BLEACH ―斬界の御厨子―   作:tunagi

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恋次はついに卍解「狒狒王蛇尾丸」を解放しました。

しかし、その前に立つのは長い年月をかけて卍解を磨き上げてきた六番隊隊長・朽木白哉。

卍解を得たばかりの恋次と、それを既に自らのものとしている白哉。その差は、決して小さなものではありません。

一方、双殛の丘へ向かう朔夜の動きも、ついに二番隊に捉えられます。

それでは、第37話「届かぬ刃」です。


第37話 届かぬ刃

 

無数の刃が朝日に照らされ、桜の花びらのように空を埋め尽くしていた。

 

白哉の卍解――千本桜景厳。

 

その美しい光景がどれほど危険なものなのか、恋次は六番隊副隊長としてよく知っている。

 

だからこそ、目の前に広がる無数の刃を見ても、それをただ綺麗だと思う余裕などなかった。

 

白哉が静かに腕を動かすと、空を埋め尽くしていた刃の群れが一斉に向きを変えた。

 

「来い……!」

 

恋次が狒狒王蛇尾丸を動かす。

 

巨大な骨の身体が大きくうねり、迫ってくる千本桜を迎え撃った。

 

無数の刃と巨大な骨が正面から激突した瞬間、甲高い金属音が連続して響き渡る。

 

狒狒王蛇尾丸は一本の巨大な刀ではない。節ごとに連なった骨の刃によって形作られているため、多少削られた程度では動きを止めない。

 

恋次はその特性を利用し、千本桜の中を強引に押し進んだ。

 

「うおおおおおっ!」

 

蛇尾丸の巨大な頭部が白哉へ迫る。

 

しかし、千本桜の刃が骨と骨の隙間へ次々と入り込み、表面を削りながら動きを阻害していく。

 

「こんなもんで……止まるかよ!」

 

恋次がさらに霊圧を送り込むと、狒狒王蛇尾丸は無数の刃を押し退けながら再び前進した。

 

それでも白哉は動じない。

 

「力任せでは届かぬ」

 

「やってみなきゃ分かんねぇでしょうが!」

 

恋次が腕を振り抜く。

 

狒狒王蛇尾丸が大きく口を開き、白哉へ噛みつこうとする。

 

白哉は瞬歩で横へ移動し、巨大な牙はそのまま地面へ突き刺さった。石畳がまとめて砕ける。

 

恋次はすぐに蛇尾丸を反転させた。

 

「そこだ!」

 

横から巨大な尾が迫り、白哉は跳躍してそれをかわす。

 

だが、恋次もその動きを読んでいた。

 

狒狒王蛇尾丸の節が途中から大きく曲がり、空中にいる白哉へ追撃を仕掛ける。

 

「取った!」

 

巨大な牙が白哉へ迫った瞬間、千本桜が二人の間へ流れ込んだ。

 

無数の刃が狒狒王蛇尾丸の頭部を横から押し流し、攻撃の軌道を逸らす。

 

それでも一本の牙が白哉の袖を掠め、布を僅かに裂いた。

 

恋次が目を見開く。

 

白哉も自分の袖へ一度だけ視線を落とした。

 

「……届いた」

 

恋次の口元に笑みが浮かぶ。

 

「届いたぞ、隊長!」

 

白哉は破れた袖を見た後、再び恋次へ視線を戻した。

 

「それで満足か」

 

恋次の笑みが消える。

 

「まさか。こんなの、まだ始まったばっかですよ」

 

「ならば来い」

 

白哉の声は変わらない。

 

だが恋次には分かった。

 

少なくとも今、自分は完全に相手にされていないわけではない。

 

ならば、まだ進める。

 

恋次は再び狒狒王蛇尾丸を動かした。

 

◇

 

双殛の丘へ向かっていた朔夜は、屋根から屋根へ移りながら周囲の霊圧を探っていた。

 

恋次と白哉の戦いはまだ続いている。

 

一護も別の経路から処刑場へ近づいている。

 

そして前方には、ルキアを中心として多くの霊圧が集まり始めていた。

 

「もう少しか」

 

そう呟き、次の屋根へ踏み出そうとした時だった。

 

それまで自分を追っていた隊士たちとは、明らかに違う気配が近づいてくる。

 

速い。

 

しかも、後ろから追うのではなく、自分の進路を読んで先回りしている。

 

朔夜は速度を落とした。

 

次の瞬間、数十メートル先の屋根へ一人の死神が音もなく降り立つ。

 

小柄な身体に隊長羽織を纏った女性だった。

 

その姿を見て、朔夜は少し意外そうに眉を上げる。

 

「……砕蜂か」

 

二番隊隊長、砕蜂。

 

そして隠密機動総司令官。

 

朔夜も屋根へ降り立ち、数メートルの距離を空けて向かい合った。

 

「久しぶり、砕蜂」

 

砕蜂の眉が僅かに動く。

 

「馴れ馴れしく呼ぶな」

 

「相変わらずだなぁ」

 

「お前もだ、御門朔夜」

 

砕蜂は鋭い視線を向けたまま、刀の柄へ手を置いている。

 

「東側区画で六名、その前の通りで十一名。さらに二番隊の追跡班まで振り切ったそうだな」

 

朔夜が少し驚く。

 

「そんな細かく数えてるの?」

 

「隠密機動を何だと思っている」

 

「怖い組織だね」

 

「誰のせいだ」

 

砕蜂の声には苛立ちが混じっていた。

 

「一般隊士を何人差し向けても止まらず、こちらの追跡にも気づきながら双殛へ進み続ける。ならば、私が出るしかあるまい」

 

朔夜はそこでようやく納得したように頷いた。

 

「なるほど。俺を止めに来たわけか」

 

「初めからそう言っている」

 

「まだ言われてないよ」

 

「口答えをするな」

 

朔夜は思わず笑った。

 

だが、砕蜂の表情は変わらない。

 

「しかも、お前はただの旅禍ではない」

 

「まあ、死神だからね」

 

「そういう意味ではない」

 

砕蜂の目がさらに鋭くなる。

 

「浦原喜助のもとに身を置き、かつては――」

 

そこで僅かに言葉が止まった。

 

朔夜には、その続きを言わなくても分かった。

 

「夜一さん?」

 

砕蜂の表情が変わる。

 

朔夜は口にしてから、少しだけ後悔した。

 

「あ」

 

「……今、何と言った」

 

声の温度が明らかに下がった。

 

朔夜は視線を逸らす。

 

「聞かなかったことにしてくれない?」

 

「夜一様がここにいるのか」

 

「そこまで言ってない」

 

「お前がここへ来ていて、浦原喜助の技術まで使われた痕跡がある。さらに今、夜一様の名を口にした」

 

砕蜂が一歩前へ出る。

 

「偶然だと言うつもりか」

 

「隠密機動って本当に情報早いなぁ……」

 

「答えろ」

 

朔夜は頭を掻いた。

 

「本人に聞いた方がいいと思うよ」

 

「御門!」

 

「だから俺から勝手に言うのは違うって」

 

砕蜂の周囲で霊圧が強まった。

 

朔夜は御厨子へ手を伸ばさない。

 

その様子を見て、砕蜂の視線が腰元へ落ちる。

 

「刀を抜かぬのか」

 

「今のところは必要ないから」

 

「私を相手にしてもか?」

 

「砕蜂が弱いって意味じゃないよ」

 

朔夜は一度、双殛の丘の方向へ視線を向けた。

 

「俺はルキアを助けに行きたい。ここで砕蜂と勝ち負けを決めに来たわけじゃないんだ」

 

「私を退けずに、そこへ行けると思うのか」

 

「できれば退いてほしい」

 

「断る」

 

「だよね」

 

次の瞬間、砕蜂の姿が消えた。

 

朔夜もほぼ同時に動く。

 

鋭い蹴りが直前まで朔夜の頭があった場所を通過し、その勢いだけで屋根瓦が砕けた。

 

朔夜は少し離れた場所へ着地する。

 

すぐに砕蜂が距離を詰める。

 

拳を半歩ずらしてかわし、続く膝蹴りを掌で受け流す。

 

接触は一瞬だった。

 

二人は距離を取り、再び向かい合う。

 

「腕は鈍っていないようだな」

 

砕蜂が言う。

 

朔夜は軽く肩を回した。

 

「夜一さんに散々しごかれた直後だからね」

 

「……やはり、いるのだな」

 

「しまった」

 

「二度も自分から言っておいて、今さら何を言っている!」

 

砕蜂が再び踏み込む。

 

先ほどより速い。

 

朔夜は拳を避け、瞬歩で横へ抜けた。

 

砕蜂も即座に追う。

 

二人は屋根の上を高速で移動しながら、短い攻防を繰り返した。

 

朔夜はただ逃げているわけではない。

 

砕蜂の攻撃をかわすたび、少しずつ双殛の丘へ近づく進路を選んでいる。

 

数度目の交差で、その意図を砕蜂も察した。

 

「私を利用して双殛へ進む気か」

 

「利用って言い方は人聞き悪いな。時間がないだけだよ」

 

「同じことだ!」

 

「全然違うと思うけどな!」

 

砕蜂の拳が朔夜の頬を浅く掠める。

 

朔夜は着地しながら傷へ指を当てた。

 

薄く血がついている。

 

「やっぱり速いな」

 

「余裕を見せるな」

 

「見せてないよ」

 

朔夜は砕蜂を真っ直ぐ見た。

 

瞬歩も白打も高い水準にあり、夜一とは違う鋭さがある。

 

同じ系統の技を磨いてきた者同士だからこそ、きちんと戦えば面白いだろうという感覚も確かにあった。

 

以前なら、その時点で足を止めていたかもしれない。

 

だが今は、その感情があることを理解した上で、優先すべきものも分かっている。

 

「砕蜂」

 

「何だ」

 

「悪いけど、今日は最後まで付き合えない」

 

「何?」

 

「戦いたくないわけじゃないよ。ちゃんとやったら面白そうだとも思ってる」

 

朔夜は双殛の丘へ目を向ける。

 

「でも今は、ルキアを助ける方が先だ」

 

砕蜂はしばらく何も言わなかった。

 

やがて鋭い視線を朔夜へ戻す。

 

「……随分と変わったな」

 

「そう?」

 

「昔のお前なら、私が目の前へ立った時点で刀を抜いていた」

 

朔夜は苦笑する。

 

「否定しづらいな、それ」

 

「だが、変わったからといって通す理由にはならん」

 

「それも分かってる」

 

朔夜は御厨子へ手を掛けることなく構え直した。

 

砕蜂も同時に腰を落とす。

 

今度はどちらも、相手の出方を待たなかった。

 

◇

 

恋次の身体から、次第に余裕が失われていた。

 

狒狒王蛇尾丸を動かすたびに大量の霊圧を消費し、その巨大な骨の身体も千本桜によって少しずつ削られている。

 

それでも攻撃を止めるつもりはなかった。

 

「まだだ!」

 

狒狒王蛇尾丸が白哉へ迫る。

 

千本桜が正面から迎え撃ち、無数の刃が骨の隙間へ流れ込んだ。

 

やがて節の一つが耐えきれずに砕け、巨大な骨が地面へ落下する。

 

恋次自身の身体にも激しい痛みが走った。

 

「ぐあっ……!」

 

膝が落ちかける。

 

それでも踏み止まる。

 

白哉が静かに問いかけた。

 

「まだ続けるか」

 

「当然でしょうが……まだ隊長を倒してねぇ」

 

「その身体で何ができる」

 

「何ができるかじゃねぇ」

 

恋次は血の混じった息を吐きながら、蛇尾丸を強く握った。

 

「やるんですよ」

 

白哉は何も答えない。

 

恋次は狒狒王蛇尾丸を再び動かした。

 

同じように巨大な身体を叩きつければ、千本桜に削られるだけだ。

 

ならば、使い方を変える。

 

蛇尾丸を白哉の周囲へ大きく回り込ませ、背後と左右の逃げ道を限定する。

 

その上で、恋次自身が正面から踏み込んだ。

 

白哉の目が僅かに動く。

 

「うおおおおおっ!」

 

恋次が刀を振るう。

 

白哉が受け止める。

 

二人の刃がぶつかる間にも、狒狒王蛇尾丸が背後から迫った。

 

千本桜がそちらへ流れる。

 

ほんの僅かな間だけ、白哉の意識が二方向へ分かれた。

 

恋次はその一瞬を逃さない。

 

「これで――!」

 

刃が白哉の肩へ迫る。

 

あと僅か。

 

しかし、その寸前で恋次の身体を強烈な痛みが貫いた。

 

「がっ……!」

 

千本桜の一部が、既に恋次の死角へ回り込んでいた。

 

死覇装が裂け、鮮血が舞う。

 

腕から力が抜けても、恋次は刀を離さなかった。

 

白哉が一歩下がる。

 

恋次の刃は、白哉の胸元へ届く直前で止まった。

 

「く……そ……」

 

腕が動かない。

 

足にも力が入らない。

 

それでも恋次は歯を食いしばり、前へ出ようとする。

 

「まだ……だ……」

 

白哉は倒れかける恋次を静かに見ていた。

 

「恋次」

 

「……何ですか」

 

「お前は既に十分戦った」

 

「勝ってねぇでしょうが」

 

恋次は笑おうとしたが、上手く表情を作れなかった。

 

「だったら……まだ終われねぇ」

 

白哉は数秒間、何も言わない。

 

恋次が最後の力で一歩踏み出した瞬間、白哉の刀が動いた。

 

斬撃が恋次の身体を捉え、血が飛ぶ。

 

今度こそ膝が地面へ落ち、狒狒王蛇尾丸も形を保てなくなって霊子へ戻っていった。

 

恋次は蛇尾丸を杖のように地面へ突き、それでも立ち上がろうとする。

 

白哉はその姿を見つめた。

 

「もうよい、恋次」

 

「まだ……」

 

「お前の刃は、私へ届いた」

 

恋次の動きが止まる。

 

白哉は破れた袖へ一度だけ視線を向けた。

 

「だが、今のお前では私を越えるには足りぬ」

 

恋次は悔しそうに歯を食いしばった。

 

否定できなかった。

 

全力を出し、卍解まで使った。

 

それでも白哉へ届いたのは、本当に僅かなところまでだった。

 

しかし、以前のように何もできなかったわけではない。

 

「次は……」

 

恋次が掠れた声を出す。

 

白哉が見る。

 

「次は……絶対、越えますよ……隊長……」

 

白哉は静かに答えた。

 

「ならば、生きて再び立て」

 

その言葉を最後に、恋次の意識が途切れた。

 

白哉は地面へ倒れた恋次をしばらく見下ろしていたが、止めを刺すことはなかった。

 

やがて千本桜を解除し、刀を鞘へ戻す。

 

そして双殛の丘へ視線を向けた。

 

処刑の時刻が迫っている。

 

白哉は倒れた恋次を残し、静かに歩き始めた。

 

◇

 

遠く離れた場所で、朔夜は恋次の霊圧が急激に弱まったことを感じ取った。

 

砕蜂の攻撃をかわしながら、一瞬だけ意識をそちらへ向ける。

 

「恋次……」

 

その隙を逃さず、砕蜂の蹴りが迫る。

 

朔夜は腕で受け流して距離を取り、改めて恋次の霊圧を探った。

 

弱くはなっているが、消えてはいない。

 

「負けたか」

 

「余所見とは余裕だな」

 

「余裕じゃないよ。仲間が生きてるか確認しただけ」

 

砕蜂の目が僅かに細くなる。

 

その時、二人はほぼ同時に別の気配を感じ取った。

 

双殛の丘から、それまでとは比較にならない巨大な霊圧が立ち上がり始めている。

 

砕蜂が先にそちらへ目を向ける。

 

「……双殛が解放される」

 

朔夜の表情も変わった。

 

ここで砕蜂と最後までやり合っていては、処刑に間に合わない。

 

朔夜は御厨子へ手を置いたが、抜くことはせず、すぐに手を離した。

 

「砕蜂」

 

「何だ」

 

「俺は行く」

 

「許すと思うか」

 

「思ってない」

 

朔夜は砕蜂を真っ直ぐ見た。

 

「だから追ってきてよ」

 

砕蜂の眉が動く。

 

「何?」

 

「砕蜂も双殛に用ができたでしょ」

 

朔夜は僅かに笑う。

 

「夜一さんがいるか、自分で確かめたいんじゃない?」

 

砕蜂の表情が固まった。

 

朔夜はその反応だけで十分だった。

 

「じゃあ、目的地は同じだ」

 

「勝手に決めるな!」

 

「違うならここで俺を止めればいいよ」

 

朔夜は地面を蹴った。

 

攻撃のためではない。

 

双殛の丘へ最短で辿り着くため、必要な分だけ霊圧を瞬歩へ回す。

 

一瞬で大きく距離を取った朔夜を見て、砕蜂もすぐに動いた。

 

「逃がすか!」

 

二つの影が朝の瀞霊廷を高速で駆け抜けていく。

 

朔夜はルキアを助けるため。

 

砕蜂は任務を遂行すると同時に、夜一の所在を自分の目で確かめるため。

 

互いの目的は違っていても、向かう先は同じだった。

 

双殛の丘では、いよいよルキアの処刑が始まろうとしていた。




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

今回は、砕蜂が朔夜を止めに来た理由を、二人の会話の中で自然に分かる形へ変更しました。

一般隊士では朔夜を止められず、二番隊の追跡まで振り切られているため、隠密機動総司令官である砕蜂自身が出ることになっています。

さらに砕蜂は、朔夜が浦原喜助や夜一と繋がりのある人物だと知っています。

そこへ朔夜本人がうっかり夜一の名前を口にしたことで、砕蜂にとっても「ただ朔夜を捕らえる」だけではない理由が生まれました。

最後には、処刑開始の気配を感じた朔夜が双殛へ向かい、砕蜂も任務と夜一の確認のために追う形となっています。

一方、恋次対白哉は決着しました。

恋次は敗北しましたが、白哉へ僅かながら自分の刃を届かせています。

次回――

第38話「双殛」

ついにルキアの処刑が始まります。

一護、朔夜、夜一、そして各隊の隊長たちが双殛の丘へ集まり始めます。

よろしくお願いします。
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