これまで一般隊士や虚を容易く斬ってきた「解」でしたが、剣八の圧倒的な霊圧を前にして、その斬撃は浅い傷を与えるに留まりました。
そして朔夜は、剣八を相手に初めてもう一つの斬撃を意識します。
相手の強度と霊圧に応じて斬撃を最適化する技。
――「捌」。
それでは、第19話「捌」です。
凄まじい衝撃が瀞霊廷の一角を駆け抜けた。
剣八が振り下ろした斬魄刀と、朔夜の放った「解」が真正面から激突し、周囲の石畳が砕け散る。
巻き上がった砂埃の中から、最初に飛び出してきたのは更木剣八だった。
「ハハッ! いいじゃねぇか!」
剣八は心の底から楽しそうに笑っている。
肩には先ほど朔夜の「解」によって刻まれた傷が残っているが、本人は気にしている様子すらない。
むしろ傷を負ったことで、さらに機嫌が良くなっているように見えた。
「本当に面倒な人だな……!」
朔夜は瞬歩で横へ移動する。
直後、それまで立っていた場所へ剣八の斬魄刀が叩き込まれた。
石畳が派手に吹き飛ぶ。
朔夜は着地と同時に右手を振った。
「解」
複数の斬撃が、異なる角度から剣八へ飛ぶ。
肩。
腕。
脚。
胴。
相手を殺すためではなく、動きを止めることを目的に狙いを分散させた斬撃だった。
しかし、剣八は避けない。
「ぬるい!」
斬撃を真正面から受けながら、そのまま朔夜へ向かって突っ込んでくる。
死覇装が裂け、皮膚から血が流れる。
それでも傷は浅い。
朔夜の表情から笑みが消えた。
「やっぱり普通の解じゃ止まらないか」
「普通?」
剣八の耳が、その言葉を聞き逃さなかった。
「ってことは、まだ別のがあるんじゃねぇか!」
「余計なところで耳がいいな」
「出せよ!」
「嫌だ」
「だったら出したくなるまで斬る!」
「会話が成立してるようで全然成立してない!」
剣八の一撃が迫る。
朔夜は身体を横へずらしてかわしたが、今度は完全には避けられなかった。
刃が左肩を掠める。
死覇装が裂け、血が滲んだ。
「っ……!」
朔夜はそのまま剣八の懐へ入り込む。
距離はほとんどない。
互いに手を伸ばせば届くほどの近さ。
剣八が笑う。
「自分から近づいてくるとはな!」
「遠くからじゃ分かりにくいんだよ」
「何がだ?」
朔夜は剣八の胸元へ右手を伸ばした。
手のひらが死覇装へ触れる。
その瞬間。
朔夜の目つきが変わった。
「どれくらい硬いのか」
剣八の本能が警鐘を鳴らした。
先ほどまでの「解」とは違う。
何が違うのか、理屈では分からない。
ただ。
このまま受けるのは危険だ。
剣八は反射的に朔夜へ刀を振り下ろした。
だが、それより早く。
朔夜が静かに口を開く。
「――捌」
斬撃が走った。
先ほどの「解」のように遠くへ飛んでいく斬撃ではない。
接触した場所を起点に、剣八の霊圧と肉体の強度を読み取り、それを斬るために必要な威力へ自動的に変化する。
次の瞬間。
ザンッ!
剣八の胸元が大きく裂けた。
血が舞う。
「……!」
剣八の巨体が、初めて大きく後方へ押し飛ばされた。
地面を何メートルも滑り、ようやく止まる。
周囲が静まり返った。
離れた場所から様子を窺っていた隊士たちは、誰も言葉を発することができなかった。
十一番隊隊長・更木剣八。
瀞霊廷でも屈指の戦闘能力を持つ男が、真正面から斬られた。
しかも。
御門朔夜は、まだ斬魄刀を抜いていない。
「……」
朔夜は右手を見つめる。
久しぶりに使った感覚だった。
「解」とは違う。
遠距離から放ち、対象を指定して斬るのが「解」ならば、「捌」は相手そのものに合わせる斬撃。
相手の霊圧が高ければ高いほど。
肉体が硬ければ硬いほど。
必要な威力へと斬撃を変化させる。
特に、直接触れられる距離ではその精度が格段に上がる。
だからこそ。
朔夜は普段、「捌」をほとんど使わない。
必要以上に相手を斬りすぎる危険があるからだ。
「ちょっと深かったか」
朔夜が呟く。
その直後。
「……ハハ」
低い笑い声が聞こえた。
朔夜が顔を上げる。
剣八が立っていた。
胸から血を流しながら。
笑っている。
「ハハハハハハッ!」
声を上げて。
心底楽しそうに。
「最高じゃねぇか!」
朔夜の顔が引きつった。
「いや、何で立つんだよ」
「何でって、まだ終わってねぇだろ」
「普通は今のでちょっと休むんだよ」
「そんなもん必要ねぇ!」
剣八が自分の胸の傷を見る。
確かに深い。
「解」とは比べものにならない。
あと少し位置が違えば、命に関わっていた可能性すらある。
それでも。
剣八は笑う。
「捌っつったか?」
朔夜が眉を寄せる。
「聞こえてた?」
「聞こえてたに決まってんだろ」
剣八は斬魄刀を握り直す。
「いい技じゃねぇか。今度はもっと深くやれ」
「嫌だよ」
「何でだ!」
「死ぬだろ!」
「そのギリギリが面白ぇんだろうが!」
「夜一さんより酷いこと言ってるぞ、この人」
朔夜は本気で呆れていた。
それでも。
自分の口元が僅かに上がっていることにも気づいてしまう。
強い。
自分の斬撃を真正面から受けて。
それでも立つ。
朔夜が長い間、現世では出会わなかった種類の相手だった。
剣八が地面を蹴る。
今度は先ほどまで以上に速い。
朔夜も迎え撃つ。
剣八の刀が横から迫る。
朔夜は身を沈めてかわすと、そのまま剣八の脇腹へ掌を伸ばした。
「捌」
剣八が斬魄刀を間に滑り込ませる。
斬撃と刃が接触する。
次の瞬間。
ギィィン!
金属が悲鳴を上げた。
剣八の斬魄刀に大きな傷が走る。
「……!」
今度は朔夜が驚いた。
「刀で受けた?」
「何となくヤバそうだったからな!」
剣八は嬉しそうに笑いながら、そのまま力任せに刀を振り抜く。
朔夜は腕を交差させて防いだ。
「ぐっ!」
凄まじい力。
身体が吹き飛ぶ。
朔夜は空中で体勢を整え、建物の壁へ足をついた。
そのまま壁を蹴り、剣八へ向かって突っ込む。
剣八が刀を振り上げる。
朔夜は寸前で軌道を変え、横へ回り込んだ。
夜一から叩き込まれた瞬歩。
そして白打。
刀を使わずとも。
朔夜には戦う方法がある。
「こっちは夜一さんに何年殴られたと思ってる!」
朔夜の拳が剣八の腹へ叩き込まれた。
「おおっ!」
衝撃で剣八の身体が僅かに浮く。
普通の相手なら、それだけで吹き飛ばされていた。
しかし。
剣八は朔夜の腕を掴んだ。
「捕まえた」
「げっ」
そのまま朔夜を地面へ叩きつけようとする。
朔夜は空いている左手を剣八の腕へ添えた。
「捌――」
剣八が即座に手を離す。
朔夜の身体が空中で回転し、数メートル先へ着地した。
「……学習するんだな」
朔夜が意外そうに言う。
剣八は笑った。
「同じの何回も食らってたら戦いがすぐ終わっちまうだろ」
「戦闘に関してだけ頭の回転速すぎない?」
「うるせぇ」
二人は再び向かい合った。
剣八の胸には深い傷。
朔夜の肩と頬にも傷がある。
互いに血を流している。
それでも。
戦意はむしろ高まっていた。
◇
遠く離れた場所で、一護が足を止めた。
先ほどから感じていた二つの霊圧が、さらに大きくなっている。
朔夜。
そして。
恐らく更木剣八。
「あいつ、本当に戦ってやがる……」
一護は眉を寄せる。
一角から聞いた話を思い出す。
十一番隊最強の男。
その剣八と。
朔夜が正面から戦っている。
本来なら心配するところなのだろう。
だが。
妙な感覚もある。
朔夜の霊圧。
今までより強い。
それでも。
まだ何かを隠している。
そんな気がしてならない。
「どこまで強ぇんだよ、お前……」
一護は小さく呟いた。
しかし、すぐに前を向く。
自分にもやることがある。
ルキアを助ける。
朔夜が自分の戦いを信じてくれたように。
今は。
自分も朔夜を信じる。
「死ぬなよ」
それだけ言って。
一護は再び走り出した。
◇
朔夜は剣八と向かい合いながら、自分の呼吸が少しずつ速くなっていることに気づいていた。
疲労ではない。
高揚。
それが一番近い。
「……まずいな」
朔夜が呟く。
剣八が聞き返す。
「何がだ?」
「ちょっと楽しくなりすぎてる」
「いいじゃねぇか!」
「よくないんだよ」
死神代行篇。
一護がグランドフィッシャーと戦っていた時。
白哉に斬られた時。
自分の中から出かけたもの。
怒り。
殺気。
そして。
昔の自分。
剣八との戦いは、それとは少し違う。
怒ってはいない。
むしろ。
純粋に楽しい。
だからこそ。
危険だった。
朔夜は自分の手を見る。
「解」。
「捌」。
どちらも。
まだ。
御厨子の一部に過ぎない。
さらに。
身体へ斬撃を纏うこともできる。
刀を抜くこともできる。
始解。
そして。
その先。
「……駄目だな」
朔夜は小さく笑った。
剣八が眉を寄せる。
「何がだ?」
「これ以上やったら、本当に目的忘れそうだ」
朔夜は構えを解いた。
剣八の表情が止まる。
「……あ?」
「俺、ルキアを助けに来たんだった」
「知るか」
「いや、俺にとっては大事なんだよ」
朔夜は周囲を確認する。
剣八との戦闘によって、かなりの時間を使ってしまった。
一護たちはもう動いている。
自分も先へ進まなければならない。
剣八が刀を構え直す。
「逃がすと思ってんのか?」
「思ってない」
「じゃあ続けろ」
「だから」
朔夜が静かに剣八を見る。
「逃げるんじゃなくて、振り切る」
剣八の笑みが戻る。
「やってみろ」
次の瞬間。
朔夜が消えた。
瞬歩。
剣八が横を見る。
そこにはいない。
背後。
振り返る。
いない。
「速ぇな」
剣八が楽しそうに笑う。
その時。
頭上から朔夜の声が落ちてきた。
「悪いな、更木」
剣八が上を見る。
朔夜は建物の屋根に立っていた。
「続きはまた今度」
「待て!」
剣八が地面を蹴る。
だが。
朔夜も同時に瞬歩を使う。
一度。
二度。
三度。
夜一から徹底的に叩き込まれた歩法で、建物から建物へと一気に距離を離していく。
剣八も追いかけるが。
速さだけなら。
朔夜に分があった。
「クソッ!」
剣八が足を止める。
既に朔夜の姿はない。
僅かに残った霊圧も、急速に遠ざかっている。
やちるが剣八の肩へ戻ってきた。
「サクちゃん行っちゃったね」
「ああ」
「追いかける?」
剣八は少し考えた。
そして。
胸の傷へ触れる。
「いや」
意外な返事に、やちるが首を傾げた。
「いいの?」
「あいつは逃げたんじゃねぇ」
剣八は口元を吊り上げた。
「まだやることがあるって顔してやがった」
「じゃあ?」
「また会えばいい」
剣八は笑う。
「次は刀を抜かせる」
そして。
「その次は」
胸の傷を見ながら。
さらに楽しそうに。
「もっと先まで出させてやる」
◇
かなり離れた場所まで移動した朔夜は、ようやく足を止めた。
「はぁ……」
大きく息を吐く。
肩の傷を見る。
剣八。
想像以上だった。
「解」は浅い。
「捌」なら通る。
しかし。
一度見れば対応し始める。
本当に戦いのために生きているような男だ。
「……あれで眼帯取ってないんだよな」
朔夜は剣八の眼帯を思い出していた。
ただの装飾ではない。
あそこから。
微妙に。
霊圧が喰われているような感覚があった。
「冗談だろ」
苦笑するしかない。
それでも。
朔夜の顔には。
少しだけ。
楽しそうな表情が残っていた。
「また戦いたいとか思ってる自分が一番嫌だな」
夜一に知られたら。
間違いなく怒られる。
朔夜は一度目を閉じた後、表情を切り替えた。
今は戦いより。
ルキアだ。
「待ってろよ」
そして、再び歩き始める。
だが。
一つ。
確実に変わったことがあった。
尸魂界へ戻り。
初めて。
朔夜は「捌」を使った。
それは。
これまで隠されてきた御厨子の力が。
少しずつ。
護廷十三隊の前へ姿を現し始めた瞬間だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、御門朔夜の二つ目の斬撃――
「捌(はち)」
の初披露回でした。
「解」が遠距離からでも扱いやすい基本的な斬撃なのに対して、「捌」は相手の霊圧・肉体強度・防御力などに応じて、必要な威力へ斬撃そのものを最適化します。
そのため、今回のように剣八ほど頑丈な相手には「解」よりも「捌」の方が圧倒的に有効です。
ただし、精度を最大限まで高めるには相手へ接近、あるいは直接触れる必要があるため、強敵相手ほど朔夜自身も危険な距離へ入らなければなりません。
また今回は、朔夜の白打と瞬歩も戦闘へ組み込みました。
浦原喜助と四楓院夜一に鍛えられた朔夜は、「御厨子」だけで戦う死神ではありません。
特に夜一から徹底的に叩き込まれた白打と瞬歩は、朔夜の大きな武器になっています。
そして剣八との戦いを途中で切り上げた理由は、勝敗よりもルキア救出を優先したためです。
朔夜自身も戦闘を楽しみ始めていましたが、そこで一度自分を止めました。
もしあのまま続けていれば、「解」と「捌」だけでは終わらなかった可能性もあります。
そして、剣八はまだ眼帯を外していません。
朔夜もまだ斬魄刀を抜いていません。
二人とも本当の意味では、まだ先があります。
次回――
第20話「それぞれの道」
一護たちの現在地。
ルキアを巡って動き始める護廷十三隊。
そして「解」に続き「捌」まで使用した御門朔夜の情報が、隊長格たちのもとへ届き始めます。
よろしくお願いします。