ついに尸魂界へ足を踏み入れた一護たち。
そして御門朔夜にとっては、長い間離れていた場所への「帰還」でもあります。
死神代行篇ではほとんど明かしてこなかった朔夜の過去や、尸魂界で彼がどのような存在として知られているのかも、ここから少しずつ描いていきます。
また今回は、朔夜の斬魄刀「御厨子」の力の一端も登場します。
それでは、第二部「尸魂界篇」。
第11話「帰還した怪物」です。
第11話 帰還した怪物
尸魂界。
現世とは異なり、空気そのものが霊子によって構成された世界。
黒崎一護たちは、朽木ルキアを救うために初めてその地へ足を踏み入れた。
一護、井上織姫、茶渡泰虎、石田雨竜。
彼らにとっては、何もかもが未知の世界だった。
しかし、一人だけ違う。
御門朔夜。
彼だけは、目の前に広がる景色を懐かしそうに眺めていた。
「……本当に帰ってきたんだな」
朔夜が小さく呟く。
その声を聞いた一護が横を見る。
「なあ、朔夜」
「何だ?」
「さっきから気になってたんだけど、お前って本当にここに住んでたんだよな?」
「住んでたよ」
「どこに?」
一護の質問に、朔夜は少し考えた。
「色々なところ」
「またそれかよ!」
一護の声が響く。
石田が呆れたように眼鏡を押し上げた。
「黒崎。今までのやり取りを聞いていれば、その男が素直に全部話すとは思えないけどね」
「うるせぇ!」
「事実だろう」
二人が言い争いを始める。
織姫は困ったように笑い、チャドは黙ってその様子を見ていた。
その少し前を歩いていた黒猫姿の夜一が振り返る。
「遊びに来たわけではないぞ。まずは瀞霊廷へ向かう」
一護たちの表情が引き締まった。
遠くには巨大な壁が見える。
その向こうにあるのが、護廷十三隊の本拠地――瀞霊廷。
そして、その中にルキアがいる。
一護は拳を握った。
「待ってろよ、ルキア」
一行が歩き出す。
しかし、朔夜だけは一度だけ振り返った。
誰もいない。
それでも、確かに感じていた。
自分の霊圧を探る気配。
一つや二つではない。
「……やっぱり気づかれたか」
夜一が小さく答える。
「おぬしほど特徴的な霊圧を持っておれば当然じゃろう」
「もう少し隠せると思ったんだけどな」
「十年以上も消えておった者の霊圧が突然戻れば、覚えている者なら気づく」
朔夜は苦笑した。
「歓迎されると思う?」
「相手によるのう」
「だよな」
二人の会話を聞いていた一護が振り返る。
「おい、今なんか物騒な話してなかったか?」
「気のせいだ」
「絶対違うだろ!」
朔夜は答えず、そのまま歩き続けた。
◇
同じ頃。
瀞霊廷。
六番隊隊舎。
隊長室にいた朽木白哉は、書類に目を通していた手を止めた。
僅かな霊圧。
距離は遠い。
しかし、それだけで十分だった。
「……御門朔夜」
傍らにいた阿散井恋次が反応する。
「やっぱり、あいつなんですか?」
白哉は答えない。
恋次は現世で見た朔夜を思い出していた。
黒崎一護が倒された時。
朔夜は刀を抜いていない。
霊圧を解放したわけでもない。
ただ、怒った。
それだけだった。
それにもかかわらず、身体が本能的に危険を感じた。
「隊長」
恋次が少し迷ってから尋ねる。
「あいつって、本当にそんなにヤバい奴なんですか?」
白哉の視線が恋次へ向く。
「余計なことを考えるな」
「でも」
「御門朔夜と遭遇しても、不用意に戦闘を仕掛けるな」
恋次の表情が変わった。
六番隊隊長である朽木白哉が、自分へ戦うなと言った。
「……それほどですか」
白哉は再び書類へ視線を落とす。
しかし、その言葉だけは明確だった。
「少なくとも、貴様一人で相手をする存在ではない」
恋次は何も言えなかった。
◇
別の場所。
十一番隊隊舎。
一人の男が楽しそうに口元を歪めていた。
眼帯。
逆立った髪。
全身から滲み出る戦闘への欲望。
十一番隊隊長――更木剣八。
「おい」
近くにいた隊士が振り返る。
「は、はい!」
「今、何か面白そうな霊圧を感じなかったか?」
「霊圧、ですか?」
「かなり遠いがな」
剣八は立ち上がった。
「知ってるような、知らねぇような……」
肩に乗っていた小さな少女――草鹿やちるが笑う。
「けんちゃん、楽しそう!」
「ああ」
剣八の笑みが深くなる。
「面白ぇ奴が来た気がする」
その言葉に。
隊士たちは嫌な予感しかしなかった。
◇
一方。
一護たちは流魂街を進んでいた。
周囲には見慣れない家々と、多くの魂魄たちがいる。
織姫は珍しそうに辺りを見回している。
「尸魂界って、もっとこう……雲の上みたいなところだと思ってました」
「死人が全員雲の上で暮らせるほど広くないだろ」
朔夜が答える。
「なるほど!」
織姫は素直に納得した。
石田が横から言う。
「今の説明で納得するのか……」
そんな会話をしていた時だった。
複数の男たちが前方に現れた。
明らかに友好的ではない。
「おい、お前ら」
その中の一人が一護たちを見る。
「見ねぇ顔だな」
一護が立ち止まった。
「何だよ」
「外から来た奴か?」
男たちの視線が、一護からチャド、石田、織姫へ移る。
そして最後に朔夜を見る。
「……」
朔夜も相手を見る。
男の一人が眉をひそめた。
「何だ、てめぇ。その刀」
腰にある斬魄刀。
それを見て警戒したらしい。
「死神か?」
朔夜は肩をすくめる。
「一応」
一護が思わず横を見る。
「一応って何だよ」
「説明すると長い」
「そればっかりだな、お前!」
男たちは顔を見合わせた。
「死神なら好都合だ」
一人が武器を構える。
「こっちは死神に良い思い出がねぇんだよ」
夜一が小さくため息をついた。
「面倒じゃのう」
朔夜も同意する。
「本当にね」
一護が斬魄刀へ手を伸ばした。
「俺がやる」
その手を朔夜が軽く止めた。
「いいよ」
「は?」
「ここは俺がやる」
一護が目を細める。
「珍しいな。いつも俺にやらせるくせに」
「今のお前はルキアを助けるために力を残しとけ」
「別にこんな奴らくらい」
「それに」
朔夜は前を見る。
「久しぶりだから、ちょっと確認したい」
「何を?」
「感覚」
一護が嫌な予感を覚えた。
男の一人が朔夜へ突っ込んでくる。
「舐めてんじゃねぇ!」
武器を振り下ろす。
朔夜は動かなかった。
ただ。
右手の人差し指を。
僅かに動かした。
「――解」
音はなかった。
少なくとも、一護には何が起きたのか分からなかった。
次の瞬間。
男が握っていた武器が。
綺麗に二つへ分かれた。
「……は?」
男自身には傷一つない。
切断された武器だけが地面へ落ちる。
カラン。
乾いた音が響いた。
誰も動けない。
朔夜は自分の指先を見た。
「うん」
少し安心したように笑う。
「問題ないな」
一護が呆然とする。
「……今、何した?」
「斬った」
「それは見りゃ分かる!」
「ならいいだろ」
「よくねぇよ!」
石田も朔夜の手を見ていた。
「刀を抜いていない」
「うん」
「それどころか、動いてすらいない」
「指は動かしたぞ」
「そういう問題じゃない」
相手の男たちは完全に戦意を失っていた。
朔夜が彼らを見る。
「まだやる?」
全員、猛烈な勢いで首を横に振る。
「じゃあ」
朔夜が笑う。
「行っていい?」
道が一瞬で開いた。
一護たちが歩き出す。
一護は朔夜の横へ並んだ。
「なあ」
「何?」
「今の何て言った?」
「解」
「それが、お前の斬魄刀の能力か?」
朔夜は一瞬だけ一護を見る。
「一部」
「……一部?」
「まだ基本」
一護の足が止まりかけた。
「今のが基本!?」
朔夜は振り返らない。
「普通だろ」
夜一が即座に言った。
「普通ではない」
「夜一さんまで」
一護は朔夜の腰にある刀を見る。
まだ抜いていない。始解すら見せていない。
なのに道が。
一瞬で開いた。
一護たちが歩き出す。
一護は朔夜の横へ並んだ。
「なあ」
「……お前」
一護が小さく呟く。
「どこまで強いんだよ」
朔夜には聞こえていた。
しかし答えなかった。
自分自身どこまで力を出すことになるのか、まだ分からないからだ。
◇
一行はやがて巨大な門の前へ辿り着いた。
瀞霊廷へ続く門。
それを見上げ一護の顔が引き締まる。
「あの向こうに」
「うむ」
夜一が答える。
「ルキアがおる」
一護は。
斬魄刀を握る。
「なら」
一歩、前へ。
「行くだけだ」
チャドが続く。
石田も。
織姫も。
そして。
朔夜。
しかし朔夜だけは門ではなくさらにその奥を見ていた。
感じる。
いくつもの。
懐かしい霊圧。
そしてその中に知らない。
いや知らないはずなのに。
どこか嫌な感覚を覚える霊圧もある。
「……」
夜一が横を見る。
「何か感じるか?」
「ああ」
「誰じゃ?」
「多すぎて分からない」
朔夜は苦笑した。
「でも」
腰の刀へ手を置く。
「向こうも」
少し目を細める。
「俺が来たことを」
「完全に知ったみたいだ」
◇
瀞霊廷。
その頃複数の隊舎で同じ話が広がり始めていた。
「旅禍が侵入したらしい」
「黒崎一護という死神代行がいる」
「滅却師も同行しているそうだ」
そして。
もう一つ。
それらとは明らかに違う扱いをされる名前。
「御門朔夜」
その名を聞いた者の中には知らない者もいる。
しかし、知っている者たちは
一様に表情を変えた。
驚き。
警戒。
困惑。
あるいは興味。
長い間
尸魂界から消えていた死神。
浦原喜助。
四楓院夜一。
その二人に鍛えられ。
かつて瀞霊廷でその名を知られた男。
そしてある死神が静かにこう呟いた。
「怪物が」
窓の外。
遠く。
瀞霊廷の外を見る。
「帰ってきたか」
◇
門の前。
朔夜が突然小さなくしゃみをした。
「……誰か噂してるな」
一護が呆れる。
「こんな時に何言ってんだ」
「いや」
朔夜は瀞霊廷を見る。
少しだけ笑う。
「多分、間違ってない」
一護たちはまだ知らない。
御門朔夜の帰還が自分たちが想像している以上に護廷十三隊へ、
大きな波紋を広げ始めていることを。
そして朔夜自身もまだ知らない。
この尸魂界で自分の過去ともう一度
正面から向き合うことになるということを。
ルキア救出。
護廷十三隊。
そして御門朔夜の過去。
すべてが交差する。
第二部。
尸魂界篇。
その戦いが。
今。
本当の意味で。
始まろうとしていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
尸魂界篇最初の第11話でした。
今回は、朔夜が尸魂界へ戻ったことで朽木白哉や阿散井恋次だけでなく、護廷十三隊の一部も彼の存在に気づき始めています。
そして今回、朔夜が初めて技名を口にした斬撃――
「解」
刀を抜くことなく、指先を僅かに動かしただけで相手の武器を切断しました。
ただし、これは「御厨子」の力のほんの一端にすぎません。
朔夜にはまだ、
「捌」
そして、それ以外にも隠された力があります。
始解「御厨子」の本当の能力。
卍解「伏魔御廚子」。
浦原喜助と四楓院夜一に鍛えられた理由。
さらに、護廷十三隊の一部から朔夜が「怪物」と呼ばれるようになった過去。
これらについても、尸魂界篇を進めながら少しずつ明らかにしていきます。
そして一護たちの前には、いよいよ瀞霊廷への入口が立ちはだかります。
ルキアを救うために進む一護たち。
過去と向き合うために戻ってきた朔夜。
彼らの尸魂界での戦いは、まだ始まったばかりです。
次回――
第12話
「瀞霊廷への門」
よろしくお願いします。