空座町へ現れた、二人の謎の侵入者。
虚に近い霊圧を持ちながら、その姿はあまりにも人間に近く、しかも二人は藍染の名を口にしました。
黒崎一護。そして、御門朔夜。
狙われた二人の前で、破面との最初の戦いが始まります。
それでは、第53話「破面」です。
空座町の上空から降り立った二人の男を前に、一護と朔夜は同時に刀へ手を掛けた。
巨大な体躯をした男は好戦的な笑みを浮かべ、その隣に立つ細身の男は、緑色の瞳で二人を静かに観察している。どちらも人の姿に近いが、身体には虚の仮面の名残が残っており、そこから感じる霊圧も死神とは明らかに異なっていた。
「藍染様から聞いている」
細身の男がそう口にすると、朔夜は御厨子を抜きながら眉を寄せた。
「その呼び方をしてる時点で、どっち側か聞く必要はなさそうだね」
「何だよ、こいつら」
一護が斬月を構える。
巨漢は待ち切れないように首を鳴らした。
「細けぇ話なんざどうでもいいだろ。強ぇ奴がいるなら、さっさとやろうぜ」
「ヤミー」
細身の男が静かに名前を呼ぶ。
「勝手なことをするな」
「ウルキオラ、お前はいつも細けぇんだよ」
ヤミーと呼ばれた男は苛立ったように鼻を鳴らした後、眼下の街へ視線を向けた。その口元が歪んだ瞬間、朔夜は嫌な気配を感じて顔を上げる。
「一護、離れて!」
「は?」
次の瞬間、ヤミーが大きく息を吸い込んだ。
周囲から無数の魂が引き寄せられる。
近くを歩いていた人々が次々と倒れ、肉体から抜け出した魂がヤミーの口元へ吸い込まれていくのを見た一護の表情が一変した。
「てめぇ!」
一護が飛び出すより早く、朔夜の指が動いた。
「解」
見えない斬撃がヤミーと周囲の建物の間へ走り、吸い寄せられていた魂の流れを遮るように路面と壁を切り裂く。
完全に止めることはできない。
それでもヤミーの集中が僅かに乱れ、吸い込みの勢いが弱まった。
「何しやがる!」
「人の街で勝手に食事しないでくれる?」
朔夜がさらに指を動かそうとした瞬間、鋭い気配が横から迫る。
咄嗟に御厨子を立てると、甲高い金属音とともに衝撃が腕まで走った。
目の前にはウルキオラがいる。
いつ移動したのか、朔夜にも完全には捉えられなかった。
「……速いね」
「お前が御門朔夜か」
ウルキオラは刀を抜いてすらいない。
素手で御厨子の峰を押さえながら、表情一つ変えず朔夜を見る。
「藍染様が警戒する理由を確認させてもらう」
「本人に聞けば?」
「聞いている。だから、自分の目でも見る」
ウルキオラの腕が動く。
朔夜は身を捻って拳を避けたが、頬を掠めただけの風圧で後ろの壁が砕けた。
「……なるほど」
軽口を続けながらも、朔夜の目は笑っていなかった。
普通の虚とは比べものにならない。
しかも、まだ本気ではない。
「一護!」
「分かってる!」
一護はヤミーへ向かって走り出した。
朔夜も追おうとしたが、ウルキオラが進路へ立つ。
「お前の相手は俺だ」
「そういう決め方されるの嫌いなんだけど」
「なら退けてみろ」
言葉が終わるより早く、二人の姿が消えた。
◇
一護がヤミーへ斬月を振り下ろす。
ヤミーは腕で受け止めようとしたが、刃はその硬い皮膚を切り裂いた。
「ぐっ……!」
「人の魂勝手に喰ってんじゃねぇ!」
一護はそのまま斬月を振り抜き、ヤミーを大きく後退させる。
その頃には、異変を感じた茶渡と井上も現場へ駆けつけていた。
「一護!」
「黒崎くん!」
一護が振り返る。
「井上! チャド! 近づくな!」
しかしヤミーは二人に気づくと、苛立ちをそのままぶつけるように腕を振った。
茶渡が前へ出て拳を構える。
「俺が止める」
「チャド!」
巨大な拳と茶渡の右腕が激突した。
だが次の瞬間、茶渡の身体が大きく吹き飛ばされる。
「ぐっ……!」
「茶渡君!」
井上がすぐに駆け寄る。
一護の表情が変わった。
「てめぇ……!」
霊圧が一気に高まる。
ヤミーも獰猛な笑みを浮かべ、正面から迎え撃とうとした。
「来いよ、死神!」
一護が踏み込む。
斬月が走った。
次の瞬間、ヤミーの左腕が宙を舞う。
「……は?」
自分の腕が落ちたことを理解するまで、ヤミーには僅かな時間が必要だった。
それから遅れて痛みが走る。
「うおおおおおおおっ!」
怒号が空座町へ響いた。
◇
その少し離れた場所では、朔夜とウルキオラの攻防が続いていた。
ウルキオラの動きは速い。
瞬歩とは僅かに違う移動法だが、速度だけなら隊長格にも劣らない。
朔夜は御厨子を振り抜きながら、空いた左手の指を僅かに動かした。
「解」
見えない斬撃が三方向からウルキオラへ迫る。
しかしウルキオラは最小限の動きで一撃目を避け、二撃目を腕で受け止めた。
制服の袖が裂ける。
その下の皮膚には、浅い傷が一本だけ残った。
「硬いな」
朔夜が呟く。
ウルキオラは自分の腕へ一度だけ目を向ける。
「これが藍染様の言っていた斬撃か」
「思ったより浅くて、俺もちょっと傷ついてるよ」
朔夜は冗談めかして言ったが、実際には驚いていた。
今の解は手加減していない。
隊長格でも無防備に受ければ無視できない斬撃だった。
それを皮膚だけでここまで浅く抑えている。
「鋼皮、ってところかな」
「知っているのか」
「今知った」
ウルキオラが一瞬だけ目を細める。
朔夜はその隙に間合いを詰め、御厨子を横薙ぎに振った。
ウルキオラが腕を上げて受ける。
刀身が皮膚へ触れた瞬間、朔夜の目が鋭くなった。
「捌」
御厨子が接触した場所へ斬撃が食い込む。
今度は先ほどより深い傷がウルキオラの腕へ刻まれ、血が僅かに流れた。
ウルキオラは即座に距離を取る。
「接触した時だけ、斬撃の性質が変わる」
「観察しながら戦うのやめてくれない?」
「お前も同じことをしている」
「ばれたか」
次の瞬間、ウルキオラが目前まで迫った。
朔夜は御厨子を構えるが、脇腹の古傷が一瞬だけ痛み、動きが遅れた。
その僅かな差を、ウルキオラは見逃さない。
拳が腹部へ突き刺さる。
「ぐっ……!」
朔夜の身体が後方へ吹き飛び、道路を何度も転がった。
どうにか御厨子を地面へ突き立てて止まる。
傷口が開いたらしく、包帯へ新しい血が滲んでいた。
「……夜一さんに怒られるな、これ」
立ち上がりながら呟く。
ウルキオラは追撃しなかった。
「負傷しているのか」
「見れば分かるでしょ」
「その状態で俺と戦う理由は何だ」
朔夜は御厨子を引き抜く。
「後ろに人がいるから」
それだけ答えると、再び構えた。
ウルキオラは朔夜を数秒見つめた後、何も言わず視線を別の方向へ移した。
ちょうどその時、一護がヤミーの腕を斬り落としていた。
「ヤミーが押されている」
「よそ見していいの?」
朔夜が踏み込む。
しかし、ウルキオラの視線は一護から離れなかった。
「いや。あれでいい」
「何?」
◇
一護はヤミーへ斬月を向けていた。
「まだやるか」
「殺す……!」
ヤミーの霊圧が膨れ上がる。
一護も斬月を握り直した。
その時だった。
胸の奥から、聞きたくない笑い声が響いた。
――何や。もう限界か?
一護の身体が固まる。
「……っ!」
視界が揺れた。
頭の奥に、白い自分の姿が浮かぶ。
斬月を握る右手が震える。
「今……出てくんな……!」
「一護?」
茶渡が異変に気づく。
井上も不安そうに一護を見る。
一護の顔へ、白い仮面の一部が浮かびかけた。
「やめろ……!」
必死に押さえ込もうとした瞬間、霊圧が乱れ、足元が崩れる。
「一護!」
遠くで朔夜が声を上げた。
その一瞬、朔夜の意識がウルキオラから逸れる。
ウルキオラは攻撃しなかった。
代わりに、一護の様子をじっと観察している。
「……やはりな」
朔夜がその呟きを聞き逃さなかった。
「何を知ってる?」
ウルキオラは答えない。
一護は膝をつき、呼吸を乱している。
ヤミーがそれを見て笑った。
「何だ、急に弱くなりやがった!」
残った腕を振り上げ、一護へ叩きつける。
「一護!」
朔夜が駆け出す。
だがウルキオラが進路へ入った。
「退け!」
今度は朔夜から踏み込んだ。
御厨子とウルキオラの腕がぶつかる。
同時に朔夜は左手を伸ばし、ヤミーの腕へ狙いを定めた。
「解!」
見えない斬撃が遠距離からヤミーの肩を切り裂く。
「ぐおっ!」
致命傷にはならない。
しかし拳の軌道が逸れ、一護への直撃は免れた。
その隙に井上が三天結盾を展開し、一護と茶渡を守る。
「黒崎くん!」
「井上……」
一護は立ち上がろうとするが、身体が言うことを聞かない。
朔夜はそれを確認しながらも、目の前のウルキオラから視線を外せなかった。
「二人相手は、さすがに面倒だな」
「お前が選んだことだ」
「選ばされた気もするけどね」
朔夜の額に汗が浮かぶ。
傷が開き始めている。
ここで始解すれば戦況は変えられるかもしれない。
だが周囲には一護、井上、茶渡だけでなく、意識を失った一般人もいる。
広範囲へ斬撃を刻む御厨子を無理に使えば、味方を巻き込む危険がある。
朔夜が判断を迷った、その時だった。
「そこまでにしてもらいましょうか」
聞き慣れた声が響いた。
ウルキオラが振り向く。
屋根の上に浦原が立っていた。
その隣には夜一もいる。
「喜助……夜一さん」
「まったく」
夜一は血の滲んだ朔夜の包帯を見るなり、眉間に皺を寄せた。
「無茶するなと言ったばかりじゃろうが」
「いや、これは不可抗力で――」
「後で聞く」
「はい」
短いやり取りをしながらも、夜一の視線はヤミーから離れない。
浦原も杖を構え、穏やかな笑みを浮かべていた。
「さて。ウチの街でこれ以上暴れられるのは困りますねぇ」
ヤミーが歯を剥く。
「てめぇらも死神か!」
「さあ、どうでしょう」
「鬱陶しい奴だな!」
ヤミーが突進する。
しかし夜一が一瞬で懐へ入り込み、腹部へ強烈な一撃を叩き込んだ。
巨体が大きく浮く。
続けて浦原の一撃が炸裂し、ヤミーの身体が道路の向こうまで吹き飛ばされた。
「ぐっ……!」
朔夜が思わず目を瞬く。
「相変わらず容赦ないなぁ」
「おぬしが言うな」
夜一はそう返しながら、一護たちの前へ立った。
◇
ウルキオラは倒れたヤミーを見ても表情を変えなかった。
むしろ十分なものを見たと判断したように、刀から手を離す。
朔夜が警戒を強める。
「帰る気?」
「目的は果たした」
「一護を見に来たのが目的?」
ウルキオラは答えない。
代わりに朔夜を見る。
「黒崎一護は現時点では脅威ではない」
一護が顔を上げる。
「何だと……」
「力は大きい。だが不安定すぎる。自らの力に食われる程度なら、藍染様の敵にはならない」
その言葉に一護の拳が握られる。
続いてウルキオラの視線が朔夜へ移った。
「お前は違う」
周囲の空気が僅かに張り詰める。
「何が?」
「藍染様が、お前を警戒する理由は分かった」
朔夜は御厨子を握り直した。
「それ、褒められてる?」
「事実を言っただけだ」
ウルキオラは朔夜の開いた傷へ視線を向ける。
「だが今のお前では、俺を止められない」
「試してみる?」
朔夜の声から軽さが消える。
一瞬だけ、二人の霊圧が正面からぶつかった。
だがウルキオラは戦わなかった。
背後に黒い裂け目――黒腔が開く。
「ヤミー。帰るぞ」
「待て! まだ俺は――」
「命令だ」
ヤミーは露骨に不満そうな顔をしたものの、ウルキオラの声に逆らわなかった。
失った腕を押さえながら黒腔へ向かう。
朔夜は追わない。
いや、追えなかった。
今の傷で黒腔の向こうへ踏み込めば、帰れる保証がない。そのうえ一護と茶渡は負傷し、周囲の一般人も倒れている。
優先すべきものは明らかだった。
黒腔へ入る直前、ウルキオラが一度だけ振り返った。
「御門朔夜」
「何?」
「次に会う時まで、その程度の傷は治しておけ」
朔夜が少し眉を上げる。
「気遣ってくれるんだ」
「違う」
ウルキオラの表情は変わらない。
「万全のお前を見なければ、正しい評価ができない」
「……そっちか」
黒腔が閉じる。
二人の霊圧が完全に消えた。
しばらく誰も動かなかった。
◇
最初に口を開いたのは一護だった。
「……あいつら、何なんだ」
浦原の表情から、いつもの軽さが消える。
「破面です」
「アランカル?」
「虚が仮面を外し、死神の力を手に入れた存在ですよ」
一護は平子の見せた仮面を思い出す。
仮面の軍勢は、死神が虚の力を得た者たち。
そして今現れた者たちは、その逆。
「虚が……死神の力を……」
「ええ」
浦原は二人が消えた空間を見つめる。
「しかも、あの二人は自然に生まれた程度の破面ではないでしょう」
朔夜が浦原を見る。
「崩玉?」
浦原はすぐには答えなかった。
その僅かな沈黙だけで、朔夜には十分だった。
「……藍染か」
「おそらく」
浦原が静かに答える。
「崩玉を手にした藍染サンが、本格的に動き始めた可能性があります」
一護の表情が険しくなる。
朔夜も御厨子を鞘へ戻した。
平子たち仮面の軍勢。
藍染が送り込んだ破面。
そして、自分の力を制御できなくなり始めている一護。
別々に見えていた異変が、少しずつ一つの場所へ集まり始めていた。
「……休ませてくれる気、全然ないな」
朔夜が小さく息を吐く。
その隣で夜一が腕を組んだ。
「その前に、おぬしは治療じゃ」
「やっぱり?」
「当然じゃ!」
夜一の声が響く。
しかし一護は、そのやり取りに笑えなかった。
自分の震える右手を見つめる。
ヤミーを圧倒していたはずなのに、内側から現れた虚に一瞬で身体を奪われかけた。
そしてウルキオラには、敵ですらないと判断された。
「……くそっ」
小さく漏れた声を、朔夜は聞いていた。
だが今は何も言わない。
一護自身が最も分かっている。
このままでは駄目だということを。
そして一護の脳裏には、昼間の平子の言葉が蘇っていた。
――お前、自分の中におる奴のこと、どんだけ分かっとる?
一護は拳を強く握った。
平子真子。
仮面の軍勢。
今までなら、あんな怪しい男の話など聞くつもりはなかった。
けれど今は違う。
自分の中にいる虚を、このまま放置することの方が危険だ。
空座町に現れた破面は去った。
しかし彼らが残したものは、傷だけではなかった。
一護の中で、ある決断が静かに固まり始めていた。
空座町へ現れたウルキオラとヤミー。
一護はヤミーの腕を斬り落としましたが、内なる虚の影響によって戦いを続けられなくなりました。
一方、朔夜もウルキオラと直接交戦。解と捌を通すことには成功しましたが、負傷が残る状態では押し切ることができませんでした。
そして明らかになった、新たな敵――「破面」。
次回、一護は自分の内なる虚と向き合うため、ある男のもとへ向かいます。
第54話「平子真子」