朔夜が初めて彼女の力を目にします。
井上織姫。
黒崎一護のクラスメイト。
明るく、優しく、どこか天然。
そして――料理の発想がかなり独特。
「御門くん、これ食べます?」
昼休み。
織姫が差し出した弁当を見て、朔夜は固まった。
「……これは?」
「チョコバナナ納豆おにぎりです!」
「一護」
「俺を見るな」
「お前のクラスメイトだろ」
「だから何だよ!」
織姫は不思議そうに首を傾げる。
「美味しいですよ?」
「……気持ちだけ貰っておく」
「そうですか……」
少し残念そうにする織姫。
そんな姿を見て、朔夜は苦笑した。
普段の彼女は。
どこにでもいる、少し変わった普通の高校生に見える。
だが。
最近。
一護の周囲にいる者たちは、少しずつ変わり始めていた。
石田雨竜。
茶渡泰虎。
そして。
井上織姫もまた――。
◇
その夜。
浦原商店。
縁側で寝転がっていた朔夜が、突然目を開いた。
「……何だ?」
感じたことのない霊圧。
人間でもない。
死神でもない。
虚とも違う。
奇妙な感覚。
朔夜は身体を起こす。
隣にいた黒猫――夜一も耳を動かした。
「気づいたか?」
「ああ」
朔夜は遠くを見つめる。
「織姫の方だ」
「行くのか?」
「気になる」
「なら行ってこい」
「夜一さんは?」
「わしは眠い」
「自由だな」
「おぬしに言われたくない」
朔夜はため息をつき。
次の瞬間には姿を消した。
◇
屋根の上。
朔夜は眼下の光景を見ていた。
織姫。
その友人。
そして。
虚。
「……なるほど」
虚の正体。
それは。
生前、織姫の兄だった魂。
妹を愛していた。
大切にしていた。
だからこそ。
死んだ後も。
織姫の側にいた。
しかし。
その想いは。
虚によって歪められてしまった。
「厄介だな」
朔夜は呟く。
倒すだけなら簡単だ。
刀を抜く必要もない。
ただ。
指を動かすだけでも終わる。
だが。
これは。
ただの敵ではない。
織姫の兄だ。
朔夜は動かない。
「……お前ならどうする?」
誰に言うでもなく呟く。
戦いは続く。
織姫は傷つく。
それでも。
兄を憎まない。
拒絶しない。
ただ。
昔の兄に戻ってほしいと願う。
その時。
織姫の髪飾りが。
光った。
「!」
朔夜が目を細める。
六つの小さな存在。
それぞれが。
異なる力を持っている。
攻撃。
防御。
そして。
傷ついたものを癒す力。
「……いや」
朔夜は首を振る。
「治してるだけじゃない」
壊れたものを。
元に戻している。
違う。
もっと根本的だ。
起きた出来事そのものを。
拒絶するような力。
「何だ、これ……」
朔夜が。
初めて明確に驚いた。
攻撃力なら。
上には上がいる。
速さも。
力も。
鍛えれば伸ばせる。
だが。
織姫のこれは。
そういう次元ではない。
「事象そのものに干渉してる……?」
もし。
この力が成長すれば。
傷を治すどころではない。
起きたことそのものを。
無かったことにする。
そんな領域にまで。
届くかもしれない。
「喜助が見たら絶対喜ぶな」
朔夜は嫌そうな顔をした。
「研究対象にされそうだ」
戦いが終わる。
虚となった兄が。
少しずつ。
人間だった頃の心を取り戻す。
織姫は。
兄を責めなかった。
ただ。
泣きながら。
見送った。
光となって。
兄の魂が消えていく。
朔夜は。
その光景を。
何も言わず見ていた。
「……強いな」
力の話ではない。
敵を倒したからでもない。
自分を傷つけた相手を。
それでも愛して。
許す。
そんな強さ。
朔夜には。
簡単にはできない。
「俺なら」
もし。
大切な人を傷つけられたら。
許せるだろうか。
朔夜は。
自分の腰にある斬魄刀を見た。
答えは。
考えるまでもなかった。
「……無理だな」
だからこそ。
井上織姫という少女を。
少しだけ。
凄いと思った。
◇
翌日。
学校帰り。
朔夜は偶然。
織姫と顔を合わせた。
「御門くん!」
「よう」
織姫は。
いつもと変わらない笑顔。
しかし。
目の奥に。
昨日までとは違うものがある。
「昨日」
織姫が言う。
「不思議な夢を見たんです」
「夢?」
「はい」
少しだけ。
寂しそうに。
それでも。
嬉しそうに笑う。
「お兄ちゃんに会えたような気がして」
朔夜は。
何も言わなかった。
本当のことを教える必要はない。
少なくとも。
今は。
「いい夢だった?」
織姫は。
力強く頷いた。
「はい!」
朔夜も。
小さく笑う。
「なら、それでいいんじゃない」
「はい!」
織姫が走っていく。
朔夜は。
その背中を見送る。
そして。
静かに呟いた。
「その力」
織姫には聞こえない。
「大切にしろよ」
人を斬る力より。
壊す力より。
誰かを救える力の方が。
きっと。
ずっと。
扱うのが難しいのだから。
朔夜は。
自分の手を見る。
自分にあるのは。
斬るための力。
それでも。
いつか。
「守るためだけに使えればいいんだけどな」
そう呟いて。
朔夜は。
ゆっくりと歩き出した。
織姫の力を見て、朔夜自身の「強さ」の価値観にも少し影響が出る回でした。
次回は一護にとって、そして朔夜にとっても重要な相手が登場します。