朔夜も処刑場へ到着しましたが、一護が間に合ったことで手を出さず、救出を任せています。
しかし、ルキアを処刑台から下ろしただけでは終わりません。
それでは、第39話「救出」です。
双殛の丘に激しい衝撃が走った。
燬鷇王の突進を一護が正面から押し返したことで、周囲の隊士たちは言葉を失っていた。
処刑台に拘束されたルキアも、目の前に立つ一護を信じられないように見つめている。
「本当に……来たのだな」
「だから言っただろ。助けに来るって」
一護は当然のように答えた。
ルキアが何か言い返そうとした時、押し戻された燬鷇王が再び翼を広げる。巨大な霊圧が丘全体を覆い、一護も斬月を構え直した。
「一護! そいつはおぬしが何度も相手をする必要はない!」
夜一の声が飛ぶ。
「じゃあ、どうすんだよ!」
夜一が丘の反対側へ視線を向けると、そこでは浮竹十四郎と京楽春水が既に動き始めていた。
朔夜も二人の霊圧を感じ取り、御厨子へ伸ばしかけた手を離す。
「なるほど。あっちは任せてよさそうだね」
やがて双殛の霊圧が大きく乱れ、燬鷇王の炎の身体が揺らぎ始めた。
処刑を見届けていた隊士たちから動揺の声が上がる。
「浮竹隊長が……」
「京楽隊長まで、何故……!」
巨大な炎の鳥は形を保てなくなり、轟音とともに崩れて空へ散っていった。
一護はそれを確認すると、すぐにルキアへ向き直る。
「よし。次はお前だ」
「待て、一護。何をするつもりだ」
「これ壊す」
一護が拘束具を指すと、ルキアの顔が引きつった。
「お前は何故、いつもそう力任せなのだ!」
「他に方法あんのか?」
「少しは考えろ!」
「考えてる間に捕まったら意味ねぇだろ!」
言い合いながらも、一護は既に処刑台へ飛び移っていた。
少し離れた場所では、朔夜がその姿を見守っている。
解を使えば拘束だけを正確に断てる。それでも、一護が自分で助けようとしている以上、今は手を出す必要がない。
「本当に任せるんじゃな」
夜一に問われ、朔夜は一護を見たまま答えた。
「困ったら手伝うよ。でも、まだ自分でやれてる」
「そうか」
夜一は満足そうに頷いた。
その隣にいる砕蜂は、複雑な表情で夜一を見つめている。
先ほど再会したばかりの二人には、まだ話すべきことが残っていた。
「砕蜂」
「……何でしょう」
「ここでは落ち着いて話もできん。少し場所を変えるぞ」
砕蜂の目が揺れる。
「また何も言わずに消えるおつもりではないでしょうね」
「約束したじゃろ。今度は逃げん」
夜一は真っ直ぐ答えた。
砕蜂はしばらくその顔を見つめた後、小さく頷く。
「……分かりました」
夜一は朔夜へ向き直った。
「朔夜。一護たちを見ておれ」
「分かった。俺も行った方がいい?」
「来るな」
砕蜂が即答する。
朔夜は素直に両手を上げた。
「はい」
夜一は苦笑しながら、砕蜂とともに丘を離れていった。
◇
その頃、六番隊隊舎近くの石畳では、恋次が倒れたまま動けずにいた。
白哉との戦いは終わり、狒狒王蛇尾丸も既に消えている。
身体中に刻まれた傷は深く、息をするだけでも痛みが走った。
それでも意識は残っている。
遠くから伝わってくる巨大な霊圧が、処刑開始を知らせていた。
「……くそ……」
恋次は地面へ手をつき、何とか身体を起こそうとする。
しかし腕に力が入らず、すぐに崩れ落ちた。
「まだ……終われるかよ……」
そこへ、一人の六番隊士が駆け寄ってきた。
「恋次さん!」
恋次が薄く目を開ける。
「……理吉か」
理吉は恋次の傷を見た瞬間、顔色を変えた。
「恋次さん、しっかりしてください! すぐ四番隊を――」
「待て」
恋次は掠れた声で止めた。
「双殛へ行く」
「その身体でですか!?」
「ルキアが処刑される」
恋次は再び起き上がろうとしたが、身体が言うことを聞かない。
理吉は慌てて支えた。
「駄目です。このままじゃ双殛まで行く前に倒れます」
「だからって、ここで寝てられるかよ……」
理吉は数秒迷った後、恋次の身体をそっと地面へ戻した。
「恋次さん、少しだけ待っててください」
「待ってる時間なんか――」
「治せる人を連れてきます!」
その声には、普段の理吉からは想像できないほど強い意志があった。
恋次は顔をしかめたものの、自力で立つことすらできない以上、任せるしかなかった。
理吉はすぐに走り出した。
◇
しばらくして、理吉は山田花太郎を連れて戻ってきた。
「阿散井副隊長!」
花太郎は恋次の傷を見るなり、その場へ膝をつく。
「これは……酷いです。今すぐ安静にしないと」
「動けるくらいでいい。頼む」
「駄目です!」
花太郎が珍しく声を張る。
「この状態で動けば、また傷が開きます!」
「ルキアが処刑される」
その一言で、花太郎の表情が止まった。
恋次は荒い呼吸を整えながら続ける。
「一護も御門も、もう向かってる。俺だけここで寝てられねぇ」
「でも、今の身体では戦えません」
「戦わなくていい」
恋次は花太郎を見る。
「ルキアを助けて、連れて逃げる。それくらいできれば十分だ」
花太郎はすぐには答えなかった。
治療する側としては、絶対に動かしたくない。
だが、この男を止めても、治療を受けないまま一人で向かおうとするだろう。
「……分かりました」
花太郎は覚悟を決めた。
「完全には治せません。出血を抑えて、最低限動けるところまでです」
「十分だ」
治療が始まる。
理吉も横で必要なものを渡し、花太郎を手伝った。
深い傷を完全に塞ぐ時間はない。出血を抑え、動いた拍子にすぐ傷が開かないよう固定していく。
その間にも双殛の霊圧は大きく変化していた。
恋次が何度もそちらへ顔を向ける。
「急いでくれ」
「急いでます!」
花太郎の額にも汗が浮かんでいた。
やがて最低限の処置が終わる。
恋次はゆっくり身体を起こし、まだ揺れる足で立った。
理吉がすぐに肩を貸そうとする。
「副隊長、俺も一緒に――」
「いや。お前は花太郎を頼む」
「でも……」
恋次は少しだけ笑った。
「十分助けてもらった。ありがとな、理吉」
理吉は唇を噛み、やがて頷いた。
「……絶対、ルキアさんを助けてください」
「ああ」
恋次は蛇尾丸を手に取る。
「本当に無茶はしないでくださいよ!」
花太郎の言葉に、恋次は苦笑した。
「努力する」
「絶対しない人の返事です!」
恋次は二人へ背を向けた。
「悪い。でも、今だけは行かせてくれ」
傷を抱えたまま、双殛へ向かって走り出す。
理吉と花太郎は、その背中が見えなくなるまで見送っていた。
◇
双殛の丘では、一護が拘束具へ斬月を振り下ろしていた。
一撃目で亀裂が入り、二撃目で固定部分が砕ける。
支えを失ったルキアが前へ倒れ、一護は片腕で受け止めた。
「ほら」
「ほら、ではない!」
「助かったんだからいいだろ」
「もっと丁寧な方法はなかったのか!」
「贅沢言うな!」
ルキアは怒っていたが、一護の死覇装を掴む手は僅かに震えていた。
処刑台から、本当に解放された。
一護はその震えに気づいても何も言わず、いつもの調子で笑う。
「帰るぞ、ルキア」
「……どこへだ」
「決まってんだろ。みんなのところだ」
ルキアは返事をしなかった。
ただ、もう一護へ帰れとは言わなかった。
しかし、ルキアが解放されたことで処刑場の状況も変わる。
それまで警備と各隊長の護衛のため持ち場を守っていた隊士たちにも、処刑対象の奪還を阻止する必要が生じた。
「朽木ルキアを奪わせるな!」
指示が飛ぶ。
その中でも真っ先に動いたのは、処刑場警備の中核を担っていた三人の副隊長だった。
一番隊副隊長・雀部長次郎。
二番隊副隊長・大前田希千代。
四番隊副隊長・虎徹勇音。
大前田が一護の正面へ立ち、勇音が側面へ回る。
雀部も静かに刀へ手を掛けた。
ルキアが険しい顔になる。
「一護、気をつけろ。副隊長が三人だ」
「分かってる」
一護は三人の位置を確認する。
だが今はルキアを抱えている。
そのまま戦うには邪魔が多い。
そこへ、丘へ続く道から荒い息遣いが近づいてきた。
朔夜が最初にその霊圧へ気づく。
「……恋次?」
一護とルキアも振り返った。
道の向こうから、血の滲んだ死覇装のまま恋次が姿を現す。
治療した傷は、ここまで走ったことで既にいくつか開き始めていた。
足取りも危うい。
それでも、視線だけは真っ直ぐルキアへ向いていた。
「恋次!」
ルキアの声が響く。
恋次はその姿を確認すると、ようやく少し笑った。
「……間に合ったな」
「何をしているのだ、その身体で!」
「見りゃ分かるだろ……お前を助けに来たんだよ」
一護が眉を寄せる。
「白哉にやられたのか」
「まあな」
「その状態でよく来たな」
「理吉に拾われて、花太郎に無理言って動けるところまで治してもらった」
「そりゃ止められるよ」
朔夜が横から言う。
恋次は息を切らしながら睨んだ。
「うるせぇ……」
それでも、ルキアが無事だと分かった瞬間、張り詰めていた肩から少しだけ力が抜ける。
「本当に……助かったんだな」
ルキアはすぐには答えられなかった。
白哉へ挑み、この傷でなお自分のところまで来た恋次を見れば、何を言っても足りない気がした。
「恋次……お前は本当に……」
一護はそんな二人を見た後、三人の副隊長へ視線を戻す。
「恋次!」
「何だ」
「ルキア頼む!」
ルキアの表情が一変した。
「待て、一護。その構えは何だ」
「受け取れよ!」
「まさか――」
一護はルキアを恋次へ向かって放った。
「一護ぉぉぉぉっ!」
怒声が丘全体へ響く。
「おい馬鹿! こっちは怪我人だぞ!」
恋次は慌てて両腕を広げ、傷の痛みに顔を歪めながらもルキアをしっかり受け止めた。
「だったら投げんな!」
「ちゃんと受け取っただろ!」
「そういう問題じゃねぇ!」
ルキアはすぐに恋次の襟を掴む。
「お前も何故受け取る!」
「落とす方が駄目だろうが!」
「そもそも投げさせるな!」
少し離れた場所で朔夜が笑いを堪える。
「御門! 笑うな!」
「ごめん。今のは無理」
「後で覚えておれ!」
怒鳴るルキアを見て、恋次も少しだけ笑った。
その声を聞けただけで、ここまで来た意味はあった。
◇
大前田が恋次たちを追おうとした瞬間、一護が進路へ割り込んだ。
「行かせねぇよ」
勇音と雀部も同時に動く。
一護は三人を視界へ収めたまま、恋次へ声を飛ばした。
「恋次! ルキア連れて行け!」
「お前はどうすんだ!」
「こいつら止める!」
恋次は一瞬迷った。
だが、今の身体ではまともに戦えない。
何より腕の中にはルキアがいる。
自分が今やるべきことは明確だった。
「……死ぬんじゃねぇぞ」
「誰に言ってんだ」
一護が笑う。
恋次はルキアを抱え直し、その場を離れた。
周囲の一般隊士も追おうとしたが、今度は朔夜が進路へ立つ。
「そっちは通さないよ」
刀を構える隊士たちを前にしても、朔夜は御厨子へ手を掛けなかった。
「一護があっちなら、俺はこっちかな」
最初の斬撃を身体をずらしてかわし、腕を取って体勢を崩す。
続く二人にも白打だけで対応し、必要以上に傷つけず意識を刈り取った。
一方、一護の前では三人の副隊長が連携して動き出す。
大前田が正面から入り、勇音が側面へ回り、雀部が逃げ道を潰す。
しかし、三日間の修行を終えた一護は、その包囲を上回る速さで動いた。
大前田の攻撃をかわして懐へ入り、一撃で吹き飛ばす。
続く勇音の背後へ回ると、反撃の暇を与えず戦闘不能にした。
最後に残った雀部とも一瞬だけ間合いが重なる。
周囲の隊士たちが次に動きを認識した時には、一護は既に雀部の背後へ抜けていた。
雀部が崩れ落ちる。
三人を倒すまで、ほとんど時間は掛からなかった。
一般隊士を抑え終えた朔夜も、その光景を見て小さく笑う。
「本当に強くなったな」
「今さらかよ」
「褒めてるのに」
「お前に言われると何か腹立つんだよ」
「理不尽だなぁ」
二人が軽口を交わした直後、ほぼ同時に表情を変えた。
強い霊圧が近づいてくる。
静かな足音とともに隊士たちが自然と道を開け、その先から六番隊隊長・朽木白哉が姿を現した。
◇
白哉は空になった処刑台を見た後、遠ざかる恋次と、その腕の中にいるルキアへ視線を向けた。
「恋次」
静かな声が遠くまで届く。
恋次の足が一瞬だけ止まった。
だが振り返らない。
ルキアを抱え直し、そのまま進む。
白哉が動こうとしたところで、一護が正面へ立った。
「行かせねぇぞ」
「退け」
「嫌だね」
「ならば斬る」
「やってみろよ」
二人の霊圧がぶつかり、周囲の空気が一気に重くなる。
白哉の視線が、一度だけ一護を越えて朔夜へ向いた。
「御門朔夜」
「何?」
「次に私の前へ立つ時は、その刀を抜けと言ったはずだ」
朔夜は腰の御厨子へ視線を落とした。
「覚えてるよ」
「ならば何故、そこに立っている」
朔夜は一護を見る。
「今日は俺じゃない。一護があんたと戦う」
「私と戦えば死ぬかもしれぬぞ」
「それを決めるのも一護だよ」
一護へ視線を向ける。
「そうだろ?」
「ああ」
一護は斬月を構えた。
「ここからは俺の戦いだ」
朔夜はそれ以上何も言わず、二人から距離を取った。
「任せたよ、一護」
「言われなくても」
白哉も朔夜から視線を外し、千本桜を抜く。
朔夜は御厨子へ手を掛けなかった。
一護は白哉を越えるために三日間を使った。
ならば、その戦いを奪う理由はない。
ただし、意識は処刑場全体へ広げたままだった。
京楽と浮竹が動き、夜一と砕蜂も別の場所へ移った。
恋次はルキアを連れて離れている。
さらに瀞霊廷の各所では、いくつもの強い霊圧が動き続けていた。
その中で一つ、妙な動きをする気配に朔夜が眉を寄せる。
「……ギン?」
市丸ギン。
何をしているのかまでは分からない。
それでも、この混乱とは別の意図を持って動いているように感じられた。
朔夜はその方向を一度だけ見た後、一護と白哉へ視線を戻す。
今はまだ動く時ではない。
処刑台からルキアを救い出すことには成功した。
だが、全てが終わったわけではなかった。
白哉が千本桜を構え、一護も斬月を握る手へ力を込める。
互いの霊圧が双殛の丘を震わせた。
黒崎一護と朽木白哉。
二人の再戦が、ついに始まる。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
ルキアの救出に成功し、恋次も理吉と花太郎の助けを受けて双殛へ辿り着きました。
そして次回、いよいよ一護と白哉の再戦です。
第40話「黒崎一護 VS 朽木白哉」
よろしくお願いします。