しかし、ただ空鶴砲で飛ばしてもらえばいいというわけではありません。
瀞霊廷を覆う壁を突破するためには、一護たち自身が霊力を制御しなければならないようです。
そして今回は、朔夜が昔から空鶴砲を知っている理由にも少し触れていきます。
それでは、第14話「空鶴砲」です。
「まずは、これを使えるようになってもらう」
志波空鶴が差し出したものを見て、黒崎一護は首を傾げた。手のひらほどの大きさをした、不思議な球体それが何なのか、一護にはまったく分からない。
「何だ、これ?」
「霊珠核だよ」
空鶴は短く答えた隣にいた石田雨竜が興味深そうに覗き込む。
「霊力を通すための道具か?」
「話が早いな。こいつに自分の霊力を流し込めば、周囲に霊子の膜を作ることができる」
空鶴は霊珠核を軽く持ち上げた。
「瀞霊廷を囲っている瀞霊壁には、殺気石が使われている。普通に突っ込めば、霊体であるお前たちはそこで弾かれて終わりだ」
一護の顔が引きつる。
「それ、先に言えよ」
「言ったところで、今までのお前にはどうにもできなかっただろ」
「それはそうだけどよ……」
井上織姫が霊珠核を見つめながら尋ねる。
「じゃあ、この丸いものに霊力を入れて、みんなで大きな膜を作ればいいんですか?」
「そういうことだ」
「なるほど!」
織姫はすぐに納得した。その横で、朔夜だけは何とも言えない顔をしていた。空鶴は見逃さない。
「何だよ、その顔は」
「いや」
朔夜は霊珠核を見る。
「昔を思い出して」
岩鷲が眉を寄せる。
「お前、前にもこれ使ったことあるんだろ?」
「あるよ」
一護が食いつく。
「じゃあ教えろ!」
「嫌だ」
「何でだよ!」
「教えるの苦手なんだよ」
夜一がすぐに口を挟んだ。
「正確には、教え方が物騒なんじゃ」
一護が朔夜を見る。
「どういう意味だ?」
朔夜が困ったように笑う。
「昔、後輩に瞬歩を教えた時にさ」
「うん」
「崖から落とした」
沈黙。
一護、織姫、石田、チャドが一斉に朔夜を見る。
「……何で?」
一護が恐る恐る尋ねる。
「落ちながら瞬歩できれば覚えるかなって」
「お前に教わるの絶対嫌だ!」
「だから最初から言ってるだろ」
空鶴は額を押さえた。
「本当に変わってないところもあるね、お前は」
「そこは反省してる」
「本当か?」
「多分」
「してないだろ」
◇
霊珠核の練習が始まった。石田はさすがというべきか、霊力の扱いに慣れている。最初こそ少し手間取ったものの、程なく安定した球状の膜を作り出した。
「こんなところかな」
一護が悔しそうな顔をする。
「何でお前はそんな簡単にできんだよ!」
「霊力制御の問題だ。力任せにやるものじゃない」
「誰が力任せだ!」
その瞬間、一護が握っていた霊珠核から、歪んだ形の膜が膨れ上がった。次の瞬間には弾けて消える。石田が無言で一護を見る。一護のこめかみに青筋が浮かぶ。
「何か言えよ!」
「言わない方が君のためだと思ったんだけどね」
「余計腹立つわ!」
少し離れた場所では、チャドが静かに霊力を流し込んでいた。大きさこそ石田ほどではないが、非常に安定している。
「チャドまで……」
一護の表情がさらに曇る。織姫も何度か失敗した後、少しずつ形を整え始めていた。
「できました!」
「おお」
朔夜が素直に拍手する。一護が振り返る。
「俺の時は何も言わねぇくせに!」
「まだできてないだろ」
「今からできる!」
「頑張れ」
「その余裕ある言い方やめろ!」
そんな一護を見ながら、空鶴は頭を抱えていた。
「霊力の量だけなら相当なんだけどね」
夜一が同意する。
「細かい制御が雑すぎる」
「聞こえてるぞ!」
「聞こえるように言っておる」
一護は唇を噛み、もう一度霊珠核を握った。朔夜はその横へしゃがみ込む。
「一護」
「何だよ」
「力を押し込むんじゃなくて、包む感じ」
一護が眉を寄せる。
「包む?」
「ああ。全部自分で動かそうとするから形が崩れる。流れを作って、後はそれに沿わせる」
「……」
一護は目を閉じる。今度は無理に力を込めない。自分の中にある霊力を感じる。ゆっくりと少しずつ霊珠核へ流す。光が先ほどよりもずっと安定した膜が形成され始めた。
「……できた?」
織姫が嬉しそうに声を上げる。一護が目を開ける。目の前には、まだ少し歪ではあるものの、確かに形を保っている霊子の膜があった。
「おお!」
一護が思わず笑う。朔夜も頷いた。
「そんな感じ」
「お前、普通に教えられるじゃねぇか!」
「崖がなければな」
「絶対崖を使うなよ!」
夜一が呆れたように尻尾を揺らした。
◇
その日の夕方。
練習を終えた朔夜は、建物の外で一人、空鶴砲を眺めていた。
巨大な砲身。昔と大きくは変わっていない。
「懐かしいか?」
背後から空鶴の声。
「まあね」
朔夜は振り返らない。空鶴が隣へ並ぶ。
「前に飛んだ時は酷かったな」
「それはもう忘れてくれ」
「無理だね。あんな綺麗に頭から地面に刺さる奴は初めて見た」
「夜一さんにも何年も笑われた」
「当然だろ」
二人は少し笑った。やがて空鶴の表情が静かになる。
「本当に行くんだね」
「うん」
「向こうには、お前を知ってる奴が大勢いる」
「知ってる」
「昔みたいにいかないかもしれないよ」
朔夜は少しだけ黙った。
「それでも行く」
「ルキアのため?」
「それもある」
朔夜は遠くに見える瀞霊廷の壁を見る。
「一護たちを放っておけないのもある」
「他には?」
その問いに朔夜はすぐには答えなかった。
「……逃げたままなのも」
少しだけ笑う。
「そろそろ終わりにしたい」
空鶴の目が僅かに細くなる。
「そう」
それ以上は聞かなかった。朔夜が過去に何を抱えているのか空鶴はその一部を知っている。だからこそ無理に言わせる必要はなかった。
「ただし」
空鶴が朔夜を見る。
「また一人で全部背負おうとしたら、今度は拳一発じゃ済まさねえ」
朔夜が苦笑する。
「夜一さんと同じこと言うなぁ」
「なら、二人分言われるだけの理由があるんだろ」
「……気をつけます」
「よろしい」
その時建物の中から一護の大声が聞こえた。
「朔夜! 霊珠核また壊れた!」
朔夜が頭を抱える。
「何やってんだよ……」
空鶴が笑う。
「行ってやりな」
「はいはい」
朔夜は建物へ戻っていった。空鶴はその背中を見つめる。
「本当に」
小さく呟く。
「変わったね」
◇
翌日。
準備は整った。一護たちは、巨大な空鶴砲の前に集まっている。全員の表情には緊張があった。特に一護は砲身を見上げながら、露骨に嫌そうな顔をしている。
「本当にこれで飛ぶのか?」
空鶴が胸を張る。
「何度聞くんだよ」
「聞くたびに嫌になってくる」
「今さら帰る?」
「帰るわけねぇだろ!」
一護は即答した。
ルキアを救う。
その目的だけは揺るがない。夜一が説明する。
「瀞霊廷へ突入した後は、何が起きるか分からん。全員まとまって行動できる保証もない」
一護たちの表情が引き締まる。
「もし散り散りになったら」
夜一は続ける。
「各自で身を守り、ルキアの居場所を目指せ」
「分かった」
一護、チャド、石田、織姫の全員が頷く。朔夜だけは少し考えていた。
「夜一さん」
「何じゃ?」
「もし俺たちがバラけたら、一護についててくれない?」
一護がすぐに反応する。
「何でだよ! 俺は一人でも」
「方向音痴だろ」
「関係ねぇ!」
「かなり関係ある」
石田が真顔で同意した。
「僕もそう思う」
「石田ぁ!」
夜一は少し笑う。
「状況次第じゃな」
朔夜は頷いた。それで十分。自分が一護と離れたとしても、夜一が近くにいれば安心できる。
「さて」
空鶴が声を上げる。
「始めるぞ!」
霊珠核。全員が力を合わせる。大きな霊子の膜が形成される。一護、石田、織姫、チャド、岩鷲、夜一。そして、朔夜。
全員を包む巨大な球体。
「おお……!」
一護が内側から周囲を見回す。
「これならいけるのか?」
「制御を崩すな!」
空鶴が叫ぶ。
「瀞霊廷へ入るまでは絶対に気を抜くんじゃないよ!」
朔夜も一護を見る。
「特にお前」
「分かってる!」
「本当に?」
「何で全員俺だけ信用しねぇんだよ!」
そんな声を聞きながら空鶴は導火線に火をつけた。
シュウウウウウ――。
一護の顔色が変わる。
「待て」
空鶴が笑う。
「何だよ?」
「これ、心の準備する時間とか」
「ない」
「即答!?」
火が一気に進む。
「全員、構えろ!」
朔夜が叫ぶ。次の瞬間、轟音が響き空鶴砲が火を噴いた。
「うおおおおおおおおおおっ!?」
一護の絶叫。織姫も驚きの声を上げる。石田は必死に体勢を保ち、チャドは微動だにしない。岩鷲は慣れた様子で夜一も平然としている。
朔夜だけは
「やっぱこれ嫌いだぁぁぁぁ!」
珍しく本気で叫んでいた。
球体は凄まじい速度で空を駆ける。地上が一気に遠ざかる。目的地である瀞霊廷の巨大な壁が迫る。
「来るぞ!」
夜一が叫ぶ。
瀞霊壁。
殺気石。
普通に触れれば弾き飛ばされる防壁。
球体が衝突し激しい衝撃が襲った。霊子の膜全体が揺れる。
「ぐっ!」
一護が歯を食いしばる。
「維持しろ!」
石田が叫ぶ。織姫も必死に力を送り込む。チャドが支える。朔夜は全体の霊力の流れを見る。
「右側が崩れてる!」
一護が慌てる。
「どうすりゃいい!」
「俺が合わせる! お前は今の出力を維持しろ!」
朔夜が霊圧を調整する。崩れかけていた膜が再び安定する。そして壁を突破した。
「抜けた!」
目の前に瀞霊廷が迫る。ついに中へ突入した。
だが、
「喜ぶのはまだ早い!」
夜一が叫ぶ。
膜が大きく揺れる。瀞霊壁を突破した際の反動くるさらに内部の霊力が乱れ始める。
「黒崎!」
石田の怒声。
「お前、力を出しすぎだ!」
「俺!?」
「誰が他にいる!」
一護の霊力が制御しきれずに一気に膨れ上がる。朔夜の顔色が変わる。
「一護、抑えろ!」
「やってる!」
「もっと!」
「無茶言うな!」
霊子の膜に亀裂が走る。
「まずい!」
夜一が叫ぶ。
そして次の瞬間球体が内部から一気に弾けた!
「全員掴まれ!」
朔夜が叫ぶ。
しかし遅い。爆発するような衝撃が襲う一護、織姫、石田、チャド、岩鷲、夜一、朔夜の全員が別々の方向へ吹き飛ばされる。
「一護!」
朔夜が手を伸ばす。一護もこちらへ手を伸ばしている。指先が届かない。
「朔夜!」
距離が一気に開く。
「くそっ!」
朔夜は空中で体勢を変えた。瞬歩使おうとする。だが霊子の乱流が激しすぎる。
思うように足場が作れない。一護の姿が遠ざかる。そして見えなくなった。
「……!」
朔夜は舌打ちする。自分自身も猛烈な勢いで瀞霊廷の一角へ落下していた。
「また頭から刺さったら」
朔夜が苦笑する。
「空鶴に一生笑われるな」
身体を捻る。霊圧を足へ集中し瞬歩を使い空中で強引に軌道を変える。
屋根に着地する。
ズンッ!
衝撃で瓦が大きく割れた。朔夜は片膝をつく。
「……よし」
頭からではない、そこだけは成功。立ち上がり辺りを見る。一護はいない。織姫、石田チャド、岩鷲、夜一、誰もいない。
「完全にバラバラか」
朔夜は頭を掻いた。
「最悪」
そして、気づく。周囲に隊舎が見えるそして複数の死神の霊圧を感じる。
ここは間違いなく瀞霊廷の中。
「……入れたのはいいけど」
朔夜が遠くを見る。既に何人かこちらへ向かっている。侵入を感知された。
「まあ」
腰の斬魄刀へ手を置く。
「こうなるよな」
足音が屋根の向こうから複数迫って来る。朔夜は霊圧を最低限まで抑える。できれば、まだ大騒ぎにはしたくない。だが逃げ続けるだけではルキアには辿り着けない。
「まず」
一歩、踏み出す。
「一護たちを探すか」
その時遠くから声が聞こえた。
「旅禍だ!」
「こっちに一人いるぞ!」
朔夜が振り返る。死神たちが次々と屋根へ上がってくる数は十人ほど。
「止まれ!」
一人が刀を抜く。
「貴様、何者だ!」
朔夜は少し考える。本名は言わない方がいいか。先日の事で自分の帰還はかなり知られている。それでもわざわざ名乗る必要はない。
「ただの旅禍」
「嘘をつけ!」
「何で?」
「旅禍が死覇装を着てるわけないだろ!」
朔夜は自分の服を見る。
「あ」
完全に忘れていた。
「……確かに」
死神たちが一斉に刀を構える。
「大人しくしろ!」
朔夜はため息をついた。
「一つ聞いていい?」
「何だ!」
「俺」
自分を指差す。
「今、急いでるんだけど」
「知らん!」
「だよな」
朔夜は困ったように笑う。
「じゃあ」
右手軽く上げる。
「怪我したくなければ、そこから動かないで」
死神たちの表情が険しくなる。
「ふざけるな!」
先頭の男が飛び込んでくる。朔夜の指が僅かに動いた。
「――解」
一閃。
刀が根元から綺麗に切断される。男の動きが止まった。
「……は?」
折れた刀身が地面へ落ちる。朔夜は一歩も動いていない。他の死神たちも固まる。朔夜が
静かに言う。
「だから」
目を僅かに細める。
「動かない方がいいって」
空気が変わった。死神たちは無意識に一歩下がる。その瞬間少し離れた場所にいる一人の死神が朔夜の顔をじっと見た。
「……待て」
隣がの死神が振り返る。
「何だ?」
その男の顔から少しずつ血の気が引く。
「こいつ」
朔夜がそちらを見る。男は震える声で言った。
「御門……朔夜……?」
静寂ーーー
朔夜の表情が固まる。
「あー……」
頭を掻く。
「やっぱバレた?」
次の瞬間、誰かが叫んだ。
「御門朔夜だ!」
その声が周囲へ響く。朔夜は大きくため息をついた。
「……最悪」
もう隠すことは難しそうだった。そして同じ頃瀞霊廷の別の場所では黒崎一護たちもそれぞれ異なる場所へ落ちていった。
ルキア救出、護廷十三隊との戦い、そして、御門朔夜の帰還。ついに旅禍たちは瀞霊廷内部へ足を踏み入れたここから本当の戦いが始まる。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、霊珠核の修行から空鶴砲による瀞霊廷への突入までのお話でした。
一護たちは無事に瀞霊壁を突破しましたが、霊力の乱れによって全員が散り散りになってしまいました。
そして朔夜も単独行動へ
第11話では一般の相手の武器だけを「解」で切断しましたが、今回も基本的には相手を傷つけず、武器のみを斬っています。
朔夜は非常に強いものの、同じ死神たちを必要以上に傷つけるつもりはありません。
しかし最後には、ついに一般隊士にも、
「御門朔夜」
だと正体が知られてしまいました。
これで朔夜の帰還は、さらに速い速度で護廷十三隊へ広まっていくことになります。
そして一護、織姫、チャド、石田、岩鷲、夜一も、それぞれ別の場所へ
ここからは一護たちそれぞれの戦いと、単独となった朔夜の行動が並行して進んでいきます。
朔夜が次に出会うのは誰なのか。そして、彼の名を聞いた隊長たちはどう動くのか
次回――
第15話「旅禍侵入」
よろしくお願いします。