中央四十六室へ辿り着いた朔夜、日番谷、乱菊。
そこで三人が目にしたのは、既に命を失っていた中央四十六室の者たちでした。
ルキアの処刑命令は、一体誰が出したのか。
そして、中央四十六室のさらに奥には、生きた何者かの霊圧が残っています。
それでは、第42話「死者のはずの男」です。
中央四十六室の広間には、重い沈黙が満ちていた。
誰一人として動かない。
ここにいるはずだった者たちは全員、既に命を失っている。
しかも、殺されたのは今日ではない。
ルキアへの処刑命令が出された時には、中央四十六室は既に正常に機能していなかった可能性が高かった。
「……誰が」
乱菊が小さく呟く。
「誰が、こんなことを……」
日番谷は答えなかった。
拳を強く握り締めながら、目の前の死者たちを睨んでいる。
朔夜も黙っていた。
だが意識は、広間のさらに奥へ向いている。
先ほど感じた霊圧。
生きている。
しかも、隠そうとしているわけではなかった。
むしろこちらに気づかせるように、ほんの僅かだけ気配を残している。
そのやり方に、朔夜はつい先ほど似たものを感じていた。
「……またか」
日番谷が振り返る。
「何だ」
「ギンと同じだよ」
「市丸と?」
「完全に隠す気がない。追えば分かる程度に、わざと残してる」
朔夜は奥へ続く通路を見る。
「待ってるんじゃないかな。俺たちが来るのを」
その言葉に、日番谷の目つきがさらに険しくなった。
「なら、確かめるだけだ」
氷輪丸へ手を掛け、日番谷は奥へ進む。
乱菊も続いた。
朔夜は一度だけ中央四十六室の死者たちを振り返る。
「随分、大掛かりなことをしたもんだ」
誰に向けたわけでもなく呟き、二人の後を追った。
◇
通路を進むほど、残された霊圧ははっきりしていった。
日番谷も気づいている。
乱菊も。
そしてその気配に最初の違和感を覚えたのは、日番谷だった。
足が止まる。
「……馬鹿な」
乱菊が振り返った。
「隊長?」
日番谷の顔から、怒りとは違う色が消えていく。
信じられないものを感じ取った時の顔だった。
朔夜も同じ霊圧を捉える。
知っている。
いや。
知っているはずがない。
何故なら、その男は既に死んでいる。
そう聞かされていた。
「これは……」
奥から足音が聞こえた。
ゆっくりと。
急ぐ様子もなく。
やがて薄暗い通路の向こうから、一人の男が姿を現す。
眼鏡。
柔和な表情。
穏やかな笑み。
五番隊隊長――藍染惣右介。
乱菊が息を呑んだ。
日番谷は目を見開いたまま、言葉を失っている。
朔夜だけは、黙って藍染を見つめていた。
藍染は三人の反応を楽しむでもなく、いつもの穏やかな口調で言った。
「やあ、日番谷隊長。松本副隊長」
そして最後に、朔夜へ目を向ける。
「御門朔夜。君まで来るとは思わなかった」
数秒の沈黙。
最初に動いたのは日番谷だった。
「藍染……!」
氷輪丸を抜く。
「どういうことだ!」
藍染は微笑んだままだった。
「何がだい?」
「ふざけるな!」
怒声が通路へ響く。
「お前は死んだはずだ!」
乱菊も信じられないように藍染を見ている。
朔夜は一歩だけ前へ出た。
「……なるほど」
藍染が視線を向ける。
「何か分かったのかい?」
「全部じゃないよ」
朔夜は腰の御厨子へ手を添えた。
「でも、少なくとも一つは分かった」
穏やかな顔のまま立つ男を見る。
「中央四十六室を殺した側に、君がいる」
日番谷と乱菊の視線が藍染へ集中した。
しかし藍染は否定しなかった。
むしろ少しだけ笑みを深める。
「やはり君は察しがいい」
その返答だけで十分だった。
日番谷の霊圧が爆発する。
「藍染!」
踏み込もうとした日番谷の前へ、朔夜が腕を出した。
「待って」
「退け!」
「今、突っ込むな」
「奴が中央四十六室を――!」
「だからだよ」
朔夜の声は低かった。
「何の準備もなしに、俺たちの前へ出てくると思う?」
日番谷が僅かに止まる。
藍染は興味深そうに朔夜を見る。
「冷静だね」
「師匠が面倒な人たちだったからね」
「それは浦原喜助と四楓院夜一のことかな」
朔夜の目が細くなった。
その名前が出た瞬間、空気が変わった。
「……喜助たちのことも知ってるんだ」
「もちろん」
藍染が一歩進む。
「彼らとは古い付き合いだからね」
朔夜は御厨子へ掛けていた手を離さない。
「じゃあ、もう一つ聞いていい?」
「どうぞ」
「ルキアの処刑命令を出したのも君?」
日番谷が息を呑む。
乱菊も藍染を見る。
藍染は少しだけ首を傾けた。
「正確には、中央四十六室から命令が出たように見せた、と言うべきかな」
それだけで十分だった。
ルキアの処刑。
異常なまでに早められた執行。
双殛の使用。
全てが誰かの意図によって動かされていた。
日番谷の殺気が膨れ上がる。
「貴様……!」
その時。
別の声が奥から聞こえた。
「藍染隊長、あんまり喋りすぎたらあかんのとちゃいます?」
乱菊の表情が強張る。
通路の奥から、市丸ギンが姿を現した。
「ギン……」
乱菊の声は小さかった。
ギンはいつもの笑顔のまま、藍染の少し後ろへ立つ。
朔夜は二人を見比べた。
「やっぱり一緒だったか」
「分かっとったん?」
「確信はなかったよ。でも、俺をあんなに丁寧に誘導してたからね」
ギンが少し笑う。
「誘導なんて人聞き悪いなぁ」
「じゃあ何?」
「ちょっと時間稼ぎ」
その返答に、朔夜の表情が変わった。
「……何の?」
ギンは答えない。
代わりに藍染が言った。
「君が双殛に残っていると、少々厄介だったんだよ」
朔夜の目が鋭くなる。
つまり。
ギンが自分へ気づかせるように霊圧を残したのは、中央四十六室へ導くためだけではない。
双殛から引き離すためでもあった。
「俺を一護たちから離したかった?」
「結果としては、そうなる」
「何のために」
藍染は答えず、ただ笑った。
その沈黙が、かえって朔夜の警戒を強めた。
◇
日番谷が限界を迎えた。
「卍解――!」
冷気が通路を満たす。
「大紅蓮氷輪丸!」
巨大な氷の翼が広がり、辺りの温度が一気に下がった。
乱菊が思わず距離を取る。
朔夜も横へ避ける。
「日番谷!」
「止めるな!」
日番谷の怒りは、もう抑えられなかった。
藍染が生きていた。
中央四十六室が殺されていた。
処刑命令が偽装されていた。
全てが、自分たちの知らないところで操られていた。
「貴様だけは……!」
日番谷が一気に間合いを詰める。
氷輪丸が振るわれた。
しかし。
「――日番谷!」
朔夜が叫ぶ。
日番谷の刀は、藍染へ届かなかった。
いや。
届いたように見えた。
確かに斬ったはずだった。
だが次の瞬間。
藍染は別の場所に立っている。
日番谷の目が見開かれる。
「何……?」
朔夜もすぐに右手を上げる。
指先を僅かに動かした。
「解」
見えない斬撃が藍染へ走る。
狙ったのは肩。
深く切る必要はない。
まず当てて、位置を確かめる。
斬撃が届く。
死覇装が裂ける。
――はずだった。
しかし。
何も起きなかった。
朔夜の表情が初めて変わる。
「……外れた?」
自分の「解」は、目で見える刃を飛ばす技ではない。
狙った地点へ直接斬撃を届かせる。
距離の問題ではない。
速度で避けられたわけでもない。
なら。
「俺が狙った場所に、最初からいなかった?」
藍染が穏やかに笑う。
「いい推測だ」
朔夜は即座に視線を切った。
目で追うのをやめ、霊圧だけを探る。
だが。
感じる位置と、見えている位置が一致しない。
一つではない。
複数の情報が重なっているような、不快な感覚だった。
「視覚だけじゃない……」
藍染がゆっくり歩く。
「さすがだね」
朔夜は御厨子を抜かなかった。
今の状態で刃を振るう方が危険だ。
味方を斬る可能性すらある。
「これが君の斬魄刀か」
「そうだ」
藍染は腰の斬魄刀へ手を置く。
「鏡花水月」
その名を聞いた瞬間、朔夜は理解した。
完全には分からない。
だが、自分たちの感覚が既に正常ではないことだけは確かだった。
「幻覚……?」
「それより少し深い」
藍染は静かに答える。
次の瞬間。
日番谷の身体が崩れた。
「隊長!」
乱菊が叫ぶ。
いつ斬られたのか。
誰も正確には見ていない。
ただ、日番谷の胸から血が流れ、膝をついた。
朔夜の表情から完全に笑みが消える。
「藍染」
声が低くなる。
ギンが僅かに目を細めた。
それまでの朔夜とは違う。
霊圧が静かに沈んでいく。
怒りで膨れ上がるのではない。
逆だった。
余計なものが全て消えていく。
藍染もその変化を感じ取ったらしい。
「なるほど」
朔夜の右手が御厨子の柄を握る。
「君が浦原喜助たちに警戒される理由が、少し分かったよ」
朔夜は答えなかった。
日番谷が倒れた。
中央四十六室は死んでいる。
藍染とギンは明らかに何かを企んでいる。
そして自分たちの感覚は、既に敵の斬魄刀によって狂わされている。
ここで適当に斬撃を放つことはできない。
だからこそ、朔夜は刀を抜こうとしていた。
自分の目が信用できないなら。
別の方法で戦う。
「乱菊さん」
「え?」
「日番谷をお願い」
「でも、あんたは――」
「大丈夫」
朔夜は藍染から目を離さない。
「ここは俺がやる」
藍染が微笑む。
「一人で私と市丸を相手にするつもりかい?」
「別に二人まとめて倒すとは言ってないよ」
御厨子が鞘から僅かに抜かれる。
「でも、このまま素通りさせるつもりもない」
ギンの笑顔が消えかける。
「朔夜クン、それ抜くん?」
「そうみたいだね」
藍染の目が、御厨子へ向いた。
これまで朔夜が使ってきた解と捌。
そのどちらも、まだ刀そのものを解放した姿ではない。
その事実を知る者は多くなかった。
朔夜は静かに息を吐く。
しかし、その時だった。
中央四十六室の外から、新たな霊圧が近づいてくる。
不安定で。
必死で。
それでも真っ直ぐこちらへ向かっている。
朔夜が僅かに顔を上げる。
乱菊も気づいた。
「この霊圧……」
日番谷が薄く目を開ける。
そして藍染だけが、最初から来ることを知っていたように笑った。
「来たようだね」
足音が近づく。
その人物が姿を現した瞬間。
乱菊の顔色が変わった。
「雛森……?」
雛森桃は、息を切らしながら通路の奥を見つめていた。
そして。
生きている藍染を見た。
その目が大きく見開かれる。
「藍染……隊長……?」
藍染は、いつもの優しい笑顔を浮かべた。
「久しぶりだね、雛森君」
朔夜はその声を聞いた瞬間、嫌な予感を覚えた。
まだ終わっていない。
むしろ。
ここからが一番危険だった。
死んだはずの藍染が、ギンとともに姿を現しました。
そして中央四十六室の事件とルキアの処刑が繋がり始めます。
次回――
第43話「藍染惣右介」