食蜂操祈は、ファミリーレストランへ飛び込んだその瞬間から、相沢由良以外のものをほとんど視界に入れていなかった。
自動ドアが勢いよく開き、常盤台中学の制服を着た金髪の少女が息を切らして現れたことで、店員も客も一斉にこちらへ目を向けている。しかし今の食蜂にとって、そんなものは背景ですらない。彼女の意識を占有していたのは、窓際の席にいる由良と、その由良から数分前に送られてきた「しばらく会うのは控えたい」という一文だけだった。
「由良ちゃあぁぁぁぁん!」
両腕を広げ、そのまま由良を抱き締める勢いで突進する。
「待ってください」
由良が椅子を後ろへ引いた。
食蜂の両腕が、何もない空間を抱いた。
「何で避けるのぉ!?」
「今はちょっと」
「今はってことは後ならいいの!?」
「そういう意味ではありません」
食蜂は椅子の背へ逃れた由良を追いかけるようにテーブルへ両手をついた。ここまで全力で走ってきたせいで肩が上下し、いつもの優雅さは見る影もないが、本人にはそれを気にする余裕さえないらしい。
「ねえ由良ちゃん、私、何かしたぁ? 妹料? やっぱり妹料が足りなかったのかしらぁ。それなら三倍――いえ、五倍でもいいわよぉ。欲しいものがあるなら買ってあげるし、パジャマパーティーが嫌なら別の形式を考えるしぃ、貸切スパだってもっと設備のいいところを――」
「そこです」
「どこぉ?」
「今言った全部です」
「全部!?」
食蜂の表情が、本気で信じられないものを見るように固まった。
「まず、距離が近いです」
「な、なぁに?」
「あと、声が大きいです」
食蜂が周囲を一瞬だけ見て、ようやく店中から注目されていることに気づいたらしく、ほんの少し声量を落とした。
「それと妹料はいりません」
「それだけは再考の余地があると思うのよぉ」
「ありません」
「即決力が高すぎない?」
「普通です」
この期に及んで妙な言葉を挟む食蜂を前に、由良は淡々とした顔のままだった。
「本当に何が嫌だったのぉ? 言ってくれれば直すからぁ。私、由良ちゃんの嫌がることを無理に押しつけたいわけじゃないのよ?」
「毎日連絡が来るところです」
「なら一日五回を四回に――」
「そういうことじゃありません」
「三回?」
「回数交渉にしないでください」
「二回ならかなり譲歩力があると思うけどぉ」
「ないです」
由良が即座に切り捨てるたび、食蜂の肩が目に見えて落ちていく。
「だって私ぃ、由良ちゃんがちゃんと起きたか、ご飯を食べたか、風邪を引いてないか、放課後どこへ行くか、変な人に絡まれてないか、私以外の人から変なものを貰ってないか――」
「最後の方がおかしいです」
「全部大事でしょう?」
「全部把握しようとするのが怖いんですよ」
食蜂の動きが止まった。
「……怖い?」
「最近ちょっと」
「最近!?」
今度こそ、常盤台の女王らしい優雅さが完全に吹き飛んだ。
「いつから!? 何日前!? 原因は何!? 私のどの行動から危険人物判定力が――」
「今の質問の仕方もかなりです」
「な、なんでぇ……」
食蜂は胸元を押さえ、今にもその場へ崩れ落ちそうな顔になる。
そこまで黙って様子を見ていた美琴の我慢が、ついに限界へ達した。
「ちょっとアンタ」
低い声が飛んだ。
「いい加減にしなさいよ」
「……?」
食蜂が顔を上げる。
由良から初めて視線が外れ、その先に座っている少女を認識する。
一秒。
二秒。
食蜂の目が大きくなった。
「…………御坂さん?」
「遅いわよ!」
「な、何で御坂さんがいるのぉ!」
「今まで気づいてなかったの!?」
美琴が椅子を鳴らして立ち上がった。
「アンタ、さっきからアタシの目の前で大騒ぎしてたでしょうが!」
「だ、だって由良ちゃんが急に会わないなんて言うからぁ!」
「だからって周りが全部見えなくなる!?」
そこまで反射的に言い返した食蜂だったが、美琴を相手として認識した途端、ほんの少しだけ様子が変わった。
乱れていた髪を指先で払い、呼吸を整えようと胸元へ手を置く。完全に落ち着いたわけではないものの、由良しか見えていなかった時の狼狽がわずかに引き、代わりに、常盤台最大派閥を率いる少女らしい含みのある微笑が口元へ戻った。
「それよりぃ、どうして御坂さんが由良ちゃんと一緒にいるのかしらぁ?」
「初春の友達だからよ。佐天さんも相沢さんも」
「へえ」
食蜂は美琴を見てから、由良を見る。
もう一度、美琴へ戻る。
「……御坂さん」
「何よ」
「由良ちゃんに余計なことを吹き込んでないでしょうねぇ?」
「はぁ!?」
「だってぇ、昨日まで普通だった由良ちゃんが、急に『会うのを控えたい』でしょう? 外部から何らかの干渉があったと見るのは当然の推理力じゃなぁい?」
「言ったわよ!」
食蜂の目が鋭くなる。
「やっぱり御坂さんじゃない!」
「言ったけど、普通のことしか言ってない!」
美琴は由良の前に立つように一歩出た。
「毎日何回も連絡する、大金を妹料とかいう意味不明な名目で渡そうとする、二人きりのパジャマパーティーに誘う、貸切スパへ連れて行こうとする。これだけ揃ったら、しばらく距離取りなさいって言うでしょうが!」
「大金っていうのは御坂さんの主観でしょう?」
「一般常識よ!」
「由良ちゃんへの支援額としては妥当力が――」
「何その力!」
美琴の怒鳴り声に、食蜂は肩を竦めてみせる。
「それにぃ、由良ちゃんは嫌なら嫌って言える子よ。私だって、本気で嫌がっていることを無理やり押し通したりなんて――」
「今まさに距離取れって言われてるでしょうが!」
「そこは交渉中よぉ」
「交渉するな!」
美琴と食蜂は、そのまま互いに一歩も引かず睨み合った。
「そもそもアンタねえ、自分が何やってるか分かってんの? 名前も教えない相手に『お姉様って呼んで』なんて迫って、大金押しつけようとして――」
「名前なんて、由良ちゃんと私の関係には大して重要じゃないでしょう?」
「重要よ!」
「私は肩書きじゃなくて、もっと純粋な姉妹力で――」
「姉妹ですらないでしょうが!」
「妹候補よぉ!」
「本人が否定してるでしょう!」
「今はまだよ!」
「何その勝手な将来設計!」
完全に売り言葉に買い言葉となり、食蜂も美琴も相手へ顔を寄せる。
「御坂さんこそぉ、他人の交友関係に口を出しすぎなんじゃない?」
「相沢さん本人が困ってたから言ってんの!」
「由良ちゃんが?」
「そうよ!」
「なら由良ちゃん本人から聞くわぁ!」
「さっきから本人に言われてるでしょうが!」
「それは御坂さんに吹き込まれた後でしょう!?」
「だから話聞きなさいよ!」
「聞いてるわよぉ!」
「聞いてない!」
「聞いてる!」
「聞いてない!」
第三位と第五位が、小学生じみた水掛け論を始めた。
由良はその様子をしばらく眺めた後、隣の佐天へ小さく顔を向ける。
「佐天さん」
「何?」
「レベル5って、普段からこんな感じなんですかね?」
「いやあ……」
佐天も返答に困り、美琴と金髪の少女を交互に見る。
「少なくとも、レベル0同盟では分からない世界だね」
「ですよね」
「そこ二人! 変な分類しない!」
美琴が振り返った。
「今はこいつの話してんのよ!」
「こいつとは失礼ねぇ、御坂さん」
「じゃあ何て呼べばいいのよ、食蜂!」
その名が、美琴の口から初めてはっきりと放たれた。
由良の表情が、ごくわずかに動く。
「……食蜂?」
思わず繰り返した声に、美琴が「あ」と振り返った。
食蜂本人も一瞬だけ目を丸くした。
「そういえば相沢さん、名前知らなかったんだっけ」
「はい。聞いても教えてもらえなかったので」
美琴は額へ手を当てた。
「コイツ、食蜂操祈」
「御坂さん、人を指さしながら紹介しないでもらえる?」
「学園都市第五位。《心理掌握》の食蜂操祈よ」
「余計なところまで紹介しなくていいわよぉ!」
「そこは重要でしょうが!」
由良は初めて、その名前と目の前の金髪の少女を結びつけた。
「食蜂操祈……」
「そうよぉ」
食蜂は少しだけ姿勢を整えた。
つい数十秒前まで半泣きで妹料を増額しようとしていた人物と同一人物とは思えないほど、今だけは妙に得意げである。
「学園都市第五位よぉ?」
「へえ」
「…………」
食蜂の笑顔がわずかに固まる。
「それだけ?」
「すごいんですね」
「もうちょっと驚いてもいいと思うのだけどぉ」
「名前を知れたことの方が助かります」
「そこぉ?」
「これまで何て呼べばいいか分からなかったので」
由良はそこで初めて、確認するように口にした。
「食蜂さん」
「――!」
食蜂の肩が大きく跳ねた。
目を見開き、その後、頬がわずかに赤くなる。
「由良ちゃん、もう一回」
「嫌です」
「な、なんでぇ!」
「普通に呼んだだけです」
「初めて名前で呼んでくれたのよぉ!」
「…いや、そもそも名前を教えてもらえなかったので」
しかし、食蜂は感動したように胸元へ手を当てる。
「食蜂さん」
「はいぃ!」
「近いです」
「…………」
一歩近づきかけていた食蜂が、その姿勢のまま止まった。
美琴が額を押さえる。
「アンタ、本当に学習しないわね……」
「今のは不可抗力よぉ!」
「何がよ!」
そこで由良は改めて佐天へ視線を向けた。
「佐天さん」
「何?」
「食蜂さん、急に元気になりましたね」
「名前で呼ばれたからじゃない?」
「単純ですね」
「由良ちゃぁん!?」
食蜂の抗議が飛ぶ。
美琴はそんな彼女を横目に見て、深々とため息をついた。
「で、食蜂」
「何よぉ」
「いい加減、本題に戻るわよ。相沢さんが嫌だって言ってることはやめなさい」
「御坂さんに言われなくても考えてるわよぉ」
「さっきから全然考えてないでしょうが!」
「考えてる! ただ由良ちゃんとの姉妹力を損なわない範囲で――」
「姉妹じゃない!」
「妹候補よ!」
「候補でもないです」
由良が横から差し込む。
「な、なんでぇ!」
再び食蜂の余裕が崩壊した。
佐天はそんな様子を見ながら、改めて呆れたように言う。
「というか食蜂さん、うちのレベル0同盟員を勝手に妹にしないでもらえます?」
食蜂の眉がわずかに上がった。
「……レベル0同盟?」
「私と由良ちゃんの秘密結社です」
「勝手に秘密結社へ昇格させないでください」
「いいじゃん」
「よくありません」
いつもの調子で言い合う二人を見て、食蜂の視線が佐天へ向いた。
「ずいぶん仲がいいのねぇ」
「同じクラスですから」
「レベル0同盟ですから」
「ふぅん」
微笑んでいる。
ただ、その笑みの奥に妙な圧力を感じた佐天が、わずかに背筋を伸ばした。
「佐天さん」
「は、はい?」
「由良ちゃんとは普段どのくらい一緒にいるのぉ? 登下校は? お昼は? 放課後は? 休日は?」
「怖い怖い怖い!」
佐天が椅子ごと少し後退した。
「何で私まで事情聴取されるんですか!」
「由良ちゃんの交友関係について参考情報を集めてるだけよぉ」
「何の参考ですか!」
「今後の姉妹力向上計画?」
「計画立てないでください!」
初春がとうとう堪えきれず口を挟んだ。
「食蜂さん、それはさすがにちょっと……」
「ちょっと?」
「アレです」
「初春!?」
佐天が振り向く。
「いや、これは私でも分かりますよ!」
由良も静かに頷いた。
「私もかなりだと思います」
「由良ちゃんまでぇ……」
再び食蜂の余裕が崩れかける。
美琴はその様子に呆れながら腕を組んだ。
「だから言ってるでしょうが。大事にするのと、全部把握して管理しようとするのは別物なの」
「御坂さんにだけは、距離感について説教されたくないわねぇ」
「何ですって?」
「だって御坂さん、年下の後輩から四六時中追いかけ回されてるじゃなぁい?」
美琴の動きが止まった。
その瞬間、それまで険しい顔をしていた黒子の表情が一転して輝いた。
「さすが食蜂さん、よく分かっていらっしゃいますの! お姉様と黒子の絆は、四六時中どころか二十四時間三百六十五日をもってしても――」
「黒子は黙ってなさい!」
「お姉様ぁ!」
そして、その一言だった。
食蜂の表情がぴたりと止まった。
黒子を見る。
美琴を見る。
もう一度、黒子を見る。
次の瞬間、先ほどまでの口論など初めから存在しなかったかのように、食蜂の顔へ実に晴れやかな笑みが広がった。
「由良ちゃん」
「はい」
「聞いたでしょう?」
「何をですか」
食蜂は黒子を指さした。
「今、白井さんが御坂さんを何て呼んだか」
由良もそちらを見る。
黒子は一瞬きょとんとした後、当然のことを答えるように胸へ手を当てた。
「お姉様、ですの」
「そう!」
食蜂が嬉しそうに両手を合わせる。
「ほらぁ、由良ちゃん。常盤台ではねぇ、仲の良い後輩が親しい先輩を『お姉様』って呼ぶのは、ぜぇんぜん不自然じゃないのよぉ?」
「待ちなさい食蜂!」
美琴が即座に割り込んだ。
「何を一例から一般化してんのよ!」
「でも実例が目の前にあるでしょう?」
「黒子が勝手に呼んでるだけよ!」
「お姉様、勝手とはあんまりですの!」
「黒子も今は反論しないで!」
食蜂は満面の笑みを保ったまま、由良へ一歩近づく。
「ねぇ? 由良ちゃんも分かったでしょう? つまり私がお願いしている『お姉様』呼びにも、ちゃんと常盤台文化的な正当性が――」
「ありませんの」
今度は黒子が即座に遮った。
食蜂が振り返る。
「……白井さん?」
「お姉様と黒子の清く麗しい関係を、あなたの怪しげな妹勧誘活動の正当化に利用しないでいただきたいですの」
「清く麗しい?」
美琴が低い声で呟く。
「そこも突っ込みたいけど今は後にするわ」
「そんなぁ。白井さん、さっきまでいい証言力だったのにぃ」
「証人扱いしないでくださいまし!」
佐天が口元を押さえる。
「食蜂さん、今一瞬すごくいい顔しましたね」
「勝ったと思ったんでしょうね……」
初春が小声で答えた。
しかし食蜂は、黒子から証言を撤回された程度では諦めなかった。
由良へ向き直る。
「で、でもぉ、少なくとも『お姉様』呼びそのものがおかしいわけじゃないってことは分かったでしょう?」
「黒子さんの場合と食蜂さんの場合は違うと思います」
「どこがぁ?」
「全部です」
「全部!?」
食蜂は目に見えて動揺したものの、それでもここが勝負所だと思ったらしく、さらに身を乗り出した。
ただし、彼女はここまで全力疾走してきたばかりであり、しかも由良へ自分の正当性を訴えられる材料を見つけた興奮まで重なっている。いったん美琴との口論で誤魔化されていた呼吸の乱れが、再び表へ出始めた。
「だ、だからぁ……ハァ、ハァ……ゆ、由良ちゃんもぉ……ハァ、ハァ……わ、私のことを……お姉様って……」
由良は食蜂の顔をじっと見た。
食蜂も、期待に満ちた目で見返す。
「……食蜂さん」
「な、なぁに?」
「鼻息が荒いです」
「…………」
一瞬、店内の一角だけ時間が止まったようになった。
「な、なんでぇ!」
食蜂が両手で顔を覆った。
「今は流れも理論も完璧だったでしょう!?」
「鼻息で説得力が全部死んだわよ!」
美琴が即座に切り捨てる。
「いえ、お姉様。前提の段階から破綻しておりますの」
「黒子、そこだけは冷静なのね」
「だってこれは一緒にされたくありませんもの!」
佐天はとうとう我慢できなくなり、テーブルへ突っ伏して肩を震わせた。
「佐天さん」
「ご、ごめん由良ちゃん……無理……」
「何がですか」
「第五位がハァハァしながら『お姉様って呼んで』って迫ってる絵面が……」
「笑わないでぇ!」
食蜂が顔を真っ赤にして抗議する。
「わ、笑ってませんって……ふふっ」
「笑ってるじゃなぁい!」
初春まで口元を押さえている。
「すみません、食蜂さん。でも今回は佐天さんに同意です」
「初春さんまで!?」
由良だけは、騒ぎの中心にいながら特に表情を崩さなかった。
ただし、椅子を先ほどより五センチほど後ろへ引いている。
食蜂はそれを見逃さない。
「由良ちゃん」
「はい」
「何で離れたのぉ?」
「鼻息が」
「もう止めたわよぉ!」
「そういう問題ではありません」
「じゃあ何の問題!?」
「距離感です」
食蜂が完全に肩を落とした。
そんな姿を見て、美琴は呆れ果てたように息を吐いたものの、由良が食蜂を完全に拒絶しているわけではないことにも気づいていた。
「食蜂」
「何よぉ……」
「相沢さん本人が嫌がってんだから、最低限そこは聞きなさい」
「……」
「別に一生会うなって言ってるわけじゃないでしょう?」
美琴は由良を見る。
「相沢さんも、完全に縁切りたいわけじゃないんでしょ?」
「そこまでは」
由良は少し考えてから答えた。
「ただ、毎日何度も連絡が来たり、大金を渡そうとされたり、二人きりのスパやパジャマパーティーへ何度も誘われるのは嫌です」
「ほら」
「でもぉ……」
「でもじゃない!」
美琴が睨む。
食蜂はしばらく黙った後、由良へ視線を戻した。
「じゃあ、週三回くらいなら?」
「何がですか」
「スパ」
「多いです」
「月一回」
「行く前提にしないでください」
「ならパジャマパーティーだけでもぉ」
「なしです」
「妹料」
「いりません」
「お姉様呼び」
「嫌です」
食蜂が提案するたび、由良は迷いなく切り捨てていく。
最後には、食蜂の肩がすっかり落ちた。
「……私、何なら許されるのぉ」
「普通に話すくらいなら」
食蜂の顔が上がった。
「普通に?」
「普通にです」
「毎日?」
「毎日は多いです」
「一日おき?」
「多いです」
「二日おきなら普通力の範囲に――」
「自分で普通を探してください」
「難題すぎるわぁ!」
「レベル5でしょう」
「能力と関係ないでしょう!?」
あまりにも即座の返答だったため、美琴が思わず吹き出しかける。
「アンタ、そこだけ急にまともね」
「御坂さんは黙っててぇ」
食蜂は不満そうに頬を膨らませた。
由良はそんな彼女をしばらく見てから、静かに続ける。
「距離を取ってくださいと言っただけで、二度と会わないとは言ってません」
「…………」
食蜂の動きが止まった。
「本当に?」
「はい」
「私のこと、捨てない?」
「そもそも拾ってません」
「そこは今どうでもいいわぁ!」
「よくないです」
「でも会ってはくれる?」
「普通なら」
「連絡も?」
「普通なら返します」
食蜂の目に、徐々に光が戻っていく。
「普通……普通ねぇ……」
「何か企んでません?」
「企んでないわよぉ。ただ普通の定義について学術的に検討を」
「やめてください」
由良に止められ、食蜂はしぶしぶ口を閉じた。
佐天が横から手を上げる。
「ではレベル0同盟として、私も一応監視しておきますね」
「何で佐天さんが出てくるのぉ?」
「うちの同盟員なんで」
「由良ちゃんは私の妹候補よ」
「妹じゃないです」
「候補よぉ!」
「候補でもありません」
「な、なんでぇ!」
また食蜂が崩れる。
美琴は頭を抱え、黒子は「懲りませんのね」と呆れ、初春は苦笑し、佐天だけが楽しそうに笑っていた。
その騒がしさの中で、由良は改めて目の前の少女を見た。
学園都市第五位。
《心理掌握》、食蜂操祈。
少し前まで名前さえ知らなかった相手が、実は学園都市に七人しか存在しないレベル5の一人だった。
「食蜂さん」
「なぁに?」
「本当にレベル5だったんですね」
食蜂が瞬きをした。
「今そこぉ?」
「ちゃんと考えたら、やっぱりすごいんだなと思って」
「でしょう?」
食蜂はようやく満足そうに微笑む。
「学園都市第五位よぉ?」
「でも」
「でも?」
由良は少し考えた。
「食蜂さんは食蜂さんですし」
「――――」
食蜂が完全に停止した。
美琴は嫌な予感がした。
黒子も同じだったらしく、わずかに目を細める。
由良本人は、特に深い意味を込めていなかった。肩書きがレベル5だろうと、毎日連絡をしてきて、妹料を渡そうとして、貸切スパへ誘い、お姉様と呼ばせようとする人であることに変わりはない――その程度の意味だった。
しかし食蜂にとっては違った。
頬がじわじわと赤くなる。
星形の瞳が妙に輝く。
「……由良ちゃん」
「はい」
「今の、もう一回言ってぇ?」
「嫌です」
「な、なんでぇ!」
「食蜂」
美琴の声が低くなる。
「アンタ、さっきまでの話もう忘れたでしょう」
「忘れてないわよぉ」
「じゃあその顔は何よ!」
「ちょっと感動しただけじゃなぁい」
「距離! 距離保ちなさい!」
「御坂さんは由良ちゃんの保護者じゃないでしょう!?」
「アンタよりはマシよ!」
「何ですってぇ?」
再び始まった二人の言い争いを前に、佐天が由良の肩を軽く叩いた。
「由良ちゃん」
「何ですか」
「やっぱりすごいね、レベル0同盟」
「何がです?」
「第五位相手に、ここまで普通に接するレベル0ってなかなかいないと思うよ」
「食蜂さんがレベル5でも、私の能力レベルは上がりませんから」
「そういう問題かなあ」
佐天は笑った。
由良にはいまひとつ分からず、首を傾げる。
その向こうでは、美琴と食蜂がまだ言い争っていた。
「普通って三日に一回くらいよねぇ?」
「アタシに聞くな!」
「じゃあ週二回?」
「相沢さんに聞きなさいよ!」
「由良ちゃん、週二回は?」
「交渉しないでください」
「な、なんでぇ!」
少なくとも、食蜂操祈が何かを反省したかと問われれば、かなり怪しい。
ただ、由良が完全に自分を拒絶したわけではないと理解したことで、店へ飛び込んできた時の切羽詰まった様子だけは薄れていた。
問題は、その代わりに頭の中で新たな計算が始まっていることだった。
――毎日は多い。
――一日おきも多い。
――なら三日に一度?
――でも健康確認は連絡回数に含まれるのかしらぁ。
――偶然会う分には「会う頻度」には含まれない?
――パジャマパーティーが駄目なら、昼間の部屋着パーティーは?
食蜂は無意識に顎へ指を当て、真剣な顔で考え込んでいた。
それを見た美琴の目が細くなる。
「食蜂」
「なぁに?」
「今、絶対ろくでもないこと考えてるでしょう」
「失礼ねぇ。普通の姉妹交流について検討していただけよぉ」
「姉妹じゃないって言われたばっかでしょうが!」
「妹候補よ」
「候補でもないって言われたでしょう!」
「可能性まで否定されたわけじゃないものぉ」
「往生際悪すぎるわよ!」
由良はアイスティーを飲みながら、その言い争いを眺めていた。
常盤台のお嬢様が全員、食蜂操祈のような人間ではない。
それは今日、よく分かった。
ただ、その理解と同時に、常盤台には食蜂とは別方向で相当に面倒そうな人間もいるらしい、という認識も芽生えつつある。
由良は美琴へ飛びつこうとして首根っこを掴まれている黒子を一度見た後、隣で楽しそうに笑っている佐天へ視線を戻した。
「佐天さん」
「ん?」
「レベル0同盟って、平和ですね」
佐天も一度、第三位と第五位、それから第三位へまとわりつく空間移動能力者を見た。
「……まあ、比べる相手がおかしいだけだと思うけどね」
その意見についてだけは、由良も素直に頷くことができた。