BLEACH ―斬界の御厨子―   作:tunagi

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朽木白哉へ届くため、一護に与えられた時間はわずか三日。

夜一が用意したのは、喜助が開発した特殊な道具――転神体でした。

斬魄刀の本体を強制的に具象化し、本来なら長い年月を必要とする卍解修得への過程を極端に短縮する危険な修行。

一方、朔夜にも夜一から別の課題が与えられます。

一護は、自分の力を引き出すため。

朔夜は、自分の力に呑まれないため。

正反対にも見える二つの修行は、奇しくも同じ場所で始まります。

それでは、第27話「斬月」です。


第27話 斬月

 

広大な地下修行場の中央で、一護は斬月を握りながら転神体を見つめていた。

 

人の形をしているとはいえ、生き物には見えない。

 

ただの人形にしか見えない奇妙な道具が、本当に斬魄刀の本体を現実へ引きずり出すという。

 

「……本当にこれで斬月のおっさんが出てくんのか?」

 

一護が疑わしそうに尋ねると、人型の夜一は腕を組んだまま答えた。

 

「出てくる、というよりは強制的に具象化させるのじゃ。本来なら長い年月を掛けて行うものを、転神体で無理やり短縮する」

 

「説明されるたびに危険度が上がってねぇか?」

 

「今さら怖じ気づいたのか?」

 

「んなわけあるか」

 

一護は斬月を肩へ担ぎ直した。

 

目を閉じれば、先ほどの白哉との戦いが鮮明に蘇る。

 

以前よりは見えた。

 

動きにも反応できた。

 

それでも最後には届かなかった。

 

もし朔夜が割って入らなければ、今頃自分がどうなっていたかなど考えるまでもない。

 

一護は斬月の柄を握り直す。

 

「夜一さん」

 

「何じゃ?」

 

「卍解を覚えれば、白哉に勝てるのか?」

 

夜一はすぐには答えなかった。

 

「卍解へ至っただけで必ず勝てるなら、隊長同士の勝敗など最初から決まっておる」

 

一護が眉を寄せる。

 

「じゃあ何のために覚えるんだよ」

 

「白哉へ届くためじゃ」

 

「同じじゃねぇか」

 

「違う」

 

夜一は一護の胸元を指差した。

 

「卍解は力そのものではない。斬魄刀をどこまで理解し、その力をどこまで自分のものとして扱えるか。その結果として得るものじゃ」

 

一護は少しだけ黙った。

 

それから斬月を見る。

 

「……なら、なおさらやるしかねぇな」

 

夜一は僅かに笑った。

 

「その意気じゃ」

 

少し離れた岩場では、朔夜がそのやり取りを聞いていた。

 

「頑張れ、一護」

 

「お前、完全に観客気分だな」

 

「だって俺の卍解修行じゃないし」

 

「後で覚えてろよ」

 

「その前に自分の修行を終わらせろ」

 

一護が睨み返すと、朔夜は軽く笑った。

 

その直後。

 

「朔夜」

 

夜一の声が飛んだ。

 

朔夜の笑みが消える。

 

「……はい」

 

「何故もう諦めた顔をしておる」

 

「呼ばれ方で大体分かるから」

 

「おぬしも準備せい」

 

「一護が始めてからじゃ駄目?」

 

「駄目じゃ」

 

「少しくらい見学しても」

 

「駄目じゃ」

 

「即答だなぁ」

 

夜一は容赦なく言った。

 

「おぬしは暇になると余計なことを考える」

 

「信用なさすぎない?」

 

「更木剣八と戦った後、白哉相手に御厨子を抜こうとした男に言われたくないのう」

 

一護が吹き出した。

 

「自業自得だな」

 

「お前もすぐ笑えなくなるからな」

 

一護は斬月を持ち上げる。

 

「望むところだ」

 

◇

 

一護が斬月を転神体へ突き立てた。

 

瞬間。

 

地下修行場の空気が大きく震えた。

 

「っ!」

 

一護は反射的に後ろへ跳ぶ。

 

転神体を中心に膨大な霊圧が渦巻き、地面の砂が一気に舞い上がる。

 

死覇装が激しくはためき、周囲の岩肌まで震えていた。

 

朔夜も思わずそちらへ目を向ける。

 

「相変わらず派手だな、これ」

 

「喜助の道具じゃからのう」

 

「その説明で納得させようとするのやめようよ」

 

夜一は気にする様子もなく、転神体を見つめていた。

 

やがて、膨れ上がっていた霊圧が一点へ集束する。

 

砂煙の向こうに、一人の男の姿が現れた。

 

黒い長衣。

 

長い黒髪。

 

眼鏡を掛けた男。

 

一護が内なる世界で何度も会ってきた存在。

 

「……斬月」

 

一護が呟く。

 

男は静かに目を開く。

 

「一護」

 

その声は間違いなく、何度も聞いてきた斬月のものだった。

 

一護は思わず口元を上げる。

 

「本当に出てきやがったな」

 

斬月は答えず、静かに一護を見つめる。

 

一護は一歩前へ出た。

 

「斬月。俺は卍解を覚えなきゃならねぇ」

 

斬月は黙っている。

 

「ルキアを助ける。そのために白哉を倒す。今の俺じゃ足りねぇから、お前の力が必要なんだ」

 

そこで初めて、斬月が口を開いた。

 

「私が力を貸せば、それでお前は強くなるのか」

 

一護が眉を寄せる。

 

「何?」

 

その瞬間、地面が揺れた。

 

「何だ!?」

 

一護の周囲から、次々と刀が現れる。

 

一本。

 

十本。

 

数十本。

 

さらに増え続け、修行場の一角を埋め尽くすほどの刀が地面から突き出していく。

 

斬月はその中から一本を引き抜いた。

 

「卍解を望むのであれば、自ら見つけろ」

 

「何をだ?」

 

斬月が刀を構える。

 

「私の力を」

 

次の瞬間、斬月が消えた。

 

「っ!」

 

一護は咄嗟に近くの刀を引き抜く。

 

直後、激しい金属音が響いた。

 

斬月の一撃が一護の腕へ重くのしかかる。

 

「いきなりかよ!」

 

斬月は答えない。

 

一護が押し返そうとした瞬間、手にしていた刀へ亀裂が走った。

 

「なっ――」

 

次の一撃で、刀が砕ける。

 

一護はすぐに後ろへ跳び、別の一本を掴んだ。

 

二撃。

 

三撃。

 

また亀裂が入る。

 

「これも違うのか!」

 

斬月が容赦なく迫る。

 

一護は無数の刀の中を駆け始めた。

 

◇

 

その頃、朔夜は夜一の前で御厨子を腰から外していた。

 

「本当に置くの?」

 

「何度言わせる気じゃ」

 

「別に抜かないけど」

 

「抜くかどうかではない。手の届く場所にあるだけで、おぬしは無意識にそれを選択肢へ入れる」

 

朔夜は一瞬だけ黙った。

 

確かにそうだ。

 

相手が強ければ強いほど、自分の中では勝手に手札の整理が始まる。

 

解ならどうか。

 

捌ならどうか。

 

刀を抜けばどうなるか。

 

もっと先なら。

 

その思考そのものが、夜一の言う「癖」なのだろう。

 

朔夜は御厨子を少し離れた岩へ立て掛ける。

 

「これでいい?」

 

「よし」

 

「それで、解も捌も禁止」

 

「そうじゃ」

 

「刀も禁止」

 

「当然じゃ」

 

「斬撃を身体へ纏うのも?」

 

「禁止じゃ」

 

朔夜はため息をついた。

 

「俺の長所ほとんど潰してない?」

 

「だから意味がある」

 

夜一は腰へ手を当てた。

 

「瞬歩と白打だけで、わしを相手にせい」

 

「勝てってこと?」

 

「違う」

 

夜一の表情が変わる。

 

「勝とうとするな」

 

朔夜は眉を寄せた。

 

「……戦えって言って勝つなって、無茶苦茶じゃない?」

 

「今日のおぬしの目的は、わしへ攻撃を当てることではない」

 

夜一は自分の胸元を指差した。

 

「戦っている最中に、自分の中で何が起きているかを見ろ」

 

朔夜は黙って夜一を見る。

 

「剣八との戦いでは、途中から戦うこと自体を楽しんでおった。白哉の時も同じじゃ。必要だから御厨子を抜こうとしただけではあるまい」

 

朔夜は否定しなかった。

 

夜一が続ける。

 

「強い相手を前にした時、おぬしはもっと試したくなる。もっと見たくなる。もっと先へ進みたくなる。その瞬間を、自分で捉えろ」

 

「捉えたら?」

 

「止まれ」

 

朔夜は苦笑した。

 

「簡単に言うなぁ」

 

「簡単なら修行などいらん」

 

しばらく沈黙した後、朔夜は構えた。

 

「分かった」

 

夜一が微笑む。

 

「よい返事じゃ」

 

「ただし手加減して」

 

「断る」

 

「そこも即答なんだ」

 

次の瞬間、夜一の姿が消えた。

 

朔夜の目が鋭くなる。

 

反射的に身体を傾けると、直後に夜一の蹴りが顔の横を通過した。

 

空気が破裂したような音が響く。

 

「本当に手加減しないな!」

 

「修行で甘えるな!」

 

夜一が着地するより早く、朔夜も瞬歩で距離を詰める。

 

拳を振るう。

 

夜一が受け流す。

 

続く蹴りをかわされ、そのまま逆に懐へ入られる。

 

「甘い!」

 

「ぐっ!」

 

掌底が腹へ入る。

 

朔夜の身体が後方へ吹き飛ばされた。

 

地面へ足を擦らせながら着地し、腹を押さえる。

 

「今のかなり入ったんだけど」

 

「まだ立てるじゃろ」

 

「基準がおかしいんだよ」

 

夜一は楽しそうに笑った。

 

「昔からじゃ」

 

「知ってる」

 

朔夜も再び構えた。

 

◇

 

「くそっ!」

 

一護の手の中で、また刀が砕けた。

 

これで何本目か分からない。

 

引き抜いては打ち合い。

 

砕かれては次へ移る。

 

斬月は一切手加減しない。

 

一護の肩には浅い傷が増え、腕からも血が流れている。

 

それでも、正解は見つからない。

 

「どれだよ!」

 

一護は新しい刀を抜きながら叫んだ。

 

「全部同じに見えるぞ!」

 

斬月はゆっくり歩み寄る。

 

「ならば、お前はまだ何も見ていない」

 

「何だと?」

 

「お前は私の力を何だと思っている?」

 

一護は刀を構えた。

 

「俺の斬魄刀だろ!」

 

斬月が踏み込む。

 

刃がぶつかる。

 

「それだけか」

 

「俺に力を貸してくれる奴だ!」

 

「それだけか」

 

さらに強い一撃。

 

一護の腕が押し下げられる。

 

「俺と一緒に戦ってきた相棒だ!」

 

その瞬間。

 

手にしていた刀が砕けた。

 

斬月の刃が一護の肩を浅く裂く。

 

「ぐっ!」

 

一護は後ろへ跳ぶ。

 

「何が違うってんだよ!」

 

斬月は追わない。

 

ただ静かに一護を見る。

 

「それを私へ聞いている限り、お前は何も得られん」

 

一護は歯を食いしばった。

 

教えるつもりはない。

 

自分で見つけろ。

 

そういうことなのだろう。

 

「……上等だ」

 

一護は肩の血を手の甲で拭った。

 

「だったら、自分で見つけてやるよ」

 

斬月の目が僅かに細くなった。

 

◇

 

朔夜と夜一の攻防は、一護とは違った意味で激しさを増していた。

 

夜一の拳を避ける。

 

次の蹴りを腕で受ける。

 

衝撃を流しながら瞬歩で側面へ回る。

 

朔夜も白打だけなら十分に高い技量を持っている。

 

何より、それを叩き込んだのは目の前にいる夜一自身だった。

 

だからこそ。

 

夜一も、朔夜がどう動くかをよく知っている。

 

「右じゃ」

 

「分かってる!」

 

朔夜が振り返る。

 

夜一の拳を受け止める。

 

そのまま腕を絡めて崩そうとするが、夜一は重心をずらして逆に朔夜の体勢を崩した。

 

足払い。

 

朔夜が跳ぶ。

 

そこへ蹴り。

 

朔夜は身体を捻って避ける。

 

そのまま背後へ着地した。

 

今なら。

 

一撃入れられる。

 

夜一の背中が無防備に見えた。

 

朔夜の拳が動く。

 

あと半歩。

 

そこで。

 

胸の奥が僅かに熱くなった。

 

当てたい。

 

一撃だけではない。

 

当てたら、その次はどうなる。

 

もっと速く動けば。

 

もっと深く踏み込めば。

 

夜一がどこまで本気を出すのか見てみたい。

 

その感情は。

 

剣八と戦っていた時と同じだった。

 

「……!」

 

朔夜の拳が止まった。

 

夜一が振り返る。

 

だが、朔夜は既に一歩下がっていた。

 

構えも解いている。

 

「今じゃな?」

 

夜一が聞く。

 

朔夜は自分の手を見る。

 

「ああ」

 

息を整えながら頷く。

 

「今、もっとやりたいって思った」

 

「何を考えた?」

 

「一撃入ると思った。それで、当てた後にどこまで続けられるか試したくなった」

 

夜一は黙って聞いた。

 

朔夜は苦笑する。

 

「想像してたより早く出たな」

 

「長年染みついたものじゃ。そう簡単には消えん」

 

「……だよな」

 

夜一は少しだけ表情を柔らかくする。

 

「じゃが、おぬしは止まった」

 

朔夜が顔を上げる。

 

「昔のおぬしなら、気づいてもそのまま進んでおった」

 

「耳が痛いな」

 

「なら覚えておけ」

 

夜一の声は厳しい。

 

だが、責める響きではなかった。

 

「強者との戦いを楽しむことそのものが悪いわけではない。剣を握る者なら、そういう感情を持つこともある」

 

朔夜は黙っている。

 

「問題は、それに目的を奪われることじゃ」

 

夜一は真っ直ぐ朔夜を見る。

 

「ルキアを救いに来たのに、剣八との戦いに夢中になって全て忘れてしまえば、本末転倒じゃろう」

 

「……ああ」

 

「力を使うなとは言わん。必要なら使え。解も捌も、御厨子も、その先もな」

 

朔夜の目が僅かに細くなる。

 

夜一は続けた。

 

「ただし、選ぶのは力ではない。おぬし自身じゃ」

 

朔夜はしばらく何も言わなかった。

 

やがて、小さく笑う。

 

「たまに師匠らしいこと言うよな」

 

ゴンッ。

 

「痛っ!」

 

夜一の拳が朔夜の頭へ落ちる。

 

「今の必要だった!?」

 

「余計な一言への罰じゃ」

 

「いい話だったのに台無しだよ!」

 

「なら黙って聞け」

 

「はいはい」

 

朔夜は頭を押さえながら、もう一度構えた。

 

「もう一回」

 

夜一の口元が上がる。

 

「その顔なら、まだやれそうじゃな」

 

◇

 

一護は刀を引き抜いた。

 

また違う。

 

二合。

 

三合。

 

四合。

 

今度は少し長く持った。

 

それでも最後には砕けた。

 

「クソ……」

 

呼吸が荒い。

 

腕も重い。

 

斬月は変わらず立っている。

 

一護は周囲を見渡す。

 

これだけ刀がある。

 

全部を試している時間などない。

 

三日。

 

しかもこれはまだ最初の段階だ。

 

焦りが湧く。

 

だが。

 

焦るほど、何も見えなくなる。

 

一護は一度目を閉じた。

 

白哉の姿が浮かぶ。

 

あの時もそうだった。

 

届かない。

 

追いつかなければ。

 

早く。

 

もっと。

 

そう考えていた。

 

今も同じだ。

 

「……違う」

 

一護が呟く。

 

斬月が静かに見る。

 

「俺、また白哉ばっか見てた」

 

一護は斬月へ目を向ける。

 

「今ここにいるのは、お前なのにな」

 

斬月は何も答えない。

 

だが、一護は構わず続ける。

 

「白哉に勝ちたい。ルキアを助けたい。それは変わらねぇ」

 

一護は周囲の刀を見る。

 

「でも、お前の力を借りるだけじゃ駄目なんだろ」

 

斬月の目が僅かに動いた。

 

「俺が、お前を知らなきゃいけねぇ」

 

一護は無数の刀の中へ歩き出した。

 

今までのように、手当たり次第に抜くのではない。

 

一本ずつ。

 

感じるように見る。

 

◇

 

「遅いぞ、朔夜!」

 

夜一の声が響く。

 

「さっきより速くなってない!?」

 

「気のせいじゃ!」

 

「絶対嘘だろ!」

 

朔夜は夜一の蹴りを避けながら、瞬歩で岩場の上へ移動する。

 

夜一も即座に追う。

 

今度は朔夜から踏み込んだ。

 

拳。

 

夜一が受ける。

 

肘。

 

かわされる。

 

蹴り。

 

防がれる。

 

朔夜は一度距離を取る。

 

先ほどと違う。

 

今度は、自分の中を確認しながら動いている。

 

速くなり過ぎていないか。

 

相手を倒すことだけに意識が向いていないか。

 

もっと先を見たくなっていないか。

 

「余計なことを考え過ぎじゃ!」

 

夜一の拳が飛ぶ。

 

朔夜は寸前で避けた。

 

「考えろって言ったの夜一さんだろ!」

 

「考えながら動けとは言ったが、動きが鈍るほど考えろとは言っておらん!」

 

「要求が高い!」

 

「当たり前じゃ!」

 

朔夜は苦笑する。

 

だが。

 

そのやり取りの中で、少しずつ分かってきた。

 

止まることだけが制御ではない。

 

感情を消すことでもない。

 

もっと戦いたいと思ってもいい。

 

楽しいと思ってもいい。

 

ただ。

 

その感情を自分より上へ置かない。

 

戦う理由を手放さない。

 

それが。

 

夜一の言いたいことなのだろう。

 

朔夜は踏み込む。

 

今度は拳を止めなかった。

 

夜一が受ける。

 

さらに二撃目。

 

三撃目。

 

そこで。

 

自分の中に高揚感が生まれる。

 

だが。

 

今度は引かない。

 

ただ、その感情を認識する。

 

――楽しい。

 

それでも。

 

目的は夜一を倒すことではない。

 

朔夜は一歩下がった。

 

夜一が僅かに笑う。

 

「今のはよい」

 

「止まらなくてもいいんだな」

 

「止まることが目的ではない」

 

夜一は構えを解かない。

 

「自分で選べることが目的じゃ」

 

朔夜も笑った。

 

「なるほどね」

 

「ようやく分かったか」

 

「説明が回りくどいんだよ」

 

「まだ殴られたいようじゃな」

 

「今のは忘れて」

 

二人は再び動いた。

 

◇

 

一護は無数の刀の間を歩いていた。

 

一本。

 

違う。

 

次。

 

これも違う。

 

理屈ではない。

 

だが、少しずつ分かる。

 

最初は全部同じに見えていた。

 

今は。

 

僅かに違って見える。

 

刀が持つ霊圧。

 

感触。

 

自分との距離。

 

一護はそこで、一本の刀の前で足を止めた。

 

見た目は他と大して変わらない。

 

特別な輝きもない。

 

それでも。

 

何故か。

 

手を伸ばしたくなった。

 

斬月の視線が僅かに変わる。

 

一護は柄を握る。

 

「……これか?」

 

引き抜く。

 

その瞬間。

 

手に馴染んだ。

 

重い。

 

だが、嫌な重さではない。

 

自分の腕の延長のように感じる。

 

一護は斬月を見る。

 

斬月が初めて、僅かに構えを変えた。

 

「確かめてみろ」

 

一護の口元が上がる。

 

「言われなくても!」

 

二人が同時に踏み込む。

 

刃と刃が正面からぶつかった。

 

澄んだ金属音が修行場へ響く。

 

一護は手元を見る。

 

刀は。

 

砕けていない。

 

亀裂すらない。

 

「……見つけた」

 

その瞬間。

 

斬月から放たれる霊圧が、一気に膨れ上がった。

 

「っ……!」

 

一護は反射的に刀を構え直す。

 

先ほどまでとはまるで違う。

 

圧力が重い。

 

鋭い。

 

まるで。

 

今までは本気ですらなかったと言われているようだった。

 

斬月が口を開く。

 

「見つけただけで満足するな、一護」

 

「するわけねぇだろ」

 

一護は刀を握り直す。

 

「ここからなんだろ?」

 

「そうだ」

 

「なら来いよ」

 

斬月が一歩踏み込む。

 

一護も迎え撃つ。

 

◇

 

激しい金属音が修行場へ響く。

 

その音を聞きながら、朔夜が一瞬だけ一護の方を見る。

 

「見つけたみたいだな」

 

夜一も視線だけを向ける。

 

「ああ。じゃが、あれで終わりではない」

 

「だろうな」

 

一護の霊圧が変わっている。

 

ただ強くなったわけではない。

 

何かが噛み合い始めている。

 

朔夜は少しだけ笑う。

 

「頑張れよ、一護」

 

「人の心配をする余裕があるのか?」

 

夜一が言う。

 

朔夜が振り返る。

 

「一護よりはある」

 

「ほう」

 

夜一の笑みが深くなる。

 

朔夜の顔が引きつった。

 

「……今のなし」

 

「遅い」

 

夜一の姿が消えた。

 

「やっぱりそうなるの!?」

 

朔夜も瞬歩で動く。

 

拳と拳がぶつかる。

 

互いに弾かれ。

 

もう一度。

 

今度は朔夜が先に踏み込む。

 

楽しい。

 

確かにそう思う。

 

だが。

 

今は。

 

その感情を自分で見ている。

 

剣八の時とは違う。

 

白哉の時とも違う。

 

もっと戦いたいという気持ちがある。

 

それでも。

 

自分が何のためにここにいるかを忘れてはいない。

 

ルキアを助ける。

 

一護を見届ける。

 

そして。

 

今度こそ。

 

昔の自分とは違う選択をする。

 

朔夜は夜一の拳を受け流し、反撃を途中で止めるのではなく、自分で選んだところまで打ち込んだ。

 

夜一がそれを受ける。

 

二人の距離が離れる。

 

夜一が満足そうに笑った。

 

「少しはましになったのう」

 

「少しだけ?」

 

「褒め過ぎると調子に乗るじゃろ」

 

「否定できないのが腹立つな」

 

朔夜も笑う。

 

そして、再び構えた。

 

同じ頃。

 

少し離れた場所では。

 

一護と斬月の刃が激しくぶつかっていた。

 

一護は力を手に入れるため、自分の斬魄刀を知ろうとしている。

 

朔夜は力に呑まれないため、自分自身を知ろうとしている。

 

一方は。

 

もっと先へ進むため。

 

もう一方は。

 

進み過ぎた時に戻れるようにするため。

 

正反対の修行だった。

 

それでも。

 

根にあるものは同じだった。

 

自分の力を。

 

自分自身の意思で選ぶこと。

 

三日後。

 

必ずルキアのもとへ戻る。

 

そのために。

 

二人はそれぞれの相手へ、もう一度踏み込んだ。





最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

今回は、一護と朔夜の修行をより細かく交互に描く構成へ変更しました。

一護の修行では、最初は「白哉に勝つための力が欲しい」という意識が強く、斬月そのものを見ることができていません。

しかし、斬月から、

「お前は私の力を何だと思っている?」

と問われ続けることで、一護は少しずつ自分と斬月の関係へ意識を向け始めます。

そして、無数の刀の中からようやく一本を選び取ることに成功しました。

ただし、これはまだ入口です。

ここから斬月との本当の戦いが始まります。

一方、朔夜の修行では、単純に「途中で止まればいい」という話ではなく、

「戦いを楽しんでもいい。だが、その感情に自分の目的を奪わせない」

というところまで踏み込んでいます。

最初の朔夜は、高揚感が生まれた瞬間に拳を止めました。

しかし夜一から、

「止まることが目的ではない。自分で選べることが目的じゃ」

と教えられ、次第に「戦いを楽しみながらも、自分の意思で引き際や力の使い方を選ぶ」方向へ進んでいます。

一護は、自分の力を知るため。

朔夜は、自分の心を知るため。

二人の修行は、違うようでよく似ています。

次回――

第28話「屈服」

一護と斬月の戦いはさらに激しくなり、朔夜の修行も次の段階へ進みます。

よろしくお願いします。
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