一護たちが現世へ帰る日も、もう目前です。
帰る者と残る者。
それぞれが別れを迎える前に、まだ話しておかなければならないことがありました。
それでは、第48話「別れの前に」です。
藍染たちが尸魂界を去ってから、さらに数日が過ぎた。
瀞霊廷では崩れた建物の修復が始まり、四番隊に運び込まれていた負傷者たちも、順番に隊舎へ戻り始めている。
一護たちもようやく、自由に出歩ける程度まで回復していた。
「やっと病室から出られる……!」
四番隊の廊下へ出るなり、一護が大きく伸びをする。
「黒崎。君は入院中もほとんど大人しくしていなかっただろう」
隣を歩く石田が冷静に指摘した。
「寝てる方が疲れるんだよ」
「怪我人の発言とは思えないな」
「まあまあ、石田君」
織姫が笑いながら二人の間へ入り、少し後ろでは茶渡が皆の荷物をまとめて持っている。
その様子を廊下の壁にもたれて眺めていた朔夜が、片手を上げた。
「相変わらず元気だね」
一護がすぐに眉を寄せる。
「お前も人のこと言えねぇだろ。その包帯で何してんだ」
「散歩」
「怪我人が廊下で待ち伏せすんな!」
「たまたまいただけなのに」
「信用できるか!」
石田が眼鏡を押し上げる。
「黒崎。相手をすると長くなるぞ」
「お前まで見捨てんな!」
一護の声に織姫が笑う。
朔夜もつられて笑ったところで、ふと思い出したように尋ねた。
「そういえば、帰る日決まった?」
「ああ。明日だってよ」
一護が答える。
「そっか」
「何だよ」
「いや。やっと静かになるなと思って」
「今すぐ喧嘩売ってんのか?」
「帰る前に元気か確認しただけ」
「確認方法がおかしいだろ!」
いつものやり取りが廊下へ響く。
明日になれば、一護たちは現世へ帰る。
それでも、今はまだいつも通りでよかった。
◇
その日の午後、一護はルキアとともに十三番隊の隊舎を訪れていた。
二人を待っていた浮竹十四郎は、いつもの穏やかな笑みで一護を迎える。
「一護くん。今回の件では、本当に世話になった」
「俺はルキアを助けに来ただけっすよ」
「その結果、尸魂界全体を巻き込んだのだから大したものだ」
「それ、褒めてます?」
隣のルキアが頷く。
「安心しろ。一護。たぶん褒められておる」
「何でお前まで自信ねぇんだよ」
浮竹は二人を見て苦笑した後、懐から一つの小さな札を取り出した。
黒い札の中央には、髑髏を思わせる印が刻まれている。
「何すか、それ」
「死神代行証だ」
一護の表情が変わった。
「死神代行……?」
「ああ。尸魂界は君を正式に死神代行として認めることにした」
浮竹が差し出した代行証を、一護はすぐには取らなかった。
つい数日前まで、自分は瀞霊廷へ乗り込んできた侵入者だった。
その自分を、今度は尸魂界側が認めるという。
「……俺でいいんすか」
「今回、君が何のために戦ったのかは皆が見ている」
浮竹の声が少しだけ真剣になる。
「我々の側にも、見直さなければならないことは多い。だからこそ、これは君への礼だけではない」
一護は代行証を見つめた後、ようやく手を伸ばした。
「じゃあ……もらっときます」
「ああ。大切にしてくれ」
横からルキアが代行証を覗き込む。
「よかったではないか」
「お前に最初に死神にされた時は、こんなの無かったけどな」
「その頃は正式ではなかったからな」
「胸張って言うな!」
「何だと!」
すぐに始まった言い合いを見ながら、浮竹は楽しそうに笑っていた。
◇
夕方。
ルキアは四番隊から少し離れた場所で、浦原喜助と向き合っていた。
傍らには夜一と朔夜もいる。
「朽木さん」
浦原が帽子のつばへ手を掛ける。
ルキアはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「……浦原」
声には明らかな距離があった。
浦原もそれを受け止めるように、いつもの笑みを消した。
「今回の件、本当に申し訳ありませんでした」
深く頭を下げる。
「あなたの魂に崩玉を隠したことも、何も説明しないまま義骸を渡したことも、全部アタシの判断です」
ルキアはすぐには答えなかった。
やがて、静かに尋ねる。
「何故、私だった」
浦原の表情が僅かに曇る。
「藍染に崩玉の場所を知られないためです。当時のアタシは、それを最優先に考えました」
「そのために、私を利用したのだな」
「……はい」
浦原は否定しなかった。
ルキアの手が僅かに握られる。
「私は何も知らなかった。霊力が戻らぬ理由も、あの義骸から抜けにくくなっていた理由も」
「はい」
「お前は、それを知っていた」
「……はい」
浦原は言い訳をしなかった。
その態度に、ルキアもすぐには次の言葉を出せない。
怒っていないわけではない。
だが、浦原が一護たちを鍛え、尸魂界へ送り出したことも知っている。
簡単に許せることではない。
かといって、一言で全てを切り捨てることもできなかった。
しばらくして、ルキアは小さく息を吐いた。
「今すぐ許すとは言わぬ」
「はい」
「だが、一護たちをここへ送り届けてくれたことには礼を言う」
浦原が僅かに顔を上げる。
「それがなければ、私はここにはいなかった」
「朽木さん……」
「それとこれとは別だ」
すぐに釘を刺され、浦原が苦笑した。
「ごもっともです」
そこでようやく、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
朔夜は浦原を見る。
「喜助」
「何です?」
「帰ったら、俺とも話そう」
浦原は一瞬だけ黙った後、頷いた。
「ええ」
藍染のこと。
崩玉のこと。
聞かなければならないことは残っている。
だが、それはルキアとの話が終わった後でいい。
夜一も口を挟まず、二人のやり取りを静かに見守っていた。
◇
その夜、一護たちは四番隊の庭へ集まっていた。
明日には現世へ戻る。
石田が帰りの準備を確認し、織姫と茶渡もその話を聞いている。
少し離れた場所では、恋次とルキアが並んでいた。
「お前は残るんだな」
恋次が尋ねる。
ルキアは頷く。
「ああ。私は死神だ。ここでやらねばならぬことがある」
「そうか」
恋次はそれ以上聞かなかった。
一護が二人の方へ歩いてくる。
「じゃあ、明日で一旦別れか」
ルキアが一護の顔を見る。
「何だ、その顔は」
「別に普通だろ」
「寂しいのか?」
「誰がだ!」
「安心しろ。私は別に寂しくないぞ」
「聞いてねぇよ!」
「では何故怒る!」
あっという間にいつもの調子へ戻った二人を見て、恋次が呆れたようにため息をつく。
少し離れた場所にいた朔夜は、そのやり取りへ割って入らなかった。
今回は、一護とルキアだけで話しておけばいい。
「朔夜」
横から恋次に呼ばれる。
「何?」
「お前も明日帰るのか」
「うん。夜一さんたちと一緒にね」
「そうか」
恋次は少し黙った後、照れ臭そうに視線を逸らした。
「……世話になったな」
朔夜が目を丸くする。
「恋次が素直だ」
「殴るぞ」
「せっかくいい雰囲気だったのに」
「お前が壊したんだろ!」
朔夜は笑った。
恋次も呆れながら、少しだけ口元を緩める。
しばらくして、恋次が声を落とした。
「藍染とは……また戦うことになると思うか?」
「なるだろうね」
朔夜は迷わなかった。
「その時は、今度は負けねぇ」
恋次の言葉に、朔夜は少しだけ考えた。
「俺も、次はもう少しマシにやりたいな」
「弱気だな」
「前に『絶対勝つ』って言って勝てる相手じゃないって分かったからね」
恋次は少し驚いた顔をした後、鼻で笑った。
「じゃあ、勝てるようになってから言え」
「厳しいなぁ」
「お前が言うな」
二人の視線の先では、まだ一護とルキアが言い合っている。
織姫が笑い、石田が呆れ、茶渡が静かに見守っていた。
明日になれば、それぞれの場所へ戻る。
一護たちは現世へ。
ルキアや恋次は尸魂界に残る。
朔夜もまた、浦原や夜一とともに空座町へ帰ることになる。
「……もう明日か」
朔夜が呟く。
「何だ。寂しいのか?」
恋次が聞く。
朔夜は少し考えた。
「まあ、ちょっとは」
「素直じゃねぇか」
「恋次に言われたくない」
「うるせぇ」
二人は小さく笑った。
戦いばかりだった尸魂界で過ごす最後の夜は、驚くほど静かだった。
そしてその静けさの中で、別れの時間だけが少しずつ近づいていた。
一護は正式に死神代行として認められ、ルキアと浦原もようやく今回の件について話すことができました。
次回、一護たちは現世へ帰ります。
第49話「さよなら、尸魂界」