しかし、瀞霊壁を突破した直後に霊子の膜が崩壊し、仲間たちはそれぞれ別の場所へ飛ばされてしまいました。
瀞霊廷では旅禍侵入を知らせる警報が鳴り響き、護廷十三隊が一斉に動き始めます。
そして同時に、ある一人の死神が帰還したという情報も広がっていきます。
その名は――御門朔夜。
それでは、第15話「旅禍侵入」です。
けたたましい警鐘が、瀞霊廷のいたるところに鳴り響いていた。
「旅禍侵入! 複数の侵入者を確認!」
「各隊は直ちに警戒態勢へ移行せよ!」
伝令の声が飛び交い、静かだった瀞霊廷は瞬く間に慌ただしい空気へ包まれていく。
空から侵入してきた旅禍たちは、瀞霊壁を突破した直後に散開していた。正確な人数も現在地も把握できておらず、隊士たちは刀を手にそれぞれの持ち場へ走っている。
それだけでも十分に異常事態だったが、今回の侵入者には、さらに厄介な存在が混じっていた。
「侵入者の中に死神一名! 名は御門朔夜!」
その名前が伝わった瞬間、反応は大きく分かれた。
聞いたことがないと首を傾げる若い隊士もいれば、名前を聞いただけで表情を変える者もいる。
長い間、尸魂界から姿を消していた死神。
御門朔夜が、旅禍と共に瀞霊廷へ戻ってきた。
その情報は旅禍侵入の報告とは別に、護廷十三隊の中を急速に駆け巡り始めていた。
◇
「……完全にバレたな」
当の本人である朔夜は、瀞霊廷の屋根の上で深いため息をついていた。
少し前まで彼を取り囲んでいた十数名の隊士たちは、まだその場に残っている。しかし、誰も朔夜へ近づこうとはしなかった。
彼らの身体に大きな傷はない。
その代わり、手にしていた斬魄刀はすべて使い物にならなくなっていた。
刀身だけが綺麗に切断され、屋根の上に転がっている。
朔夜は困ったように彼らを見回した。
「だから戦いたくないって言っただろ?」
一人の隊士が、切断された斬魄刀と朔夜を交互に見ながら尋ねた。
「だったら……なぜ旅禍と共に侵入した?」
「友達を助けに来た」
「友達?」
「朽木ルキア」
その名前が出た瞬間、隊士たちの表情が険しくなる。
「罪人を奪還するつもりか!」
「まあ、そうなるな」
「それは護廷十三隊への反逆だぞ!」
朔夜は頭を掻いた。
「やっぱり話し合いじゃ通してくれない?」
「当然だ!」
即答だった。
朔夜も本気で許可が下りるとは思っていない。
「だよな」
小さく笑うと、周囲に視線を巡らせた。
一護たちとは完全に離れてしまった。まずは仲間の居場所を確認したいが、ここで隊士たちを相手にしている時間はない。
「じゃあ、悪いけど俺は行くよ」
「待て!」
一人が動こうとした瞬間には、既に朔夜の姿は屋根の上から消えていた。
「なっ……!」
次に隊士たちが気づいた時には、朔夜の霊圧すらほとんど感じられない。
「瞬歩……?」
「馬鹿な。速すぎる……」
誰かが呟いたが、その言葉に返事をする者はいなかった。
◇
朔夜は屋根から屋根へと移動しながら、自分の霊圧を可能な限り抑えていた。
警報が鳴り続ける瀞霊廷では、多くの死神が一斉に動き始めている。そのため周囲には無数の霊圧が入り乱れ、一護たちの気配を正確に探るのも簡単ではなかった。
「一護は……あっちか?」
朔夜は一度足を止め、目を閉じる。
遠くから一護らしい大きな霊圧を感じる。ただし、近くには別の死神の霊圧もある。
どうやら早くも誰かと遭遇したらしい。
「着いた直後から元気だな」
苦笑しながら、今度は別方向へ意識を向ける。
織姫、チャド、石田、岩鷲、夜一。
それぞれの気配は感じるものの、全員がかなり離れている。
本当に見事なくらい散り散りになっていた。
朔夜は全員を探しに行くべきか少し考えたが、すぐに首を振った。
一護たちは守られるために尸魂界へ来たわけではない。
それぞれが自分の意志で、ルキアを助けるためにここまで来たのだ。
夜一に言われた言葉を思い出す。
全部を一人で背負おうとするな。
仲間を信じろ。
「……分かってるよ」
朔夜は小さく呟くと、再び歩き出した。
危険になれば助ける。
それまでは信じる。
今の自分が優先するべきなのは、一護たちを一人ずつ探し回ることではなく、ルキアの居場所を突き止めることだった。
「まずは情報を集めるか」
その時、遠くで一つの霊圧が大きく膨れ上がった。
一護のものではない。
一般隊士より明らかに強い。
「席官級かな」
朔夜は少しだけ眉を寄せた。
「まさか、もう一護が絡まれてるとか?」
十分にありそうなので、少しだけ心配になった。
◇
その頃、一護は志波岩鷲と共に、瀞霊廷の別の場所へ落下していた。
「いててて……」
岩鷲が腰を押さえながら立ち上がる。
「空鶴の奴、もっと普通に飛ばせねぇのかよ!」
一護も服についた埃を払いながら周囲を確認する。
「朔夜たちは?」
「見りゃ分かるだろ。いねぇよ」
周囲には誰もいない。
織姫、チャド、石田、夜一、そして朔夜も見当たらなかった。
岩鷲は険しい表情を浮かべる。
「簡単に合流できるとは思わねぇ方がいいぞ。ここは瀞霊廷のど真ん中だ」
一護は少し考えた後、斬月を背負い直した。
「だったら、先にルキアを探す」
「切り替え早ぇな!」
「みんななら大丈夫だ」
その言葉に迷いはなかった。
特に朔夜については、心配するだけ無駄だと一護自身も分かっている。
「朔夜を心配するくらいなら、自分の心配した方がいいだろ」
岩鷲も少し考えてから頷いた。
「それはそうかもしれねぇな」
二人の意見が珍しく一致した、その時だった。
前方から複数の足音が近づいてくる。
一護はすぐに表情を引き締め、斬月へ手を伸ばした。
「来るぞ」
既に瀞霊廷中が、彼らを捕らえるために動き始めていた。
◇
十一番隊隊舎では、旅禍侵入の報告を聞いた隊士たちが妙に活気づいていた。
戦闘を好む者が多い十一番隊にとって、侵入者の出現は他の隊とは少し意味合いが違う。
その中心にいる男は、さらに楽しそうだった。
「旅禍ねぇ」
十一番隊隊長、更木剣八。
眼帯をつけた大男は、廊下を歩きながら口元を吊り上げている。
肩に乗っている草鹿やちるが尋ねた。
「けんちゃん、どこ行くの?」
「面白ぇ奴探しだ」
「旅禍?」
「そいつらも悪くねぇが、もっと面白そうなのがいる」
剣八は立ち止まり、遠くを見るように目を細めた。
「御門朔夜」
やちるが首を傾げる。
「サクちゃん?」
「もうあだ名つけたのかよ」
「うん!」
剣八は特に気にする様子もなく歩き出した。
「昔から名前だけは聞いたことがある。だが、俺はまともに斬り合ったことがねぇ」
「強いの?」
「知らねぇ」
剣八の笑みが深くなる。
「だから確かめるんだろうが」
周囲の隊士たちは、その言葉を聞いて顔を引きつらせた。
旅禍侵入だけでも十分に非常事態なのに、隊長自ら強敵を探して歩いている。
止められる者は、誰もいなかった。
◇
六番隊では、阿散井恋次が入ってきた報告書を睨んでいた。
「御門朔夜を確認したって?」
「はい。既に複数の隊士と接触しています」
報告に来た隊士が答える。
恋次は眉を寄せた。
「被害は?」
「負傷者はいません」
「いない?」
「はい。ただ……」
隊士は少し言いにくそうに続ける。
「交戦した者たちの斬魄刀が、すべて切断されています」
恋次はしばらく黙っていた。
意外ではない。
現世で一護が白哉に倒された時、朔夜が僅かに霊圧を漏らしただけで、自分は本能的に危険を感じた。
一般隊士だけで捕らえられる相手ではない。
「御門を見つけても、余計な戦闘は仕掛けるなって伝えろ」
隊士が驚いて顔を上げる。
「しかし、旅禍と行動している以上は――」
「だからって、お前らが束になって勝てる相手じゃねぇ!」
恋次が強めに言うと、隊士は姿勢を正した。
「は、はい!」
隊士が退室した後、恋次は窓の外へ視線を向ける。
「御門朔夜……」
昔から名前は聞いていた。
実際に本人を見たのは現世が初めてだったが、白哉が警戒するだけの理由は十分に理解できた。
何故、長い間尸魂界から姿を消していたのか。
どうして浦原喜助や四楓院夜一と行動しているのか。
恋次が知っていることは、ほんの一部に過ぎない。
ただし、今回の目的だけは分かる。
「ルキアか……」
恋次は拳を握った。
黒崎一護。
御門朔夜。
その二人がルキアを助けるために瀞霊廷へ来た。
「本当に面倒なことになりやがった」
◇
一方、朔夜は人通りの少ない路地へ降りていた。
屋根の上を移動し続ければ目立ちすぎるため、記憶に残っている道を使って瀞霊廷の奥へ向かうことにしたのだ。
「昔と変わってなければ、この辺から中央に抜けられるはずだけど」
懐かしい景色が次々と目に入る。
昔歩いた道。
昔修行した場所。
知っている隊舎。
そして、思い出したくない記憶まで一緒に蘇ってくる。
朔夜は小さく息を吐いた。
「帰ってきた実感だけは嫌になるほどあるな」
その時、横道から五人ほどの死神が飛び出してきた。
「止まれ!」
朔夜は足を止めた。
「またか……」
「御門朔夜だな!」
「違います」
即答だった。
「顔が報告と一致している!」
「人違いじゃない?」
「死覇装も斬魄刀も報告通りだ!」
「そこまで細かく回ってるのか」
情報伝達の速さには素直に感心する。
先頭の隊士が刀を抜いた。
「大人しく同行しろ!」
朔夜は少し考えた後に尋ねる。
「同行したら、ルキアのところまで案内してくれる?」
「するわけがない!」
「じゃあ無理だな」
「貴様!」
隊士が一気に間合いを詰める。
朔夜は斬魄刀を抜かず、僅かに身体を横へずらした。
振り下ろされた刃が頬のすぐ横を通過する。
その直後、朔夜の人差し指が軽く動いた。
「――解」
見えない斬撃が走り、隊士の刀が半ばから綺麗に切断された。
「なっ!?」
驚く暇もなく、左右から別の二人が迫ってくる。
朔夜は瞬歩で二人の背後へ移動すると、再び指を動かした。
二本の斬魄刀が同時に切断され、石畳へ落ちる。
残る二人は、それだけで動けなくなった。
朔夜は振り返る。
「まだ続ける?」
誰も動かなかった。
「賢明だね」
そのまま歩き出そうとした朔夜へ、背後から声が飛んでくる。
「何故だ!」
朔夜が足を止める。
先ほど刀を斬られた隊士が、納得できない様子でこちらを見ていた。
「何故、俺たちを斬らない!」
朔夜は少しだけ驚いた。
「斬る理由がないから」
「俺たちは貴様を捕らえようとしているんだぞ!」
「それでも、君たちは俺の敵じゃない」
朔夜は静かに答えた。
「俺が助けたいのはルキアだ。尸魂界を壊したいわけでも、護廷十三隊の隊士を殺したいわけでもない」
隊士たちは何も言えなくなる。
朔夜はそれ以上説明せず、再び歩き始めた。
今度は誰も追ってこなかった。
◇
しばらく進んだところで、朔夜は再び足を止めた。
先ほどから感じていた強大な霊圧が、明らかに近づいている。
一般隊士とは比べものにならない。
荒々しく、重く、それでいて隠そうという意思がまったくない。
まるで自分の存在を周囲へ見せつけるような霊圧だった。
「……これ、どう考えても俺を探してるよな」
朔夜は額へ手を当てる。
相手が誰なのか、まだ顔までは浮かばない。
ただ、この霊圧から分かることは一つある。
まともに話をして、素直に道を譲ってくれる相手ではなさそうだった。
「面倒くさいのに目をつけられたなぁ」
朔夜がぼやいた頃、少し離れた場所では更木剣八も足を止めていた。
「……見つけた」
口元が大きく吊り上がる。
肩に乗っているやちるが楽しそうに尋ねる。
「サクちゃんいた?」
「ああ。多分こっちだ」
「多分?」
「細けぇことはいいんだよ」
剣八は迷いなく歩き出す。
その方向は、確実に朔夜との距離を縮めていた。
◇
その頃、一護と岩鷲の前にも一人の死神が立ちはだかっていた。
頭は完全な坊主。
刀を肩に担ぎ、いかにも楽しそうな笑みを浮かべている。
その少し後ろには、端整な顔立ちをした死神が立っていた。
十一番隊第三席・斑目一角。
そして第五席・綾瀬川弓親。
一角が一護を見る。
「よう」
一護は足を止めた。
「旅禍ってのは、お前か?」
一護の手が斬月へ伸びる。
「だったら何だ?」
一角の笑みが深くなった。
「決まってんだろ」
刀をゆっくりと構える。
「斬り合おうぜ」
一護も斬月を抜いた。
瀞霊廷へ侵入した一護たちは、完全に散り散りになった。
それでも、目指す場所は変わらない。
朽木ルキアのもとへ辿り着き、必ず助け出す。
一護の前には十一番隊第三席・斑目一角。
そして、朔夜には十一番隊隊長・更木剣八が近づいている。
護廷十三隊との戦いは、ここから本格的に始まろうとしていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、瀞霊廷への侵入によって護廷十三隊全体が動き始める回でした。
一護たちは「旅禍」として追われていますが、朔夜だけは少し異なる形で注目されています。
若い隊士たちにとっては単なる侵入者でも、昔の朔夜を知っている死神たちにとっては、
「御門朔夜が尸魂界へ戻ってきた」
という出来事そのものが大きな意味を持っています。
今回も朔夜は「解」を使用していますが、斬ったのは相手の身体ではなく斬魄刀だけです。
朔夜は護廷十三隊そのものを敵だとは考えておらず、必要以上に傷つけるつもりもありません。
しかし、そんな事情をまったく気にしそうにない男も、少しずつ朔夜へ近づいています。
十一番隊隊長――更木剣八。
一方、一護の前には十一番隊第三席・斑目一角が現れました。
ここから、それぞれの戦いが本格的に始まります。
次回――
第16話「一角」
よろしくお願いします。