一方の朔夜も、御厨子の「解」と「捌」をただ強く使うのではなく、必要な対象へ必要な分だけ届かせるための制御を学び始めています。
三日間の修行は、まだ始まったばかり。
しかし、ルキアの処刑へ向けて進む時間は止まってくれません。
それでは、第30話「一日目」です。
一護と斬月の刃がぶつかるたび、地下修行場へ鋭い金属音が響いた。
修行を始めた直後とは違い、一護は斬月の動きへかなり対応できるようになっている。
斬月の刀が右上から振り下ろされる。
一護は真正面から受けるのではなく、刃を斜めに当てて力を逃がした。
そのまま足を踏み込み、斬月の脇腹へ刀を返す。
斬月が僅かに身体を引いた。
一護の刃が長衣を掠める。
「また届いた!」
「喜ぶにはまだ早い」
斬月はそう言うと、一護の刀を下から弾き上げた。
「うおっ!」
一護の腕が開く。
その隙へ斬月の蹴りが飛んでくる。
一護は咄嗟に腕を交差させて受けたが、衝撃までは殺せず、数メートル後方へ押し戻された。
それでも倒れない。
一護はすぐに刀を構え直す。
斬月が静かに尋ねる。
「先ほどの攻撃を、何故追わなかった」
「追ったらお前の反撃が来るからだよ」
「それだけか」
一護は少し考えた。
「……いや」
斬月を見る。
「届いたからって、それで倒せると思ったわけじゃねぇ。それに今は、お前が次に何をするか見たかった」
斬月の目が僅かに細くなった。
「少しは学んだらしい」
「だからその上から目線やめろ!」
一護が再び踏み込む。
斬月も応じた。
刃がぶつかり合う。
先ほどまでの一護は、攻撃が届けば勢いのままさらに先へ進んでいた。
今は違う。
届いた後に何が起きるのか。
相手がどう返してくるのか。
そして、自分がどう動くべきなのか。
一護は少しずつ、力だけではなく戦いそのものを見始めていた。
◇
「右奥!」
夜一の声が飛ぶ。
朔夜は振り返らず、霊圧だけで標的を捉えた。
「解」
見えない斬撃が走り、少し離れた岩の先端だけが切り落とされる。
「次、左手前!」
朔夜は夜一の蹴りを避けながら、今度は指先を左へ向けた。
再び解が放たれる。
指定された岩へ細い切れ目が入り、その部分だけが静かに崩れ落ちた。
夜一が朔夜の背後へ回る。
「わし!」
「またそれ!?」
朔夜は振り返りざまに夜一の拳を受け流す。
そのまま肩へ手を伸ばすが、途中で止めた。
夜一の眉が動く。
「何故止めた?」
「今、捌を使う必要ないだろ」
「ほう」
朔夜は夜一から距離を取る。
「さっきまでは指定されたから使った。でも、今回はただ『わし』って言っただけだ。斬れとは言ってない」
夜一の口元が僅かに上がった。
「ようやく、言われたことだけを考える癖が抜けてきたのう」
「褒めてる?」
「半分だけな」
「残り半分は?」
「自分で考えるのが遅い」
「厳しいなぁ」
夜一は笑いながら一歩踏み込む。
今度は拳ではなく、鋭い蹴りが朔夜の脇腹を狙った。
朔夜は腕で受け流す。
そのまま瞬歩で横へ回る。
夜一もすぐに向きを変える。
朔夜は指を動かしかけた。
解。
そう考えた。
しかし。
使わない。
距離は近い。
なら白打で十分だ。
朔夜は拳を出す。
夜一が受ける。
二撃目。
夜一がかわす。
三撃目。
朔夜の拳が夜一の頬すれすれを通った。
夜一が笑う。
「今、解を使おうとしたな」
「分かる?」
「誰が教えたと思っておる」
「でも使わなかった」
「何故じゃ」
朔夜は構えを崩さず答えた。
「必要ないから」
「よし」
夜一の声が、少しだけ柔らかくなった。
その直後。
夜一の拳が朔夜の腹へ入った。
「ぐっ!」
「でも反応は遅い」
「褒めた直後に殴るのやめない!?」
「修行中じゃぞ」
「分かってるけど!」
朔夜は腹を押さえながらも、笑っていた。
以前なら。
使える力があるなら使っていた。
強い技なら、なおさらだ。
今は。
使わないことも選択肢に入っている。
それだけで。
戦い方そのものが少し変わっていた。
◇
瀞霊廷では、藍染惣右介の死を巡る混乱が続いていた。
五番隊副隊長・雛森桃と、三番隊副隊長・吉良イヅルが斬魄刀を解放して対峙したという話も、既に隊士たちの間へ広がり始めている。
隊長が死亡し。
副隊長同士が争い。
旅禍が瀞霊廷内部を動き回っている。
誰が敵で。
誰を信用してよいのか。
そんな不安が、静かに広がっていた。
その一方で。
中央四十六室からの命令は変わらない。
朽木ルキアの処刑。
それだけは予定通り進められている。
懺罪宮。
ルキアは一人、牢の中で目を閉じていた。
遠くに。
微かではあるが。
一護の霊圧を感じる。
以前とは違う。
何かが変わり始めている。
「一護……」
呟いてから。
もう一つの霊圧を探す。
朔夜。
こちらも。
いつもより静かだった。
大きいわけではない。
暴れているわけでもない。
むしろ逆だ。
研ぎ澄まされているように感じる。
「御門も……」
ルキアは膝を抱えた。
三日で戻る。
一護はそう言った。
朔夜も戻ると言った。
なら。
信じるしかない。
少なくとも今は。
◇
一護の刀が斬月の刀を弾いた。
そのまま一歩踏み込む。
斬月の肩を狙う。
かわされる。
一護は追わない。
斬月が逆に踏み込む。
一護は受ける。
押される。
だが、足を止めない。
「まだだ!」
一護が斬月を押し返す。
二人の距離が開く。
斬月は一護を見ながら静かに言った。
「お前は先ほどから、私を倒そうとしなくなった」
一護の眉が動く。
「悪いかよ」
「理由を聞いている」
一護は刀を構えたまま答えた。
「倒すだけじゃ意味ねぇんだろ」
斬月は黙っている。
一護は続ける。
「俺が勝って、お前が負けて、それで終わりじゃねぇ。俺は卍解を使いたい。でも、それはお前の力でもある」
一護は刀を見る。
「だったら、俺だけが勝手に分かった気になっても駄目なんだろ」
斬月の目が僅かに変わった。
一護は少し照れ臭そうに顔をしかめる。
「上手く言えねぇけどさ」
「それでいい」
「何?」
斬月は静かに刀を構えた。
「理解とは、最初から全てを知ることではない」
一護も構える。
「知ろうとすることから始まる」
一護の口元が上がった。
「……やっと少し素直に教えたな」
「勘違いするな」
「やっぱムカつく!」
一護が地面を蹴る。
斬月も踏み込む。
刃と刃がぶつかった。
今度は。
一護も笑っていた。
◇
「今度は少し変えるぞ」
夜一がそう言うと、朔夜は嫌そうな顔をした。
「その言い方、絶対難しくなるやつだよね」
「当然じゃ」
夜一は周囲の岩を見渡す。
「今からわしは標的を指定せん」
「じゃあ何斬ればいいの?」
「自分で決めろ」
朔夜が眉を寄せる。
夜一は続けた。
「わしが攻撃する。その中で、斬る必要があると思ったものだけを斬れ」
「かなり曖昧だな」
「実戦で誰かが全部指示してくれると思うか?」
「思わない」
「ならやれ」
夜一が一気に踏み込んだ。
朔夜も構える。
拳をかわす。
蹴りを避ける。
夜一が岩壁を蹴った。
大きな破片が朔夜へ向かって飛んでくる。
朔夜が指を向ける。
「解」
岩が二つに割れる。
だが。
その先に夜一がいる。
朔夜は二撃目を撃たない。
夜一が破片の隙間から現れる。
拳が来る。
朔夜は受ける。
夜一が問う。
「何故二つ目を撃たなかった?」
「必要なかったから。岩を割れば十分だった」
「よし」
今度は夜一が朔夜の背後へ回る。
蹴り。
かわす。
その勢いで岩が一つ崩れる。
大きな石が朔夜の背後へ落ちる。
だが。
朔夜は斬らない。
夜一が尋ねる。
「何故じゃ?」
「俺に当たらないから」
岩は朔夜から少し離れた場所へ落ちた。
夜一が笑う。
「正解じゃ」
朔夜は少し得意そうに笑った。
「今日は結構褒めるな」
「なら減らすか?」
「それはやめて」
夜一は再び構える。
「では次じゃ」
「まだある?」
「一日目はまだ終わっておらんぞ」
朔夜は空を見上げるように天井を見た。
「地下だから時間分かんないんだよな……」
「疲れたか?」
「ちょっと」
「なら続けられるな」
「その判断どうなってるの?」
夜一は答えず踏み込んだ。
朔夜もすぐに動く。
◇
修行場へ響く音が、少しずつ変わっていた。
一護と斬月の刃がぶつかる音。
朔夜と夜一が拳を交える音。
解によって岩が切れる音。
時折。
静寂。
その繰り返し。
どれほど時間が経ったのか。
一護の身体には、数え切れないほどの傷が増えていた。
死覇装も所々破れている。
呼吸も荒い。
それでも刀は離していない。
斬月も同じ場所に立っている。
「まだやるか」
斬月が尋ねる。
一護は肩で息をしながら笑った。
「何だよ。お前が先に疲れたのか?」
「私は疲れん」
「じゃあ聞くな」
一護は刀を構える。
だが。
腕が僅かに震えていた。
斬月はそれを見ている。
「一護」
「何だ」
「身体を壊せば、三日も何もない」
一護が少し驚いた顔をした。
「お前が休めって言うのか?」
「休めとは言っていない」
「どっちだよ!」
斬月は何も答えない。
その時。
「そこまでじゃ!」
夜一の声が修行場へ響いた。
一護が振り返る。
少し離れた場所では、朔夜も地面へ座り込んでいた。
「終わり?」
朔夜が聞く。
夜一は頷いた。
「一日目はな」
一護が目を見開く。
「もう一日経ったのか?」
「正確には、ほぼ一日じゃ」
「マジかよ……」
一護は自分の身体を見る。
時間を気にする余裕などなかった。
朔夜も同じらしい。
「全然分からなかったな」
「おぬしら二人とも集中し過ぎじゃ」
夜一は呆れたように言う。
「休め。食えるものを食って、少しでも眠れ」
一護がすぐに反論する。
「でも三日しかねぇんだぞ」
「だからこそじゃ」
夜一は一護を見た。
「身体が動かなくなれば終わりじゃ。強くなることと、無茶をすることは同じではない」
一護は黙った。
その隣で。
朔夜が小さく笑う。
「夜一さんがそれ言う?」
夜一の視線が朔夜へ向く。
「何か言ったか?」
「何も」
「聞こえておるぞ」
朔夜は目を逸らした。
一護が笑う。
その笑い声も。
最初より少し疲れていた。
◇
簡単な食事を済ませた後。
一護は岩壁へ背を預けて座っていた。
身体が重い。
眠ればすぐ落ちそうだった。
だが。
頭だけはまだ動いている。
「斬月」
少し離れた場所に立っていた斬月が、一護を見る。
「何だ」
「明日も頼む」
斬月は少しだけ黙った。
「ああ」
一護は笑った。
それだけでよかった。
その少し離れた場所では。
朔夜が仰向けになって地面へ寝転がっていた。
夜一が近くへ座る。
「どうじゃ、一日目は」
「疲れた」
「それだけか?」
朔夜は天井を見ながら少し考える。
「……御厨子って、俺が思ってたより扱い方が多いんだな」
「今さら気づいたか」
「強く斬ることばっかり考えてたから」
夜一は何も言わない。
朔夜は続ける。
「解も捌も、結局は斬る技だ。でも」
少し間を置く。
「どこまで斬るかは俺が決めるんだな」
夜一が僅かに笑った。
「そうじゃ」
「今まで分かってたつもりだった」
「分かっておることと、出来ることは違う」
「耳が痛いな」
朔夜は小さく笑った。
「でも、少し分かった気がする」
夜一は朔夜を見る。
「なら明日は、もう少し難しくする」
朔夜の笑みが消えた。
「今のいい話のまま終わろうよ」
「駄目じゃ」
「やっぱりかぁ……」
一護が少し離れた場所から笑う。
「頑張れ、朔夜」
朔夜が一護を見る。
「お前も明日地獄だからな」
「分かってるよ」
二人は顔を見合わせた。
疲れている。
身体中が痛い。
それでも。
止まる気はなかった。
三日のうち。
一日が終わった。
残りは二日。
白哉へ届くため。
ルキアを助けるため。
一護は斬月と。
朔夜は御厨子と。
そして自分自身と。
それぞれの形で向き合い続ける。
地下修行場に、短い休息の時間が訪れた。
だが。
瀞霊廷の時間もまた。
確実に処刑の日へ向かって進んでいた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回はタイトル通り、三日間の修行のうち一日目の終了までを描きました。
一護は斬月へ攻撃を届かせるだけでなく、「斬月を倒すこと」そのものが目的ではないと理解し始めています。
斬月からも、
「理解とは、最初から全てを知ることではない。知ろうとすることから始まる」
と告げられ、一護と斬月の関係は少しずつ変わってきました。
まだ卍解には至っていません。
しかし、斬月をただ力として扱うのではなく、共に戦う相手として見ることができるようになっています。
一方の朔夜は、第29話から続く御厨子の制御をさらに発展させました。
今回は夜一から細かく標的を指定されるだけではなく、
「自分で斬る必要があるか判断する」
段階へ進んでいます。
飛んできた岩は斬る。
自分に当たらない岩は斬らない。
近距離で白打だけで十分なら、解も使わない。
御厨子の力を持っているから使うのではなく、
「必要だから使う」
という判断を朔夜自身が行うようになってきました。
この感覚は、今後朔夜が一般隊士や味方のいる場所で本格的に戦う際にも重要になります。
そして、三日間のうち一日が終了しました。
残りは二日。
次回――
第31話「二日目」
一護の修行は、卍解へ向けてさらに深い段階へ進みます。
朔夜にも、夜一からこれまで以上に厳しい課題が与えられることになります。
よろしくお願いします。