斑目一角との戦いに勝利した一護は、再びルキアのもとを目指して進み始めました。
その一方、単独で行動を続ける朔夜のもとには、ついに十一番隊隊長・更木剣八の霊圧が目前まで迫っています。
戦うことそのものを何よりも好む剣八と、できる限り無駄な戦闘を避けたい朔夜。
正反対にも見える二人ですが、朔夜の中にもまた、かつて戦いの中で強さを求め続けていた時代がありました。
それでは、第18話「更木剣八」です。
御門朔夜は、瀞霊廷の通りの中央で足を止めた。
もう逃げても意味がない。
先ほどまで遠くに感じていた巨大な霊圧は、完全に近くまで迫っている。
周囲にいた一般隊士たちの姿も、いつの間にか消えていた。
旅禍を探していたはずの死神たちが一人も近づいてこない理由は、考えるまでもない。
彼らも、この霊圧の持ち主が誰なのか分かっているのだ。
「……本当に来たか」
朔夜は小さく息を吐いた。
やがて、前方の曲がり角から一人の大男が姿を現した。
高く逆立った髪。
右目を覆う眼帯。
肩に担いだ、刃こぼれだらけの斬魄刀。
男がただ歩いているだけで、辺りの空気が重く感じられる。
その肩には、小柄な少女が楽しそうに座っていた。
十一番隊隊長、更木剣八。
朔夜は男を見ながら、困ったように頭を掻いた。
「できれば人違いであってほしかったんだけどな」
剣八が足を止める。
二人の距離は十数メートル。
しばらく互いに無言で見つめ合った後、剣八が口元を吊り上げた。
「御門朔夜だな」
「最近、初対面の人に名前を知られてることが多すぎるんだけど」
「そりゃ、お前が有名だからだろ」
「嬉しくない有名人だなぁ」
朔夜はため息をついた。
剣八の肩に乗っていたやちるが、興味深そうに朔夜を見つめる。
「この人がサクちゃん?」
朔夜が少し驚いた。
「サクちゃん?」
「うん。サクちゃん!」
「初対面でいきなりあだ名か」
やちるは楽しそうに笑っている。
朔夜は少し考えた後、肩をすくめた。
「まあ、嫌じゃないけど」
「なら決まり!」
「勝手に決まった……」
そんな二人の会話を聞いていた剣八が、不満そうに刀を肩へ乗せ直した。
「そんな話はどうでもいい」
「俺としては結構大事なんだけど」
「俺が知りてぇのは一つだけだ」
剣八の目が細くなる。
「お前、強ぇんだろ?」
その一言で、空気が変わった。
朔夜も剣八を見る。
「誰から聞いた?」
「色んな奴からだ。昔のことまで興味はねぇが、浦原喜助と四楓院夜一に鍛えられた死神が戻ってきたって聞けば、どれくらい強ぇのか気になるだろ」
「普通の人は気になっても斬りかかってこないと思うけどな」
「俺は普通じゃねぇ」
「知ってる」
朔夜は即答した。
剣八が笑う。
どうやら、その返事は気に入ったらしい。
「じゃあ話が早ぇ」
剣八は肩に担いでいた斬魄刀を下ろした。
「やろうぜ」
「嫌だ」
今度は朔夜が即答した。
剣八の眉が僅かに動く。
「……あ?」
「俺は友達を助けに来たんだよ。隊長と腕試しをするために戻ってきたわけじゃない」
「そんなの知るか」
「だよなぁ」
朔夜は予想していたように肩を落とした。
「ちなみに、俺がこのまま通り過ぎるって選択肢は?」
「ねぇ」
「話し合いは?」
「いらねぇ」
「帰ってくれる可能性は?」
「ねぇな」
「本当に面倒くさいな、あんた」
剣八はむしろ嬉しそうだった。
「よく言われる」
「俺もよく言われるけど、種類が違うと思う」
朔夜がそう言った直後だった。
剣八の姿が一気に距離を詰める。
巨体からは想像できないほど速い。
朔夜の表情が変わった。
「いきなりかよ!」
剣八の斬魄刀が振り下ろされる。
朔夜は身体を横へずらして回避した。
直後、刀が石畳へ叩き込まれ、轟音と共に地面が大きく砕ける。
「避けんな!」
「普通は避けるだろ!」
朔夜は瞬歩で距離を取る。
しかし剣八は、すぐさま追ってきた。
再び横薙ぎの一撃が迫る。
朔夜は上体を反らしてかわした。
刃が鼻先を通過し、その風圧だけで前髪が揺れる。
「危なっ!」
朔夜はさらに後方へ跳ぶ。
剣八は楽しそうに笑っていた。
「いい動きじゃねぇか!」
「褒められても嬉しくない!」
「だったら反撃しろ!」
「俺は戦いたくないって言ってるだろ!」
「嘘つけ」
剣八の言葉に、朔夜の動きが僅かに止まった。
「何が?」
「さっきから逃げてる割には、目が死んでねぇ」
剣八は朔夜を見ながら笑う。
「お前、戦うの嫌いじゃねぇだろ」
朔夜は返事をしなかった。
図星だった。
戦いが好きかと聞かれれば、普段なら否定する。
面倒な戦いは避けたいし、必要のない殺し合いをする気もない。
だが。
強い相手を前にした時。
自分の中のどこかが、確かに反応する。
浦原喜助と四楓院夜一に鍛えられていた頃。
強くなるためなら、どれだけ身体を壊しても構わないと思っていた時代。
相手が強ければ強いほど、自分の力がどこまで通用するのか確かめたくなっていた。
その感覚が、剣八の霊圧によって少しずつ目を覚まし始めている。
「……嫌になるな」
朔夜が小さく呟く。
「何がだ?」
「夜一さんに見られたら怒られそうだと思って」
剣八は意味が分からないとでも言いたげな顔をした。
「知らねぇよ」
「俺もそう思う」
朔夜は苦笑すると、右手を上げた。
剣八が僅かに目を細める。
「ようやくやる気になったか?」
「少しだけな」
朔夜の人差し指が動く。
「――解」
目には見えない斬撃が、一直線に剣八へ飛んだ。
これまで朔夜が使ってきた「解」は、一般隊士の斬魄刀程度なら何の抵抗もなく切断している。
虚を相手にした時も、刀を抜く必要すらなかった。
だが。
剣八は避けなかった。
斬撃が肩へ直撃する。
ザシュッ、と肉が裂ける音がした。
朔夜の表情が変わる。
剣八の肩から血が流れた。
しかし、傷は浅い。
「……マジか」
思わず本音が漏れる。
「解」が通らなかったわけではない。
確かに斬っている。
それでも、本来ならもっと深く入るはずの斬撃が、剣八の霊圧によって押し留められている。
剣八は肩から流れる血を指で拭い、その赤い血を見た。
そして。
嬉しそうに笑った。
「今のが、噂になってる斬撃か」
「噂になるの早すぎない?」
「いいじゃねぇか」
剣八は血のついた指を見ながら笑い続ける。
「もっと撃て」
朔夜は思わず顔をしかめた。
「普通、斬られたらもう少し嫌がらない?」
「何でだ? 楽しくなってきたところじゃねぇか」
「十一番隊って怖いな……」
「隊全体で一括りにすんな」
「隊長がそれ言う?」
剣八が踏み込む。
今度は先ほどより速かった。
朔夜は瞬歩で回避しようとする。
だが。
「っ!」
完全には避けきれなかった。
剣八の刃が、朔夜の頬を浅く切り裂く。
血が一筋流れる。
朔夜は数メートル離れた場所へ着地した。
静かに頬へ手を伸ばす。
指先へ赤い血がついた。
「……」
剣八が笑う。
「やっと当たったな」
朔夜は自分の血を見つめたまま動かなかった。
先ほどまでの軽口もない。
やちるが、そんな朔夜をじっと見ている。
「けんちゃん」
「あ?」
「サクちゃん、ちょっと変わった」
剣八も気づいていた。
朔夜の立ち方が変わっている。
霊圧を大きく解放したわけではない。
斬魄刀も抜いていない。
それでも。
先ほどまで漂っていた気怠さが消えていた。
朔夜は血を親指で拭い、小さく笑った。
普段の柔らかい笑顔とは違う。
静かで、どこか冷たい笑みだった。
「なるほど」
剣八が刀を構える。
「何が分かった?」
「ちょっとだけ」
朔夜は剣八を見る。
「楽しくなってきた」
数秒。
沈黙。
その直後、剣八が声を上げて笑った。
「そうこなくちゃな!」
剣八の霊圧が一気に膨れ上がる。
周囲の空気が震え、近くの建物が軋んだ。
朔夜も無意識に霊圧を漏らす。
普段は徹底的に抑えている力のほんの一部。
それだけで、周囲の空気が重く沈んだ。
離れた場所にいる一般隊士たちが、二人の霊圧を感じて足を止める。
「何だ……この霊圧……」
「片方は更木隊長だ……」
「じゃあ、もう一つは……」
答えを口にする必要はなかった。
瀞霊廷へ帰還した男。
御門朔夜。
その霊圧が、ついに隠し切れなくなり始めている。
◇
一方、一角との戦いを終えた一護も、瀞霊廷の中を走りながら突然足を止めていた。
「……何だ?」
遠くから、巨大な霊圧を感じる。
一つは知らない。
ただ、あまりにも強い。
全身へ圧力を感じるほどの霊圧だった。
そして。
もう一つは知っている。
「朔夜……?」
一護は遠くを見た。
間違えるはずがない。
現世で何度も感じた朔夜の霊圧。
ただし、今までとは明らかに違う。
普段の朔夜は、自分の霊圧をほとんど表へ出さない。
それなのに今は、遠く離れた一護のところまで感じられるほどの力が漏れている。
一角の言葉が脳裏に蘇った。
十一番隊で一番強い男。
更木剣八。
「本当にそいつと戦ってんのかよ……」
一護は一瞬、朔夜のところへ向かうべきか考えた。
しかし。
すぐに首を振る。
朔夜が自分にしてきたことを思い出した。
自分が戦うべき相手なら、朔夜は簡単には手を出さない。
だったら。
自分も信じるしかない。
「負けんなよ、朔夜」
そう呟き、一護は再びルキアのもとを目指して走り出した。
◇
朔夜と剣八は、再び向かい合っていた。
「なあ、御門」
「何?」
「その刀、いつまで飾りにしてんだ?」
剣八の視線が朔夜の腰へ向く。
斬魄刀。
朔夜は尸魂界へ侵入してから、一度も抜いていない。
これまでの敵なら、それで十分だった。
剣八は刀の切っ先を朔夜へ向ける。
「抜けよ」
「嫌だ」
「何でだ?」
朔夜は少しだけ周囲を見る。
建物。
隊舎。
遠くに感じる多くの死神たち。
そして、離れた場所にいる一護たち。
「俺の刀は、周りへの被害が大きいんだよ」
「なら加減すりゃいいだろ」
「できるけど、面倒なんだ」
「だったら俺だけ狙え」
「簡単に言うなぁ」
剣八が笑った。
「お前ならできるだろ」
朔夜は数秒黙った。
この男。
何も考えていないように見えて。
戦いに関する勘だけは異常に鋭い。
「……困ったな」
朔夜の右手が、自然と斬魄刀の柄へ伸びる。
鞘から僅かに刀身が覗いた。
ほんの少し。
それだけだった。
しかし。
剣八の笑みが消える。
恐怖ではない。
むしろ逆だった。
その目に宿ったのは。
強烈な期待。
「それだ」
剣八が低い声で言う。
「それを抜け」
朔夜は剣八を見る。
自分の中でも分かっている。
「解」では足りない。
少なくとも、今の出力では剣八を止められない。
もっと威力を上げることもできる。
だが。
それでもこの男は喜んで受けるだろう。
なら。
別の斬撃を使う必要がある。
相手の霊圧。
肉体の強度。
防御力。
それらに応じて斬撃そのものを最適化する技。
朔夜の脳裏に、その名が浮かぶ。
「……捌」
聞こえないほど小さな声だった。
剣八が眉を動かす。
「何か言ったか?」
朔夜は刀から一度手を離した。
「いや」
「何だよ」
「まだ早いと思って」
剣八の顔に不満が浮かぶ。
「もったいぶるな」
「こっちにも事情があるんだよ」
朔夜は構えを取る。
今度は逃げるためではない。
正面から剣八を見る。
「とりあえず、もう少し『解』で付き合う」
「それで俺を楽しませられんのか?」
朔夜は笑った。
先ほどまでとは違う、戦闘者としての笑みを残したまま答える。
「それは、あんた次第だ」
剣八の霊圧がさらに高まった。
「面白ぇ!」
同時に二人が地面を蹴る。
剣八の斬魄刀が振り下ろされ、朔夜の「解」が真正面から放たれた。
二つの力が激突し、凄まじい衝撃が周囲へ広がる。
石畳が砕け、近くの建物の瓦が吹き飛ぶ。
その中心で。
剣八は笑っていた。
そして。
朔夜も。
笑っていた。
御門朔夜と更木剣八。
二人の戦いは、ようやく始まったばかりだった。
そして朔夜はまだ。
斬魄刀を抜いてすらいない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、ついに御門朔夜と更木剣八が直接対面しました。
剣八は朔夜の過去や立場にはほとんど興味がありません。
彼が知りたいのは、ただ一つ。
「御門朔夜は強いのか」
それだけです。
そして今回、朔夜は剣八に対して「解」を使用しました。
一般隊士の斬魄刀を簡単に切断してきた斬撃ですが、剣八には傷を与えたものの、浅く斬る程度に抑えられています。
これは「解」の威力が低いのではなく、剣八自身の巨大な霊圧によって斬撃の威力が抑え込まれたためです。
これによって朔夜も、
「解だけでは足りない」
と認識し始めています。
そして今回、朔夜の頭に初めて浮かんだもう一つの斬撃。
「捌」
相手の強度や霊圧に合わせて威力を変化させる、「御厨子」のもう一つの斬撃です。
さらに剣八との戦いによって、普段は表へ出さない朔夜の戦闘者としての一面も少しずつ現れ始めました。
死神代行篇で朔夜が夜一に言った、
「昔みたいになりそうだったら止めてくれる?」
という言葉。
その「昔の朔夜」がどのような存在だったのかについても、今後少しずつ明らかになっていきます。
次回――
第19話「捌」
御門朔夜VS更木剣八。
朔夜が初めて、「解」とは異なる斬撃を本格的に使用します。
よろしくお願いします。