今回はチャドこと茶渡泰虎です。
放課後の空座町。
御門朔夜は商店街の自動販売機の前で、買ったばかりの炭酸飲料を片手に立っていた。
その視線の先、
人混みの中でも、ひときわ目立つ大柄な少年が歩いている。
茶渡泰虎。
黒崎一護の親友であり、朔夜も以前から何度か顔を合わせたことがある。
身長は高校生とは思えないほど高く、身体つきも立派。
しかし、見た目に反して性格は非常に穏やかだった。
「……でかいよなあ」
朔夜が呟く。
足元から声が返ってきた。
「今さら何を言っておる」
一匹の黒猫。
四楓院夜一だ。
朔夜は飲み物を一口飲む。
「いや、改めて見るとさ。高校生のサイズじゃないだろ」
「おぬしも普通の高校生とは程遠いがのう」
「俺は見た目だけなら普通だ」
「中身が一番普通ではない」
「否定しづらいことを言うなよ」
夜一は鼻を鳴らした。
しかし朔夜がチャドを見ている理由は、体格ではない。
チャドの肩、そこには一羽のインコが乗っていた。
問題なのは――そのインコから感じる霊的な気配。
「やっぱりいるな」
朔夜の表情から少しだけ笑みが消える。
「気づいたか」
「ああ」
鳥の中に人間の魂がいる。
まだ幼い、少年の魂。
そして。
「それだけじゃない」
朔夜は視線を少し遠くへ移す。
何かがいる。
濁った霊圧。
人間の魂を貪る存在。
虚。
「狙われてる」
夜一の尻尾が揺れた。
「どうする?」
「どうするって?」
「助けるのか?」
朔夜はすぐには答えなかった。
虚を倒すだけなら簡単だった。
今この瞬間、
斬魄刀を抜く必要さえない。
少し霊圧を放ち、
斬撃を一つ飛ばせば終わる。
だが。
朔夜はチャドを見る。
「……まだいい」
「ほう」
夜一が楽しそうに目を細めた。
「理由は?」
「アイツ自身に何か起き始めてる」
チャドの魂。
その奥。
これまでは感じなかった力が、僅かに揺れている。
黒崎一護が死神となってから一護の近くにいる人間たちにも、少しずつ変化が起こり始めていた。
石田雨竜。
井上織姫。
そして。
茶渡泰虎。
「一護の馬鹿みたいに大きい霊圧に当てられてるのか?」
「それもあるじゃろう」
夜一が言う。
「じゃが、元から何も持っておらん者に、突然あれほどのものは生まれん」
「つまり」
「元々素質があったということじゃ」
朔夜は炭酸飲料の缶を握りながら、チャドの背中を見つめた。
「面白いな」
「喜助みたいな顔をするな」
「それは嫌だ」
「本人に聞かせてやりたいのう」
◇
数時間後、異変は起きた。
虚が動き出したのだ。
チャドがインコを抱え町の中を走る。
「……」
朔夜は屋根の上から追っていた。
少し離れたところに夜一。
チャドには虚の姿が見えていない。
だが攻撃は届く。
壁が砕け地面が抉られる。
それでも、チャドは逃げ続ける。
自分の身を守るためではない、胸元に抱えている小さな命、
その中にいる少年の魂を守るため。
虚の爪がチャドの肩を掠める。
血が流れた。
朔夜の眉が動く。
「……」
刀へ手が伸びる。
もう少し。
あと一撃でもまともに受ければ。
ただでは済まない。
「朔夜」
夜一の声。
「分かってる」
「本当に分かっておるか?」
朔夜は答えない。
自分なら助けられる。
今すぐ。
簡単に傷一つ増やさずに。
だが、チャドは止まらない。
「どうして……」
朔夜が小さく呟く。
何故、そこまでして。
自分が傷ついてまで、他人を守ろうとする。
朔夜には理解できる。
理解できるからこそ放っておけない。
チャドが昔、一護と交わした約束を詳しく知らない。
だが一つだけ確かなことがあった。
茶渡泰虎という男は、自分のためには拳を振るわない。
誰かのためだから拳を握る。
虚が再び迫る。
チャドが壁際へ追い詰められた。
「……ここまでか」
朔夜が一歩踏み出す。
その時、チャドの魂が大きく震えた。
「!」
空気が変わる。
「来るぞ」
夜一の声。
チャドの右腕。
そこへ黒と赤を基調とした異形の装甲が現れる。
強烈な霊圧。
チャド自身も驚いたように腕を見る。
だが、迷う時間はなかった。
虚が襲いかかる。
チャドが右腕を引いた。
そしてーーー
一撃。
轟音。
建物の壁が震える。
空気そのものが押し出されたかのような衝撃。
虚の巨体が大きく吹き飛んだ。
朔夜は目を見開いた後、ゆっくりと笑った。
「なるほど」
夜一が隣へ着地する。
「どうじゃ?」
「思ったよりずっといい」
「上から目線じゃのう」
「事実だろ」
チャドの力はまだ不安定。
使い方も分かっていない。
だが、その一撃には。
確かな意志が宿っていた。
敵を傷つけたいからではない。
誰かを守るためにただそれだけのために力を振るった。
「強いな」
朔夜が呟く。
「力がか?」
「違う」
少しだけ笑う。
「アイツ自身が」
夜一は何も言わなかった。
ただ満足そうに尻尾を揺らした。
◇
戦いが終わった後チャドは一護たちと合流した。
朔夜は少し遅れて現れる。
「よう」
「朔夜」
一護が振り返る。
「お前、どこ行ってた?」
「散歩」
「最近お前の散歩は怪しすぎんだよ」
「健康維持だ」
「絶対嘘だろ!」
朔夜は無視してチャドへ一本のスポーツドリンクを投げた。
「ほら」
チャドが大きな手で受け取る。
「ありがとう」
「腕、大丈夫か?」
チャドは自分の右腕を見る。
今はもうあの異形の姿ではない。
「ああ」
短い答え。
朔夜はチャドの傷を見る。
「無茶するなよ」
すると横から一護が即座に口を挟んだ。
「お前が言うな」
「何で俺?」
「前に骨折した腕で普通に喧嘩してただろ」
「アレは喧嘩じゃない。修行だ」
「もっと悪いわ!」
朔夜は少し考える。
「ちなみに相手は夜一さん」
「誰だよ」
「黒猫」
一護が固まる。
「……あの猫?」
「そう」
「猫相手に骨折したのか?」
「ちょっと違う」
遠く、塀の上にいた夜一の耳がぴくりと動いた。
「誰が猫相手じゃ」
「うおっ!」
一護が飛び退く。
「また喋った!」
「いい加減慣れろよ」
朔夜は呆れた。
チャドの口元が。
僅かに緩む。
それを見て。
朔夜も笑う。
一護。
石田。
織姫。
そしてチャド。
一護の周囲にいる人間たちは、少しずつ普通の日常から離れ始めている。
戦いの世界へ足を踏み入れ始めていた。
朔夜は夜空を見上げる。
「……偶然、じゃないよな」
一護を中心として、
何かが、確実に動き始めている。
そして、自分自身もまたその流れの中へ。
少しずつ。
引き戻されている。
「面倒なことになりそうだ」
そう言いながら。
朔夜の表情は。
ほんの少しだけ。
楽しそうだった。
チャドの力が目覚め始めました。
朔夜は「自分が助ければ終わる場面」であっても、その人自身の成長を奪わないようにしています。