その傍らには市丸ギン。
さらに藍染を心から慕っていた雛森桃も、この場所へ辿り着きます。
死を偽装し、尸魂界を欺いた男は、雛森の忠誠心さえ計画の一部として利用していました。
そして、その企みに一度読み負けた朔夜は――ついに御厨子を解放します。
「……藍染、隊長……?」
掠れた声が、静まり返った中央四十六室の奥へ落ちた。
御門朔夜は御厨子の柄へ指を掛けたまま、雛森桃から目を離さなかった。
目の前には、死んだはずの藍染惣右介がいる。その少し後ろには市丸ギンが立ち、傷を負った日番谷冬獅郎も、床へ片膝をつきながら藍染を睨みつけていた。
今ここで最も危ういのは、藍染でもギンでもない。
雛森だ。
彼女はしばらく信じられないものを見るように藍染を見つめていたが、その表情は少しずつ変わっていった。驚愕も疑念も、やがてその奥から溢れ出した喜びに塗り潰されていく。
「藍染隊長……生きて……生きてたんですね……!」
雛森が藍染へ一歩近づく。
「雛森!」
日番谷の怒声が飛び、彼女の足が止まった。
「そいつに近づくな!」
「……シロちゃん?」
「そいつは――」
「日番谷」
朔夜が低い声で遮った。
日番谷が苛立ったように振り向く。
「何で止める!」
「今怒鳴ったら、余計に追い詰める」
「けどよ!」
「分かってる」
朔夜の視線は、すぐに藍染へ戻った。
藍染は何もしていない。
刀を構えてすらいない。
それなのに、朔夜にはその姿がひどく不気味に見えた。
雛森がここへ来ることも、彼女が自分を見てどんな顔をするのかも、日番谷が何を言うのかも、最初から知っていたように立っている。
「雛森」
藍染が微笑んだ。
その声音は、かつて五番隊隊長として部下へ語り掛けていた時と何も変わらない。
「心配をかけたね」
「……っ!」
雛森の目から涙が溢れた。
「隊長……!」
再び藍染へ向かおうとした瞬間、朔夜の背筋を冷たいものが走った。
これは再会ではない。
藍染にとっては、ここまで準備してきた何かを完成させるための場面だ。
「雛森、止まれ」
朔夜の声に、雛森が振り返る。
「御門さん……?」
「そいつの言葉を、そのまま信じるな」
「何を……言ってるんですか」
「お前が見つけた手紙も、お前がここまで来たことも、全部そいつが仕組んだ可能性がある」
雛森の顔から、少しずつ喜びが消えていった。
「藍染は殺されてない。死んだように見せて、俺たちを騙してた」
「違います……」
雛森は小さく首を振る。
「違います!」
声が震えた。
「だって藍染隊長は、私に手紙を残して……!」
雛森は懐から、何度も読み返したのだろう折り目のついた手紙を取り出した。
「そこには書いてあったんです。藍染隊長が調べていたことも、双殛の処刑に隠された目的も、それから……」
その視線が、日番谷へ向いた。
「シロちゃんが……藍染隊長を……」
「雛森……」
日番谷の表情が凍りつく。
朔夜はそこで、ようやく藍染のやり方を理解した。
自分の死を偽装する。
雛森へ手紙を残し、最も信頼している幼馴染への疑念を植え付ける。喪失と混乱で判断力を奪ったところへ、死んだはずの自分が生きて現れる。
そうなった時、雛森がどちらの言葉を信じるか。
藍染には最初から分かっていたのだ。
「雛森」
朔夜は静かに言った。
「その手紙は遺書じゃない」
「……え?」
「お前を縛って、自分の思い通りに動かすために書かれたものだ」
雛森の肩が震える。
「違う……」
「藍染は知ってたんだ。お前が自分の言葉なら疑わないって」
「違います……!」
「だから利用した」
「違う!!」
雛森の霊圧が弾けた。
「弾け――飛梅!」
炎が迸る。
だが、その刃が向けられたのは藍染ではない。
日番谷だった。
日番谷が氷輪丸を上げるより先に朔夜が間へ入り、御厨子を抜かないまま鞘で飛梅を受け止める。
金属音とともに火の粉が散った。
「御門さん、離してください!」
「離したら日番谷を斬るだろ」
「シロちゃんが藍染隊長を殺したんです!」
「違う」
「手紙に書いてあるんです!」
「だったら、書いた本人に聞けばいい」
雛森の力が僅かに緩んだ。
朔夜は飛梅を鞘で押さえたまま、藍染を見る。
「なあ、藍染。その手紙を書いたのは誰だ」
短い沈黙の後、藍染はあまりにも簡単に答えた。
「ああ。僕だよ」
雛森の身体から力が抜ける。
「……え?」
「必要だったからね」
「必要……?」
「君なら信じてくれると思っていた。実際、そうだっただろう?」
雛森の顔から血の気が失われていった。
日番谷の歯が軋む。
朔夜は何も言わない。
ここで怒りのまま飛び込めば、相手の思う壺だ。
そう分かっている。
藍染もまた、それを分かった上で雛森へ視線を向けた。
「雛森。君は僕を信じすぎた」
その一言で、彼女の表情が崩れた。
足元が揺らぎ、身体が傾く。
「雛森!」
朔夜は反射的に手を伸ばした。
「御門!」
日番谷の叫びが飛ぶ。
その声で朔夜が振り向いた時には、先ほどまでいた場所から藍染が消えていた。
刃が閃く。
朔夜は雛森を横へ突き飛ばした。
次の瞬間、左肩から胸元へ鋭い痛みが走る。
鮮血が死覇装を染めた。
朔夜は数歩後退したものの、倒れずに藍染を捉え直す。
「やはり、そうすると思ったよ」
血のついた刀を手に、藍染は穏やかに言った。
朔夜は傷口へ一度だけ目を落とす。
「……なるほど」
「君は強い。正面から君を抑えられる死神は、現在の護廷十三隊にもそう多くはないだろう」
藍染は倒れた雛森へ視線を向けた。
「だが、守るべき者が現れれば、自分から選択肢を狭める」
否定できなかった。
雛森が崩れた瞬間、朔夜の身体は藍染より先に彼女を選んだ。
ほんの僅かな時間だったが、その一瞬を完全に使われた。
読み負けたのだ。
肩から落ちた血が床に染みを作る。
「……二度目だな」
「何がだい?」
「尸魂界に来てから、俺はあんたを二回見誤った」
朔夜は血に濡れた肩を押さえながら続けた。
「一度目は、あんたが本当に死んだ可能性を捨て切れなかった。二度目は今だ」
雛森へ一度だけ目を向ける。
「こいつを、ただ利用された被害者だと思った」
「御門さん……?」
「違った」
朔夜は藍染を見る。
「お前にとっては、雛森の忠誠心そのものが武器だったんだな」
藍染の目が僅かに細くなった。
「君は聡いね」
「斬られた後に気づいてるんだから、遅いよ」
朔夜は自嘲気味に答えた。
それでも、自分の行動を後悔しているわけではない。
雛森を庇わなければよかったとは思わなかった。
問題は、庇う瞬間に敵への意識まで切ってしまったことだ。
朔夜は右手で御厨子の柄を握った。
「藍染。一つだけ訂正しておく」
「何かな」
「俺が雛森を庇ったのは間違いじゃない」
ゆっくりと刀を抜く。
「その隙をお前に使われたことが、俺のミスだ」
澄んだ抜刀音が響いた。
ギンの細い目が僅かに開く。
「……ほんまに抜くんやね」
これまで朔夜は「解」も「捌」も、御厨子を抜かずに使ってきた。
離れた場所へ斬撃を届ける時は解。
直接触れた相手を確実に断つ必要がある時は捌。
朔夜にとっては、それだけでも大抵の敵には十分だった。
だが今、初めて御厨子そのものへ本来の力を求める。
「――刻め」
御厨子を構える。
「御厨子」
派手な光は生まれなかった。
霊圧が爆発することもない。
一見すれば、何も変わっていない。
だが次の瞬間、藍染の背後にあった巨大な壁が、異なる角度から同時に断たれた。
一箇所ではない。
離れた複数の場所へ、ほとんど同時に切断という結果が現れる。
分割された石壁が崩れ落ち、轟音が中央四十六室を震わせた。
日番谷が目を見開く。
「……何だ、今のは」
ギンが自分の頬へ指を当てた。
いつ傷つけられたのか分からない細い線から、血が滲んでいる。
藍染の隊長羽織も、肩口だけが僅かに裂けていた。
「なるほど」
藍染が自分の羽織を見る。
朔夜は答えず、もう一度御厨子を動かした。
今度は藍染の左右にある床と柱が同時に断たれる。
未解放の時なら、狙った位置へ一つずつ解を刻むのが基本だった。
だが始解した御厨子は、朔夜が一度に扱える斬撃の数そのものを引き上げている。
複数の場所へ。
異なる角度から。
ほぼ同時に。
ただし、何でも好き放題に斬れるわけではない。
数を増やせば一つ一つの精度は落ち、範囲を広げるほど霊圧も消耗する。
何より日番谷と雛森が近くにいる以上、今はまだ広く使えなかった。
だから朔夜は二人のいる方向を外し、藍染とギンの周囲だけへ斬撃を絞っている。
ギンが神鎗へ手を掛けた。
「始解したら、解の数まで増えるんやね」
朔夜は答えなかった。
藍染も刀を構える。
その瞬間、姿が消えた。
朔夜の右側に現れる。
刀が振るわれ、御厨子とぶつかる。
金属音が響いた。
朔夜はそのまま押し返し、藍染の足元へ三つの解を重ねる。
床が切断された。
しかし、そこにいたはずの藍染の姿が揺らぎ、別の場所から声が聞こえた。
「判断は悪くない」
朔夜が振り返る。
数歩離れた位置に藍染が立っている。
先ほど御厨子と刀を合わせた相手は何だったのか。
今見えている藍染が本物なのか。
それすら判断できない。
「……面倒だな」
朔夜はそこで攻撃を止めた。
藍染が僅かに首を傾げる。
「どうしたんだい?」
「考えてる」
朔夜は御厨子を下げたまま、周囲へ視線を走らせる。
見えている位置へ解を放つ。
外れる。
霊圧を追う。
そこにもいない。
ならば、精度を上げても意味がない。
御厨子が弱いわけではなく、自分が与えている狙いそのものが間違っている。
「鏡花水月か」
藍染は何も答えない。
朔夜は目を細めた。
「視覚だけを狂わせてるんじゃないな」
さっきは姿だけではなく、霊圧の位置までずれていた。
それなら、敵の位置を感覚で見抜こうとする行為そのものが危険になる。
だが、一つだけ確かなものがある。
自分自身だ。
朔夜は御厨子を構え直した。
次の瞬間、部屋の外周へ浅い解が次々と刻まれていく。
壁を壊すためではない。
床、柱、天井へ一定の間隔で斬撃を置き、朔夜自身の周囲にも浅い斬撃の範囲を作っていく。
ギンが眉を上げた。
「何してはるん?」
「藍染を探すのをやめた」
朔夜は短く答えた。
「俺が見てる場所が信用できないなら、見えてる藍染を狙わなきゃいい」
敵の位置ではなく、自分を中心に一定の距離へ解を刻む。
それなら、「藍染がそこにいる」と認識する必要がない。
本物がその範囲へ入れば、実際に斬撃と接触する。
完全催眠を破ったわけではない。
相手の本当の姿が見えるわけでもない。
ただ、相手が自由に接近できる場所を減らしただけだ。
藍染がその意図を理解した。
「私を見破るのではなく、自分の周囲から選択肢を減らしていくか」
「見破れないんだから仕方ないだろ」
朔夜はあっさり認める。
その時、ギンが動いた。
「射殺せ――神鎗」
白い刀身が一気に伸びる。
狙いは朔夜ではなく、背後の日番谷と雛森だった。
朔夜は振り返らない。
指だけを動かす。
神鎗の側面に解が当たり、軌道が大きく逸れた。
刀身が日番谷の横を通過し、壁へ突き刺さる。
「市丸……!」
日番谷が睨む。
ギンは神鎗を戻しながら笑った。
「やっぱりそっち守るんやね」
朔夜の表情が険しくなる。
これでは駄目だった。
藍染の位置を絞ることができても、日番谷と雛森がここにいる限り、ギンが二人を狙えば対応しなければならない。
二人がいることで斬撃の範囲も狭められている。
「日番谷」
「何だ」
「雛森を連れて出ろ」
「また俺を下がらせる気か!」
「違う」
朔夜は振り返らなかった。
「今のままじゃ、御厨子を使い切れない」
日番谷が黙る。
「二人を守りながら藍染の完全催眠を相手にして、その横からギンまで来る。俺にそんな器用な真似はできない」
先ほどのように「自分なら何とかできる」とは言わなかった。
できないものはできない。
だから状況を変える。
「雛森を頼む」
日番谷は拳を握った。
藍染へ斬りかかりたい気持ちは消えていない。
それでも、今の自分がここへ残ることが朔夜の助けにならないことも分かっていた。
やがて雛森を抱き上げる。
「……死ぬんじゃねぇぞ」
「努力するよ」
「そういう返事すんな!」
「分かった。戻る」
それだけ答える。
日番谷は雛森を連れ、通路へ向かった。
藍染もギンも追わない。
二人の霊圧が十分に遠ざかったところで、朔夜は息を吐いた。
「これで、少し楽になった」
「少しかい?」
藍染が尋ねる。
「あんたがいる時点で楽ではないよ」
朔夜は御厨子を横へ向ける。
先ほどまで限定していた斬撃の範囲が一気に広がった。
壁。
床。
柱。
天井。
藍染とギンのいる一帯へ、複数の解が異なる角度から次々に刻まれていく。
ギンが瞬歩で位置を変える。
その進路へ斬撃が入り、死覇装の袖が裂けた。
「……ほんま厄介やな」
「褒め言葉として受け取るよ」
ギンが神鎗を振るう。
朔夜は刃をかわしながら間合いを詰め、伸びた刀身へ左手を触れさせた。
「捌」
鋭い音とともに、神鎗の表面へ深い切断痕が走る。
ギンは即座に刀を引き戻した。
先ほどまでの解とは明らかに傷の入り方が違う。
解は離れた場所へ斬撃を届ける。
捌は直接触れた対象へ、その硬さと霊圧に応じて食い込む。
朔夜が神鎗を「どこまで斬るか」を抑えなければ、さらに深く入っていた。
ギンは自分の刀身を見て、笑みを薄くする。
「そっちに触らせる方が危ないんやね」
「覚えないでほしかったな」
その瞬間、朔夜の正面に藍染が現れた。
刀が振り下ろされる。
朔夜は御厨子で受ける。
確かな衝撃。
だが、それを本物だと決めつけない。
押し返した直後、目の前の藍染へ解を放った。
身体が斬れる。
血が飛んだ。
しかし次の瞬間、背後から殺気が走る。
朔夜は身体を捻った。
刃が脇腹を浅く切る。
「っ!」
痛みと同時に朔夜は左手を伸ばし、今まさに自分を斬った刀へ直接触れた。
「捌」
切断音が響いた。
藍染が瞬時に後退する。
朔夜も距離を取った。
床へ落ちた血は一種類ではなかった。
藍染の袖が裂れ、その下の腕へ浅い傷が走っている。
ギンの目が細くなった。
藍染も自分の腕を見た。
朔夜は脇腹を押さえながら、ようやく一つの手応えを得ていた。
「……なるほど」
「何か分かったのかい?」
「鏡花水月を破ったわけじゃない」
朔夜は先にそう言った。
「今の俺じゃ、たぶん見破れない」
完全催眠なら、見えているものも、聞こえているものも、感じ取っている霊圧さえ信用できない。
痛覚すら絶対とは言えない。
だから、「斬られたからそこに本物がいる」と考えるのも危険だ。
だが、捌には一つだけ別の性質がある。
対象へ実際に接触しなければ成立しない。
朔夜が何を見ていようと、御厨子そのものが物理的な対象へ触れなければ、捌は食い込まない。
今、確かに発動した。
だから少なくともその瞬間、御厨子の先には実体があった。
「俺自身の感覚じゃなくて、御厨子が実際に何かへ触れた瞬間だけなら、判断材料にはできる」
藍染の目が御厨子へ向く。
「完全催眠への対抗策としては、不完全だね」
「ああ」
朔夜も認める。
「お前がどこにいるかは分からないし、先手も取れない。捌を使える距離まで入られた時点で、俺も危ない」
つまりこれは攻略法ではない。
完全催眠の中で、本物へ反撃できる可能性を一つ作っただけだった。
それでも、何もないよりはいい。
藍染の腕へついた浅い傷が、その証明だった。
「興味深い」
藍染の声音から、僅かに余裕が薄れる。
「君の御厨子は、使い手の認識だけに依存している斬魄刀ではないということか」
「俺も今知ったよ」
朔夜は御厨子を構え直す。
藍染が少し笑った。
「それでも、君は常に後手に回る」
「分かってる」
「私が攻撃を仕掛けなければ、その方法では私を捕まえられない」
「それも分かってる」
朔夜はそこで藍染を見つめた。
一つだけ別の疑問があった。
藍染は、何故これ以上攻め込んでこない。
殺すつもりなら、鏡花水月とギンを使ってもっと徹底的に攻めればいい。
逆に逃げるつもりなら、とっくに姿を消していてもおかしくない。
それなのに、藍染はここで自分の御厨子を観察している。
いや。
観察していた。
朔夜は遠くへ意識を向けた。
双殛。
一護と白哉の戦闘。
そして、別方向へ移動しているルキアと恋次の霊圧。
藍染も、僅かにそちらへ目を向けた。
その瞬間、朔夜の中で何かが繋がる。
「……時間を見てたのか」
藍染の笑みが僅かに変わった。
「何のことかな」
「俺と戦うのが目的じゃない」
朔夜は御厨子を握る手に力を込めた。
「ギンが俺を双殛から引き離したのも、ここで足止めしたのも、全部時間稼ぎだ」
ギンが口を閉ざす。
朔夜は続ける。
「ルキアが処刑台から下りて、恋次が連れて動き始めるまで」
藍染は否定しなかった。
それが答えだった。
双殛による処刑は失敗した。
浮竹と京楽も動いた。
各隊は混乱し、隊長格の戦力は分散している。
ルキアは処刑台という最も警戒の厳しい場所から離れ、傷を負った恋次とともに移動している。
今なら奪える。
「狙いはルキアか」
藍染はようやく口を開いた。
「正確には、彼女の中にあるものだよ」
朔夜の表情が変わる。
「中に……?」
「そこから先を説明している時間はない」
藍染は刀を下げた。
「黒崎一護と朽木白哉の戦いが長引いている今、朽木ルキアは阿散井恋次と行動している。他の隊長たちも、それぞれの問題で動いている」
そして朔夜を見る。
「君をここまで連れてきたのも、そのためだ」
ようやく、ギンの誘導の意味が完全に繋がった。
ギンが逃げ切らなかった理由。
朔夜を中央四十六室まで引き込み、藍染の正体へ意識を向けさせた理由。
全ては、ルキアから最も厄介な一人を遠ざけるためだった。
藍染は朔夜をここで倒す必要などなかった。
必要な時間だけ、ここへ置いておけばよかったのだ。
「もう十分というわけか」
「ああ」
藍染は静かに答えた。
「これ以上君と戦えば時間を使う。まして君の始解を相手にすれば、私も全く無傷というわけにはいかないだろう」
藍染の腕には、捌による浅い傷が残っている。
「今の私には、君を倒すことより優先すべきことがある」
ギンが神鎗を収めた。
「ほな、行きます?」
「ああ」
「待て!」
朔夜が踏み込んだ。
藍染とギンの退路となる位置へ、一斉に解を刻む。
壁と床が同時に断たれ、逃げ道を塞ぐように崩れていく。
しかし藍染の姿が揺れた。
次の瞬間には、二人の位置が分からなくなる。
「鏡花水月……!」
朔夜は無闇に斬撃を広げなかった。
完全催眠の中で、見えない敵を追って広範囲へ解を乱射しても意味がない。
それより今は、ルキアへ向かうべきだ。
藍染の声だけが、どこからともなく響く。
「続きはいずれしよう、御門朔夜」
朔夜は返事をしなかった。
始解した御厨子を握ったまま、中央四十六室の出口へ向き直る。
肩も脇腹も傷ついている。
藍染には逃げられた。
始解まで使いながら、勝つことはできなかった。
だが、落ち込んでいる時間はない。
今回の敗因は力ではなかった。
相手の目的を読むのが遅れた。
そして今、その目的の先にいるのはルキアだ。
「……やられたな」
朔夜は小さく呟いた。
悔しさはある。
だが、同じ失敗を繰り返すつもりはない。
双殛へ向かう一護。
ルキアを守っている恋次。
それぞれの戦いを信じることと、自分が何もしないことは違う。
今は、自分が追う番だった。
「御厨子」
呼び掛けるように刀の名を口にすると、朔夜は一気に駆け出した。
次の瞬間、中央四十六室からその姿が消える。
死を偽装した男。
完全催眠という底知れない斬魄刀。
そして、朽木ルキアの中に隠されているという何か。
尸魂界を混乱へ陥れた一連の事件は、ようやく本当の目的へ向かって動き始めていた。
朔夜もまた今度こそ、その中心へ走り出した。
御厨子の「解」と「捌」を使い分け、朔夜は完全催眠下の藍染にも一撃を届かせました。
しかし藍染は朔夜を倒すことより、ルキアへ向かう時間を優先します。
次回――
第44話「藍染の目的」