BLEACH ―斬界の御厨子―   作:tunagi

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藍染の目的だった崩玉は、ついにルキアの魂から摘出されました。

朔夜はあと一歩のところまで迫りながら、ギンと東仙の足止め、そして鏡花水月によって間に合いませんでした。

目的を果たした藍染。

しかし、彼が用済みとなったルキアをそのまま残す保証などありません。

それでは、第45話「決別」です。


第45話 決別

 

藍染惣右介の掌で、小さな球体が淡い光を放っていた。

 

「これが――崩玉」

 

ルキアは地面へ膝をつきながら、その光を見つめていた。

 

自分の魂の中に隠されていたもの。

 

浦原が生み出し、処分することもできず、自分の中へ隠したという異質な物質。

 

そのために中央四十六室は殺され、処刑命令は偽装され、双殛まで利用された。

 

「……それのために、これだけのことをしたのか」

 

掠れた問いにも、藍染は表情を変えなかった。

 

「私にとっては、それだけの価値がある」

 

悪びれた様子すらない。

 

ルキアには、その平静さの方が恐ろしく聞こえた。

 

少し離れた場所では、恋次が地面に倒れている。

 

既に何度立ち上がったか分からない。それでも恋次は石畳へ指を食い込ませ、また身体を起こそうとしていた。

 

「……返せ」

 

「恋次!」

 

「それを……ルキアに返せ……!」

 

藍染が一度だけ恋次を見る。

 

「崩玉は元々、彼女のものではないよ」

 

「そういう問題じゃ……ねぇだろ……」

 

恋次の腕が震える。

 

朔夜もまた、すぐには動かなかった。

 

始解した御厨子を握り、藍染、ギン、東仙、そしてルキアの位置を確認している。

 

焦って藍染へ解を放てば、また鏡花水月に騙される。

 

しかも、ルキアはまだ藍染の間合いの中だ。

 

今の御厨子は未解放時より遥かに多くの斬撃を同時に扱える。それだけに、一度狙いを誤れば味方まで巻き込む危険も大きい。

 

朔夜は血の滲む脇腹を押さえながら、一度深く息を吐いた。

 

間に合わなかった。

 

その事実だけは変わらない。

 

だが、崩玉を取られたからといって、全てが終わったわけではなかった。

 

「さて」

 

藍染が崩玉を懐へ収める。

 

そのままルキアを見下ろした。

 

先ほどまで崩玉の器として向けられていた関心が、完全に消えている。

 

朔夜はその視線を見た瞬間、嫌な予感を覚えた。

 

藍染がギンへ顔を向ける。

 

「ギン」

 

「はい」

 

「もう彼女に用はない」

 

朔夜が踏み込んだ。

 

同時にギンの手が神鎗へ掛かる。

 

「射殺せ――神鎗」

 

白い刀身が一直線にルキアへ伸びた。

 

「解!」

 

朔夜が指先を動かす。

 

見えない斬撃が神鎗の側面へ二つ、ほぼ同時に叩き込まれた。

 

高速で伸びていた刀身が僅かにぶれる。

 

それでも完全には止まらない。

 

距離が近すぎる。

 

朔夜が三つ目の解を重ねようとした、その時だった。

 

一つの影がルキアの前へ滑り込んだ。

 

神鎗が肉を貫く。

 

血が散った。

 

「――兄様?」

 

ルキアの声が震える。

 

彼女の前に立っていたのは、朽木白哉だった。

 

◇

 

少し前。

 

双殛の丘から離れた戦場で、一護と白哉の戦いは既に決着していた。

 

互いに力を出し切った末、白哉は一護がルキアを救うために背負ってきた覚悟を認めた。

 

傷だらけの身体でその場を離れようとした時、白哉は異常な霊圧の重なりを感じ取った。

 

ルキア。

 

恋次。

 

そして、本来そこにいるはずのない三人の隊長格。

 

藍染、ギン、東仙。

 

何より、ルキアの霊圧が急激に乱れた。

 

白哉は迷わなかった。

 

身体は既に限界へ近かったが、瞬歩で再び双殛へ向かった。

 

そして丘へ戻った瞬間に目にしたものが、ルキアへ伸びる神鎗だった。

 

考えるより先に身体が動いていた。

 

◇

 

神鎗が引き戻される。

 

白哉の身体が僅かに揺れた。

 

「兄様!」

 

ルキアが咄嗟に支えようとする。

 

白哉は傷口を押さえながらも倒れず、静かにルキアの前へ立ち続けた。

 

「……怪我はないか」

 

ルキアは答えられなかった。

 

これまで、自分のために掟を曲げることはないと思っていた兄が、自らの身体を盾にした。

 

「何故……」

 

白哉はすぐには答えない。

 

ただルキアを背後へ庇い、ギンと藍染を見据える。

 

地面に倒れていた恋次も、その姿を見て目を見開いていた。

 

「隊長……」

 

白哉の視線が恋次へ向く。

 

「恋次」

 

「……はい」

 

「ルキアを頼む」

 

その言葉に、恋次はしばらく反応できなかった。

 

これまで白哉から聞いたことのない言葉だった。

 

やがて奥歯を噛み締め、震える腕で身体を起こす。

 

「……任せてください、隊長」

 

朔夜は二人のやり取りを横目で確認した。

 

ルキアは白哉と恋次が守る。

 

ならば、もう自分が意識を割く必要はない。

 

朔夜は藍染へ向き直った。

 

「もうルキアには触らせない」

 

藍染は僅かに笑う。

 

「目的のものは既に手に入った。彼女に執着する理由もないよ」

 

「だったら、そのまま崩玉を置いて帰ってくれない?」

 

「それはできないね」

 

「だろうな」

 

今度の返答に軽口以上の意味はなかった。

 

朔夜は御厨子を構え直す。

 

直接藍染を狙うのではなく、丘の複数箇所へ同時に解を刻んだ。

 

出口。

 

足場。

 

高所へ逃れるための柱。

 

瞬歩で踏み込めそうな位置。

 

石畳がほぼ同時に裂け、藍染たちの移動に使えそうな場所が次々と崩れていく。

 

ギンが一歩下がる。

 

「また戦場ごと切り始めよったなぁ」

 

「本人を狙っても当たらないからね」

 

朔夜は藍染を見た。

 

「だったら、使える場所を減らす」

 

藍染が僅かに目を細める。

 

中央四十六室で一度失敗した戦い方を、そのまま繰り返してはいない。

 

東仙が刀を抜き、朔夜の進路へ入った。

 

朔夜は正面から打ち合わず、東仙の足元と背後へ別々の解を刻む。

 

石畳がずれ、東仙が立ち位置を変えた瞬間、朔夜は空いた側を抜けようとした。

 

「行かせない」

 

東仙が追う。

 

朔夜は振り返らず、左手だけを後ろへ伸ばす。

 

東仙は途中で動きを止めた。

 

捌。

 

直接触れれば、対象の霊圧と硬さに合わせて食い込む斬撃。

 

中央四十六室での戦闘情報が共有されている以上、東仙も不用意には接触できない。

 

朔夜はそこを利用していた。

 

捌を使わなくても、使えるという事実だけで距離を作れる。

 

「面倒な能力だ」

 

東仙の言葉に、朔夜は振り向かなかった。

 

「褒め言葉として受け取っとくよ」

 

その時。

 

遠くから別の霊圧が近づいてきた。

 

朔夜が僅かに顔を上げる。

 

強い。

 

しかも、一直線にこちらへ向かっている。

 

「……誰だ?」

 

東仙もその霊圧に気づいた。

 

その瞬間だけ、表情が僅かに強張った。

 

朔夜はそれを見逃さなかった。

 

次の瞬間、巨大な影が双殛の丘へ降り立つ。

 

七番隊隊長――狛村左陣。

 

「東仙!」

 

最初に呼んだのは、藍染ではなかった。

 

東仙だった。

 

◇

 

狛村がここへ来た理由は単純ではなかった。

 

中央四十六室の異変が広がる中、各隊には断片的な情報しか届いていなかった。

 

藍染が生きている。

 

市丸ギンが共にいる。

 

さらに、九番隊隊長・東仙要の霊圧まで同じ場所へ移動している。

 

狛村は最初、その情報を信じなかった。

 

東仙は友だった。

 

正義を何より重んじる男であり、共に護廷十三隊へ入ってから長い時間を過ごしてきた。

 

だからこそ、人から聞いた情報だけで裏切り者と決めつけることができなかった。

 

自分の目で確かめる。

 

それだけを考えて双殛へ向かった。

 

そして今。

 

狛村の目の前には、藍染とギンの隣に立つ東仙がいる。

 

「……東仙」

 

先ほどまでの怒声とは違い、今度の声は低かった。

 

「何故、そこにいる」

 

東仙は顔を背けない。

 

「見た通りだ、狛村」

 

「聞いているのは、そういうことではない!」

 

狛村の霊圧が揺れる。

 

「貴公は正義を求めていたはずだ! 命を奪われた友のために、世界を正そうとしていたのではなかったのか!」

 

東仙はしばらく黙っていた。

 

やがて静かに答える。

 

「だからこそだ」

 

「何……?」

 

「私が求める正義は、護廷十三隊の中にはない」

 

狛村の顔が強張る。

 

「藍染について行くことが、貴公の正義だというのか」

 

「そうだ」

 

迷いのない返答だった。

 

狛村は言葉を失う。

 

怒りより先に、傷ついたような表情が浮かんだ。

 

「……東仙」

 

東仙はそれ以上説明しなかった。

 

その態度が、狛村には何より耐え難かった。

 

「ならば!」

 

天譴へ手を掛ける。

 

「力ずくでも、貴公を止める!」

 

「狛村、待て!」

 

朔夜が叫ぶ。

 

狛村は振り返らない。

 

「御門、これは私と東仙の問題だ!」

 

「違う! 今は藍染もいる!」

 

「分かっている!」

 

狛村が地面を蹴った。

 

東仙へ向かう。

 

しかし、その進路に藍染が静かに入った。

 

「そこまでにしてもらおう」

 

狛村の怒りが今度こそ藍染へ向く。

 

「藍染惣右介! 貴様が東仙を――!」

 

「違う」

 

藍染は平然と否定する。

 

「要は自分の意思でここにいる」

 

「黙れ!」

 

狛村が踏み込む。

 

朔夜の顔色が変わった。

 

藍染の手が、既に狛村へ向いている。

 

「狛村、避けろ!」

 

だが狛村の怒りは止まらなかった。

 

藍染が淡々と唱える。

 

「破道の九十――黒棺」

 

黒い壁が立ち上がった。

 

「っ!」

 

朔夜は反射的に御厨子を振るう。

 

「解!」

 

一箇所では足りない。

 

黒棺を構成する複数の面へ、同時に解を重ねる。

 

黒い壁へ亀裂が入った。

 

二本、三本と切断痕が増える。

 

しかし、高密度の霊圧で形成された黒棺は、壊された部分を補うように閉じていく。

 

「まだだ!」

 

さらに解を追加する。

 

一部が大きく裂けた。

 

だが、完全に崩し切るより早く術式が完成する。

 

轟音とともに黒棺が閉じた。

 

やがて鬼道が消え、その中から狛村の巨体が崩れ落ちる。

 

「狛村!」

 

朔夜は駆け寄りかけた。

 

しかし藍染から目を離せば、また何をされるか分からない。

 

足が一瞬止まる。

 

その迷いを、自分でもはっきり感じた。

 

藍染が朔夜を見る。

 

「助けられなかったね」

 

朔夜の表情が歪んだ。

 

「……黙れ」

 

「中央四十六室では雛森君。ここでは朽木ルキア。そして今度は狛村隊長」

 

藍染の声に嘲笑はなかった。

 

事実を並べているだけだった。

 

それがかえって朔夜には堪えた。

 

「君は誰かを守ろうとするたび、選択を迫られている」

 

「それが何だ」

 

「そして、全員を守ることはできない」

 

朔夜は答えなかった。

 

否定できない。

 

雛森を守ろうとして斬られた。

 

崩玉の摘出にも間に合わなかった。

 

今も狛村を救おうとしたが、黒棺を完全には斬り崩せなかった。

 

自分は強い。

 

それを疑ったことはない。

 

しかし、強ければ全部間に合うわけではなかった。

 

「だから守るのをやめろって?」

 

朔夜が尋ねる。

 

「いや」

 

藍染は僅かに微笑む。

 

「君が何を選ぶかには興味がない。ただ、自分が万能ではないことを知っておくべきだと言っている」

 

朔夜の目が鋭くなる。

 

「……分かってるよ」

 

それだけ答え、再び御厨子を構える。

 

「嫌になるくらいな」

 

◇

 

その頃、別の通路を松本乱菊が走っていた。

 

乱菊は双殛の混乱が始まって以降、日番谷の所在を探し続けていた。

 

途中で負傷した隊士から「中央四十六室方面で日番谷隊長と雛森副隊長が発見された」という情報を聞き、急いで向かったものの、既に二人は治療のため別の場所へ移された後だった。

 

そこで聞いたもう一つの名前が、市丸ギンだった。

 

藍染と行動を共にし、双殛へ向かった。

 

その話を聞いた瞬間、乱菊は身体が勝手に動いていた。

 

何を聞くつもりなのか。

 

何を確かめたいのか。

 

自分でも分からない。

 

それでも、ギンが何も言わずにいなくなることだけは耐えられなかった。

 

「ギン……!」

 

双殛へ続く階段を駆け上がる。

 

そこで空気が大きく震えた。

 

乱菊が空を見上げる。

 

◇

 

双殛の上空が裂けた。

 

最初に気づいたのは藍染だった。

 

続いて東仙。

 

ギンも空を見上げる。

 

巨大な裂け目の向こうに、大虚の影が浮かんでいる。

 

「……まさか」

 

朔夜が呟く。

 

次の瞬間、上空から三本の光が降り注いだ。

 

藍染。

 

ギン。

 

東仙。

 

三人を包み込むように、光の柱が双殛へ突き刺さる。

 

「逃がすか!」

 

朔夜は即座に御厨子を振るう。

 

「解!」

 

複数の見えない斬撃が藍染を包む光へ集中した。

 

一つ。

 

二つ。

 

十を越える斬撃が同じ場所へ重なる。

 

だが、何も起きない。

 

硬いものを斬った感触ではない。

 

そもそも斬撃自体が、藍染のいる場所へ届いていなかった。

 

「……何だ、これ」

 

朔夜が眉を寄せる。

 

藍染が光の中から答えた。

 

「反膜だ」

 

「反膜?」

 

「大虚が同族を救出する際に使うものだ。光に包まれた時点で、内側と外側は別の空間へ隔てられている」

 

朔夜はもう一度解を放った。

 

結果は変わらない。

 

どれほど斬撃を重ねても、対象まで辿り着かない。

 

空間そのものが切り離されている。

 

御厨子の切っ先が僅かに下がった。

 

「……届かないのか」

 

その声を聞いたのは、近くにいた恋次だった。

 

恋次は満身創痍のまま、僅かに身体を起こす。

 

「朔夜」

 

「……何?」

 

「そんな顔すんな」

 

朔夜が振り返った。

 

恋次は苦しそうに息をしながらも、目だけは朔夜を見ていた。

 

「俺は朽木隊長に負けた。ルキアを守ろうとして、藍染にも何もできなかった」

 

「……」

 

「一護だって、全部一人でやったわけじゃねぇ」

 

朔夜は空へ上がっていく藍染たちを見る。

 

「でも俺は、あいつがおかしいって気づいてた」

 

声が低くなる。

 

「ギンの動きも怪しいと思ってた。中央四十六室まで行って、藍染本人と戦って、それでも目的に気づくのが遅れた」

 

恋次は黙って聞いている。

 

「御厨子まで解放したのに、崩玉は取られた。狛村も助けられなかった。今だって、斬撃が届かない」

 

朔夜は御厨子を見た。

 

「強ければ何とかできると思ってたわけじゃない。でも……ここまで何も止められないとは思わなかった」

 

恋次が鼻で笑った。

 

「何も、ねぇ」

 

朔夜が目を向ける。

 

「雛森を庇ったんだろ」

 

「斬られたけどね」

 

「ルキアんとこにも来た」

 

「遅かった」

 

「神鎗も逸らした。狛村隊長の鬼道にも斬撃入れた」

 

「助けられてない」

 

「じゃあ俺は何だ」

 

恋次の声が少し強くなる。

 

「朽木隊長に負けて、藍染に一発で転がされて、最後までルキアを守り切れなかった。俺は何もしてねぇってことになるのか?」

 

朔夜は答えなかった。

 

「違うだろ」

 

恋次は続ける。

 

「負けたことと、何もしなかったことは別だ」

 

その言葉に、朔夜の目が僅かに動いた。

 

恋次は苦しそうに身体を横たえる。

 

「悔しいなら悔しがれ。でも勝手に全部背負って、自分だけがしくじったみてぇな顔すんな」

 

朔夜はしばらく何も言わなかった。

 

やがて、小さく息を吐く。

 

「……恋次に説教されるとは思わなかった」

 

「うるせぇ……」

 

「でも」

 

朔夜は空へ視線を戻した。

 

「ありがと」

 

恋次は返事をしなかった。

 

聞こえていたかどうかも分からない。

 

その時、丘の入口へ乱菊が辿り着いた。

 

「ギン!」

 

叫び声が響く。

 

光の中にいたギンが、初めて地上へ視線を向けた。

 

そこに乱菊がいる。

 

息を切らし、こちらを見上げていた。

 

「どうして……」

 

乱菊の声が震える。

 

「何で何も言わないのよ……!」

 

ギンはしばらく彼女を見下ろしていた。

 

いつもの笑みはある。

 

だが、それまでより少しだけ寂しそうに見えた。

 

「乱菊」

 

それだけ呼ぶ。

 

乱菊が息を呑む。

 

「ごめんな」

 

短い言葉だった。

 

説明もない。

 

言い訳もない。

 

それを最後に、ギンは視線を逸らした。

 

「ギン!」

 

乱菊が手を伸ばしても、光は遠ざかっていく。

 

東仙は一度も振り返らなかった。

 

藍染だけが、最後まで地上を見下ろしている。

 

「さらばだ、護廷十三隊」

 

その声音に迷いはなかった。

 

「私はもう、尸魂界の秩序の下には立たない」

 

藍染たちの姿がさらに高く昇る。

 

朔夜はもう解を放たなかった。

 

今の御厨子では届かない。

 

意味のない攻撃を繰り返しても結果は変わらない。

 

ならば覚えておく。

 

鏡花水月を見破れなかったこと。

 

崩玉に間に合わなかったこと。

 

黒棺を崩し切れなかったこと。

 

反膜の向こうへ斬撃を届けられなかったこと。

 

そして――それでも、自分一人だけが戦っていたわけではないということも。

 

光が裂け目へ吸い込まれていく。

 

やがて大虚の姿とともに、藍染、ギン、東仙の霊圧も完全に消えた。

 

空が閉じる。

 

静寂が戻った。

 

乱菊は、ギンが消えた場所を見上げたまま動かなかった。

 

狛村は倒れている。

 

白哉も深手を負い、ルキアを背に守っていた。

 

恋次はとうに限界を迎えている。

 

朔夜は御厨子をゆっくり鞘へ戻した。

 

「……負けたな」

 

今度の言葉に、自分を責め立てる響きはなかった。

 

恋次が薄く目を開く。

 

「ああ」

 

「否定しないんだ」

 

「負けは負けだろ」

 

朔夜は少しだけ笑った。

 

恋次も疲れたように口元を緩める。

 

「だったら次、勝ちゃいい」

 

朔夜は藍染が消えた空を見上げた。

 

「……そうだな」

 

今回、届かなかった。

 

それなら、次に届くために何が足りなかったのかを考えるしかない。

 

朔夜は倒れている狛村へ向かって歩き出した。

 

「まずは怪我人だ」

 

恋次が掠れた声を出す。

 

「俺も怪我人なんだけどな……」

 

「知ってるよ。かなり重症」

 

「先に助けろよ……」

 

「喋れるなら後」

 

「てめぇ……」

 

そのやり取りを聞いていたルキアが、ようやく小さく息を吐いた。

 

白哉も何も言わない。

 

ただ、ほんの僅かに視線を和らげた。

 

藍染惣右介は去った。

 

市丸ギンも。

 

東仙要も。

 

尸魂界は三人の隊長を失い、中央四十六室も壊滅した。

 

何もかもが以前のままには戻らない。

 

そして朔夜自身もまた、今回の戦いで初めて知った。

 

強さだけでは届かない相手がいる。

 

力だけでは守れない場面がある。

 

だが、負けたからといって、そこで終わるわけではない。

 

次に会う時までに。

 

鏡花水月へ届く方法を。

 

反膜の向こうへ届く刃を。

 

そして藍染の計画そのものを断ち切れるだけの力を。

 

「次は――」

 

朔夜は一度言葉を止めた。

 

以前なら「次は逃がさない」と言っていただろう。

 

だが今は、それだけでは足りないことが分かっている。

 

少し考えた後、静かに言った。

 

「次は、もっと上手くやるよ」

 

その言葉とともに、尸魂界を揺るがした長い一日は、ようやく終わりへ向かい始めた。




藍染、ギン、東仙は反膜によって尸魂界を離脱。

朔夜も今回の敗北を受け止め、次へ進み始めます。

次回――
第46話「戦いのあと」
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