斬月を単なる「力を貸してくれる存在」ではなく、自分と共に戦ってきた相棒として意識し始めた一護。
一方の朔夜も、強敵との戦いを楽しむ感情そのものを否定するのではなく、その中でも自分の目的を見失わず、使う力を自分自身で選ぶことを学び始めていました。
二人の修行は、少しずつ次の段階へ進んでいます。
そして瀞霊廷では、藍染惣右介の死を巡る混乱が続く中、ルキアの処刑へ向けた動きも止まってはいません。
それでは、第29話「それぞれの刃」です。
一護と斬月の刃が激しくぶつかり、澄んだ金属音が地下修行場へ響いた。
先ほどまでと比べれば、一護は明らかに斬月の攻撃へ対応できるようになっている。
とはいえ、互角になったわけではない。
斬月が斬り下ろした一撃を一護が受け流すと、すぐに横薙ぎの斬撃が迫った。一護は身体を沈めてかわし、そのまま懐へ踏み込む。
「そこだ!」
一護が刀を振り上げる。
しかし、斬月は最小限の動きで刃をかわし、一護の横を通り抜けた。
直後、一護の肩から血が飛ぶ。
「っ……!」
浅い。
だが、完全には避けられていない。
一護は肩へ手を当てることなく振り返った。
「今のは見えてたぞ」
「見えていて斬られたのなら、意味はない」
「うるせぇな!」
一護が再び踏み込む。
斬月も迎え撃つ。
互いの刀が何度もぶつかり合う中、一護はただ攻撃を受けるのではなく、斬月の動きそのものを見ようとしていた。
右肩が動く。
次は斜めから来る。
足の向きが変わった。
一度離れる。
斬月の刀をかわした一護は、今度は無理に追わず、間合いを保った。
斬月が僅かに目を細める。
「追わないのか」
「追ったら、お前の思うつぼだろ」
「少しは考えるようになったな」
「最初から考えてる!」
「それはどうだろうな」
「やっぱお前、結構ムカつくな!」
一護が再び地面を蹴った。
斬月との戦いに慣れてきたからこそ、余計な焦りが少しずつ消えている。
白哉に勝つ。
ルキアを助ける。
その目的は変わらない。
だが、そのために目の前の斬月を無視していては意味がない。
今は、斬月を見る。
斬月の力を知る。
そして、自分自身の力として受け入れる。
そのことだけに、一護は集中し始めていた。
◇
少し離れた場所では、朔夜が夜一と向かい合っていた。
先ほどまでの白打と瞬歩だけを使った修行は、一度区切りがついている。
朔夜は肩で息をしながら、岩へ立て掛けていた御厨子へ目を向けた。
「……次は刀を戻していい?」
夜一が腕を組む。
「よい」
朔夜が意外そうに目を瞬かせた。
「本当に?」
「ああ。それどころか、解も捌も使ってよい」
「急に優しくなった?」
「そんなわけなかろう」
「だよなぁ」
朔夜は御厨子を腰へ戻した。
刀へ触れた瞬間、いつもの感覚が戻ってくる。
相手との距離。
霊圧の強さ。
どこを斬れるか。
自分がどこまで力を出せるか。
御厨子を手にすると、そうした選択肢が自然と頭へ浮かんでくる。
夜一は、その表情を見ていた。
「今、何を考えた?」
朔夜が夜一を見る。
「どこまでやれるか」
「それじゃ」
夜一は足元の石を拾うと、少し離れた岩へ向けて放った。
乾いた音が響く。
「今までのおぬしは、相手を前にするとまず『どこまで斬れるか』を考えておった」
朔夜は黙って聞く。
「今度は逆を覚えろ」
「逆?」
「斬り過ぎるな」
短い言葉だった。
それだけで、朔夜には十分だった。
夜一が右奥にある小さな岩を指差す。
「あれだけを斬れ」
「了解」
朔夜が指先を向ける。
「――解」
何かが光ることも、音が走ることもない。
次の瞬間、指定された岩だけが静かに二つへ割れた。
周囲には傷一つない。
夜一が頷く。
「今のように、必要なものだけを斬れ」
「これくらいなら簡単だよ」
「なら次じゃ」
夜一の姿が消えた。
朔夜は反射的に身体を沈める。
頭上を蹴りが通過した。
「急に始めるなよ!」
「実戦で合図を待つ気か!」
夜一が着地するより早く、次の声が飛ぶ。
「左上、三つ並んでおるうち真ん中だけ!」
朔夜は瞬歩で距離を取りながら視線を向けた。
三つの岩。
狙うのは中央だけ。
指先を向ける。
「解」
中央の岩へ一本の切れ目が走った。
だが、完全には断ち切れていない。
夜一がすぐに詰める。
「浅い!」
「夜一さんが殴りかかってくるからだろ!」
「それでも合わせろ!」
「要求が高い!」
朔夜は拳をかわしながら、もう一度指先を向ける。
今度は余計な力を乗せない。
狙う範囲も広げない。
ただ中央だけ。
見えない斬撃が走り、岩が静かに二つへ分かれた。
隣の二つには傷一つない。
「……なるほど」
朔夜が小さく呟く。
夜一が攻撃を止めることなく尋ねる。
「何が分かった?」
「強く撃つより、こっちの方が面倒だ」
「それでよい」
朔夜は夜一の拳を受け流しながら苦笑した。
「全然よくないんだけど」
「おぬしには必要じゃ」
これまでの朔夜は、相手が硬ければその分だけ威力を上げればよかった。
通らないなら、より適した斬撃を選べばいい。
だが今求められているのは、その逆だった。
斬れるから斬るのではない。
必要だから、必要な分だけ斬る。
その感覚を身体へ覚え込ませる修行だった。
◇
一護が斬月の斬撃を受け止める。
今度は力比べをしない。
刃の角度を僅かに変え、斬月の刀を滑らせるように受け流した。
そのまま懐へ入る。
一護の刀が斬月の胸元へ迫った。
斬月は後ろへ下がる。
一護の刃が黒い長衣を僅かに裂いた。
一護が目を見開く。
「当たった……!」
ほんの僅か。
それでも、初めて斬月へ刃が届いた。
斬月は裂けた衣服へ一度だけ目を向ける。
「喜ぶには早い」
「分かってる!」
一護は追う。
先ほどの一撃は偶然ではない。
斬月の動きを見て、自分の刀を信じ、無理に倒そうとしなかったからこそ届いた。
もう一度、一護が刀を振るう。
今度は防がれた。
激しい衝撃が腕へ伝わる。
それでも、一護の表情には先ほどまでの焦りがない。
「まだだ!」
一護は刀を引くと、すぐ次の斬撃へつなげた。
斬月の目が少しずつ変わっていく。
試すような視線から、戦う相手を見る視線へ。
一護自身も、その変化を感じ取っていた。
「斬月」
「何だ」
「俺、まだお前のこと全然知らねぇんだな」
刃を合わせたまま、一護が言う。
「そうだな」
「でも、それでいい」
斬月の眉が僅かに動いた。
一護は笑う。
「今から知ればいい」
斬月は何も答えなかった。
だが、その刀へさらに力が込められた。
一護も負けずに押し返す。
二人の霊圧がぶつかり合い、周囲に突き立った刀が震え始めた。
◇
夜一の蹴りをかわしながら、朔夜は次の指示を待っていた。
「右!」
「解!」
指定された岩の端だけが切り落とされる。
「後ろ!」
朔夜は振り返らず、霊圧だけで位置を捉えた。
指先を後方へ向ける。
見えない斬撃が走り、岩が真っ二つになる。
「次は捌じゃ!」
朔夜の表情が変わった。
解なら、まだ調整しやすい。
狙った場所へ、自分で決めた強さの斬撃を通せる。
だが捌は少し違う。
相手に合わせて斬撃そのものが変わる。
強い相手ほど、より確実に通る形へ近づいていく。
だからこそ。
「何を斬る?」
朔夜が尋ねる。
夜一が自分を指差した。
「わしじゃ」
「……本気?」
「本気じゃ」
「捌だぞ?」
「知っておる」
夜一が一歩踏み込む。
「だからこそやれ」
朔夜は動かなかった。
剣八の胸へ深く入った傷が脳裏をよぎる。
あの時は、斬る必要があった。
相手が剣八だったからこそ、捌は相手に合わせて食い込んだ。
では。
夜一には。
どこまで通る。
そう考えかけて。
朔夜は自分で思考を止めた。
違う。
考えるべきなのは、そこではない。
「……なるほど」
「何じゃ?」
「今の俺、また『どこまで斬れるか』を考えかけた」
夜一が僅かに笑う。
「気づいたなら続けろ」
次の瞬間、夜一が踏み込んだ。
拳が朔夜の顔へ迫る。
朔夜はかわす。
続く蹴りも避ける。
まだ使わない。
夜一の霊圧。
身体の強さ。
自分との距離。
それらを感じ取る。
しかし、今回は「どこまで通るか」を見るためではない。
必要なところまでで止めるために見る。
夜一が再び拳を放った。
朔夜はその腕の内側へ入り込み、肩へ指先を触れさせる。
「――捌」
夜一の目が僅かに見開かれた。
次の瞬間。
肩口の衣服だけに、細い切れ目が走る。
皮膚には届いていない。
朔夜はすぐに距離を取った。
数秒の沈黙が落ちる。
夜一が自分の肩を見る。
「……やればできるではないか」
朔夜は少しだけ息を吐く。
「結構怖かったけどね」
「何がじゃ」
「捌は相手に合わせる。その力を残したまま、どこまで抑えられるか分からなかった」
「じゃが、抑えた」
「ああ」
朔夜は自分の指先を見る。
剣八を深く斬ったものと同じ技だ。
それでも。
使い方次第では、服だけを斬って止められる。
夜一は朔夜の表情を見て、静かに言った。
「技が勝手に人を斬るわけではない」
朔夜が顔を上げる。
「使うのは、おぬしじゃ」
その言葉に、朔夜は小さく笑った。
「分かってる」
「ならもう一度じゃ」
「今の流れで休憩じゃないの?」
「何を寝ぼけたことを言っておる」
「やっぱりそうなるよなぁ……」
夜一が再び踏み込む。
朔夜も今度はすぐに構えた。
◇
その頃、瀞霊廷では新たな命令が各隊へ伝えられていた。
隊士たちが慌ただしく走り回り、各所で伝令が声を張り上げている。
藍染惣右介の死によって警戒態勢が強化されている最中にも、朽木ルキアの処刑準備は進められていた。
六番隊舎。
白哉は伝令から報告を受けていた。
「処刑に関する準備を予定通り進めよとの命です」
「そうか」
白哉の返事は短い。
「それと、旅禍については引き続き発見次第拘束。抵抗する場合は――」
「分かっている」
隊士が頭を下げ、その場を去る。
白哉は一人になると、静かに目を閉じた。
黒崎一護。
四楓院夜一。
そして御門朔夜。
あの三人が、このまま何もせず処刑を待つはずがない。
特に一護は、三日で戻ると言った。
現世で戦った一護と、先ほど戦った一護。
その成長速度だけを見れば、無視できるものではない。
そして朔夜。
あの男は最後まで御厨子を抜かなかった。
いや、抜こうとして自分で止めた。
昔とは違う。
それが何を意味するのか。
白哉にも、まだ分からなかった。
「……三日か」
誰もいない部屋で、白哉が小さく呟いた。
◇
「右上!」
「解!」
「左奥!」
「解!」
「わし!」
「それ毎回混ぜるのやめない!?」
夜一の攻撃をかわしながら、朔夜は指定された標的だけを斬っていく。
修行を始めた直後よりも、明らかに精度が上がっていた。
最初は「斬れるかどうか」を確かめるように力を使っていた。
今は違う。
斬るべき場所を決める。
必要な深さを決める。
それ以上は斬らない。
御厨子の力を抑えているというより、自分の意思で終点を決めている感覚に近かった。
夜一が拳を放つ。
朔夜は受け流す。
二人がすれ違う。
「朔夜!」
「何!」
「右後ろ、大岩!」
朔夜が振り返る。
巨大な岩がある。
だが、それ以上の指示はない。
以前なら、真っ二つにしたかもしれない。
その方が分かりやすい。
だが、夜一は「斬れ」とも「壊せ」とも言っていない。
朔夜は一瞬だけ考え、指先を向けた。
「解」
大岩の表面だけが薄く削れ、小さな破片が地面へ落ちる。
夜一の目が細くなった。
「何故そこだけじゃ?」
「壊せとは言われてないから」
「それだけか?」
「それに、実戦なら岩の向こうに誰かいるかもしれない」
夜一が笑う。
「ようやく考え方が変わってきたのう」
朔夜も少し得意そうに笑った。
「もっと褒めてもいいよ」
「調子に乗るな」
夜一の蹴りが飛んでくる。
「危なっ!」
朔夜は慌ててかわした。
「褒めた直後に蹴る!?」
「褒め過ぎるとおぬしはすぐ調子に乗る」
「師匠の扱いが雑なんだよ!」
それでも朔夜は笑っていた。
以前のように、戦いの熱へ引っ張られる笑みではない。
自分が何をしているのか分かった上で、修行そのものを楽しんでいる。
夜一もそれを確認すると、さらに速度を上げた。
◇
斬月の刀が一護の刃を弾いた。
一護は身体を崩されながらも、そのまま踏み込む。
斬月が目を見開く。
一護は刀ではなく、肩からぶつかった。
「なっ――」
初めて斬月の体勢が大きく崩れる。
一護はすぐに距離を取る。
無理に追わない。
斬月が体勢を整える。
「何故追わない」
一護は刀を構えながら答えた。
「今追ったら、絶対何か来るだろ」
斬月は少しだけ黙った。
一護は笑う。
「お前、俺が追ってくるの待ってたよな?」
斬月の口元が僅かに上がった。
「少しは私が分かってきたらしい」
「まだ全然だけどな」
一護は素直に答える。
「でも、さっきよりは分かる」
「何がだ」
「お前と戦うってことが」
斬月は刀を構え直した。
「ならば、まだ先へ進める」
一護も構える。
「最初からそのつもりだ」
斬月の霊圧が高まる。
一護も負けじと霊圧を解放した。
二つの霊圧がぶつかり合い、周囲に突き立った無数の刀が一斉に震え始める。
少し離れた場所で、その変化を朔夜と夜一も感じ取った。
朔夜が一護の方角を見る。
「……また上がったな」
夜一が満足そうに笑う。
「一護も順調なようじゃ」
「俺も結構頑張ってるんだけど」
「なら余所見をするな」
「え?」
夜一の拳が飛んでくる。
「うわっ!」
朔夜は寸前でかわした。
「本当に油断できないな!」
「それも修行じゃ」
「便利な言葉だな、修行って!」
一護と斬月が刃を交える音。
朔夜と夜一が拳を交える音。
異なる二つの戦いが、地下修行場へ響き続けている。
一護は斬月を知ろうとしている。
朔夜は御厨子を知り直そうとしている。
強い技を持っていることと、その技を正しく扱えることは同じではない。
斬るべきものを見極め、必要なところまで斬り、それ以上は斬らない。
朔夜は今までとは逆の方向から、自分の力と向き合っていた。
一護もまた、斬月を単なる力として扱うのではなく、共に戦う存在として理解し始めている。
それぞれの刃と向き合いながら、二人は少しずつ三日後へ近づいていた。
そして、その三日後にルキアを必ず助け出す。
その目的だけは、二人とも一度も見失っていなかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、朔夜の能力説明をできるだけ戦闘と修行の流れの中へ溶け込ませる形に整理しました。
今回の朔夜の課題は、単純に「解」や「捌」の威力を弱めることではありません。
重要なのは、
どこを斬るのか。
どこまで斬るのか。
そして、どこから先は斬らないのか。
その終点を朔夜自身が決めることです。
「解」は、狙った対象へ斬撃を飛ばす基本の技。
「捌」は、相手の強さや硬さに合わせて斬撃そのものが適応する技。
だからこそ今回の修行では、ただ技の威力を下げるのではなく、朔夜自身が「ここまで」と決められるかどうかを重視しています。
特に、剣八へ深い傷を負わせた「捌」を使いながら、夜一の皮膚には届かず衣服だけを斬ったことは、朔夜にとって大きな変化です。
御厨子の力が勝手に相手を傷つけるのではありません。
最後にどこまで斬るかを選ぶのは、朔夜自身です。
そしてこの感覚は、今後朔夜が尸魂界篇で本格的に戦う際にも重要になっていきます。
次回――
第30話「一日目」
一護の卍解修行はさらに激しさを増し、朔夜も御厨子のより高度な制御へ進んでいきます。
よろしくお願いします。