一護は斬月をただの力として扱うのではなく、自分と共に戦う存在として少しずつ理解し始めています。
一方の朔夜も、御厨子の「解」や「捌」を使えるから使うのではなく、必要な時に必要なだけ選んで使う感覚を身につけ始めました。
しかし、残された時間はあと二日。
夜一が用意する修行が、昨日と同じ程度で済むはずもありません。
それでは、第31話「二日目」です。
一護が目を開けた時、身体中に鈍い痛みが残っていた。
岩壁へ背を預けたまま眠っていたせいもあるが、それ以上に昨日の修行で受けた傷が全身に響いている。
「……痛ぇ」
腕を上げただけで肩が軋む。
それでも、眠る前より身体は動いた。
ほんの短い休息だったが、休んだ意味はあったらしい。
少し離れた場所では、朔夜がまだ地面へ横になっていた。
「朔夜」
返事がない。
「おい、起きろ」
一護が軽く足で蹴る。
「……あと五分」
「修学旅行じゃねぇぞ」
「昨日あれだけ動いたんだから五分くらいいいだろ……」
「駄目じゃ」
上から夜一の声が落ちてきた。
朔夜の目が開く。
「……最悪の目覚ましだ」
人型の夜一は既に準備を終えているらしく、腕を組みながら二人を見下ろしていた。
「二人とも起きろ。二日目を始めるぞ」
一護が立ち上がる。
「朝飯は?」
「もう食ったじゃろう」
「昨日の夜だろ!」
「細かいことを気にするな」
「細かくねぇ!」
朔夜もようやく身体を起こした。
「一護、諦めろ。夜一さんに修行中の常識を求める方が間違ってる」
「おぬしは随分余裕そうじゃのう」
朔夜の顔が固まった。
「……今のなしで」
「遅い」
夜一が笑う。
その笑顔を見て、朔夜は静かに立ち上がった。
「今日も嫌な予感しかしないな」
◇
一護は斬月の前へ立った。
昨日と変わらず、無数の刀が周囲へ突き立っている。
だが。
一護自身の感覚は昨日とは違っていた。
斬月を見ても、ただ「倒さなければならない相手」とは思わない。
自分を試す存在。
自分の内側にいる存在。
そして。
共に戦ってきた存在。
斬月が刀を構える。
「準備はできたか」
一護も昨日見つけた刀を握った。
「朝から容赦ねぇな」
「時間がないのだろう」
「……そうだったな」
一護の表情が引き締まる。
斬月が踏み込んだ。
昨日より速い。
一護は刃を受ける。
だが、受けた瞬間に分かった。
重い。
「くっ!」
押し込まれる。
一護は力で押し返そうとせず、身体を横へ流して斬月の力を逃がした。
そのまま反撃する。
斬月がかわす。
すぐに次の斬撃。
一護が防ぐ。
数合。
十合。
昨日より明らかに速い攻防が続いた。
「昨日より強くなってねぇか!」
「お前が昨日と同じままなら、今日戦う意味はない」
「それもそうだけどよ!」
斬月の刃が一護の脇腹を狙う。
一護は刀の腹で受け流し、肩を入れて斬月との距離を詰めた。
そのまま刀を返す。
斬月が後ろへ下がる。
一護は追わない。
斬月の目が僅かに動いた。
「また追わないのか」
「昨日それで何回やられたと思ってる」
「学習したな」
「褒め方が腹立つ!」
一護は悪態をつきながらも、笑っていた。
その笑みを見て、斬月も僅かに表情を変えた。
◇
朔夜は夜一の前へ立っていた。
御厨子は腰に戻っている。
「さて」
夜一が周囲を見渡す。
「昨日は、斬る必要があるものと、ないものを自分で判断させた」
「ああ」
「今日はもう少し実戦に近づける」
朔夜が嫌そうに眉を寄せる。
「絶対難しくなるじゃん」
「当然じゃ」
夜一は足元にあった小石を蹴った。
それが岩へ当たる。
その瞬間。
夜一が複数の岩を蹴り上げた。
大小様々な破片が、一斉に空中へ舞う。
「うわっ!」
朔夜が身構える。
夜一はその中へ自分も飛び込んだ。
「今日の課題は簡単じゃ」
「その言い方、信用できない!」
「わしには一切傷をつけるな」
夜一が岩の間を縫うように移動する。
「同時に、自分へ当たるものだけを斬れ!」
朔夜の目が鋭くなった。
複数の岩。
その中に夜一がいる。
しかも速い。
下手に解を撃てば、夜一まで斬る。
かといって避けるだけでは、次々と飛んでくる岩へ対応できない。
一つ目。
正面。
「解」
岩だけが二つに割れる。
夜一がそのすぐ横を通る。
二つ目。
左。
朔夜は斬らずに身体をずらした。
「何故斬らん!」
「当たらない!」
「よし!」
三つ目。
背後。
振り返らない。
霊圧だけで位置を測る。
「解」
岩だけが割れる。
その破片の間から、夜一の拳が飛んできた。
朔夜が腕で受ける。
「それは反則だろ!」
「敵が律儀に待ってくれると思うな!」
「昨日からそればっかりだな!」
夜一の蹴りを避けながら、朔夜は次の岩へ指を向けた。
だが。
撃たない。
岩の向こうに夜一がいる。
斬れば、軌道上に入る可能性がある。
なら。
朔夜は瞬歩で位置を変えた。
岩が横を通り過ぎる。
夜一が笑った。
「今のはよい」
「斬らないのが正解?」
「必要がないならな」
朔夜も笑う。
「昨日より嫌な修行だけど、言いたいことは分かってきた」
「なら続けるぞ」
「休憩は?」
「ない」
「知ってた」
◇
一護と斬月の戦いは、昨日より静かだった。
静かと言っても、刃がぶつかる音は激しい。
ただ。
一護の中にあった焦りが薄れている。
白哉に勝たなければ。
早く卍解を得なければ。
時間がない。
その気持ちは消えていない。
だが、それだけで斬月へ向かってはいなかった。
斬月が一歩踏み込む。
一護は受ける。
力を流す。
反撃する。
斬月がかわす。
一護は追う。
今度は追う。
斬月の目が動く。
「今度は来るのか」
「ああ」
「何故だ」
「今は行けると思ったからだ!」
一護が刀を振り抜く。
斬月が受け止める。
一護はすぐに二撃目へつなげた。
斬月が後退する。
さらに一歩。
一護も踏み込む。
そして。
斬月の刀が一護の胸元へ向く。
昨日なら。
そこで勢いのまま入っていたかもしれない。
だが。
一護は足を止めた。
斬月の刃が鼻先を掠める。
一護は身体を反らし、そのまま横へ移動する。
「危ねぇ……!」
斬月が僅かに笑う。
「今のはよい判断だった」
「お前が素直に褒めると逆に怖ぇな」
「では訂正しよう」
「すんな!」
一護の声が修行場へ響いた。
少し離れた場所で、朔夜が思わず笑う。
「余裕出てきたな、一護」
その瞬間。
「余所見をするな!」
夜一の蹴りが飛んでくる。
「うわっ!」
朔夜はぎりぎりでかわした。
「一護の声がでかいんだよ!」
「人のせいにするな!」
◇
しばらくして。
夜一は修行の内容を変えた。
今度は岩だけではない。
地面へいくつかの目印をつけ、朔夜の周囲に小さな石柱を立てている。
「これ全部壊すの?」
「逆じゃ」
「逆?」
夜一は石柱を一つ指差した。
「この柱を味方だと思え」
次に別の岩を指す。
「こちらは敵じゃ」
「なるほど」
「そしてわしは」
夜一が笑う。
「動き回る」
「一番面倒な役じゃん」
「実戦なら敵も味方も動くじゃろう」
「正論なのが腹立つんだよな」
夜一は構える。
「始めるぞ」
次の瞬間。
修行場の空気が変わる。
夜一が瞬歩で動く。
朔夜の左右には石柱。
前方には敵役の岩。
「解」
敵役の岩だけを斬る。
すぐに夜一がその軌道近くへ入る。
朔夜は二撃目を止める。
別の岩が飛んでくる。
味方役の石柱へ向かっている。
朔夜が瞬歩で間に入る。
拳で岩を砕いた。
夜一が背後へ回る。
「何故解を使わなかった!」
「石柱が近すぎる!」
「なら正解じゃ!」
夜一の蹴りを朔夜が受け流す。
今度は敵役の岩が二つ。
一つは味方役の柱のすぐ後ろ。
もう一つは何もない場所。
朔夜は何もない方へ解を飛ばす。
そちらだけを斬る。
石柱の近くは。
自分で近づく。
白打で破壊する。
「よし!」
夜一の声が飛ぶ。
朔夜は息を吐いた。
「こういうことか」
「何がじゃ」
「技を使わない方が早い時もある」
夜一が僅かに笑う。
「ようやく分かってきたな」
「御厨子があると、何でも御厨子で解決したくなるんだよな」
「強い力ほど、便利に見えるものじゃ」
夜一は朔夜のすぐ前へ立った。
「じゃが、便利な力に判断を任せれば、いつか力に使われる」
朔夜は黙った。
「使うのは、おぬしじゃ」
昨日も似たことを言われた。
だが。
今日の修行を通して聞くと。
意味が少し違って感じる。
「……分かったよ」
朔夜が構え直す。
「もう一回」
夜一が満足そうに笑った。
「その意気じゃ」
◇
その頃。
瀞霊廷では、処刑を巡る動きに変化が出始めていた。
各隊へ伝令が走る。
隊士たちがざわめく。
懺罪宮でも。
ルキアは外から聞こえてくる足音に気づいていた。
牢の前へ、数名の隊士が現れる。
「朽木ルキア」
ルキアが顔を上げる。
「何だ」
隊士は少し言いにくそうにした後、命令を読み上げた。
「処刑に関する新たな通達だ」
ルキアの表情が固くなる。
処刑。
その言葉を聞くたびに。
一護たちの顔が浮かぶ。
「聞こう」
隊士は続けた。
「処刑準備は予定通り進められる。変更があれば、改めて通達する」
ルキアは黙って聞いた。
今すぐ処刑が始まるわけではない。
だが。
猶予が増えたわけでもない。
隊士たちが去った後。
ルキアは一人、牢の中で目を閉じた。
一護の霊圧。
まだ感じる。
朔夜も。
二人とも。
戦っている。
「……急げなどとは言えぬな」
小さく笑う。
「既に十分、無茶をしている」
それでも。
心のどこかで。
戻ってきてくれることを願っていた。
◇
一護の刀が斬月の肩を掠めた。
浅い。
だが。
斬月は今度も後退した。
一護は追う。
一歩。
二歩。
三歩。
斬月が迎撃する。
一護は刃を受ける。
力を流す。
さらに一歩。
斬月の目が僅かに変わる。
一護の刀が上から振り下ろされる。
斬月が受ける。
鍔迫り合い。
一護は力を込めながら言った。
「なあ、斬月」
「何だ」
「俺、お前に勝てば卍解できると思ってた」
「そうだな」
「でも、今はちょっと違う気がする」
斬月は黙っている。
一護は続けた。
「お前に勝つっていうより」
言葉を探す。
「お前に認めさせたい」
斬月の目が動く。
「俺が、お前の力を預けるに足りる奴だって」
斬月はしばらく黙っていた。
そして。
「ならば、まだ足りない」
一護の眉が動く。
「何だと!」
斬月が一気に力を込める。
一護の身体が押し返される。
「お前はまだ、自分の力を信じ切れていない」
「……!」
一護が着地する。
斬月が静かに立っている。
「私を信じようとしている。それはよい」
斬月は一護へ刀を向ける。
「だが、一護」
低い声が響く。
「お前自身はどうだ」
一護が黙った。
「お前は、自分が朽木白哉へ届くと本気で信じているか」
一護の表情が変わった。
白哉。
あの圧倒的な差。
現世で一度。
そして。
尸魂界でも。
二度も届かなかった。
一護は拳を握る。
「……」
斬月は何も言わない。
答えを急かさない。
一護自身に。
考えさせる。
◇
朔夜は夜一の前で立っていた。
二日目の修行も長時間続いている。
身体は重い。
呼吸も荒い。
だが。
まだ動ける。
夜一は周囲の石柱を見た。
ほとんど残っている。
敵役の岩だけが正確に壊されていた。
「昨日よりは随分ましじゃな」
「褒められた」
「調子に乗るな」
「早いな!」
夜一は少し笑う。
「最後に一つだけやるぞ」
朔夜が警戒する。
「嫌な言い方だな」
「今度は御厨子を抜け」
朔夜の表情が変わった。
「……抜くの?」
「ああ」
今まで。
朔夜は刀を腰へ戻しても。
解や捌を使うだけで。
御厨子そのものは抜かなかった。
夜一は朔夜の腰にある斬魄刀を見る。
「まだ始解はするな」
「分かってる」
「ただ抜け」
朔夜は少し黙った。
そして。
ゆっくりと柄へ手を伸ばす。
第25話。
白哉の前で。
ここへ手を掛けた。
あの時は。
戦ってみたいという気持ちも混じっていた。
今は。
違う。
朔夜は静かに刀を抜いた。
鞘から刃が姿を現す。
まだ解放されていない御厨子。
それでも。
朔夜の霊圧が僅かに変わる。
夜一はその変化を見ていた。
「どうじゃ」
「……落ち着いてる」
「戦いたいか?」
朔夜は刀を見た。
正直に考える。
昔なら。
抜いただけで。
何か斬りたくなっていたかもしれない。
今は。
「別に」
夜一が眉を上げる。
「嘘ではないな?」
「斬れるものが目の前にあるからって、斬る必要ないだろ」
夜一は何も言わない。
朔夜は刀を軽く振る。
空気が切れる。
それだけ。
何も斬らない。
「必要になったら使う。それまでは持ってるだけでいい」
夜一が笑った。
「ようやく、そこまで戻ってきたか」
朔夜の表情が僅かに変わる。
「戻ってきた?」
「昔のおぬしも、最初からああだったわけではない」
夜一は少し懐かしそうに言った。
「力を得る前は、もっと普通の子供じゃった」
「今も普通だけど」
「どの口が言う」
「酷いな」
二人とも少し笑う。
夜一はすぐに表情を戻した。
「今日はそこまでじゃ」
朔夜が目を丸くした。
「本当に?」
「何じゃ。不満か?」
「いや、夜一さんが自分から終わりって言うの珍しいなと思って」
「なら追加するか?」
「終わりでお願いします」
朔夜はすぐに御厨子を鞘へ戻した。
◇
一護はまだ斬月の前に立っていた。
「自分を信じてるか、か……」
口に出す。
今まで。
何度も強くなると言った。
白哉を倒すと言った。
ルキアを助けると言った。
だが。
心のどこかで。
本当に白哉に届くのか。
そう思っていたのではないか。
斬月は何も言わない。
一護は目を閉じる。
現世。
白哉に何もできず斬られた。
懺罪宮。
以前よりは戦えた。
それでも届かなかった。
朔夜に助けられた。
夜一にも。
自分一人では。
まだ。
そこまで考えたところで。
一護は目を開いた。
「……違ぇな」
斬月が見る。
「今まで届かなかったからって、次も届かねぇとは限らねぇ」
刀を握る。
「俺は強くなった」
一歩前へ出る。
「まだ足りねぇなら、ここで足りるところまで行く」
斬月の目が僅かに細くなる。
一護は真っ直ぐ斬月を見た。
「俺は白哉に勝つ」
声には。
迷いがなかった。
「ルキアを助ける」
一護の霊圧が高まる。
昨日とは違う。
今日の朝とも違う。
ただ大きくなったのではない。
芯が通った。
そんな霊圧だった。
斬月の口元に。
僅かな笑みが浮かぶ。
「ならば」
刀を構える。
「証明してみろ」
一護も構えた。
「言われなくても!」
二人が同時に地面を蹴る。
刃と刃がぶつかる。
その音は。
今日一日で。
最も大きく。
最も鋭く。
修行場へ響いた。
◇
夜一と朔夜は少し離れた場所から、その霊圧を感じていた。
朔夜が笑う。
「一護、何か掴んだな」
「ああ」
夜一も満足そうに一護を見る。
「二日目でここまで来るとはのう」
「凄い?」
「凄いぞ」
朔夜が少し驚いた。
「素直に褒めた」
夜一の拳が飛んでくる。
「痛っ!」
朔夜が頭を押さえる。
「余計なことを言うな」
「修行終わったんじゃなかったの!?」
「これは修行ではない」
「もっと悪い!」
夜一は笑った。
朔夜も頭を押さえながら笑う。
その向こうでは。
一護と斬月が。
まだ刃を交えている。
三日のうち。
二日目が進んでいく。
一護は。
斬月と。
そして。
自分自身を信じるために。
朔夜は。
御厨子を。
そして。
自分自身で選ぶために。
それぞれの修行を続けていた。
残された時間は。
あと一日。
その先には。
ルキアの処刑と。
朽木白哉が待っている。
そして朔夜にも。
いよいよ。
尸魂界で本格的に動く時が近づいていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は三日間の修行、その二日目を描きました。
一護は斬月を信じることだけではなく、
「自分自身を信じられるか」
というところまで踏み込んでいます。
白哉には二度届かなかった。
朔夜に助けられた。
まだ自分は弱い。
そうした事実を理解した上で、それでも、
「次は勝つ」
と自分自身へ言い切れるかどうか。
一護の卍解修行は、単に新しい力を得るだけではなく、自分の力そのものを信じられるところまで進み始めました。
一方、朔夜の修行もより実戦的になっています。
今回は、
味方が近くにいる状態で敵だけを斬ること
を重点的に訓練しました。
敵を斬れるかどうかではなく、周囲を巻き込まずに必要なものだけを処理できるか。
さらに、解を使わなくても白打で十分なら、あえて解を使わない。
強い力を持っているからこそ、何でもその力で解決しようとしないことも学んでいます。
そして最後には、夜一から御厨子そのものを抜くよう指示されました。
第25話では白哉を前に御厨子を抜こうとした時、朔夜の中には「もっと戦いたい」という感情も混じっていました。
今回は違います。
刀を抜いても、何かを斬ろうとはしない。
「必要になった時だけ使う」
という状態まで、朔夜は少しずつ戻ってきています。
残りは一日。
次回――
第32話「最後の一日」
一護の卍解修行はいよいよ佳境へ。
そして朔夜の修行にも、一つの区切りが訪れます。
その先で、ルキアの処刑へ向けた物語が再び大きく動き始めます。
よろしくお願いします。