しかし、当然ながら正面から簡単に入れるはずもありません。
今回は、一護たちにとって尸魂界で最初の本格的な関門となる戦いです。
そして朔夜も、懐かしい人物の気配を感じ始めます。
それでは、第12話「瀞霊廷への門」です。
巨大な門が、一護たちの目の前にそびえ立っていた。
見上げても頂上が見えないほど高く、左右へ視線を向けても終わりが分からない。
その向こう側にあるのが瀞霊廷。
朽木ルキアが囚われている場所であり、護廷十三隊の本拠地でもある。
一護は門を見上げながら、斬魄刀の柄を握った。
「……ここを越えればいいんだな」
黒猫姿の夜一が答える。
「そう簡単にはいかんぞ」
「分かってる」
「本当に分かっておるのか?」
「さっきから俺、信用なさすぎじゃねぇ?」
隣にいた朔夜が小さく笑った。
「日頃の行いだろ」
「お前にだけは言われたくねぇよ!」
いつもの言い争いに、織姫が思わず笑う。
しかし石田だけは、巨大な門を警戒するように見つめていた。
「何の警備もないというのは不自然だね」
「いるよ」
朔夜の一言で、全員の視線が集まる。
「どこに?」
一護が尋ねる。
朔夜は門を指差した。
「もう来る」
次の瞬間だった。
ズシン、と地面が大きく揺れた。
織姫が驚いてチャドの方を見る。
「地震ですか!?」
「違う」
チャドは前方を見たまま答えた。
門の前に巨大な影が落ちる。
そして、建物ほどもある巨体の男が一護たちの前に姿を現した。
「で、でか……」
一護が思わず口にする。
男は巨大な斧を肩に担ぎ、一行を見下ろした。
白道門の門番、兕丹坊。
瀞霊廷へ入ろうとする侵入者を阻むため、この門を守っている男だった。
「旅禍か!」
地面まで震わせるような大声。
織姫が両手で耳を押さえる。
「声も大きいです!」
朔夜は懐かしそうに兕丹坊を見上げた。
「相変わらずだな」
夜一がちらりと朔夜を見る。
「知っておるのか?」
「昔、何度か見た」
「知り合い?」
一護が尋ねる。
「向こうは俺を覚えてないと思う」
朔夜がそう言った時、兕丹坊の視線が彼へ向いた。
少しの沈黙。
兕丹坊が眉を寄せる。
「……お前」
朔夜の表情が僅かに変わった。
「もしかして覚えてる?」
「どこかで見たような……」
「気のせいじゃない?」
「そうか?」
夜一が呆れたように言う。
「誤魔化す気があるのかないのか分からんな」
兕丹坊は少し考えたものの、すぐに一護たち全員へ視線を戻した。
「この門を通りたければ、俺を倒してからにしろ!」
巨大な斧が振り上げられる。
一護が前へ出た。
「なら話が早ぇ」
斬魄刀を抜く。
朔夜がその肩を掴んだ。
「待て」
「何だよ」
「俺がやってもいいけど」
一護の目が細くなる。
朔夜は兕丹坊を見上げる。
「お前がやれ」
「最初からそのつもりだ」
「そう言うと思った」
朔夜が手を離す。
石田が少し不満そうに尋ねた。
「君なら一瞬で終わらせられるんじゃないのか?」
「多分ね」
「なら、なぜ?」
朔夜は一護の背中を見る。
「ここから先、俺が全部倒すわけにはいかないだろ」
石田は黙った。
それは死神代行篇から変わらない、朔夜なりの考え方だった。
助けるべき時には助ける。
しかし、本人が戦うべき場面では力を奪わない。
「それに」
朔夜は少し笑った。
「今の一護がどれくらい強くなったのか、俺も見たい」
一護が振り返る。
「だったらよく見とけ」
その表情には自信があった。
浦原の修行を乗り越え、斬月の名を知った。
以前の一護とは違う。
兕丹坊が斧を構える。
「行くぞ!」
巨大な刃が振り下ろされた。
轟音。
地面が抉れる。
しかし、一護はそこにいない。
「なに!?」
兕丹坊が目を見開く。
一護は横へ回り込んでいた。
朔夜が目を細める。
「速くなったな」
夜一も満足そうに尻尾を揺らす。
「修行の成果じゃな」
一護が斬魄刀を振るう。
巨大な斧と衝突し、火花が散った。
兕丹坊の膂力は圧倒的だった。
普通の人間なら、受けた瞬間に身体ごと吹き飛ばされる。
しかし、一護は耐えた。
「ぐっ……!」
「どうした!」
兕丹坊がさらに力を込める。
一護の足元が沈む。
それでも、一護は笑った。
「この程度で……止まってられるかよ!」
一気に刀を押し返す。
兕丹坊の顔に驚愕が浮かぶ。
「何っ!?」
斬撃。
巨大な斧へ亀裂が入る。
そして次の一撃。
斧が砕け散った。
静寂。
兕丹坊は、折れた斧を呆然と見つめている。
一護も息を整えながら立っていた。
朔夜が笑う。
「悪くない」
一護が睨む。
「悪くないじゃねぇ。もっと褒めろ」
「じゃあ、かなり悪くない」
「同じだろ!」
織姫が嬉しそうに一護の名前を呼ぶ。
チャドも静かに頷いた。
石田は眼鏡を直しながらも、口元に僅かな笑みを浮かべている。
敗北を認めた兕丹坊は、一護をじっと見た。
やがて豪快に笑う。
「俺の負けだ!」
一護が少し拍子抜けした顔をする。
「意外とあっさり認めるんだな」
「負けたものは負けた! それが勝負だ!」
兕丹坊は門へ向かう。
そして、巨大な白道門へ両手を掛けた。
「開けてやる!」
地響き。
信じられないほどの重量を持つ門が、ゆっくりと持ち上がっていく。
一護たちの表情が変わった。
門の向こう。
瀞霊廷。
ついに道が開く。
「行くぞ」
一護が前へ出ようとした。
その瞬間。
「待て」
朔夜の声。
普段とは違う、鋭い声だった。
一護が止まる。
「何だ?」
朔夜は門の向こうを見ていた。
笑っていない。
夜一も同じ方向へ顔を向ける。
「……来たか」
「誰が?」
一護にはまだ分からない。
しかし、朔夜には分かる。
一つの霊圧。
細く、掴みづらく、どこか蛇のような気配。
その霊圧を、朔夜は知っている。
「懐かしいな」
門の向こうから声が聞こえた。
柔らかい声。
しかし、そこに込められた圧力は、先ほどの兕丹坊とは比較にならない。
「そない堂々と門を開けたら、あかんやろ」
一人の死神が立っていた。
白い隊長羽織。
細い目。
口元に張り付いたような笑み。
三番隊隊長。
市丸ギン。
一護の表情が変わる。
「隊長……?」
夜一が低い声で答える。
「そうじゃ」
兕丹坊も固まっている。
「市丸……隊長」
ギンは笑ったまま、一護たちを眺める。
そして、その視線が一人のところで止まった。
御門朔夜。
数秒。
二人は何も言わない。
一護は、その沈黙に妙なものを感じた。
「……朔夜?」
ギンの笑みが、ほんの少しだけ深くなる。
「いやぁ、ほんまに帰ってきたんやね」
一護たちが一斉に朔夜を見る。
朔夜は、ため息をついた。
「久しぶりだな、ギン」
一護の目が見開かれる。
「また知り合いかよ!」
「尸魂界なんだから、多少はね」
「多少ってレベルじゃねぇだろ!」
ギンは楽しそうに二人のやり取りを見る。
しかし、朔夜は笑っていなかった。
市丸ギン。
昔から何を考えているのか読みにくい男だった。
今も、それは変わっていない。
「旅禍を中へ入れるわけにはいかへん」
ギンが静かに刀へ手を掛ける。
一護も斬魄刀を構えた。
しかし、朔夜が前へ出る。
「待て、一護」
「今度は何だよ」
「こいつは、さっきの門番とは違う」
空気が変わる。
一護にも分かった。
兕丹坊とは明らかに格が違う。
朔夜の右手が、ゆっくり斬魄刀の柄へ伸びる。
その瞬間、ギンの笑みが僅かに薄くなった。
「怖いなぁ」
「よく言う」
「昔より怖うなったんちゃう?」
「夜一さんと喜助のせいだよ」
「なるほど」
二人だけが、何かを知っている。
そんな会話だった。
一護はまた強く思う。
御門朔夜。
こいつは尸魂界で一体何者だったのか。
ギンがゆっくりと斬魄刀を抜く。
細い目の奥から、一瞬だけ鋭い光が覗いた。
そして、静かに刀身を一護たちへ向ける。
朔夜の表情が変わった。
「一護、下がれ」
「何?」
「早く」
短い言葉。
だが、そこには逆らわせない強さがあった。
一護が一歩下がった、その直後。
市丸ギンが笑みを浮かべたまま口を開く。
「――射殺せ、神鎗」
瞬間。
刀身が伸びた。
一護の目では追い切れないほどの速度。
真っ直ぐ。
鋭く。
白道門の外へ向かって突き出される。
「っ!?」
一護が息を呑む。
朔夜には見えていた。
刀身が伸びる瞬間も。
狙われている場所も。
その軌道も。
「解――」
反射的に指が動きかける。
しかし。
「朔夜!」
夜一の声が飛んだ。
朔夜の指が止まる。
ほんの一瞬。
その迷いの間に。
神鎗が兕丹坊へ迫った。
「ぐおおおっ!?」
凄まじい衝撃。
兕丹坊の巨体が後方へ押し出される。
持ち上げていた白道門も耐えきれずに落ち始めた。
「兕丹坊!」
一護が叫ぶ。
さらに伸びた刀身が、一護たちごと門の外へ押し戻す。
一護は斬魄刀で受け止めようとするが、あまりにも勢いが強い。
「くそっ!」
チャドが織姫を庇う。
石田も体勢を低くする。
朔夜は一歩踏み込みかけた。
この程度なら斬れる。
少なくとも軌道を逸らすことはできる。
しかし、それをすれば市丸ギンに対して自分の力を真正面から見せることになる。
ギンだけではない。
門の向こうは瀞霊廷だ。
この場で朔夜が本格的に戦えば、その霊圧を他の隊長たちも確実に察知する。
「……っ」
朔夜は歯を食いしばる。
その間に兕丹坊は完全に門の外へ押し戻された。
ギンの刀身が一瞬で元の長さへ戻る。
巨大な白道門が落ちる。
「待て!」
一護が走る。
しかし、間に合わない。
轟音。
白道門は完全に閉ざされた。
土煙が舞う。
しばらく誰も言葉を発しなかった。
一護は閉じた門を睨む。
「……あいつ」
拳を握る。
「ふざけやがって」
朔夜もまた、白道門を見つめていた。
頭の中には、今の一撃が残っている。
「神鎗……」
一護が振り返る。
「知ってんのか?」
「昔、何度か見た」
「どんな刀なんだ?」
朔夜は少し考える。
「見た通りだよ。伸びる」
「それだけか?」
「それだけだから厄介なんだ」
一護が眉を寄せる。
朔夜は自分の指を見た。
「単純な能力ほど、使う奴の技量がそのまま強さになる」
市丸ギンほどの使い手が扱えば、ただ刀が伸びるというだけでも
それは十分すぎるほど脅威になる。
夜一が朔夜の隣へ来る。
「斬ろうとしたな?」
「……少し」
「少しではなかろう」
「見えてたから」
夜一はため息をつく。
「だからといって、ここでギンとやり合えば向こうの思う壺じゃ」
「分かってる」
朔夜は静かに答えた。
それでも握った拳には、僅かに力が入っていた。
自分なら防げた。
そう思ってしまう。
しかし、何でも自分が解決すればいいわけではない。
夜一から言われたことを思い出す。
全部を一人で背負うな。
仲間を信じろ。
「……まだ慣れないな」
「何がじゃ?」
「我慢するの」
夜一は少し笑った。
「少しずつ覚えればよい」
一護は、そんな二人の会話を聞きながら再び門を見る。
「絶対に中へ入ってやる」
その声には、迷いがない。
夜一が頷く。
「正面から入れんのなら、別の道を使うまでじゃ」
一護が振り返る。
「別の道があるのか?」
「ある」
朔夜が嫌な顔をした。
「……まさか」
夜一の尻尾が楽しそうに動く。
「気づいたか?」
朔夜は頭を抱える。
「できれば違ってほしい」
「残念じゃったな」
一護が二人を見る。
「何の話だよ」
朔夜は深いため息をついた。
「これから会いに行く奴がいる」
「誰だ?」
「会えば分かる」
一護のこめかみに青筋が浮かぶ。
「またそれかよ!」
朔夜は笑いながら歩き出した。
しかし、一度だけ振り返る。
巨大な白道門。
その向こうにいる市丸ギン。
「……変わってないな、ギン」
小さく呟く。
けれど本当にそうなのだろうか。
昔と同じ笑顔。
昔と同じ掴みどころのない態度。
そして、昔よりも研ぎ澄まされた神鎗。
あの笑顔の裏に何があるのか。
朔夜には、今も分からない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
市丸ギンが斬魄刀を解放したことで朔夜も強く実感した。
ここから先に待っているのは、虚との戦いではない。
隊長格。
護廷十三隊。
自分と同じ死神たちとの戦いだ。
そして、その中には「解」だけでは済まない相手も確実にいる。
朔夜は腰の斬魄刀へ手を置いた。
「御厨子……」
まだ抜く時ではない。
だがその時は確実に近づいていた。
一護たちは正面の門を閉ざされた。
しかし、彼らの歩みまで止まったわけではない。
ルキアを救うため。そして、朔夜が自分の過去と向き合うため。
彼らは別の道を探して、再び歩き始めた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は白道門の門番・兕丹坊との戦いと、三番隊隊長・市丸ギンの登場回でした。
そして修正版では、市丸ギンが斬魄刀を解放する場面を追加しました。
「射殺せ、神鎗」
一護にとっては、護廷十三隊の隊長格が扱う始解の恐ろしさを初めて間近で体感する場面でもあります。
一方、朔夜は神鎗の動きを目で追うことができており、咄嗟に「解」で迎撃しようとしています。
しかし、ここで市丸ギンと正面から戦えば、瀞霊廷にいる他の隊長たちまで本格的に動く可能性があります。
そのため今回も、朔夜はあえて力を抑えました。
白哉、恋次、市丸ギン。
尸魂界へ進むほど、朔夜の過去を知る人物が増えています。
そして、朔夜自身も少しずつ「自分一人ですべてを解決しようとしない」戦い方を覚え始めています。
正面の門を閉ざされた一護たち。
次に頼ることになる人物は――。
次回、
第13話「空鶴」
よろしくお願いします。