一護と恋次は、それぞれ斬月と蛇尾丸から新たな力を掴み、朔夜も夜一との修行を終えました。
今日の正午、朽木ルキアの処刑が執行されます。
もう修行の時間はありません。
ここから先は、それぞれが自分の判断で動かなければなりません。
それでは、第35話「処刑の日」です。
瀞霊廷に朝の光が差し込み始めた頃、懺罪宮の周辺には昨日までとは明らかに違う緊張が漂っていた。
通路を行き交う隊士たちは口数が少なく、皆がいつもより険しい表情で持ち場へ向かっている。
今日の正午、朽木ルキアの処刑が執行される。
旅禍の侵入や藍染惣右介の死によって瀞霊廷全体が混乱している中でも、その命令だけは覆されていなかった。
牢の中では、ルキアが静かに座っていた。
昨夜はほとんど眠れていない。それでも、不思議と心は昨日までより落ち着いていた。
一護が来ると言った。
朔夜も戻ると言った。
彼らの言葉を信じたいと思う一方で、これ以上誰かが自分のために傷つくことを恐れている自分もいる。
「……本当に、勝手なものだな」
ルキアは小さく笑った。
来てほしくないと思いながら、来てくれることを期待している。帰れと言いながら、心の奥では助けてほしいと願ってしまう。
以前なら、そんな自分を責めていたかもしれない。
だが今は、その気持ちまで否定しようとは思わなかった。
やがて牢の外から複数の足音が近づき、扉の前で止まる。
鍵が外され、隊士の一人が緊張を隠しきれない声で告げた。
「朽木ルキア」
ルキアが顔を上げる。
「時間だ」
ルキアはゆっくりと立ち上がり、一度だけ小さな窓の向こうへ目を向けた。
夜の色はもう消え、空は完全に朝へ変わっている。
「……分かった」
それ以上は何も言わず、ルキアは牢の外へ歩き出した。
◇
地下修行場では、一護が最後の調整を続けていた。
全身には修行で負った傷が残り、疲労も完全には抜けていない。それでも、斬月を握る姿には昨日までとは違う安定感があった。
一護が霊圧を高めると、その力は以前のように周囲へ無闇に広がらず、自分の身体と斬月の周辺へ密度を保ったまま集まっていく。
少し離れた場所で見ていた夜一が頷いた。
「昨日より随分ましになったのう」
一護が息を吐く。
「それ、褒めてるんだよな?」
「昨日よりは、と言っただけじゃ」
「素直に褒めろよ……」
近くで準備をしていた朔夜が笑う。
「夜一さんにそれ期待するだけ無駄だよ」
「おぬしは余計なことを言うな」
夜一に睨まれ、朔夜は何も言っていないような顔で御厨子を腰へ差した。
一護はその様子を見てから、周囲へ視線を巡らせる。
「恋次は?」
少し前までいたはずの姿が見当たらない。
夜一は地下修行場の出口へ目を向けた。
「先に出た」
「は?」
一護が目を丸くする。
朔夜も小さく息を吐いた。
「少し前にな」
「何で止めなかったんだよ!」
夜一は一護の勢いとは対照的に、落ち着いた声で答えた。
「止めて聞くと思うか?」
一護は言葉に詰まり、数秒後に顔をしかめた。
「……思わねぇ」
「なら同じことじゃ」
恋次がどこへ向かったのか、わざわざ聞く必要もなかった。
一護の表情が少し険しくなる。
「白哉のところか」
「たぶんね」
朔夜が答える。
一護は拳を握った。
「無茶しやがって……」
「一護がそれ言う?」
「お前には言われたくねぇよ!」
「俺もそう思う」
「二人とも同類じゃ」
夜一の一言に、一護と朔夜はそろって黙った。
短い沈黙の後、朔夜が咳払いする。
「とにかく、恋次は自分で決めたんだ。俺たちは俺たちで動こう」
一護も少し考えてから頷いた。
「ああ」
今の恋次を追いかけても仕方がない。
恋次には恋次の戦いがあり、自分にも越えなければならない相手がいる。
一護は斬月へ手を置いた。
「俺も行く」
夜一が一護を見る。
「もう少し休んでもよいぞ」
「無理だ」
一護は迷わず答えた。
「ルキアはもう処刑場へ連れていかれてるかもしれねぇ。これ以上ここにいる方が落ち着かねぇよ」
夜一はしばらく一護の顔を見た後、小さく息を吐いた。
「分かった。ただし途中で倒れるなよ」
「誰に言ってんだ」
「二日前まで白哉に手も足も出なかった男じゃ」
「言い方!」
朔夜が思わず笑い、一護がすぐにそちらを見る。
「笑ってないよ」
「笑ってただろ!」
「余裕があるなら行くぞ」
夜一の一言で、二人の表情が引き締まった。
ここを出れば、もう修行ではない。
◇
地下から瀞霊廷へ戻った瞬間、朔夜は空気の違いを感じ取った。
あちこちに隊士の霊圧があり、その多くが同じ方向へ集まっている。
双殛の丘。
処刑場だ。
朔夜は遠くへ視線を向けた。
「始まってるな」
夜一も周囲の気配を探る。
「ああ。処刑場周辺の警備も、昨日とは比べものにならん」
一護がすぐに走り出そうとしたところで、夜一が腕を掴んだ。
「待て、一護」
「何だよ!」
「真っ直ぐ向かえば警備の隊士と正面からぶつかる。余計なところで体力を使う気か?」
一護は反論しかけたが、すぐに口を閉じた。
今の自分の目的は、途中にいる隊士を倒すことではない。
ルキアのところへ辿り着くことだ。
「……分かった」
夜一が朔夜を見る。
「朔夜」
「分かってる」
朔夜は一護たちとは別方向へ視線を向けた。
修行前にも話していた。
一護は処刑場へ向かわせ、自分は別の位置から動いて、必要ならその道を作る。
「俺が先に警備を散らすよ」
一護が振り返る。
「一人で大丈夫か?」
朔夜は少しだけ笑った。
「誰に言ってるの?」
「その言い方ムカつくな」
「一護に言われたくないなぁ」
一護は鼻を鳴らした後、少し真面目な表情になる。
「やりすぎんなよ」
朔夜は僅かに目を丸くした。
数日前なら、自分が一護へ言う側だった。
「……分かってるよ」
朔夜は御厨子へ一度触れ、すぐに手を離した。
「必要な分だけにする」
夜一はその言葉を聞き、小さく頷いた。
「では行くぞ」
三人は同時に動き出し、途中までは同じ道を進んだ。
やがて分岐へ差しかかると、朔夜だけが別の通路へ入っていった。
◇
「旅禍だ!」
隊士の声が響く。
朔夜の前方には、十数人の死神が既に集まっていた。
警戒態勢は完全に敷かれており、その中には朔夜の顔を知っている者もいる。
「御門朔夜……!」
「構えろ!」
刀が一斉に抜かれた。
朔夜は走る速度を落とす。
「悪いけど、そこ通してくれない?」
当然ながら、誰も退かない。
「旅禍に協力する者を通すわけにはいかん!」
「まあ、そうだよね」
朔夜は困ったように息を吐いた。
以前なら、まとめて武器を斬るためにすぐ解を使っていたかもしれない。
今も、それをやろうと思えば簡単にできる。
ただ、目の前にいるのは普通の隊士たちだ。
本気で相手をする必要などない。
最初の一人が踏み込んでくる。
朔夜は身体を僅かにずらして刃をかわし、そのまま相手の手首を掴んで力の向きを変えた。
隊士の身体が勢いのまま地面へ転がる。
次の二人が左右から迫った。
一人の刀を鞘で受け、もう一人の懐へ入って軽く掌底を当てる。
それだけで相手の意識が落ちる。
続けて刀を押し込んできた隊士の足を払い、倒れる前に首筋へ一撃を入れた。
三人が倒れても、朔夜は御厨子を抜いていない。
残った隊士たちの顔に緊張が走る。
「何をしている! 一斉に行け!」
今度は複数人が同時に踏み込んだ。
朔夜は人数を見て、小さく息を吐く。
「それはちょっと面倒だな」
指先が僅かに動く。
「解」
光も音もない。
次の瞬間、前方の隊士たちが握っていた刀だけが途中から滑り落ちた。
誰一人として傷は負っていない。
隊士たちが一斉に硬直する。
朔夜はその間をゆっくり歩いていった。
「今ので終わりにしてくれると助かるんだけど」
すぐに追ってくる者はいなかった。
以前とやっていること自体は大きく変わらない。
それでも、朔夜の中では明確に違っていた。
斬れる場所を探しているのではなく、何を斬れば十分なのかを先に考えている。
今回は、それが刀だっただけだ。
◇
一方、六番隊隊舎の近くでは、恋次が一人で白哉を待っていた。
身体には修行で負った傷が残っている。
それでも、その立ち姿に迷いはなかった。
やがて静かな足音が近づいてくる。
恋次の目が鋭くなる。
白い羽織。
首元の銀白風花紗。
見間違えるはずがない。
六番隊隊長、朽木白哉。
白哉は恋次の姿を認めると、静かに足を止めた。
「恋次」
恋次は真っ直ぐ白哉を見る。
これまで何度も見上げてきた相手だった。
自分より遥か上にいる隊長。
だが今日は、その背中を追うために来たのではない。
「隊長」
恋次が口を開く。
「俺は、あんたを越える」
白哉の表情は変わらない。
「何を言い出すかと思えば」
「今までの俺なら、そう思われても仕方ねぇ」
恋次は斬魄刀へ手を置く。
「でも今日は違う」
白哉の視線が、恋次の手元へ落ちた。
「ルキアを助けるために、俺はあんたを倒す」
僅かな沈黙が落ちる。
白哉の目が細くなった。
「副隊長が、自らの隊長へ刃を向けるか」
恋次は柄を握りながら、少しだけ笑った。
「後でいくらでも罰は受けますよ。ルキアを助けた後ならね」
白哉の霊圧が静かに広がった。
その重圧を受けた瞬間、恋次の身体は以前と変わらないほど強烈な圧力を感じる。
白哉は今も圧倒的に強い。
恐ろしくなるほど、その差は大きい。
それでも恋次は一歩も下がらなかった。
白哉はその姿を見て、静かに刀へ手を掛ける。
「なるほど。少しは変わったようだな、恋次」
「少しじゃねぇですよ」
恋次も蛇尾丸を抜いた。
「見せてやります」
修行で掴んだ力を、蛇尾丸と共に。
今日、初めて隊長へ挑む。
◇
朔夜はさらに別の区画へ入っていた。
後ろから追ってくる隊士の気配はなく、先ほど倒した者たちも、しばらくすれば目を覚ますだろう。
「まずは問題なし、か」
そう呟いたところで、朔夜の足が止まった。
遠くから大きな霊圧が立ち上がる。
一つは恋次。
もう一つは、それより遥かに強い白哉のものだった。
戦いが始まった。
朔夜はしばらくその方向を見つめる。
自分なら、今から向かっても間に合う。
恋次が危なくなれば、その戦いを終わらせることもできるだろう。
だが、朔夜の足はそちらへ向かなかった。
恋次が自分で選んだ戦いだ。
隊長を越えると、自分の口で決めた。
ならば、その覚悟を横から奪うべきではない。
「頑張れよ」
朔夜は小さく呟き、再び処刑場の方向へ歩き出した。
その途中で、今度は別方向から複数の強い霊圧を感じ取る。
一般隊士ではない。
副隊長格であり、その中にはさらに強い気配も混じっている。
朔夜は足を止めずに周囲へ意識を広げた。
修行前の自分なら、強い霊圧を感じた時点で、どんな相手なのか気になっていただろう。
今も興味がないわけではないが、先に考えることが変わった。
その相手が自分の目的を妨げるのか、そして自分が戦う必要があるのか。
朔夜は御厨子の柄へ軽く手を置いた。
「さて、どうなるかな」
口元には僅かな笑みが浮かんでいる。
それでも、その目は落ち着いていた。
◇
双殛の丘へ続く道では、ルキアが複数の隊士に護送されながら歩いていた。
周囲には厳重な警戒が敷かれている。
それでもルキアの意識は、遠くから感じる霊圧へ向いていた。
その中に、知っているものがある。
「……恋次?」
以前とは明らかに違う強さだった。
さらに、そのすぐ近くには白哉の霊圧もある。
何をしているのか、考えなくても分かる。
「馬鹿者……」
小さく呟く。
さらに別方向から、こちらへ近づいてくる霊圧がある。
一護。
そして、少し離れた場所を進む、もう一つのよく知った霊圧。
「御門……」
本当に来る。
あれほど来るなと言ったのに、自分のために皆が動いている。
ルキアは一度だけ俯いた。
泣くつもりはなかった。
だから、強く目を閉じてから再び顔を上げる。
「……ならば、私も最後まで諦めぬ」
誰にも聞こえないほど小さな声だった。
朝の光が双殛の丘を照らしている。
処刑の日は既に始まっていた。
一護はルキアのもとへ向かい、恋次は白哉を越えるために刀を抜いた。
朔夜もまた、自分が立つべき場所を見極めながら前へ進んでいる。
それぞれの戦いは、もう動き始めていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
いよいよ処刑当日が始まりました。
今回は一護たちが地下修行場を出て、それぞれ別の行動へ入っています。
恋次は一足先に動き、六番隊隊長・朽木白哉の前へ立ちました。
これまでずっと「届かない存在」だと思っていた隊長へ、自分から、
「俺は、あんたを越える」と宣言しています。
そして朔夜も、修行を終えて実戦へ戻りました。
普通の隊士に囲まれても御厨子を抜かず、白打と最低限の「解」だけで突破しています。
以前と同じように刀を斬る場面でも、今の朔夜は「斬れるから斬る」のではなく、周囲を見た上で刀だけを斬れば十分だと判断しています。
さらに、恋次と白哉の戦いを感じ取っても助けには向かいません。
恋次自身が選んだ戦いだからです。
一護の白哉戦だけでなく、恋次にも自分で越えるべき戦いがあります。
朔夜は強いからこそ、誰かの大切な戦いまで奪わない。
その姿勢も、これから大事にしていきます。
次回――
第36話「狒狒王蛇尾丸」
恋次対白哉。
恋次が修行で手にした卍解を、ついに実戦で解放します。
その頃、処刑場へ向かう朔夜の前にも、新たな動きが現れ始めます。
よろしくお願いします。