戦いの中で敵だった者も、共に戦った者も、今では少し違って見えています。
それぞれの思いを胸に、一護たちは尸魂界へ別れを告げます。
それでは、第49話「さよなら、尸魂界」です。
出発の日の朝、一護は四番隊の庭で荷物を肩に掛けると、大きく伸びをした。
「よし。帰るか」
「ずいぶん軽いな、黒崎。少しくらい感慨というものを持ったらどうだ」
隣で石田が呆れたように眼鏡を押し上げると、一護は面倒そうに顔を向けた。
「昨日から散々別れの話してただろ。じゃあどうしろってんだよ」
「それとこれとは別だ」
「朝から二人とも元気だねぇ」
井上が楽しそうに笑い、その隣では茶渡が皆の荷物をまとめて持っている。
少し離れた場所では、朔夜も現世へ戻る準備を終えていた。肩と脇腹にはまだ包帯が残っているものの、普通に歩く程度なら問題ない。
夜一はそんな朔夜の荷物を見ると、少し眉を上げた。
「それだけか? 来た時より荷物が減っておらんか」
「来た時より増える理由ないでしょ」
「途中で菓子やら何やら買っておったじゃろ」
「食べたよ」
「全部か?」
「全部」
即答され、夜一は呆れたように息を吐いた。
「ある意味、大した奴じゃな」
「褒め言葉として受け取るよ」
そんなやり取りをしていると、庭の向こうから恋次とルキアが歩いてきた。二人ともまだ包帯は残っているが、数日前に比べれば足取りはずっとしっかりしている。
「準備できたみてぇだな」
恋次が声を掛けると、一護は「ああ」と答えた後、ルキアへ視線を向けた。
「お前、本当に残るんだな」
「何度聞くつもりだ。私は十三番隊の死神だ。まだこちらでやるべきことがある」
「分かってるよ。一応確認しただけだ」
一護も今回はそれ以上食い下がらず、少しだけ頭を掻いた。
「じゃあ、まあ……元気でな」
「何だ、その雑な別れは。少しくらいまともなことを言えんのか」
「うるせぇな! こういうの慣れてねぇんだよ! だったらお前が先に何か言え!」
「何故私が先なのだ!」
早くも始まった言い合いに、恋次は呆れたように頭を抱える。
「最後までこれかよ……」
その隣で朔夜が笑った。
「でも、この方が二人らしいんじゃない?」
「まあ、それはそうだけどよ」
恋次も苦笑する。
やがて一護とルキアの言い合いが落ち着くと、今度は井上がルキアの前へ出た。
「朽木さん」
「井上」
「また会えるよね?」
少し寂しそうに笑う井上へ、ルキアは迷わず頷いた。
「ああ。もちろんだ」
「よかった」
井上の表情が明るくなり、その後ろから茶渡も静かに声を掛ける。
「元気で」
「ああ。茶渡もな」
石田も少し離れた場所から眼鏡を上げた。
「無茶は控えることだ」
「それをお前たちに言われたくはない」
ルキアが呆れたように返すと、石田も少し考えた末に「……それは否定できないな」と認めた。
その返答がおかしかったのか、一護が吹き出し、張り詰めていた別れの空気も少しだけ柔らかくなった。
◇
一行が穿界門へ向かう途中、十三番隊の隊舎前では浮竹十四郎が待っていた。
「一護くん」
「浮竹さん」
「もう出発か」
「はい。色々ありがとうございました」
一護が頭を下げると、浮竹は穏やかに笑った。
「礼を言うのはこちらだよ。それに、これからは正式な死神代行でもある。現世でも君らしくやってくれ」
一護は懐に入れた死神代行証へ一度目を向ける。
「まだ何に使うのか、よく分かってないんすけど」
「それでいい。必要になれば分かるさ」
「そんなもんすかね」
「そんなものだよ」
浮竹はそう笑った後、今度はルキアへ視線を向けた。
「朽木、見送りは最後まで行くのか?」
「はい」
「そうか。なら、しっかり見送ってきなさい」
ルキアが頷き、一護たちが再び歩き出そうとしたところで、浮竹がもう一度声を掛けた。
「一護くん」
「はい?」
「また会おう」
一護は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑った。
「もちろんです」
◇
穿界門へ近づくと、その手前に白哉が立っていた。
一護は少し驚いたように足を止める。
「……白哉」
「馴れ馴れしく呼ぶな、黒崎一護」
「あ、元気そうだな」
「話を聞け」
後ろで恋次が小さく笑い、ルキアも口元を緩める。
白哉は一護の前まで来ると、しばらく黙って彼を見た。
「黒崎一護。今回の件について、礼を言うつもりはない」
「言わねぇのかよ!」
「だが、お前が来なければ、私は最後まで何も変えられなかっただろう」
その言葉に、一護の表情も少し真面目になる。
「……そっか」
「ああ」
それ以上、白哉は何も言わなかった。一護も無理に続きを聞こうとはしない。
白哉は次にルキアへ視線を移す。
「ルキア」
「はい、兄様」
「見送りが終わったら戻れ」
「承知しました」
以前と同じような短いやり取りだったが、一護には二人の間に流れる空気が少し柔らかくなったように見えた。
「じゃあな、白哉」
「朽木白哉と呼べ」
「長いんだよ」
「……」
「その顔やめろって!」
とうとう恋次が堪え切れず笑い出し、ルキアまで肩を震わせた。
◇
穿界門の前では、今度は浦原が待っていた。杖を肩へ載せ、いつもの帽子を少し持ち上げる。
「皆さん、お揃いですね」
一護はその姿を見るなり、露骨に嫌そうな顔をした。
「帰りもあんたか」
「随分な言い方ですねぇ」
「行きがあれだったからな!」
「今回は安全ですよ。たぶん」
「今『たぶん』って言っただろ!」
「気のせいです」
「絶対言った!」
そこへ朔夜が横から口を挟む。
「喜助、帰りくらい安心させてあげなよ」
「朔夜サンに言われると複雑ですねぇ」
「何で?」
「ご自覚ないんです?」
二人のやり取りを見た夜一が呆れたように息を吐いた。
「いつまで遊んでおる。さっさと開けんか、喜助」
「はいはい」
浦原が穿界門の準備を始めると、その間に恋次が朔夜のそばへやってきた。
「じゃあな」
「うん」
「次に会う時までに、その怪我くらい治しとけよ」
「恋次もね。この前までまともに立てなかったんだから」
「俺はすぐ治る」
「よく言うよ」
「うるせぇ」
軽く言い合った後、朔夜が笑って「またね、恋次」と言うと、恋次は少しだけ黙ってから拳を差し出した。
朔夜もそれに気づき、自分の拳を軽く合わせる。
「次は負けねぇぞ」
「藍染に?」
「それもあるけど、お前にもだ」
朔夜が少し意外そうに目を瞬く。
「俺?」
「今度、元気な時に一回やろうぜ」
「それ、修行じゃなくて喧嘩になるやつじゃん」
「逃げんなよ」
「考えとく」
「そこは受けろ!」
最後まで変わらない恋次に、朔夜は思わず笑った。
◇
やがて穿界門が開き、現世へ続く道が現れた。
「それじゃ、行きますよ」
浦原が声を掛けると、石田、茶渡、井上が順番に中へ入り、夜一もそれに続いた。
朔夜も中へ入ろうとしたところで、後ろから声を掛けられる。
「御門」
振り返ると、ルキアが立っていた。
「何?」
ルキアは少し迷った後、静かに口を開く。
「……ありがとう」
朔夜は少し目を瞬いた。
「何が?」
「色々だ」
「ずいぶんまとめたね」
「一つずつ言わせる気か?」
「いや、それは大変そうだからいいよ」
朔夜が笑うと、ルキアも僅かに表情を緩めた。
「お前だけに礼を言っているわけではない。それでも、伝えておきたかった」
「そっか。じゃあ、どういたしまして」
それ以上は何も言わず、朔夜も穿界門の中へ入る。
最後に残ったのは、一護だった。
「一護」
ルキアに呼ばれ、一護が振り返る。
「何だ?」
ルキアはしばらく一護を見つめていた。
現世で出会ってから、ここまで色々なことがあった。一護が尸魂界まで来てくれたことも、命を懸けて戦ってくれたことも、本当は一言では足りない。
それでも、今は長い言葉より簡単な一言の方が似合っている気がした。
「ありがとう」
一護は少し驚いた後、すぐに笑った。
「おう」
それだけ答えて歩き出す。
しかし穿界門へ入る直前、一護はもう一度振り返った。
「ルキア!」
「何だ!」
「またな!」
ルキアは一瞬だけ目を見開き、やがて笑った。
「ああ。またな、一護!」
一護は満足そうに笑うと、今度こそ穿界門の中へ消えていった。
門が閉じても、ルキアはしばらくその場に立っていた。
隣へ恋次がやってくる。
「行っちまったな」
「ああ」
「寂しいか?」
ルキアが横目で恋次を見る。
「お前まで同じことを聞くのか」
「聞いただけだろ」
ルキアは閉じた穿界門を少し見つめた後、素直に答えた。
「……少しだけな」
恋次は笑った。
「そうか」
二人はそれ以上何も言わず、並んで瀞霊廷へ戻っていった。
◇
穿界門を抜けた先で、一護の頬を空座町の風が撫でた。
「……帰ってきた」
井上が嬉しそうに周囲を見回す。
「空座町だぁ……!」
石田も静かに息を吐き、茶渡はいつものように小さく頷いた。
見慣れた町並みを眺めながら、一護も肩の力を抜く。
「長かったな」
隣にいた朔夜がすぐに返した。
「実際はそんなに長くないよ」
「気分の話だよ!」
「分かってるって」
一護が思わず声を荒らげたところで、夜一が声を掛ける。
「一護。家に戻らんでよいのか?」
「あ」
その一言で、一護の顔が固まった。
「……親父」
朔夜が少し同情するように見る。
「何も言わずに何日もいなくなったんだっけ」
「言うな」
「怒ってるだろうね」
「言うなって!」
そこへ浦原まで加わる。
「黒崎家なら、怒るだけで済むとよいですねぇ」
「てめぇは元凶だろうが!」
一護の怒声が空座町へ響き、井上が声を上げて笑った。茶渡も僅かに口元を緩め、石田は呆れながらもどこか安心した表情をしている。
朔夜もそんな様子を見ながら、小さく息を吐いた。
尸魂界での戦いは終わった。
全部が解決したわけではないし、藍染との決着もついていない。それでも、今すぐ何かが始まるわけではない。
なら、しばらくくらいは日常へ戻ってもいい。
「朔夜サン」
浦原に呼ばれ、朔夜が振り向く。
「何?」
「帰りましょうか」
朔夜は浦原商店の方向へ目を向けた。
「ああ」
それから一度だけ、先ほどまで穿界門があった場所を振り返る。
ルキアや恋次、白哉たちの顔が頭に浮かんだ。
朔夜は小さく笑う。
「じゃあね、尸魂界」
そう呟くと、今度こそ前を向いて歩き出した。
一護たちも、それぞれの家へ向かっていく。
こうして尸魂界での長い戦いは、一つの終わりを迎えた。
そして彼らは再び、それぞれの日常へ戻っていく。
次に訪れる戦いを、まだ誰も知らないまま。
一護たちはルキアたちへ別れを告げ、無事に空座町へ帰還しました。
これにて、第二部「尸魂界篇」はひとまず完結です。
次回からは現世へ戻った朔夜たちの日常と、その裏で少しずつ動き始める新たな脅威を描いていきます。
第50話「帰還」