父親が死んだ。
別に特別愛されてるわけじゃなかった。
大人になってから一人暮らしを始め、関わることも少なくなった。
だから、動かなくなった父親を見て初めに思ったのは、面倒だなぁなんて、そんな薄情なことだった。
周りの人からよく慰めの言葉をもらった、そんな大した事ないですよと返してた。途中から面倒になって同じような言葉を繰り返していた。
そんな風にして、葬儀も適当に済ませた。
手続きが多くて面倒で、感情に浸る機会なんてなかった。
湯灌で触れた肌が硬くて冷たくて、人ってこんな硬くなるんだなぁ。なんて他人事のように思ったことが一番記憶に残ってる。
ようやく終わった、そんな風に思っていたが、まだやることはあるらしい。父親の過ごしていた家、部屋の片付けだ。また面倒ごとだ、とうんざりして顔を顰めた。荷物やらが多いから見る必要があるらしい、ほしいものは持っていって、とのことなので、金になりそうなものは持っていこうかなと思う。
家に入ると、いつもの匂いがした。ああ、そうだったな。父親と過ごしていた家は、この家はこんな匂いがしたんだったな。
痛みが走った気がしたが、なかったことにした。
長く息を吸って、吐いて、大きく息を吐いて。覚悟を決めて物を片付けはじめる。なんてことなく見ていて、景色のように馴染んでいたそれらが物として片付ける必要がある。不思議な気分で、そしてものを片付けるたび、そのものが思い出を掠めていく。
心が軋み、苦しくなる。思い出が重たい、こんな気持ちになるなら、ここまで疲れるのなら、こんな事しに来るんじゃなかったかな。そんなことまで思ってしまう。それ
思い出を拾うように、一つ一つを集めていった。
一言くらいしか話題に出さなかった物でも、処分すると思ったらその都度手が止まる。だけどキリがないよな、と言い聞かせて手を動かしていく。
らしくない、手紙の束を見つけた。捨てようにも捨てれなかったような、それでもぐちゃぐちゃにされた手紙たち。父親の机の中にあったそれら。
何故か気になってしまって中を開いた。
内容は自分に向けた手紙たちだった。心配や激励、自分の近況だったり色々なこと。
気づいたんだ、きっとそれは愛だった。離れ離れで出会わない選択肢。そして、親として子を手放す勇気だった。この手紙は、その証拠だったんだろう。
メガネに水滴が落ちる、それを見てあぁ、今泣いてるんだなって自覚した。
愛されていた、愛されていたんだ。最後の手紙を書いた日付は、送ろうと悩みやっぱり出されなかったその日は、父親が死んだ日から1週間も経ってなかった。
ずっと想われていた、特別に想われていた。俺のことを思って伝えない選択をして、それを死ぬ時まで続けた強情者。
そうだ、そうだったんだ。昔からあの人は転んでも手を差し伸べもしなかった。後から心配の言葉もかけない。
でも、立ち止まって隣に来るまで待っているような、強情で不器用な人だった。
気づいてしまった、ずっと愛されていた。そんなことに今更に気づいたんだ。
手紙の文字が落ちる水滴で滲む、手に力が入って元からシワの入った手紙に線が増えていく。
うずくまり、堪えきれない嗚咽が漏れていた。
俺は、愛されていた。俺も、愛していたんだ。
「とうさん……」
気づけば窓から差し込む光がオレンジ色に変わっている。
少し足をふらつかせて、今日のところは帰ることにした。
ぐしゃぐしゃの顔を洗うために洗面に行く、鏡を見てあんまりにひどい顔をしていたから笑ってしまった。
暗くなり始める道を歩き、思う。
もう黄泉路に向かった父さんへ。
俺も貴方を愛してました。