瀞霊廷へ侵入した一護たちは、それぞれ別の場所へ飛ばされてしまいました。
岩鷲と共に行動する一護の前に現れたのは、十一番隊第三席・斑目一角と第五席・綾瀬川弓親。
一方、単独でルキアの居場所を探している朔夜にも、十一番隊隊長・更木剣八の強大な霊圧が着実に近づいています。
ここから、護廷十三隊との本格的な戦いが始まります。
それでは、第16話「一角」です。
「斬り合おうぜ」
斑目一角が楽しそうに笑いながら刀を構えた。
その表情には、侵入者を捕らえようとする使命感よりも、目の前に現れた相手と戦えることへの喜びがはっきりと浮かんでいる。
一護は斬月を構えながら、一角を注意深く観察した。
先ほどまで遭遇した一般隊士とは明らかに違う。
構えに無駄がなく、刀を持っているだけでも相当な戦闘経験があることが伝わってくる。
「岩鷲」
一護は一角から視線を外さないまま声をかけた。
「何だよ」
「お前は先に行け」
岩鷲が目を見開いた。
「はぁ!? お前一人でこいつと戦う気かよ!」
「二人ともここに残ったら、ルキアを探す奴がいなくなるだろ」
「それはそうだけどよ……」
岩鷲が一角を見る。
明らかに普通の死神ではない。
隣には、もう一人。
綾瀬川弓親もいる。
「俺なら大丈夫だ」
一護が言うと、一角が嬉しそうに笑った。
「随分自信あるじゃねぇか」
「お前を倒せるくらいにはな」
「言うねぇ」
一角の笑みがさらに深くなる。
その隣で、弓親が自分の髪を整えながらため息をついた。
「一角、そっちは君に任せるよ。僕はもう一人の方を追う」
岩鷲の顔が引きつる。
「おい、待て! 何で俺の方にも来るんだよ!」
「君も侵入者だからに決まっているだろう?」
弓親は当然のように答えた。
一護が岩鷲を見る。
「行け!」
「分かったよ! 絶対死ぬんじゃねぇぞ!」
「誰に言ってんだ」
岩鷲が走り出すと、弓親もその後を追っていく。
残された一護と一角は、静かな通りの中央で向かい合った。
しばらくの間、二人は動かなかった。
一角が先に口を開く。
「黒崎一護だったな」
一護が眉を寄せた。
「何で俺の名前を知ってる?」
「旅禍の情報はもう瀞霊廷中に回ってる。特にお前と御門朔夜についてはな」
朔夜の名前が出た瞬間、一護の表情が少し変わった。
「朔夜?」
「ああ。何だ、知らねぇのか?」
「何をだよ」
一角は少し意外そうに一護を見る。
「御門朔夜ってのは、昔の尸魂界じゃそれなりに名前が知られてたらしいぜ」
「またそれか……」
一護は心底うんざりしたように呟いた。
尸魂界へ来てからというもの、行く先々で朔夜を知っている者が現れる。
白哉。
恋次。
市丸ギン。
空鶴。
岩鷲。
それなのに本人は、聞いても「色々あった」としか答えない。
「仲間なのに知らねぇのか?」
一角が聞く。
一護は斬月を握り直した。
「知らねぇことは山ほどある」
「それで仲間って言えるのか?」
「全部知ってなきゃ仲間になれねぇのかよ」
一角の目が僅かに細くなる。
一護は続けた。
「あいつが俺たちを裏切らねぇことと、ルキアを助けるためにここまで来たことは知ってる。それで十分だ」
数秒の沈黙。
やがて、一角が笑った。
「いいねぇ」
刀を構える。
「お前、俺が思ってたより面白そうだ」
「そりゃどうも」
「じゃあ始めようぜ」
その言葉が終わるより早く、一角が地面を蹴った。
一気に間合いが縮まる。
「速っ……!」
一護は反射的に斬月を持ち上げた。
直後、一角の刀がぶつかる。
甲高い金属音と共に火花が散った。
「おっ!」
一角の顔に喜びが浮かぶ。
一護はそのまま力を込め、刀ごと一角を押し返した。
「うおおっ!」
一角の身体が後方へ滑る。
しかし、すぐに体勢を立て直すと、再び一護へ向かって踏み込んできた。
「いい力してんじゃねぇか!」
「そりゃどうも!」
一護も前へ出る。
斬月と刀が再び衝突した。
一角は単純に力任せで斬りかかってくるわけではなかった。
一護の刀を受け流した直後、そのまま身体を回転させて逆方向から斬撃を放ってくる。
一護は咄嗟に身体を反らした。
刀が死覇装を僅かに切り裂く。
「危ねぇな!」
「戦ってんだから当たり前だろ!」
一角は笑いながら追撃する。
上からの斬撃を一護が受け止めると、すぐに蹴りが飛んできた。
「ぐっ!」
一護は腕で防いだものの、勢いに押されて数歩後ろへ下がる。
強い。
それだけではない。
戦い慣れている。
一角は、自分の攻撃が避けられることまで計算して次の動きにつなげている。
浦原との修行以前の自分なら、何も考えずに正面から突っ込んでいたかもしれない。
「どうした!」
一角の声が飛ぶ。
「ぼーっとしてる暇はねぇぞ!」
刀が迫る。
一護は斬月を横へ振り、一角の攻撃を強引に弾いた。
「考えてたんだよ!」
「戦いながら考える余裕があるなら上等だ!」
「うるせぇ!」
一護は踏み込むと、斬月を大きく振り下ろした。
一角は刀で受け止める。
激しい衝撃が走り、足元の石畳に亀裂が広がった。
「ぐっ……!」
一角の腕が僅かに沈む。
単純な力では一護の方が上だった。
「やっぱり馬鹿力だな!」
「褒めてんのか、それ!」
「十一番隊じゃ十分褒め言葉だ!」
一角は刀を滑らせるように斬月を受け流し、一護の懐へ入り込んだ。
拳が腹へ叩き込まれる。
「がっ!」
一護の身体が後ろへ下がる。
だが、一角の追撃より早く斬月を横へ振り、強引に距離を作った。
互いに一度離れる。
一護の腹には鈍い痛みが残っている。
一角の頬にも、一護の斬撃が掠めた細い傷ができていた。
一角は指先で血を拭った。
そして、その血を見た瞬間に嬉しそうな笑みを浮かべる。
「やっぱりいいな、お前」
一護は嫌そうな顔をした。
「何で斬られて嬉しそうなんだよ」
「戦いが面白くなってきたからに決まってんだろ」
「十一番隊って全員こんなのか?」
「俺たちにとっちゃ褒め言葉だ」
「さっきも聞いたぞ、それ」
一角の霊圧が少しずつ高まっていく。
先ほどまでは一護の実力を確かめていたのだろう。
ここから本気で戦うつもりらしい。
一護も斬月を握る手に力を込めた。
「お前、何でそんなに戦いたがるんだ?」
「理由なんかいるか?」
「普通いるだろ」
一角は一瞬だけ不思議そうな顔をした後、笑った。
「強い奴と斬り合う。勝った方が強い。それで十分だ」
一護は呆れた。
考え方は理解できない。
しかし、一角が嘘を言っていないことだけは分かる。
「変な奴」
「お前も相当だろ」
「一緒にすんな」
「敵地のど真ん中まで女一人助けに来た奴が普通なわけねぇだろ」
一護が一瞬黙った。
「……まあ、それは否定できねぇか」
「だろ?」
一角が笑う。
不思議な男だった。
敵なのに、妙な嫌悪感はない。
ただ本気で戦いたいだけ。
そういう意味では、非常に分かりやすい相手だった。
◇
その頃、朔夜は瀞霊廷の奥へ向かいながら、一護の霊圧を感じ取っていた。
先ほどより激しく上下している。
間違いなく戦闘中だ。
「結構強い相手みたいだな」
助けに向かうべきか、少しだけ迷う。
しかし、一護の霊圧はまだ安定している。
追い詰められているわけではない。
「……なら大丈夫か」
朔夜はそのまま歩き続けることにした。
死神代行篇でも何度も同じ選択をしてきた。
戦えるのに助けない。
傍から見れば冷たく見えるかもしれない。
それでも、一護自身が越えなければならない戦いを朔夜が奪ってしまえば、いつまで経っても本当の強さは身につかない。
「頑張れよ、一護」
そう呟いた直後、朔夜は別方向から迫ってくる巨大な霊圧に意識を向けた。
先ほどより明らかに近い。
「……こっちは全然頑張りたくないんだけどな」
荒々しく、重い霊圧。
隠す気など最初からない。
周囲の建物すら、その圧力で僅かに軋んでいるように感じる。
朔夜は額を押さえた。
「本当に俺狙いなのか?」
残念ながら、霊圧の動きは確実にこちらへ向かっている。
しかも、途中で何度か変な方向へ曲がっている。
「……方向音痴か?」
そんな疑問が浮かんだ。
それでも少しずつ距離が縮まっている以上、いずれ遭遇する。
朔夜は腰の斬魄刀へ軽く触れた。
「隊長格なのは間違いないな」
誰なのか。
薄々見当はついてきている。
この戦いを好むような霊圧。
十一番隊。
そして、先ほど聞こえてきた隊士たちの話。
「更木剣八、か」
朔夜は小さくため息をついた。
「一番話し合いが通じなさそうなの来たな」
◇
一護と一角の戦いは、さらに激しくなっていた。
一角が刀を振り下ろす。
一護は斬月で受け止め、そのまま押し返した。
しかし、一角は体勢を崩さず、今度は横から斬り込んでくる。
一護は一歩下がって避けると、すぐに斬月を振るった。
一角も刀で受ける。
互いの武器が激しくぶつかり合い、火花が何度も散った。
「お前、随分動きが変わったな!」
一角が叫ぶ。
「何がだ!」
「最初より俺の攻撃が見えてる!」
一護自身も気づいていた。
戦いながら、少しずつ一角の動きに慣れてきている。
攻撃前の重心。
刀を振る方向。
足の運び。
最初は速いとしか感じなかった動きが、徐々に見えるようになってきた。
浦原との修行は無駄ではなかった。
それだけではない。
朔夜と夜一の模擬戦を見た経験も、自分が思っていた以上に役立っている。
あの二人の動きは、当時の一護にはほとんど追えなかった。
それでも、目で追おうと必死になった経験が、一角の動きを捉える助けになっている。
「よそ見すんな!」
一角が一気に間合いを詰める。
「してねぇよ!」
一護は斬月を振り上げた。
一角の刀と衝突する。
今度は一護が力で押し切る。
「おおおっ!」
一角の身体が大きく後退した。
足元の石畳を削りながら止まる。
一角は自分の手を見た。
僅かに痺れている。
「……いいねぇ」
「まだやるのか?」
「当たり前だろ」
一角は立ち上がる。
「むしろ、ここからだ」
その声を聞いた瞬間、一護の表情が変わった。
空気が違う。
一角の霊圧が先ほどまでより明らかに強くなる。
一角は斬魄刀を自分の前へ構えた。
「黒崎一護」
「何だよ」
「お前は、もうただの旅禍じゃねぇ」
一護が眉を寄せる。
「俺が本気を出す価値のある相手だ」
一角は笑った。
それは戦いを心の底から楽しんでいる者の顔だった。
「だから、こいつを見せてやる」
一護は斬月を構える。
「何をだ?」
一角が静かに刀へ意識を集中させた。
一護にも分かる。
斬魄刀の霊圧が変わっていく。
ルキアから聞いたことがある。
斬魄刀には名前があり、その名を知ることで本来の力を解放できる。
始解。
一角が口を開く。
「延びろ――」
霊圧が膨れ上がる。
「鬼灯丸」
斬魄刀の姿が変化した。
一護は思わず目を見開いた。
先ほどまで普通の刀だった鬼灯丸が、長い柄を持つ武器へと変わっている。
一角は新たな姿となった鬼灯丸を軽く振るい、構えた。
「ここからが本番だ」
一護は斬月を握り直した。
「ちょうどいい」
「何がだ?」
「俺も、さっきまでより本気で行こうと思ってたところだ」
一角の笑みが深くなる。
「最高だな」
二人の霊圧が再びぶつかり合う。
一角は始解「鬼灯丸」を解放した。
一護は斬月を構えたまま、一歩も退かない。
ここで負けるわけにはいかない。
ルキアはまだ、この瀞霊廷のどこかで待っている。
白哉に何もできず倒された自分とは違う。
浦原の修行を乗り越えた。
斬月の名も知った。
仲間たちと共に、ここまで来た。
「行くぜ、一角!」
「来い、一護!」
二人が同時に地面を蹴る。
次の瞬間、斬月と鬼灯丸が激しく衝突した。
その轟音は、静かな瀞霊廷の通りに大きく響き渡った。
一護と一角の戦いは、ここからさらに激しさを増していく。
そして同じ頃、別の場所では朔夜へ向かって歩く更木剣八の霊圧も、確実に距離を縮めていた。
一護が十一番隊第三席と戦っている間に、朔夜の前にも十一番隊最強の男が迫りつつあった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は黒崎一護と斑目一角の戦いが本格的に始まる回でした。
一角は単純に強いだけではなく、十一番隊で戦い続けてきた経験を持つ死神です。そのため、一護も最初から圧倒するのではなく、戦いながら相手の動きを見極め、少しずつ対応できるようになっています。
また、一護が浦原との修行だけではなく、朔夜や夜一の高速戦闘を目で追おうとしていた経験も、少しずつ戦いに活かされ始めています。
そして一角は、一護を本気で戦う価値のある相手と認め、
「延びろ――鬼灯丸」
と始解を解放しました。
ここから一角の戦い方はさらに変化していきます。
一方、朔夜も自分へ近づいている巨大な霊圧の正体が、更木剣八である可能性に気づき始めました。
一護VS斑目一角。
そして、その先で待つ御門朔夜VS更木剣八。
それぞれの戦いが少しずつ動き始めています。
次回――
第17話「鬼灯丸」
一護と一角の戦いは、決着へ向けてさらに激しくなっていきます。
よろしくお願いします。