げれば、そこに新しく着任するだろう新所長の姿が見えた。
貴族のよく着るような装飾にこだわった白を基調とする服装を着こなした恰幅のいい男性、と言う印象。
ダヴィンチから聞いた情報によれば28歳。
錬金術師の大家の嫡子である生粋の魔術師、ゴルドルフ・ムジーク。
ムジーク家こそ歴史は古いものの魔術協会の拠点である『時計塔』での評価自体は平均値であり、魔術師としての能力のみで見ればここにいる彼らAチームに分がある。
そんな人物がなぜカルデアの新所長になったのか、ダヴィンチも事前に言っていた――
「ほーう!ほほーう!」
興奮気味の声が上がる。
瞬間、芥の表情と雰囲気が極寒以下にまでなった気がするがこちらに飛び火しないよう無視をする。
「いい、いいではないか!こんな地の果ての工房に期待などしていなかったが、まさか、これほど近代的な施設だったとはな!」
現在進行形で場の空気が先ほどの下手人である約一名のせいで冷たくなるのに気づくはずもなく、新所長だろうゴルドルフ・ムジークは興奮冷め止まぬ思いで語り続ける。
「いや、むしろロンドンのどの工房よりすすんでいないか?これは素晴らしい拾いものだ!」
「....おいでなすったか。大した胴間声だこと」
ーいいかい皆、基本的には沈黙だぜ?
ーダヴィンチが言っていたようにボクたちはあくまで、”40名のマスター候補生を殺害しかけてしまった組織”なんだ。
ーしかもその上で、”人類滅亡を盾に違法なレイシフトを敢行したかもしれない疑い”をかけられている。
ーそのことを頭の隅にでも留めておいてくれたまえよ。
人類を救った君たちにこんなことは私は頼みたくないんだがね、と笑うダヴィンチと申し訳なさそうなDr.ロマンの表情が頭から離れない。
「ほほう。そして、そこに堂々と立っているのが報告にあったサーヴァントか」
何処か値踏みするような、或いは好奇心からくる高揚感か。
新所長の興奮は収まらない。
「いかにもな風体ではないか。あー、たしか、レオナルド・ダ・ヴィンチだったか。彼の天才の複製品はよく出来ておる。やはり、使い魔は美しい女の姿をしているにかぎる」
.....おい、こいつまじか。と、思わず口を開きかけるのをどうにかこらえる。
横目で見ればダリルやぺぺの浮かべる表情こそ笑顔だが、文字通り目の奥は笑っていない。
どこか先の思いやられる展開だったが、ゴルドルフの影から現われた女性の姿に思わず息を呑む。
魔性、と言う言葉がふさわしい。
白いシャツにスリットの深い青の裏地のタイトスカートを着こなす抜群のプロポーション。
白銀という言葉がこれ以上に似合う人がいないだろう髪を大きめの黒いリボンで後ろで一つにまとめ、こちらを見つめる蒼銀の瞳はあくまでこちらを事務的に一瞥し、けれど即座に興味が失せたように手元のバインダーへと視線に落とす。
その一つ一つの動作に色香があり、気品を漂わせる。
「ゴルドルフ・ムジーク。そのような無駄なことを言っている場合なのでしょうか。それに、あのサーヴァントは仮にもこのカルデアの頭脳とも言える存在。この程度の工房で、所長不在のままロマニ・アーキマンとともにカルデアをまとめ上げた人物。どのような関係を持つべきかはわかるでしょう」
「ははは、エレイン君、そういうことは耳打ちで伝えてくれたまえ、耳打ちで!」
凜とした声。対等そうな口調でありながら、そのくせ何処か冷めたような声色は一歩引いているからこそ恐ろしく感じる。
そしてふと、空気が変わるのを感じて視線だけを横に向ける。
「.....」
「.....」
芥の顔が険しくなり、ベリルの顔からは表情が抜け落ちていた。
「まぁ、どうあれサーヴァントに気を許す私ではない。それが、どれほど私好みの美女だとしてもだ」
「それはどうも。世界中の人間がこぼしたであろう聞き飽きた感想だが、世辞として受け取ろう」
「....ようこそ、人理継続保証機関カルデアへ。長旅ご苦労様です、ゴルドルフ新所長。所長代理を務めたロマニ・アーキマンです」
ダヴィンチから自然に引き継ぎ、一歩前へと出ながらロマニが代表として改めて挨拶をする。
ーうむ。吹雪のせいで一月も足止めを喰らったが、それ以外は快適な旅だったぞ、なんていう感想をのべながら新所長は本題にはいる。
「そして早速だが、君。あー、ロマニ・アーキマン」
「はい、何でしょう」
「前所長オルガマリー・アニムスフィア。彼女が不慮の事故でその役職を果たせなくなったため、特例として所長代理を務めていたそうだな」
「ご苦労。その役目もここまでだ。現時刻より、カルデアの全権は私が引き継ぐ」
「そして-」
突如鳴り響く足音。
カシャカシャとわずかに金属が擦れ合う音。
そしてこちらに向けられる、無言の殺意。
ー人間の、殺意。
「早速だが、キミたちを拘束させてもらおうか。私としても、まことに遺憾なのだがね」
僕たちを囲うように、武装した特殊部隊が寸分の狂いなくその銃口を向けてきた。
「おいおい、これはどういうことだ。これが魔術協会の総意ってことでいいのか?」
「そうだね、私もベリル君と同じだ。私たちが魔術協会に対して敵対するような意図はないとこの一年示し続けたはず。拘束されるようなことは一切していないはずだがね」
「僕としてもこの拘束には疑問が残ります。一度魔術協会に連絡を取ってもよろしいでしょうか」
復調したらしいベリルが投げ掛け、ダヴィンチが補足し、ロマニが対応策を言う。
すさまじい連携が即興である事実に毎回戦慄する。
さしものゴルドルフもこの反撃は予想外だったようだ。
少し脅せばなどと考えていたようでエレインにどうしようなどと慌てている。
「.....はぁ。ここからは私、魔術協会査察団特別顧問のエレイン・オートクレールが引き継ぎましょう。ゴルドルフ・ムジークの言うようにアナタ方を拘束します」
「だから、その前に魔術協会に確認をー」
「そもそも、40名の命を危険に晒したアナタ方はいまだに容疑者に他なりません」
「......」
痛いところを突かれ、さすがに誰も反論ができなかった。
「私個人として報告書を読む限り、人理焼却に対抗するためのレイシフトの無断利用に関しては仕方ないこともあるでしょう」
凛とした声が無機質に、けれど頭のなかでこだます。
「ですが、最初の特異点.....特異点Fと呼称された場所への初レイシフト。これが"Aチーム以外で行われた"という点には疑問が残ります」
「疑問....というと」
「Aチームのための露払い。あるいは特異点修復の捨て駒。それがこの40名のマスター候補生の役割だったのでは?」
「そ、そんなことはー」
「ロマニ・アーキマン。ここでアナタの意見は聞いていない。事実としてカルデアでのマスター候補生の運用方法がそう思われても仕方の無いものであると理解しろ」
「あー、エレイン君。少し、言いすぎではないかね」
「私は特別顧問として事実を述べています」
冷たく突き放す言葉は、まだ止まらない。
そこまで言わなくてもいいだろうと思う僕の視線を、蒼銀の瞳が貫いた。
「それともなにか。人理焼却を回避したこの1年で39人のマスター候補生は無事に救出できた。そんなことを蒸し返すなとでも言いたげだな」
「ーッ!?」
それは僕だけではない、カルデアという組織そのものに言われている。
「では仮に、未だ解凍できていない最後のコフィン。その中に眠る最後のマスター候補生が無事ではなかったとする。その時にカルデアはなんと言ってその遺族、ご両親に侘びるつもりだ」
Dr.ロマンの、表情が青い。
恐らく僕と同じように。
「ー人類を救うために必要な犠牲でしたと、彼らの前で言えるのか?」
見たくないもの、見ようとしなかったものを突きつけられて。
ー僕らは、負けるはずの無い相手の拘束を受け入れた。
「ゴルドルフ所長にエレイン、挨拶はその辺りで充分じゃないかな」
その静寂に割って入るように、何処か陽気な声が響く。
「君と彼らは『進む者』と『去る者』。お互いに知る必要はないし、それこそ情が移ったら大変なことになる」
「....随分と遅かったな、クソムシ」
「協会の査問団の準備をしていたからね。すぐに調査を開始したいんだけど大丈夫そうかな?」
「おお。その通りですな、ライサンダー神父」
表情が硬くなるエレインとは正反対にゴルドルフが答える。
「紹介しよう、諸君。彼は――」
出てきたのは黒いカソックコードに身を包んだ優男。
肩口まである男性にしては少し長めの銀髪と穏やかな表情を浮かべる王子のような青年。
「やぁ、みんな。初めましてだね。僕の名前はライサンダー。ウィステリア・ライサンダーさ。聖堂協会から査問団顧問として派遣されたただの神父だよ」
不快感のない爽やかな口調の名乗りはどこか舞台の口上を見ているようだった。
けれど正直、そんなことに意識を割いている余裕が僕を含むカルデア全体にあったのかは分からない。
――人理継続を果たしたカルデアのみんな。短い間だけど、よろしくね。
だからその瞳が、怪しく、誰にも気づかれずに光を輝かせていたことを誰もが見逃していた。
□ □ □
マイルームに比べれば頼りない光源と最低限の機能のみを持つ二段ベットが二つ。
スペースの効率化のみに重点を置くこの部屋に快適性は皆無と言える。
「....まさか、カルデアの謹慎室が独房として使われる日が来るなんて....」
驚きと、そしてどこか悲しさすら含む声でマシュがここにいる全員の心内を代弁するように吐露した。
「ああ、まったくだ!こんなことならこっちに予算を使っておくんだった!」
マシュの言葉に応えるように硬いベット、旧式の空調、ケチった照明に文句をつけるダヴィンチ。
「まぁ、自由に外出自体は出来るし、トイレと食事は別室なんだ。それだけでも朗報だよ」
「とはいえ、余りいい状況とは言えないけどな」
ロマニの言葉に、しかしと僕は気を引き締める。
とはいえ、状況は想像よりひどいものでは無い。
何せー
「.....けれど、突然の拘束でしたがドクターやダヴィンチちゃん、カドックさんと一緒なので心細くはありません」
「うん、それはいいことだ。心のあり方に体が引っ張られることもあるからね。医者として安心したよ」
マシュが代弁し、それを補強するように言うロマニの言葉は彼の医者という側面を静かに、確かに見せている。
が、それでも彼女の....いや、僕の中にも不安がある。
「ですが....あの、ドクターとダヴィンチちゃん。ゴルドルフ氏の人となりは分かったのですが、あの二人.....オートクレール女史と、ライサンダー神父は.....」
そう、あの二人のことだった。
「何者か、と言う疑問だね?私もちょっと計りねている。ただ者ではないのは分かるんだがどうにも底が見えない。魔術的にもね」
「ウィステリア・ライサンダー。ライサンダー神父は聖堂教会っていう魔術協会とは長く対立してる神秘組織からの出向だ。マシュの為にも軽く説明すると世界の宗教を基盤とした集団で、主の御名のもと、魔術を許さず、異端を許さず、そして神秘を独占する。まぁ、人類という種の知識を管理してしまおうとする人たちだ」
説明するロマニの言葉はマシュに向けてのものだろう。
魔術師として生きる僕にとって既知のものを、ロマニは丁寧かつわかりやすく教えていく。
「私が人として生きていた頃はもっと過激だったんだがね。あの神父はそんな協会の実戦部隊の人間だろう。確か、
「まぁ実際。彼ら代行者は人間のままで魔術師や怪異といった異端と戦う文字通りの『怪物』だ。サーヴァントほどとは言わないけど、個人の戦闘力は並大抵のものじゃない」
「はい。あの神父には底が知れない何かがあることは分かります」
・・・・・・私ではなく、私の中にいる
「もう一人、エレイン・オートクレールはどうなんだ?僕も魔術師としては初めて聞く名前なんだが」
話の流れのまま、素直に思ったことを口にした。
むしろこちらが本題とまで言える。
それについてダヴィンチが答える。
「エレイン・オートクレール、彼女については情報がなさ過ぎる。今回の査察に魔術協会査察団の特別顧問として訪れた魔術師ということで事前通達があったが、それ以外に彼女について魔術協会との関わりを示すものが皆無だったんだ」
「皆無ってそんなことあり得るのか?!」
「カドックの言うことも分かる。むしろ私やロマンがそれを放置すると思うかい?できうる限りのことを調べまくったさ。でも、そこに有ったのは多額の献金。有り体に言えば裏金。逆に言えば魔術的な関連性は皆無といってもいい」
ーつまり、彼女の魔術師としての側面は何も分からなかったことが分かったのさ、とどこか投げやりにいうダヴィンチにあははと笑いながらロマニは続けた。
「その一方で、ブリスティンコーポレーションという複合企業のCEOとして有名な人物かな。半年前にイギリスでニュースになってたかな。起業わずか4ヶ月で世界屈指の成長を遂げた企業としてね。サービス業、産業、運送業、観光業っていう一般的なものから、民間の警備サービス....自社お抱えの傭兵を斡旋するなんてことまでやってるみたいだ」
「....ただのと言うには大きすぎるが、それでも一般の企業、ということか」
「イギリスのロンドンには時計塔があるから、何かしらの関わりはあってもおかしくはないと思うんだけどね」
「まぁ、とにかく。彼女は様々な分野のプロフェッショナルを統括する人物ではあると思う。僕個人としての考えだと、魔術という分野を加えることによってさらなる事業拡大を狙っているんじゃないかな。ゴルドルフ所長をトップとしたこのカルデアを吸収、合併。これを足がかりにした魔術世界への進出...とかね」
ロマニの考察はどこか思想を飛躍させた荒唐無稽なものながら、それでもあり得ないと言い切ることが出来ない考察だった。
とはいえこれは考察であり、ロマニはお手上げだよと降参の姿勢。
マシュはそもそも情報を理解している最中でそれは僕も同じだった。
だったらと、頼みの綱のである稀代の天才であるダヴィンチは投げやりになって固いベットに背を預けて――
「....いや、待った!」
「うぉ!びっくりさせないでよダヴィンチちゃん!」
「査察団と共に来た新スタッフには学者が何人かいた。あれはブリスティンコーポレーションのスタッフだ。となると......最後の蘇生手術も新スタッフだけでやるつもりか」
「それはまずいぞ!コフィンの調整をしながらの解凍は今のカルデアスタッフでも失敗する可能性があるオペだ。それを今日来たスタッフがやるなんて....」
「ああ。十中八九失敗する。最後に残ったマスター候補生の1人が失われる.......いや、それが目的なのかもしれないけどね」
「――」
絶句。
慌てふためくロマニと、表情を硬くするダヴィンチ。
不穏な空気に、掌から汗が滲む感覚。
――コンコン
そこに何の唐突もなくノックがされる。
「カドック・ぜムルプス。査問会からの招集だ。来てもらうぞ」
丁寧な口調だが、そこには有無を言わさぬ命令を含んでいる。
「おっと。さっそく尋問が始まるらしい。まっ先にカドック....人類最後のマスターたる7人のうちの1人からとはね。まずは相手の出方を見よう。沈黙は金なり、だ。下手な発言はしないようにね」
「....ああ、わかった」
そうして、胸の中の不安を抱えたまま、僕は見慣れたはずの廊下へと踏み出した。
呼びに来た警備員のものものしい”
□ □ □
結局、解放されたのは六時間という想像にもしない時が過ぎ去ってからだった。
質問の内容は正直に言えばくだらないもの。
けれどそこに時折、カルデアへの責任を問うてくるものがあるから気を抜くことが出来ない。
それが余計に疲労を大きくしていた。
見慣れて、落ち着くはずだった廊下に妙な緊張感が漂う。
この変化に顔をしかめ、重たい足を引きずるようにして割り当てられた謹慎室へ向かう。
コツ、コツと一定に刻む足音が時計の振り子のようになり、僕の意識を遠くする。
だから、その音がもう一人分近づいてくるのに気づくのが遅れることとなった。
「お疲れ様です。顔色が優れませんね、カドック・ゼムルプス」
顔を上げれば、そこにはエレイン・オートクレールの姿があった。
あの時と同じく、魔性ともいえる何かを纏い、その蒼銀の瞳が射貫くようにこちらを捉えている。
「あなたにこの後の予定はないので早々に割り当てられた部屋で休息を取ることを....ん?」
「フォウ、フォーウ!」
彼女の言葉を遮るように目の前に飛び出してきたのは白い影。
それはすいすいとエレインの体を駆け上がると一番収まりが良かったのか彼女の肩にちょこんと腰を下ろした。
「フォウ、か」
犬ともリスともウサギとも言えない、謎の愛らしい小動物であるフォウ。
よくマシュと共にいることが多いものの基本は神出鬼没のラッキービーストとしてカルデアを駆け巡るマスコットが、昨日来たばかりの彼女の肩に乗っていることに内心驚きがあった。
人理修復していた1年の間、僕にもあまり体を触らせることはなかったのにと少しの嫉妬心もありながら。
「フォウ?......ああ、なるほど、そういうことですか。であれば特に問題はありませんね」
「フォウ、フォーウ」
「....って、おい!ちょっと待ってくれ」
そのままフォウを伴っていくエレインを思わず呼び止めてしまった。
別に話すことなんてそんなに無いと思い――
――いや、ある
「この後、あなたは何処に行くつもりなんだ」
「何処にもなにも、私は私の仕事をするだけですが」
「....悪い、言い方が大雑把すぎたな」
ダヴィンチの言葉が、よみがえる。
――彼らだけで、失敗の可能性の高い蘇生オペを行う可能性。
「あなた達は、最後のマスター候補生をどうするつもりなんだ」
もし、最後のコフィンに眠るマスター候補生に想定外の”何か”あれば。
もし、それによって利益を得るものがいるなら。
もし、何かあるような”細工”をするならば。
もし、それにより蘇生オペが失敗したら。
――もし、その失敗の責任をカルデアが負うことになったら
僕にそれを止めることは出来ないかも知れない。
けれど、それを打破することの出来る人がいる。
その人達に情報を少しでも渡せるようにと聞いて――
「――ほう、私が彼を殺すと。本気で聞いているのか」
見開かれた蒼銀の瞳が、僕を射殺した。
「――」
死んだ。
何が?全てが、文字通りに、死んだ。
心臓は、動き、血液は、動き、呼吸は、浅い。
生きている、生きている、生きているのに死を幻視するほどの殺気....いや、怒気だったかも知れないがもはやそれは些細な疑問でしかない。
彼女の何かに、逆鱗に、そう、触れてしまった。
――怖い、死にたくない、逃げなければ、何が起こった、どうすればいい、生きていたい、彼とは誰だ、恐ろしい。
「いや、彼のことを知らないあなた方にしてみればこれは意味の無い問いでしたね。とはいえ聞き方に問題がありますが」
「ッはぁ.....はぁ.....ぁはあ.....」
息をすることすら忘れていたらしい体が酸素を求める。
ただでさえ疲弊しきった足はずるずると崩れ落ち、無様にも腰を抜かす。
「まぁ、わたしとの数分の会話で許すとしましょう。そのままの体勢でいいですよ」
未だ荒い呼吸を繰り返す僕を無視して、彼女は勝手に会話を始める。
「このカルデアは人類史の観測、保持を使命とした機関です。100年後に設定した高度な地球のシミュレーションであるカルデアスを観測することによりその存続の保証を行う組織」
「たしかに建前としては上出来でしょう。この星の先を観測することでそこまでを保証する。そしてその保証に際し障害となる特異点をレイシフトにより解消する。実に合理的です」
「しかし、そのために必要なレイシフトは当時は机上の空論。本当に出来るとは思われていなかった。今まではー」
「現在までに解放されたあなた方Aチームと未だ残る1人をのぞく39人の元マスター候補生はカルデアから元の生活に戻ったが、彼らの情報は高く売れるでしょう。何せあなた達はレイシフトが可能であると証明してしまった。レイシフト適正も考慮され選ばれた彼らなのだからまわりからすれば喉から手が出るほどでしょう」
「けれど、その中で最も狙われるのは最後に選ばれた前代未聞のマスター候補生。本来であれば他のマスター候補生同様、あなた達と共に世界を救うはずだったマスター」
「いえ、正確に言えばこうですね」
ーあなた達にチャンスも、平穏すらも奪われた”最もカルデアにふさわしい何でも無い一人”ですね
未だ混乱する意識の中、その言葉だけが嫌に頭に残る。
一通り言い終えたのか、フォウを肩にエレインは何処かへと去って行く。
それを見ることも出来ぬまま、僕はどうにか息を整え、這うように足を動かした。
自室へ向かう道中、その頭は”最もふさわしいカルデアのマスター”という彼女の言葉が絶えず、響いていた。
□ □ □
「藤丸立香。塩基配列:ヒトゲノム。
霊器属性:善性・中立。
魔術回路:3本。
外部スカウトによって最後にカルデアへと訪問した、元々は魔術や神秘には何の関係もないただの一般人の少年さ」
「そしてカルデアが召集したマスター候補生最後の一人。こう言っちゃなんだけど数合わせの為に呼ばれた最後の一人とも言える」
エレインから聞かされた顔も知らぬマスター候補生は思っていた以上に平々凡々なものでしかなかった。
絶句する僕に、説明してくれたダヴィンチとロマニは思わず苦笑する。
「.....藤丸、立香。確か、初のレイシフト当日に呼ばれて廊下で寝ていました」
「....えっと、マシュ?それどういうことかな?」
「入館手続きに時間がかかるためアナウンスの指示にしたがってシミュレーションを受けていたようです」
「ああ、なるほど。シミュレーションの影響....って、そんな設定、カルデアにー」
「ちょっと待ってくれ。ただの一般人がこんな場所にスカウトされるなんてあり得るのか」
ようやく頭の整理が追い付いて、話を折る形にはなったがまず聞きたいことを吐き出すように問いかける。
「ああ、もちろん珍しいことだが全く無い訳じゃない。例えばカルデアの技師の中には魔術に全く関わりが無いがその腕を買われてマリスビリーに雇われた者もいる。最近じゃ魔術と科学を融合した工房も多いがここは特に顕著だからね。むしろ高度な技術を持つメカニックやエンジニアなんかは外部からスカウトするしかないんじゃないかな」
「じゃあソイツも、何か特別な技術か才能を持っていたってことか?」
その言葉に、ロマニとダヴィンチは思わず顔を見合わせて苦笑する。
その様子に思わずポカンとなってしまったのは僕だけではないと、横目で確認したマシュの同じくポカンとした表情が物語る。
「おい、一体何がー」
「......レイシフト適正、100%」
「........は?」
ロマニから発せられた言葉が、理解できなかった。
「カドック。彼は一般人でありながら――なんでもない子どもでありながら、このカルデアに無くてはならない才能を持った少年なんだ」
目を伏せながら、きつく結んだ口から吐き出すように、懺悔するように語るロマン。
ここでようやく、僕は真にこのカルデアが犯してしまった事実を理解する。
「だからこそ気がかりだ。彼の解凍の結果が今後のカルデアを大きく左右するのは間違いない。結果如何によっては外部からの圧力は更に増すだろう。すでに一般人に対する神秘の漏洩という意味でワンアウト。更に初のレイシフトでの事故による凍結でツーアウトだ」
「.....そしてもし解凍オペが失敗すればスリーアウト。カルデアは社会的、倫理的観点から外部からの管理体勢を受け入れざる終えない。逆に成功すればその高いレイシフト適正能力の彼を中心に据えたレイシフト技術の向上、確立による新所長の地位向上ってところか」
そんなところじゃないかな、とカドックに同意するロマンの横で、ダヴィンチは更に冷静に分析をする。
「ゴルドルフ氏は解凍準備を進めているようだが機材の調整にはどう見ても4日はかかるだろう。彼らが解凍オペに入るより前に、旧スタッフの査問が終わればいいんだが.... 」
「はい。わたしたちの任期は今年いっぱいです。査問会が31日までに終わってくれるなら、ギリギリで解凍オペのお手伝いができるかと」
「あと4日か....」
言葉にされると短いその時間にしみじみと感じるところがある。
「ああ。カドック、君を含めた全員がカルデアを去るにしろ、これはまだ私たちの問題だ」
「そうだね。ダヴィンチの言うとおりだ。そして、物事が動き出すとしたらそれは間違いなく今年最後の日、31日だろうね」
――その時まで慌てず、しかし気を抜かずチャンスを待とうぜ、とロマニの言葉に続けたダヴィンチの言葉に、ようやく皆に少しだけ、笑顔が戻った気がした。
ー地球白紙化現象まで、後0ヶ月04日