阿散井恋次との再戦に勝利した一護は、恋次からルキアが囚われている場所――懺罪宮の位置を聞き出しました。
一方、朔夜も山田花太郎の案内を受け、同じ場所へ向かっています。
別々の道を進んできた二人ですが、その目的地はいよいよ一つに重なろうとしていました。
しかし、旅禍の侵入によって混乱する瀞霊廷では、彼らとは無関係な場所でも小さな違和感が生まれ始めています。
それでは、第23話「懺罪宮」です。
恋次との戦いを終えた一護は、傷ついた身体を引きずるようにしながら瀞霊廷の中を進んでいた。
肩には蛇尾丸によって受けた傷が残り、身体のあちこちが痛む。それでも足を止めるつもりはない。
恋次から聞いた場所。
懺罪宮。
そこにルキアがいる。
「待ってろよ、ルキア」
一護は小さく呟き、斬月を背負い直した。
恋次は最後に、自分へルキアを託した。
あの言葉を聞いた以上、途中で倒れるわけにはいかない。
それに、ここまで来たのは自分一人ではなかった。
井上も、石田も、チャドも、岩鷲もいる。
夜一さんもいる。
そして朔夜も、この瀞霊廷のどこかを進んでいる。
「アイツなら、もう場所くらい見つけてそうだな」
一護はそう言って、少しだけ笑った。
実際、その予想は外れていなかった。
◇
「この先です」
花太郎が声を落として言った。
朔夜は建物の陰から前方を確認する。
遠くに見える巨大な白い塔は周囲の建物より明らかに高く、瀞霊廷の中でも一目で特別な場所だと分かる。
「……懺罪宮」
朔夜の表情から、いつもの気の抜けた雰囲気が少し消えた。
あそこにルキアがいる。
尸魂界へ戻ってきてから、ずっと探していた相手だ。
「思ったより近くまで来たな」
「でも、ここからが大変です」
花太郎は辺りを警戒しながら説明する。
「懺罪宮の周りは普段から警備がありますし、今は旅禍が侵入しているので、いつもより隊士が増えています」
朔夜は建物の周囲へ意識を広げた。
確かに複数の霊圧があるものの、今のところ隊長格の気配はない。
突破すること自体は難しくないだろう。
「強行突破なら簡単なんだけどな」
花太郎の顔が引きつった。
「簡単って言わないでください……」
「でも、騒ぎを大きくすると面倒だろ?」
「それはそうですけど」
朔夜は少し考えながら、懺罪宮の周辺へ視線を巡らせた。
ここで一般隊士を倒しながら進めば、すぐに隊長格が動く可能性が高い。
剣八とは既に戦った。
他の隊長たちまで次々に相手にしていれば、ルキアを助ける前に余計な時間を使うことになる。
「……まあ、もう十分目立ってるけど」
「御門さん?」
「こっちの話」
朔夜が苦笑した、その時だった。
少し離れた通りを、数人の死神が慌ただしく駆け抜けていく。
旅禍を探しているにしては、向かっている方向が懺罪宮とは違う。
花太郎も不思議そうに見送った。
「五番隊の人たちですね」
「五番隊?」
朔夜が視線を向ける。
走り去る隊士たちの会話が、僅かに耳へ届いた。
「まだ藍染隊長と連絡がつかないのか?」
「分からない。雛森副隊長が探してるらしい」
「こんな時にどこへ行ったんだ……」
声はすぐに遠ざかっていった。
朔夜は僅かに眉を寄せる。
「藍染……?」
花太郎が首を傾げる。
「知ってるんですか?」
「まあ、昔に少しな」
穏やかな男だった記憶がある。
少なくとも、瀞霊廷がこれほど騒がしい時に何の連絡もなく姿を消すような人物には見えなかった。
「……珍しいな」
「何がです?」
「いや」
朔夜は懺罪宮へ視線を戻す。
今はルキアが先だ。
「花太郎、他に入口は?」
「一応あります。でも、そこまで行くにも警備を避けないと……」
「じゃあ、それを使おう」
「え?」
「正面突破よりマシだろ」
朔夜が歩き出すと、花太郎も慌てて後を追った。
◇
その頃。
五番隊隊舎では、普段とは違う緊張が広がっていた。
「隊長は?」
「まだ見つかってない」
「私室にもいないのか?」
「いない。伝令にも返事がない」
隊士たちは声を潜めながら言葉を交わしている。
旅禍が瀞霊廷へ侵入している。
そのため隊長が別の場所へ出ていても、本来なら不思議ではない。
しかし。
何の指示もなく。
副隊長にも行き先を告げず。
完全に連絡が途絶えている。
それが五番隊隊士たちの不安を大きくしていた。
廊下を早足で進んでいた雛森桃は、そんな声を聞きながら唇を噛む。
「藍染隊長……」
胸の奥に、理由の分からない不安が残っていた。
それでも。
今はまだ。
その正体を知る者はいなかった。
◇
懺罪宮の中では、ルキアが壁にもたれながら静かに目を閉じていた。
外の様子は見えない。
それでも最近になって、瀞霊廷が騒がしくなっていることだけは分かる。
隊士たちの足音や慌ただしい声に混じって、時折強い霊圧も感じていた。
その中には、知っているものもある。
「……一護」
間違えるはずがない。
現世で何度も隣にいた霊圧が、今は尸魂界の中にある。
最初に感じた時は何かの間違いだと思った。
しかし、何度感じても消えない。
一護は本当に来ている。
「馬鹿者……」
ルキアは膝を抱えた。
来るな。
そう思う。
自分のために命を懸ける必要などない。
この処刑は、自分一人が受け入れれば終わることだ。
それなのに。
「何故、来た……」
声が僅かに震えた。
そして、もう一つ。
一護とは別に、知っている霊圧がある。
御門朔夜。
現世で別れる時、自分はあの男に一護を頼んだ。
一護が無茶をしないように見ていてほしい。
その意味で頼んだつもりだった。
まさか、一緒になって尸魂界まで乗り込んでくるとは思わなかった。
「……御門まで何をしているのだ」
呆れたように言いながらも、ルキアはほんの少しだけ俯いた。
もし、本当に二人がここまで来ているなら。
もう一度だけ会えるのだろうか。
そんな考えが浮かび、すぐに振り払う。
「駄目だ」
期待してはいけない。
あの者たちを巻き込んではいけない。
そう自分へ言い聞かせても、胸の奥に生まれた小さな期待だけは消えてくれなかった。
◇
朔夜と花太郎は、警備の少ない通路を選びながら懺罪宮へ近づいていた。
途中で何度か隊士と遭遇しかけたものの、朔夜が先に気配を察知して道を変えたため、まだ戦闘にはなっていない。
「御門さんって、逃げるのも上手いんですね」
花太郎が感心したように言う。
「言い方が悪いな。潜入が上手いって言ってくれ」
「同じような気がしますけど……」
「全然違う」
朔夜は真顔で答えた。
その時、前方から二つの霊圧が近づいてきた。
朔夜はすぐに花太郎の肩を掴み、建物の陰へ引き込む。
「静かに」
花太郎は慌てて口を押さえた。
少しして、二人の隊士が通り過ぎていく。
「六番隊副隊長が旅禍に敗れたって話、本当か?」
「らしい。相手は黒崎一護っていう旅禍だ」
その会話を聞き、朔夜の口元が僅かに上がる。
やはり、一護が勝った。
しかし、隊士たちの話には続きがあった。
「それだけじゃないぞ。十一番隊の更木隊長も御門朔夜と戦って負傷したらしい」
「御門って、昔の……?」
「声が大きいって。それより五番隊の方も何かあったらしいぞ」
「五番隊?」
「藍染隊長が見つからないとか何とか……」
「隊長が?」
「詳しくは知らねぇ。雛森副隊長がかなり慌ててるらしい」
二人の死神はそんな話をしながら、角の向こうへ消えていった。
花太郎が慎重に顔を出す。
「御門さん、本当に有名なんですね」
「そこに食いつくの?」
「だって更木隊長と戦って傷を負わせたって……」
「全然嬉しくないからな」
朔夜はため息をついたものの、先ほどの話が少し引っかかっていた。
藍染が見つからない。
最初に聞いた時なら、単に連絡がつかないだけとも考えられた。
だが。
五番隊全体が探しているとなれば話は変わってくる。
花太郎が尋ねる。
「何か気になるんですか?」
「ちょっとね」
「藍染隊長のことですか?」
「ああ。でも……」
朔夜はしばらく五番隊の方向を見た後、首を振った。
「今は行けない」
ルキアが目の前にいる。
何かが起きているとしても、優先すべきことは変わらない。
ただ。
胸の奥に小さな違和感だけが残った。
◇
その頃、一護は完全に道に迷っていた。
「……おかしい」
恋次に方角は聞いた。
確かに聞いたはずだ。
それなのに、目の前には妙に見覚えのある建物がある。
壁には、自分が少し前につけた傷まで残っていた。
「何で同じ所に戻ってんだよ!」
一護の怒鳴り声が通りに響く。
「クソッ……!」
頭を抱えた一護は、しばらく周囲を見回した。
「夜一さんか朔夜がいりゃあ、こんなことには……」
その時。
少し離れた場所から小さな霊圧を感じた。
続いて、よく知っている大きな霊圧もある。
一護が顔を上げる。
「……朔夜?」
間違いない。
かなり近い。
一護は迷うことなく、その霊圧へ向かって走り出した。
「だったら朔夜についてけばいい!」
方向音痴を自力で克服するという発想は、既に消えていた。
◇
五番隊では、雛森が一人で隊舎の外へ出ていた。
「藍染隊長……」
隊舎の中にはいなかった。
他の隊へ向かったという報告もない。
誰かに呼び出されたのか。
それとも、自分の知らない任務へ向かったのか。
考えても答えは出ない。
雛森は周囲を見回しながら歩く。
旅禍侵入によって、瀞霊廷全体が混乱している。
こんな時だからこそ、藍染なら何か考えて動いているはずだ。
そう思いたかった。
その時。
前方を歩いていた隊士が、ふと足を止めた。
「……あれ?」
雛森も視線を上げる。
建物の向こう側。
普段なら気にも留めない場所に、何かが見えた気がした。
「どうしたの?」
「いえ……何かあったような……」
まだ。
はっきりとは見えない。
だが。
理由の分からない寒気が、雛森の背中を走った。
◇
「……何かすごい勢いで近づいてくるな」
朔夜が呟いた。
花太郎も後ろを振り返る。
やがて遠くから足音が近づき、聞き慣れた声が響いた。
「朔夜ーっ!」
朔夜は額へ手を当てる。
「もう少し静かに来れないのか、あいつは」
「黒崎さんですか?」
「ああ」
少しして、角を曲がった一護が姿を現した。
「朔夜!」
「よう、一護」
一護は朔夜の前まで来ると、肩で息をする。
「見つけた……!」
「俺を探してたの?」
「いや、道に迷った」
「やっぱりか」
朔夜は即答した。
一護の眉が動く。
「何だよ、その反応」
「だって絶対迷うと思ってたから」
「うるせぇ!」
花太郎は二人を交互に見る。
「御門さん、この人が黒崎さんですか?」
「ああ」
一護が花太郎を見る。
「誰だ?」
「山田花太郎。四番隊の死神で、ルキアの場所を教えてくれた」
一護の表情が一瞬で変わる。
「本当か!?」
花太郎が驚いて一歩下がった。
「は、はい!」
「ルキアはどこだ!」
「だから落ち着け、一護」
朔夜が一護の肩を掴む。
「もうすぐそこだ」
一護が朔夜を見る。
「懺罪宮って所だろ?」
「恋次に聞いたか」
「ああ」
朔夜は一護の身体を見る。
かなり傷だらけだ。
肩にも深い傷があり、死覇装もあちこち裂けている。
「随分やられたな」
「勝ったからいいんだよ」
「そういう問題じゃないだろ」
「お前に言われたくねぇ」
一護が朔夜の左肩を見る。
剣八に斬られた傷と、頬に残った切り傷。
朔夜も無傷ではない。
「お前だってボロボロじゃねぇか」
「俺はこれくらい平気」
「俺もだ」
「張り合うところじゃないんだけど」
花太郎は二人の会話を聞きながら、小さく苦笑していた。
この二人が一緒に行動していれば、現世のルキアが心配していた理由も何となく分かる。
どちらも止めても進むタイプなのだ。
「とにかく」
朔夜が懺罪宮を見上げる。
「ルキアはあそこにいる」
一護も同じ方向を見る。
巨大な白い塔。
ようやく、ここまで来た。
「行くぞ」
一護が歩き出そうとすると、朔夜が腕を掴んだ。
「待て」
「何だよ」
「正面から行ったら警備に見つかる」
「倒せばいいだろ」
朔夜は一護をじっと見る。
「一護」
「何だよ」
「それ、俺が言ったら絶対怒るだろ?」
一護は少し考えた。
「……怒る」
「だろ?」
朔夜はため息をついた。
「花太郎が裏から近づける道を知ってる。そっちを使う」
一護は少し不満そうだったが、すぐに頷く。
「分かった」
「素直でよろしい」
「子供扱いすんな」
三人は懺罪宮へ向けて動き出した。
◇
そして。
五番隊。
雛森は建物の下で立ち尽くしていた。
最初は、自分が見ているものを理解できなかった。
白い羽織。
見慣れた背中。
毎日のように見ていた姿。
だからこそ。
それが今の状態と結びつかなかった。
「……え?」
喉から、かすれた声が漏れる。
周囲にいた隊士たちも言葉を失っていた。
壁の高い位置。
そこに。
一人の男がいた。
いや。
正確には。
男の身体があった。
胸には刀が突き立てられ。
白い隊長羽織は。
血で赤く染まっている。
「……藍染……隊長?」
雛森の声が震えた。
返事はない。
あるはずがない。
「藍染隊長……?」
もう一度呼ぶ。
それでも。
返事はなかった。
次の瞬間。
「藍染隊長ォォォッ!!」
悲鳴が瀞霊廷へ響き渡った。
その声をきっかけに、周囲の隊士たちが一斉に動き始める。
「四番隊を呼べ!」
「総隊長へ報告しろ!」
「誰がやったんだ!」
叫び声が重なり合う。
そして。
その知らせは瞬く間に瀞霊廷を駆け巡っていく。
五番隊隊長。
藍染惣右介。
死亡。
旅禍侵入によって揺れていた瀞霊廷に。
さらに大きな混乱が。
広がり始めた。
◇
その異変をまだ知らないまま、一護、朔夜、花太郎の三人は懺罪宮へ続く道を進んでいた。
一護が前を見ながら尋ねる。
「あとどれくらいだ?」
「もうすぐです」
花太郎が答える。
朔夜も感じていた。
近い。
本当に近い。
あの塔の中から。
微かに。
知っている霊圧が伝わってくる。
「……ルキア」
朔夜が小さく名前を呼ぶ。
一護もそれを聞き、表情を引き締めた。
二人が尸魂界へ来た理由。
ここまで戦い続けた理由。
その相手が。
ようやく手の届く場所まで近づいていた。
ただ。
その背後では。
彼らの知らないところで。
瀞霊廷そのものを揺るがす事件が、既に始まっていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回はタイトルどおり、物語の舞台がいよいよ「懺罪宮」へ移り始めました。
恋次との再戦に勝利した一護は懺罪宮を目指しますが、案の定途中で道に迷い、朔夜の霊圧を頼りに花太郎と行動していた朔夜へ合流しています。
これで、
黒崎一護
御門朔夜
山田花太郎
の三人が同じ道からルキアのいる場所を目指すことになりました。
また今回は、終盤の藍染惣右介死亡へ向けて、五番隊側の描写を少し増やしています。
最初は、
「藍染隊長と連絡がつかない」
という程度の小さな異変。
その後、五番隊全体が藍染を探し始め、雛森自身も理由の分からない不安を感じるようになります。
そして最後に、その不安が最悪の形で現実になりました。
五番隊隊長・藍染惣右介、死亡。
旅禍が暴れている最中に隊長が殺害されたことで、今後の瀞霊廷では「誰が藍染を殺したのか」という疑念も広がっていくことになります。
朔夜も途中で藍染が行方不明になっている話を耳にしていますが、現在の最優先事項はルキア救出であるため、今は懺罪宮へ向かうことを選びました。
次回――
第24話「再会」
一護、朔夜、そしてルキア。
ついに三人が再び顔を合わせます。
その一方で、藍染死亡によって護廷十三隊内部の空気も大きく変わり始めます。
よろしくお願いします。