恋次との再戦を制し、確実に強くなった一護でしたが、それでも白哉には届きません。
そして、一護が再び致命の一撃を受けかけたところへ朔夜が介入し、白哉と短いながらも直接交戦。
朔夜が御厨子を抜こうとした、その時。
二人の戦いを止めたのは四楓院夜一でした。
黒猫の姿から本来の人型へ戻った夜一が、一護へ告げた期限はわずか三日。
朽木白哉へ届くための、新たな修行が始まります。
それでは、第26話「三日」です。
白哉の霊圧が完全に遠ざかった後も、一護はしばらくその場から動かなかった。
握った拳には力が入り、爪が掌へ食い込んでいる。
現世で戦った時とは違った。
今回は白哉の動きが見えた。
斬撃にも反応できた。
以前なら何が起きたのか理解することすらできなかった相手と、僅かな時間とはいえ刃を交えることができた。
それでも、届かなかった。
「……クソッ」
一護の口から漏れた声には、隠しようのない悔しさが滲んでいた。
その様子を見ていた夜一が、静かに声を掛ける。
「悔しいか、一護」
一護はすぐに顔を上げた。
「ああ。当たり前だろ」
白哉が去った方向を見る。
「あそこまでやって、まだ全然届かねぇ」
「ならば、その感覚を忘れるでない」
夜一は腕を組みながら一護を見た。
「自分がどれだけ足りぬか分からぬ者は、それ以上強くなれん。今のおぬしは、ようやく白哉との差を自分の目で確かめることができた」
「……夜一さん」
「何じゃ」
「本当に三日で何とかなるのか?」
一護の問いに、夜一は少しだけ目を細めた。
「何とかするのじゃ」
「それ、答えになってねぇぞ」
「最初から簡単にできるなどとは言っておらん」
夜一の声から、先ほどまでの軽さが消える。
「三日で一から強くなるわけではない。おぬしの中に既にある力を、三日で引きずり出すのじゃ」
一護の表情が変わった。
隣で聞いていた朔夜も、その言葉の意味を理解しているらしく黙っている。
すると夜一は、今度は朔夜へ視線を向けた。
「それと、朔夜」
「……何でしょう」
「何故いきなり敬語になる」
「嫌な予感がするから」
「正しい判断じゃ」
夜一が笑った。
その笑顔を見た朔夜は、さらに嫌そうな顔をする。
「一護の修行へ移る前に、おぬしには聞くことがある」
「今じゃないと駄目?」
「今じゃ」
「ルキアの処刑が迫ってるんだけど」
「だからこそじゃ。おぬしを放っておいたまま修行へ入ったら、今度はどこで誰と斬り合うか分からん」
一護が思わず笑う。
「信用ねぇな」
「お前は黙ってろ」
朔夜が睨み返した。
牢の中からそのやり取りを見ていたルキアも、呆れたように口を開く。
「夜一の言う通りだ。御門、お前は少し反省した方がいい」
「ルキアまでそっちにつくの?」
「更木剣八と戦った直後に兄様とも戦った者が、何を言っている」
「どっちも向こうから来たんだけど」
「だからといって楽しむ必要はなかろう!」
朔夜が黙った。
一護が横から顔を覗き込む。
「お前、楽しんでたのか?」
「……少しだけ」
「やっぱりかよ」
夜一がすぐに口を挟む。
「一護。おぬしも人のことは言えんぞ」
「……はい」
今度は一護が黙った。
花太郎は少し離れた場所から四人のやり取りを眺めながら、どうしてこれほどの状況で普通に言い合いができるのだろうと困惑していた。
夜一は改めて朔夜へ向き直る。
「更木剣八と戦ったな」
「ああ」
「捌まで使ったそうじゃな」
朔夜の眉が上がる。
「もう知ってるの?」
「瀞霊廷中で噂になっておる。更木剣八に深い斬創を負わせた男が、刀すら抜いておらんかったとな」
「噂って怖いな」
「話を逸らすな」
夜一の声が低くなる。
朔夜は諦めたように肩を落とした。
「最初は逃げるつもりだったんだよ。でも、あの人が全然諦めなくて」
「それで?」
「解を使った」
「それで?」
「効きが浅かった」
「それで?」
「……捌を使った」
「それで?」
朔夜は嫌そうな顔をした。
「夜一さん、絶対全部分かって聞いてるだろ」
「わしの口から言わせるな。自分で言え」
朔夜は頭を掻く。
「ちょっと楽しくなった」
「ちょっと?」
「……かなり」
一護が吹き出した。
「お前、俺より駄目じゃねぇか」
「うるさい」
夜一は深いため息をついた。
「昔ほどではないにせよ、おぬしは強い相手を前にすると余計な癖が出るのう」
その言葉に、朔夜の表情が僅かに変わった。
「分かってるよ」
「本当に分かっておるならよい。じゃが、白哉相手に御厨子まで抜こうとしたのはどう説明する?」
朔夜は今度こそ言葉に詰まった。
一護も興味深そうに見る。
「そういや、あの刀まだ一回も抜いてねぇんだよな」
「今はその話いいだろ」
「よくない」
夜一が即座に否定する。
「白哉と剣八は違う。白哉はおぬしの戦い方をある程度知っておる。刀を抜かずに相手をするには、少々面倒な相手じゃ」
朔夜は小さく頷いた。
「ああ。だから抜こうとした」
「懺罪宮の中でか?」
「……」
「ルキアのすぐ近くで?」
「……」
「わしが来なかったら、本当に抜いておったな?」
朔夜はしばらく黙った後、小さく答えた。
「多分」
次の瞬間。
ゴンッ。
夜一の拳が朔夜の頭へ落ちた。
「痛っ!」
朔夜が頭を押さえてしゃがみ込む。
一護は耐え切れずに笑った。
「何笑ってんだ!」
「いや、お前でも普通に怒られるんだなって」
「一護も後で修行で泣かされるからな」
夜一が一護を見る。
「泣く程度で済めばよいがのう」
一護の笑顔が消えた。
「……そんなにヤバいのか?」
「死ぬ気でやらねば死ぬ修行じゃ」
「それ、普通に死ぬ可能性があるってことじゃねぇか!」
「そう言っておる」
「夜一さん!」
今度は朔夜が笑う。
「頑張れ、一護」
「お前も手伝え!」
「嫌だよ。俺の修行じゃないし」
「都合いい時だけ他人事にすんな!」
夜一は二人のやり取りを聞きながら、僅かに口元を緩めた。
しかし、すぐに真剣な表情へ戻る。
「時間がない。そろそろ移動するぞ」
一護は牢の中にいるルキアを見た。
ルキアも一護を見つめている。
「一護」
「何だ?」
「三日と言ったな」
「ああ」
ルキアは少しだけ迷った後、真っ直ぐに一護を見る。
「ならば三日で戻ってこい」
一護の目が僅かに見開かれた。
今度のルキアは、「来るな」とは言わなかった。
一護は口元を緩める。
「……おう」
そして力強く頷いた。
「待ってろ」
朔夜も牢へ近づく。
「ルキア」
「お前は一護の邪魔をするなよ」
「最初に言うことそれ?」
「それと……」
ルキアは少しだけ視線を逸らした。
「お前も無事で戻れ」
朔夜は一瞬だけ黙った。
それから穏やかに笑う。
「分かった」
今度は「善処する」とは言わなかった。
◇
夜一の案内で、一護、朔夜、花太郎は懺罪宮を離れた。
人目を避けながら瀞霊廷を進む途中、花太郎は負傷している隊士たちの治療へ戻ることになった。
「黒崎さん、御門さん」
別れる直前、花太郎が二人を振り返る。
「絶対、朽木さんを助けましょうね」
一護が頷いた。
「当たり前だ」
朔夜も軽く手を上げる。
「案内ありがとうな、花太郎」
「はい!」
花太郎は大きく頷くと、その場から走り去っていった。
残った三人は再び移動を始める。
先頭を進む夜一は人型のままだ。
その後ろを一護と朔夜が追っていく。
しばらくして、一護が口を開いた。
「で、どこ行くんだ?」
「秘密の場所じゃ」
「また秘密かよ」
「尸魂界には昔から、人目につかぬ場所がいくつもあってのう」
「何で夜一さんがそんな場所知ってんだよ」
夜一が振り返るより先に、朔夜が答えた。
「夜一さんだから」
「説明になってねぇ」
「でも納得できるだろ?」
一護は少し考える。
「……できる」
「だろ?」
夜一が振り返り、二人を睨む。
「おぬしら、わしを何だと思っておる」
朔夜と一護は顔を見合わせた。
そして二人とも黙る。
「何故黙る」
「いや……」
「何て答えても怒られそうだから」
「朔夜。後で追加じゃ」
「何の!?」
◇
しばらく移動した後、夜一は人目につかない岩壁の前で足を止めた。
一見すれば、何の変哲もない場所だ。
しかし夜一が壁の特定の場所へ手を触れ、霊圧を流し込むと、岩壁の一部がゆっくりと動き始めた。
一護が目を丸くする。
「こんな場所あったのか」
「知らぬ者の方が多い」
開いた入口を通り、三人は内部へ進んでいく。
その先には、地下とは思えないほど広大な空間が広がっていた。
岩山が連なり、水場まである。
中央には戦闘訓練ができるほどの広い空間が確保されていた。
一護は驚きながら周囲を見回す。
「何だよ、ここ……」
夜一は修行場を見渡しながら答えた。
「昔、喜助が修行に使っておった場所の一つじゃ」
その名前を聞き、一護が納得したような顔をする。
「浦原さんか……」
朔夜は懐かしそうに周囲を見回した。
「久しぶりだな、ここ」
一護が振り返る。
「お前も知ってんのか?」
「知ってるも何も、何回ここで死にかけたと思ってる」
「またその話かよ」
朔夜は遠い目をする。
「夜一さんと喜助の修行を甘く見るな。一護が思ってるより何倍も酷いぞ」
夜一がにやりと笑った。
「これからおぬしも同じ目に遭う」
一護の顔が引きつる。
「やっぱ帰っていいか?」
「ルキアを諦めるならのう」
「やる」
返事は早かった。
夜一は満足そうに頷く。
「なら始めるぞ」
一護は背負っていた斬月を地面へ下ろした。
「何すりゃいい?」
夜一は少し離れた場所へ歩いていき、そこに置かれていた人型の道具を一護の前へ運んでくる。
一護は眉を寄せた。
「何だ、それ?」
その道具を見た瞬間、朔夜の表情が僅かに変わる。
「……転神体か」
一護が振り返った。
「知ってんのか?」
「ああ」
朔夜は転神体を見る。
「喜助が作った、かなり無茶な道具だよ」
「嫌な説明だな」
夜一が転神体の横へ立つ。
「これは転神体。斬魄刀の本体を強制的に具象化させるための道具じゃ」
一護の表情が変わった。
「斬月を?」
「そうじゃ」
夜一は頷く。
「本来、斬魄刀の本体を具象化し、屈服させるには長い年月が掛かる。それをこの転神体を使い、強引に現世へ引き出す」
一護は転神体を見つめる。
「それを三日でやれって?」
「正確には違う」
夜一の目が鋭くなる。
「三日以内に斬月を屈服させろ」
一護は黙った。
言葉の意味が重い。
斬月はこれまで、何度も自分へ力を貸してきた存在だ。
その斬月を屈服させる。
「それができたら、どうなる?」
夜一は真っ直ぐ一護を見る。
「卍解へ至る」
一護の目が大きく見開かれた。
「……卍解?」
隣にいる朔夜は何も言わない。
夜一が説明を続ける。
「隊長格の多くが身につけている、斬魄刀戦術の最終段階じゃ。白哉を正面から倒したいのであれば、少なくともそこへ至らねば話にならん」
一護は転神体を見る。
そして自分の斬月を見る。
「三日で……卍解」
「できぬと思うか?」
夜一に尋ねられ、一護は少しだけ黙った。
だが、すぐに斬月の柄を強く握る。
「やる」
迷いはなかった。
「三日どころか、それより早く終わらせてやる」
夜一が満足そうに笑う。
「その意気じゃ」
一護はそこで、ふと隣にいる朔夜を見た。
「そういや、お前は卍解できんのか?」
一瞬、空気が止まった。
夜一が朔夜を見る。
朔夜も一護を見る。
「……今それ聞く?」
「気になるだろ」
「お前、これから命懸けの修行始まるんだぞ」
「いいから答えろよ」
朔夜は少し考えた後、小さく笑った。
「できるよ」
一護が固まる。
「は?」
「卍解」
「……マジで?」
「ああ」
一護の目が鋭くなる。
「名前は?」
朔夜が答えようとする前に、夜一が一護の頭を軽く小突いた。
「いてっ!」
「余計なことへ気を取られるな」
「でも夜一さん!」
「おぬしが今知る必要はない」
一護は不満そうに朔夜を見る。
朔夜も少し笑った。
「まず自分で卍解を覚えろ。その後なら教えてやる」
「絶対だな?」
「ああ」
「覚えたら絶対聞くからな」
「はいはい」
一護はようやく転神体へ視線を戻した。
夜一が修行の準備を始める。
その間に、朔夜は少し離れた岩へ腰を下ろした。
「朔夜」
夜一の声が飛ぶ。
「何?」
「何を休んでおる」
「え?」
「一護が修行しておる間、おぬしにもやることがある」
朔夜の表情が固まった。
「俺は一護の修行を見守る係じゃないの?」
「誰が決めた」
「今決めた」
「却下じゃ」
即答だった。
一護が笑いを堪える。
「何すんだよ、朔夜」
「笑うな」
夜一は朔夜の前まで歩いていく。
「おぬしは戦いそのものより、自分の制御を思い出せ」
朔夜の表情が僅かに変わった。
「制御?」
「更木剣八との戦いで気持ちが昂り、白哉を相手に御厨子を抜こうとした。今のおぬしは、力が足りぬわけではない」
夜一は朔夜を真っ直ぐ見据える。
「むしろ逆じゃ。力を持ち過ぎておるからこそ、それを使う側のおぬしが揺らいではならん」
朔夜は反論しなかった。
心当たりがある。
剣八と戦った時。
もっと斬りたいと思った。
もっと自分の力を試したいと感じた。
白哉と戦った時も同じだった。
御厨子を抜けばどうなるのか。
どこまで戦えるのか。
ほんの一瞬とはいえ、そう考えた。
昔ほどではない。
それでも確かに、自分の中にはまだその感情が残っている。
「……分かった」
朔夜は岩から立ち上がる。
夜一が少しだけ笑った。
「今日は随分素直ではないか」
「これ以上一護の前で殴られたくないだけ」
「何じゃ、つまらん」
「何で残念そうなんだよ」
一護が吹き出す。
「お前、本当に夜一さんに弱いよな」
「お前は今から自分の心配しろ」
「してるよ」
「なら笑うな」
言い合う二人を見て、夜一も僅かに笑った。
先ほど白哉へ敗れた直後には、一護にこんな表情はなかった。
だからこそ、今はこれでいい。
だが、時間は待ってくれない。
夜一は一護へ向き直った。
「では始めるぞ、一護」
一護の表情が引き締まる。
「おう」
斬月を握る手に力が入る。
三日。
たった三日しかない。
朽木白哉へ届くため。
ルキアを救うため。
そして、自分自身の力を最後まで引き出すため。
一護は転神体の前へ立つ。
その少し離れた場所では、朔夜も静かに目を閉じた。
自分の中にある力。
解。
捌。
そして、その先にある御厨子の力。
さらに、その奥にあるもの。
力そのものが問題なのではない。
問題なのは、それを振るう自分だ。
どれだけ強い相手を前にしても。
どれだけ戦いが楽しくなっても。
守るべきものを忘れないために。
自分が何のために刃を振るうのかを、もう一度確かめるために。
一護は強くなるため。
朔夜は自分の力を制御するため。
目的は違う。
それでも、二人が三日後に向かう場所は同じだった。
朽木ルキアのもとへ。
必ず戻る。
そのための三日間が、今始まった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、第25話で夜一が黒猫姿から本来の人型へ戻った流れを正式に引き継いでいます。
そのため、今回の夜一は最初から最後まで人型です。
そして一護には、白哉を越えるための修行が提示されました。
使用するのは、喜助が開発した特殊な道具――
「転神体」
斬魄刀の本体を強制的に具象化させ、本来なら長い年月を必要とする修行を極端に短縮するための道具です。
一護に与えられた課題は、
三日以内に斬月を屈服させ、卍解へ至ること。
白哉を正面から越えるため、一護はいよいよ卍解修行へ挑みます。
また今回、一護の質問に対して、朔夜も自分が卍解を使えることを初めて明言しました。
ただし、その名前である――
「伏魔御廚子」
については、まだ一護には明かしていません。
一方、朔夜にも夜一から別の課題が与えられます。
朔夜に足りないのは力ではありません。
更木剣八との戦いで戦闘そのものを楽しみ始め、白哉を相手に御厨子を抜こうとしたように、強者を前にすると自分の力を試したくなる部分が今も残っています。
だからこそ朔夜には、力を増やす修行ではなく、
「自分の力を自分の意思で制御する」
ための修行が必要になります。
次回――
第27話「斬月」
転神体によって斬月が具象化し、一護の卍解修行が本格的に始まります。
そして人型へ戻った夜一と朔夜の修行も始まります。
よろしくお願いします。