ニチアサ魔法少女モノに転生したら性癖終わってる奴らしかいない件 作:レイ
校舎の奥にひっそりと佇む茶道部の部室、学校内ならば避ける事が難しい喧騒もこの空間内では見事に遮断され、今の俺の荒み切った心に静かな癒しをもたらしてくれていた。そして俺の目の前に座る彼方さんは……背筋をピンと伸ばし膝から足の甲までを畳につけ、膝を曲げてかかとの上にお尻を乗せる、そんな手本とばかりの美しい正座を取っている。茶道部の彼女がここにいるのは何もおかしくないが、俺は別に部員でも何でもない。そんな自分がどうしてここにと聞かれれば……それは今日1日を通して起きた、数多の精神を削り取られた出来事達のせいであった。
―――9月1日、夏休みの終わりを惜しみつつ登校し教室へと足を踏み入れたその瞬間。
『キャー!霞ヶ丘中学のアイドルこと浅上愛音様のご登場よー!!』
『ああ……貴方に会う事の出来ない夏休みの間、私は毎日心が引き裂かれる想いでしたわ……』
『可愛い(結婚しよ)』
『私なんて愛音ちゃん成分、通称アノニウムが不足しすぎて8月下旬辺りからもう頭がどうにかなりそうだったなぁ。そのせいで夜に喉が渇いて台所へ行ったら、何か包丁を持った髪の長い女の人の幻覚が見えちゃったりした事もあったよ~』
『…………あれ、春香ちゃんが住んでるお家って確か過去に妻が夫を台所で殺してその後に自分も命を絶った事故物件だって噂がなかったっけ』
『『え?』』
俺はクラスメイト達から溢れんばかりの熱狂的な歓声を受け……何か鎧の巨人の継承者とガチホラーエピソードが混じっていたのはスルーして……その後も授業中は360度全方位から全身を舐めまわすような劣情の籠った視線をひたすら浴び続けた揚げ句、昼休みに入ったら俺の机の前に『浅上さん、私と一緒にお昼食べませんか!?』、『これ!私が作ったお弁当です!ちなみにとっておきの隠し味も入れておきましたよ……ナニかは想像にお任せしますね♡』と何人もの女子生徒達が恍惚とした表情を浮かべ、両目にハートマークを宿しながら次々と迫ってきたのだ。
こうなるのが分かっていたから、学校が始まるのが憂鬱で仕方がなかったんだ……もはやこの時点で俺の精神は既に限界寸前だったものの、初日から心折れていてはとてもじゃないが2学期を乗り切る事は出来ない。己を奮い立たせて、一人一人丁重にお断りしようとしたそのとき。
『こら!やめなさい貴方達!浅上さんが困っているでしょう!』
こちらへやってきた担任の佐伯先生が大きく声を張り生徒達を叱りつけると、彼女らは渋々俺の元から去って行った。俺はホッと胸を撫で下ろし、『先生……ありがとうございます……!』と感謝を伝えた。そして救世主とも呼べよう彼女は教師らしく、真面目な顔つきのまま眼鏡をクイッとさせて。
『このまま順調に浅上さんの好感度を稼いでいけば、近いうちに教師と生徒の禁断の関係へと持ち込めますねへへへ―――何でもありません』
この世界に希望など存在しないのだと俺は悟った。
そして午後の授業中はずっと死んだ魚のような瞳を浮かべ続け、ようやく放課後を迎えた頃にはぐったりと疲れ果てた状態であった。帰り道が同じ方向でいつも一緒に帰っている日向さんはお母さんから買い物を頼まれているらしく、先に帰ってしまっており……独りでこの精神ダメージを負ったまま帰らなければいけないのかと落ち込んでいると『浅上さん、もしよろしければ少し私に―――付き合ってくださいませんか?』と彼方さんから声をかけられ、このまま帰るより友達である彼女と一緒にいたい、そんな思いから俺はコクリと頷いた。そして……茶道部の部室へと連れてこられた今に至るというわけである。
ただただカオスな回想でしたが、どうか寛大な心でお許しください。
「本来なら今日は部活動はお休みですけど……先生にお願いして、こうして部室を使わせて頂く事が出来たのは本当に有難いですね」
そう言って、優しく笑いかけてくる彼方さん……彼女の実家は歴史ある茶道の名家なのだが、どうやら話を聞けばこの学校のOGである彼女のお母さんもかつて茶道部に所属していたらしく、そのときから今現在に至るまで顧問を務めている先生とも長年親交が深いのだという。
「浅上さんが何やらとても疲れている様子でしたので、心配になりどこか落ち着ける場所へと思い頭に浮かんだこの部室へ連れてきさせてもらいましたが……どうですか浅上さん?少しはリラックス出来ているでしょうか?」
「は、はい、すっごく落ち着きますし……だいぶ楽になってきましたよ」
「ふふ、それなら良かったです」
彼方さんはホッとしたように目を細めて……昨日の件に引き続き、またしても彼女に気を遣わせてしまったという事実に申し訳なさと、何よりこんな自分自身に対して不甲斐なさを感じる。
「……ホント、彼方さんにはいつも気を遣わせてばかりですね。情けない私でごめんなさい……」
俯きながら謝罪の言葉を告げると……「顔を上げてください」とそっと寄り添うような優しげな声色が耳元に入ってきた。俺は気まずさを感じながらもゆっくりと顔を上げると、彼方さんは真剣な表情でこちらを見つめてきていて。
「私にとって浅上さんは同じ魔法少女であり、クラスメイトであり、そして何より―――大切な友達です。友達が苦しんでいるのなら、何時何時であろうと力になるのは当たり前の事でしょう」
「彼方、さん……」
彼方さんの曇りなき瞳には嘘偽りなど微塵も存在せず、紛れもない本音なのだと理解出来た。彼女の優しさと温かさに心の内側から喜びが沸き上がってきて……俺は自然と顔が綻び、「にへー」と満面の笑みが浮かぶのであった。
「……っ」
俺の笑顔を見た彼方さんは何故かその頬を赤らめ、慌てて視線を逸らしてしまった。
「うぅ……た、ただでさえ昨日受けたあの笑顔が頭から離れないというのに、また……わっ、私は浅上さんの瞳に恋しているのです。なのにそれ以外で彼女にドキドキしてしまうのはどうしてですか……」
まるで己に問いただすようにブツブツと呟く彼方さん、その内容は小声でよく聞き取れないが……どこか様子のおかしい彼女に困惑していたものの、やがて彼方さんは意を決したようにバッとその顔を上げ……真正面からこちらを真剣な瞳で見据えて。
「―――浅上さん!茶道において最も重要な事は何か知っていますか!」
「じゅ、重要なことですか……?」
「茶道とは己の投影、心が乱れていては良きお茶を点てることなど出来ません。ですから精神統一が何よりも大切なのです」
「そ、そうなんですね」
「そして今の疲労している浅上さんにとって、精神統一を行う事は荒んだ心を宥めるのと同時に大きなリラクゼーション効果があるはず……ですから!」
彼方さんは何かを誤魔化すように俺に熱弁してきて、その勢いのまま。
「―――今から浅上さんも一緒に正座をして、それで瞑想を行いましょう!」
「……へ?」
俺は彼方さんと共に瞑想という名の精神統一を行う事となってしまった……いやまあ、それは別に構わないんだが……
「正座、ですか……」
そのワードが、俺の中で大きく引っかかるのだった―――
「ハァ……ハァ……」
彼方さんに言われた通り、畳の上で正座をして瞳を閉じ瞑想を行う俺であったが……やはりというべきか。日向さんと一緒に行ったトレーニングの甲斐もあって以前より少しはマシなものの、結局は虚弱体質でよわよわな事に変わりないので畳の上での正座などもはや拷問に等しかった。開始僅か30秒で既に両足がジワジワとしびれ始め、3分が経過した今ではもう両足が「すんません、俺達もう無理ッス!」と限界を訴えている。こんな状態では、当然精神統一など集中出来るはずもない。
瞑想という神聖な時間の中で罰当たりだと思うのだが……心の底から早く終わってくれと願う俺であった。
そして視点は代わり、浅上愛音がプルプルと足を震わしながら必死に耐えているそのとき、隣で同じように正座状態で瞑想を行っているはずの彼方沙織はというと―――
「……浅上さんっ」
ゴクリと喉を鳴らし、正座も瞑想もしておらずそっとバレないように浅上愛音の顔を至近距離で覗き込んでいるのであった……そう、実は精神統一なんてのはあくまで建前で彼女が目を閉じている際に近づいて見つめるのが真の目的なのだ。
何故そんな事をしてたかと聞かれると……彼方沙織は自身を形作り、そして人生そのものの大きな基盤と化している眼球フェチという己の性癖が明らかに揺らいでいる事に不安を抱いてしまった。だからこそ、あえて浅上愛音に瞳を閉じさせた状態の上で彼女を見て、この感情の答えを導き出そうとしたのである。
これで何の興奮も抱かなければ解決と言えよう、しかしいざ目の前で観察してみれば―――白く滑らかな陶器のような肌、綺麗に整った長い眉、そしてプルッと柔らかそうな唇。瞳が見えずとも浅上愛音に対して彼方沙織は確かな胸の高鳴りを感じてしまっていた、そして思わず彼女には聞こえないほどの小さな声で。
「可愛い、です……」
そんな、歪んだ性癖など存在しない純粋な言葉が漏れ出てしまった……それと同時に遂に限界を迎えた浅上愛音はバランスを崩し、そのまま前へと大きく傾いて―――
「な!?」
……俺は固い畳に体を打ち付けるとばかり思っていたが、予想とは対象的にふんわりとした柔らかい感触に包み込まれて……一体何が起きたのかとゆっくりと目を開けてみれば。
「おっぱ……い?」
俺は―――彼方さんの胸元に顔をうずめるような形で倒れ込んでしまっていたのだ。
「ああっ、浅上さんっ……!??」
「…………」
まるでオーバーヒートと言わんばかりに彼方さんは耳の先まで真っ赤に染まっている……これは、その……彼方さんは目をグルグルと回しながら勢いよく立ち上がり。
「おお、お疲れ様でした!瞑想はここまでです浅上さんの心も安らいだ事でしょうそれでは私は先に帰りますねさようならー!!」
「ま、待ってください!?」
彼方さんはどこぞのジャスティスなヒーローチームに所属している赤い閃光の如く目にも止まらぬ速さで部室を飛び出し、そのまま走り去って行ってしまった……一人残された部室。そこで俺は。
「終わった……完全に嫌われた……」
そう、絶望に満ちた表情を浮かべ膝から崩れ落ちるのであった。
「……明日会ったら謝らなきゃ」
帰り道、同性であろうとライン超えな行為には変わりなく……俺はいざとなったら土下座の10回や100回も問わない。そんな強い覚悟を心の内で定めたとき―――
「あらら?ここはどこかしらー?」
少し離れた先に一人立ち尽くしている人影が目に入った、その人物はこの電子機器時代には珍しく地図を片手に持ち右に左にとキョロキョロと首を巡らせながら明らかに道に迷っている様子だ。困っているのなら助けてあげないと、魔法少女としての、何より自分の理念に従いその人の元へ足を進めるとぼんやりとしていた顔がくっきりと映り……
「……っ」
……俺は思わず息を呑んだ、何故ならその女性は一般的に美しいとされる芸能界のモデルですら比べ物にならない、それこそあまりにも整いすぎている彫刻のような顔立ちをしていた。まるで画面越しにしか見る事が叶わないであろうハリウッドの大女優を前にしているかのよう……そして美はもちろん、何より目を引くのは腰まで伸びた鮮やかな赤髪のロングヘア。恐らく外国の方だろうけど、でも今流暢に日本語を喋っていなかったか?
思考が追い付かない中、異様なまでの美貌を纏ったその女性はこちらが立ち止まっていることに気づくと、ぱぁっとその表情を輝かせ軽やかな足取りでこちらへ駆け寄ってきた。
「私、ちょっと道に迷ってしまったの、もしよろしければ―――助けて頂けない?」
……透き通るように美しい声でそう尋ねてくる赤髪の美女、当然力になりたい……でも間近で彼女の輝かしい笑顔をこの瞳に入れた瞬間、抱いたのは美に対する純粋な驚嘆や高鳴りなどではなく―――何か得体の知れない寒気だった。
…………いやいや、見ず知らずの人にそんな感情を抱くなんて失礼だ。反省しなきゃ。
「……フフフ」
浅上愛音は気づかなかった、目の前で彼女が浮かべている―――狂気的な笑みに。
もう10話目ですし、それに魔法少女モノならそろそろ顔見せぐらいは必要ですよね?
正体に関しては次回をお楽しみに!