しかし、互いにまだ本気を出し切っていない状態で、朔夜はルキア救出を優先して戦いから離脱します。
一方、瀞霊廷へ侵入した一護たちも、それぞれ別の場所で前へ進み始めていました。
同じ場所を目指しながら、異なる道を進む仲間たち。
そして護廷十三隊の中でも、旅禍と御門朔夜を巡る動きがさらに大きくなっていきます。
それでは、第20話「それぞれの道」です。
更木剣八との戦場から十分に距離を取った朔夜は、人気のない建物の陰で足を止めた。
周囲に追手の気配がないことを確認してから壁へ背中を預けると、今になって左肩の傷がはっきりと痛み始める。
「……痛いな」
剣八の斬撃は浅く受けただけでも重く、死覇装の裂けた部分から覗く傷には血が滲んでいた。頬にも細い切り傷が残っているが、どちらも致命傷には程遠い。
問題は身体よりも、自分の中に残っている感覚だった。
朔夜は右手を見つめる。
少し前、その手で更木剣八へ「捌」を放った。
相手の強度や霊圧を読み取り、その対象を斬るために必要な威力へ変化させる斬撃。久しぶりに使ったその感覚は、今も手のひらに残っている。
剣八の胸へ深い傷を与えた時、朔夜は確かに思ってしまった。
もっとやれる、と。
剣八が立ち上がった時には、さらに強い斬撃を試したいという考えすら浮かんだ。
刀を抜けばどうなるのか。
白打と斬撃を組み合わせればどうなるのか。
そして本気で「御厨子」を使えば、あの男はどこまで耐えられるのか。
そこまで考えたところで、朔夜は自分の額を軽く叩いた。
「何考えてんだ、俺は」
尸魂界へ来た目的は、更木剣八との腕試しではない。
ルキアを救うためだ。
戦いに夢中になって目的を忘れれば、夜一に何を言われるか分かったものではない。
黒猫姿の夜一が呆れた顔で「何をしに来たと思っておる」と説教してくる姿が簡単に想像できて、朔夜は苦笑した。
「……絶対怒るよな」
壁から身体を離し、改めて周囲を見る。
「とりあえず、ルキアの場所を探さないと」
これまで記憶を頼りに進んできたものの、瀞霊廷の内部は広い。
ルキアがどこに囚われているのか、正確な位置まではまだ分からない。
隊士から聞き出すことも考えたが、今の状況では朔夜の顔を見ただけで刀を抜かれる可能性が高い。
「誰か話が通じる奴に会えればいいんだけどな」
そう呟いて歩き出したところで、遠くに複数の霊圧を感じた。
旅禍を探すため、隊士たちがさらに広い範囲へ散開しているようだ。
朔夜は小さくため息をつく。
「話が通じる奴より、話を聞かない奴の方が先に来そうだ」
◇
その頃、一護も瀞霊廷の中を走っていた。
斑目一角との戦いで負った傷は痛むが、足を止めるつもりはない。
一角から聞いた情報を頼りに、ルキアが囚われている方角へ進んでいく。
「こっちで合ってるはずだよな……」
一護は周囲を見回した。
似たような白い壁と建物ばかりが並び、どこを見ても同じ景色に見える。
少し前まで岩鷲も一緒だったが、今は別行動になっている。夜一の姿も見えない。
「……やっぱり夜一さんについてきてもらった方がよかったか?」
そう思った直後、一護は首を振った。
「いや、何とかなる」
少なくとも前には進んでいる。
恐らく。
多分。
その時、一護はふと足を止めた。
遠くで感じていた朔夜と剣八の霊圧が、いつの間にか大きく離れている。どうやら戦いは終わったらしい。
「朔夜……」
一角から聞いた話では、更木剣八は十一番隊最強の男だという。
その相手と戦っていたにもかかわらず、朔夜の霊圧は消えていない。それどころか、既に別の場所へ移動しているようだった。
「やっぱり無事か」
一護は安心したように息を吐く。
もっとも、朔夜についての疑問はさらに増えてしまった。
刀を抜かずに虚を斬り、白哉の動きを見切り、夜一と自分には追えない速度で戦い、さらに十一番隊隊長を相手にしても無事に離脱している。
それでも一護は、朔夜が本気で戦う姿をまだ知らない。
「……帰ったら絶対全部聞くからな」
本人が素直に答えるとは思えない。
それでも聞くと決めて、一護は再び走り出した。
今は朔夜の秘密より、ルキアを助けることが先だった。
◇
別の場所では、石田雨竜と井上織姫も瀞霊廷の中を進んでいた。
「石田くん」
「何だい?」
「黒崎くんたち、大丈夫かな?」
織姫の表情には心配が浮かんでいる。
石田は少しだけ考えてから答えた。
「黒崎については、むしろ遭遇した死神の方を心配するべきかもしれないね」
「そうなの?」
「少なくとも、簡単に捕まるとは思えない」
石田は眼鏡を押し上げる。
「御門に関しては、さらに心配するだけ無駄だろうけど」
織姫が少し笑った。
「朔夜さん、すごく強いもんね」
「強いという言葉だけで片付けていいのか、最近は疑問だけどね」
二人は周囲を警戒しながら進んでいく。
既に旅禍の特徴は瀞霊廷中へ伝わっており、見つかれば戦闘になる可能性が高い。
それでも、織姫は胸元へ手を当てた。
「朽木さん、待っててね」
彼女もまた、自分の意志でここへ来た。
守られるだけでは終わらない。
石田もそれを分かっているからこそ、必要以上に口を出さない。
「行こう、井上さん」
「うん!」
二人もまた、ルキアのもとを目指して歩き出した。
◇
さらに別の場所では、茶渡泰虎が一人で瀞霊廷の道を進んでいた。
前方には複数の死神がおり、全員が刀を構えている。
「旅禍だ!」
「捕らえろ!」
チャドは足を止めた。
できれば戦いたくないが、退くこともできない。
一護は前へ進んでいる。
織姫も石田も、そして朔夜も、自分のやるべきことを続けている。
ならば、自分だけが立ち止まる理由はなかった。
「悪いが、通してもらう」
チャドの右腕へ霊圧が集まり、巨大な装甲のような形へ変化していく。
次の瞬間、地面を震わせるほどの一撃が放たれた。
◇
その頃、十一番隊隊舎では、斑目一角が治療を受けながら露骨に顔をしかめていた。
「痛ぇな」
治療していた隊士が呆れたように答える。
「当たり前です! あれだけ傷を負っておいて何を言ってるんですか!」
「死んでねぇんだからいいだろ」
「良くありません!」
そんなやり取りの最中、廊下の向こうが急に騒がしくなった。
「更木隊長が戻ったぞ!」
その声に、一角の表情が変わる。
「隊長が?」
少しして剣八が姿を現した。
肩にはいつものようにやちるが乗っている。
一角は声を掛けようとして、すぐに剣八の胸元へ視線を止めた。
死覇装が大きく裂け、その下には明らかに浅くない傷が残っている。
「……隊長」
一角の目が見開かれた。
「その傷、誰にやられたんです?」
剣八は自分の胸を見ると、楽しそうに笑った。
「御門朔夜」
周囲にいた十一番隊の隊士たちがざわめく。
一角も黙り込んだ。
やはり二人は戦ったのだ。
「どうでした?」
一角が聞く。
剣八の答えは早かった。
「面白ぇ」
それだけで十分だった。
剣八が誰かとの戦いを楽しむこと自体は珍しくないが、今の表情は明らかに戦い足りないと語っている。
一角は気になって尋ねた。
「御門は斬魄刀を抜いたんですか?」
剣八の笑みが少し歪む。
「いや。最後まで抜きやがらなかった」
「……は?」
一角は言葉を失った。
十一番隊隊長・更木剣八を相手に、斬魄刀を抜かなかった。
しかも、その剣八の胸には明確な傷が残っている。
「何したんです、あいつ」
剣八は胸の傷へ触れながら思い出すように答える。
「『捌』とか言ってたな。触れたところから斬りやがった。解って奴よりずっと深くな」
一角の眉が動く。
「捌……」
剣八は楽しそうに笑った。
「次は刀を抜かせる」
一角は小さく息を吐いた。
一護。
そして御門朔夜。
今回の侵入者たちは、どう考えても普通ではない。
◇
その情報は、ほどなくして六番隊にも届いていた。
「御門朔夜が更木隊長と交戦」
報告を聞いた恋次は顔を上げる。
「更木隊長と?」
「はい。両名とも既にその場を離れていますが、更木隊長には複数の斬創が確認されています」
恋次の表情が険しくなる。
「御門の方は?」
「負傷は確認されていますが、現在も単独で移動しているようです」
恋次は黙り込んだ。
現世で感じた危険な霊圧と、白哉から言われた「不用意に戦うな」という言葉が脳裏に蘇る。
その意味が、少しずつ現実味を帯びていた。
「それと……」
報告に来た隊士が続ける。
「目撃した者によれば、御門朔夜は戦闘中も斬魄刀を抜いていなかったとのことです」
「……冗談だろ」
思わず恋次の口から言葉が漏れた。
更木剣八と戦い、刀を抜かずに傷まで負わせた。
それでいて、既に別の場所へ移動している。
「どこまで隠してやがる」
恋次は拳を握る。
そんな男が、今まさにルキアを助けるために瀞霊廷を進んでいる。
自分はどうするべきなのか。
心の奥にあった迷いが、以前より大きくなっていた。
◇
朔夜は再び屋根の上へ出た。
遠くを見渡せば、瀞霊廷の中心部が見える。
そして、そのさらに先には強い結界に守られた場所がある。
「……あっちか」
明確な確信はない。
しかし、ルキアがいるとすれば瀞霊廷の奥深く、簡単に近づける場所ではないはずだ。
朔夜が進もうとした瞬間、背後から声が飛んだ。
「ようやく見つけたぞ!」
振り返ると、複数の隊士が屋根へ上がってきている。
朔夜は肩を落とした。
「本当に人気者だな、今日の俺」
「御門朔夜! 抵抗せず同行しろ!」
「さっきから、それで同行した奴っているの?」
「黙れ!」
刀が抜かれる。
朔夜は右手を上げかけた。
いつもなら「解」で終わらせる。
しかし、指が途中で止まった。
少し前まで更木剣八と戦っていた感覚が、まだ身体に残っている。
今の状態でいつものつもりで斬撃を放てば、加減を誤る可能性がある。
「……危ないな」
「何がだ!」
先頭の隊士が叫ぶ。
朔夜は手を下ろした。
「いや、こっちの話」
今は「解」を使わない。
強すぎる力を持っているなら、使わないことも選択肢になる。
隊士たちが一斉に踏み込んだ。
その瞬間、朔夜の姿が消える。
「なっ!?」
一人目の背後へ回り込み、首筋へ手刀を落として意識だけを刈り取る。
二人目の刀は素手で流し、そのまま体勢を崩して腹へ軽く掌底を叩き込む。
三人目が振り返った時には、既に朔夜は目の前から消えていた。
「どこだ!」
「後ろ」
「っ!?」
次の瞬間、その男も意識を失った。
十数秒もかからず、全員が屋根の上に倒れる。
死者は一人もおらず、大きな怪我を負った者もいない。
朔夜は倒れている隊士たちの状態を確認してから、小さく息を吐いた。
「夜一さんに白打を教わっててよかった」
もし斬撃しか使えなければ、今の自分では加減を誤っていたかもしれない。
強い力を持つなら、ただ使えばいいわけではない。
必要な時に必要なだけ使い、使うべきでない時には抑える。
それもまた、浦原や夜一に何度も教えられてきたことだった。
「昔なら、こんなこと考えなかったな」
かつての自分なら、敵なら斬る、邪魔なら排除する。それだけで終わっていた。
今は違う。
一護、織姫、チャド、石田、ルキア、浦原、夜一。
守りたい者も、傷つけたくない者も増えた。
それが自分を弱くしたのかと考えかけて、朔夜はすぐに首を振る。
「いや、多分逆だな」
誰かを守るために自分の力を制御する。
それもまた、一つの強さなのだろう。
朔夜は瀞霊廷の奥へ視線を向けた。
「待ってろ、ルキア」
今度こそ足を進める。
◇
同じ頃、囚われている朽木ルキアは一人静かに座っていた。
外の様子はほとんど分からない。
それでも、僅かにいくつもの霊圧を感じ取ることはできた。
知っている霊圧。
懐かしい霊圧。
「……一護」
あの馬鹿なら、本当にここまで来るかもしれない。
来てほしくない。
危険だから。
それでも、どこかで来てくれることを期待している自分もいた。
そして、もう一つ。
遠くで一瞬だけ感じた霊圧。
ルキアは目を伏せた。
「御門……」
現世で別れる直前、自分は朔夜に「黒崎を頼む」と言った。
まさか、本人まで尸魂界へ戻ってくるとは思っていなかった。
「何をしているのだ、あの馬鹿者たちは……」
呆れたように呟きながらも、その表情はほんの少しだけ柔らかくなっていた。
◇
黒崎一護、井上織姫、石田雨竜、茶渡泰虎、志波岩鷲、四楓院夜一、そして御門朔夜。
瀞霊廷へ侵入した者たちは、それぞれ異なる場所を進んでいる。
進む道も、戦う相手も、抱えている思いも違う。
それでも目指している場所は同じだった。
朽木ルキア。
彼女を救うために、全員が自分の道を進んでいる。
そして護廷十三隊の中でも、少しずつ変化が起き始めていた。
旅禍をただの侵入者として見る者もいれば、一護たちの行動に疑問を抱き始める者もいる。
ルキアの処刑そのものに迷いを感じる者もいれば、御門朔夜の帰還によって昔の記憶を呼び起こされる者もいる。
一つの侵入事件をきっかけに、それまで静かだった瀞霊廷は少しずつ、しかし確実に揺らぎ始めていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は大きな戦闘よりも、瀞霊廷へ散り散りになった一護たちが、それぞれの道を進んでいく回となりました。
そして、第19話で朔夜と戦った更木剣八も十一番隊へ戻っています。
剣八自身は勝敗よりも、
「次は朔夜に斬魄刀を抜かせる」
という新しい楽しみを見つけたようです。
また、一角たちにも朔夜が「捌」を使用したことが伝わりました。
ただし、現時点で護廷十三隊側が把握しているのは、「解」とは異なる斬撃が存在するらしいという程度です。
「御厨子」の能力の全貌は、まだ明らかになっていません。
そして今回、朔夜自身にも小さな変化があります。
剣八との戦闘直後で高揚が残っていたため、一般隊士を相手にあえて「解」を使わず、夜一から学んだ白打だけで無力化しました。
昔の朔夜なら、必要以上の力を使うことに迷いはなかったかもしれません。
しかし現在の朔夜は、
「強いから使う」のではなく、「強いからこそ使わない」
という判断もできるようになっています。
一方、囚われているルキアも、一護と朔夜の霊圧を僅かに感じ取っています。
それぞれの道を進む仲間たちは、少しずつルキアへ近づいています。
次回――
第21話「再会への道」
よろしくお願いします。