ウルキオラとヤミーとの戦いで、一護は自分の中にいる虚を抑えきれず、戦いを続けられなくなりました。
このままでは、また同じことが起きる。
そう考えた一護が向かう先は、死神でありながら虚の力を持つ男――平子真子。
一方、朔夜にとって平子たちは、百年以上前から知る相手でもあります。
それでは、第54話「平子真子」です。
ウルキオラたちが去った翌日。
浦原商店の地下修行場では、朝から朔夜が治療を受けていた。
「痛い」
「動くからじゃ」
夜一が包帯を締め直すと、朔夜は露骨に顔をしかめた。
「もうちょっと優しくできない?」
「昨日、傷が治りきっておらん状態で破面と戦った奴が何を言う」
「俺から呼んだわけじゃないんだけど」
「戦い始めた後の話をしておる」
言い返せなくなった朔夜が黙ると、少し離れた場所で浦原が扇子を口元へ当てた。
「まあまあ。結果的にあの破面相手にあれだけ動けたんですから――」
「喜助」
夜一が名前を呼んだだけで、浦原は扇子を閉じた。
「……治療優先ですね」
「切り替え早いなぁ」
朔夜が呆れていると、地下へ続く階段から足音が聞こえてきた。
一護だった。
昨日の傷は治療されているが、顔にはまだ疲れが残っている。それ以上に、普段なら真っ先に文句の一つでも言いそうな場面で何も言わないことの方が、朔夜には気になった。
「一護」
「朔夜、ちょっといいか」
「うん」
一護は少し迷った後、真っ直ぐ朔夜を見る。
「俺、平子のところに行く」
朔夜は驚かなかった。
昨日の戦いが終わった時点で、いずれそうするだろうとは思っていた。
「決めたんだ」
「ああ」
「怖くない?」
一護の眉が寄る。
「何が」
「平子じゃなくて、自分の中の虚」
一護はすぐには答えなかった。
昨日、ヤミーを押していたところから一転して、何もできなくなった。
今度は誰かが助けに入ったからよかったが、次も同じとは限らない。
「……怖くねぇって言ったら嘘になる」
一護は自分の右手を見る。
「でも、このままの方が嫌だ」
朔夜は小さく頷いた。
「分かった」
「止めねぇのか?」
「何で?」
「平子たちの目的、まだ分かってねぇんだろ」
「分かってないよ。でも一護が決めたんでしょ」
一護は少しだけ目を細める。
「ただし」
朔夜が続ける。
「俺も行く」
「は?」
「久しぶりに他の連中にも会いたいし」
「それ絶対ついでだろ」
「半分くらいは」
一護が呆れたように息を吐いた。
「好きにしろ」
その返事を聞き、朔夜は立ち上がろうとした。
直後、夜一に肩を掴まれる。
「どこへ行く」
「平子のところ」
「その身体でか?」
「歩くだけなら平気だよ」
「走るな」
「善処します」
「走るな」
「……はい」
一護が横から笑う。
「お前、夜一さんには弱いな」
「一護、今それ言う?」
「事実だろ」
久しぶりに一護らしい反応が返ってきたことに、朔夜は少しだけ安心した。
◇
放課後。
校門を出た一護を、平子は少し離れた場所で待っていた。
「来ると思っとったで」
「その言い方腹立つな」
「でも来たやろ?」
一護は返事をせず、平子の前まで歩く。
「昨日の話だ」
平子の笑みが僅かに薄くなる。
「俺の中にいる虚を、どうにかする方法を知ってんだろ」
「知っとるで」
「だったら教えろ」
「嫌や」
即答された。
一護の眉間に皺が寄る。
「てめぇ……!」
「何でタダで教えなあかんねん」
「こっちは遊びで聞いてんじゃねぇ!」
「俺も遊びで答えとらん」
平子の声から軽さが消えた。
一護が言葉を止める。
「力だけ欲しいんやったら帰れ。俺らが持っとるもんは、そんな都合のええもんやない」
「……じゃあ何が必要なんだ」
「それを見極めんのも、こっちや」
平子はそう言って歩き出した。
一護は苛立ちながらも後を追う。
その後ろから、もう一つ足音が続いた。
平子が振り返る。
「何でお前まで来とんねん」
「久しぶり、平子」
朔夜が片手を上げた。
「昨日も会うたやろ!」
「昨日はちゃんと話せなかったし」
「今日は一護の用や」
「分かってるよ。俺は邪魔しない」
平子は胡散臭そうな目を向けた。
「その台詞、お前が言うと信用できへんなぁ」
「ひどいな」
「百年前から変わっとらん」
一護が二人を見る。
「お前ら、昔からこんな感じだったのか」
「こいつが勝手に絡んでくんねん」
「平子も大概だったよ」
「話盛るな!」
言い合いながら歩く二人を見て、一護は少しだけ肩の力を抜いた。
少なくとも、今この瞬間に敵同士というわけではなさそうだった。
◇
三人が辿り着いたのは、人気のない倉庫だった。
平子が中へ入っていき、一護も続く。
朔夜が最後に入ろうとしたところで、横から足が飛んできた。
「また!?」
咄嗟に身体を引く。
蹴りは鼻先を掠め、そのまま壁へ突き刺さった。
「勝手に入ってくんな!」
「ひよ里、俺だけ扱い酷くない?」
「気のせいや!」
「今の蹴り見てそれ言う?」
黄色いジャージ姿のひよ里が睨みつける。
倉庫の奥には、他にも何人かの姿があった。
有昭田鉢玄。
久南白。
愛川羅武。
鳳橋楼十郎。
矢胴丸リサ。
六車拳西。
百年以上前に別れた顔ぶれが、今は同じ場所に集まっている。
「……本当にみんないるんだ」
朔夜が呟く。
「久しぶりだな、朔夜」
羅武が軽く手を上げる。
「元気そうで何よりだよ」
「お前は怪我してるけどな」
「そこは触れないでほしい」
「朔夜ー!」
突然、白が飛びつこうとしてくる。
朔夜は反射的に避けた。
「ちょっと待って! 今それ受けたら傷開く!」
「えー!」
「えー、じゃないよ!」
その光景に、一護は思わず目を瞬いた。
昨日まで正体の分からない集団だと思っていたが、朔夜の反応を見る限り、少なくとも付き合いそのものはかなり古い。
ただし、全員が歓迎しているわけではなかった。
拳西が腕を組み、一護を真っ直ぐ見る。
「そいつが黒崎一護か」
一護の表情が引き締まる。
「俺のこと知ってんのか」
「平子から聞いてる」
リサも本から顔を上げ、一護を観察する。
「思ったより普通やな」
「悪かったな」
「褒めてないで」
「分かってるよ!」
ひよ里が一護の前へ出る。
「こいつがホンマに使いもんになるんか?」
「誰が使いもんだ!」
「うるさいわ!」
「お前の方がうるせぇ!」
顔を突き合わせて怒鳴り合う二人に、平子が頭を押さえる。
「もう喧嘩始まっとるやん……」
朔夜はその様子を見ながら、少し懐かしそうに笑った。
「ひよ里、相変わらずだな」
「お前は黙っとれ!」
「俺にも来るの?」
◇
一通り騒ぎが落ち着いたところで、一護は改めて平子へ向き直った。
「で、どうすればいい」
平子は答える前に、一護の顔をしばらく見た。
「お前、本気で自分の中の虚を抑えたいんやな」
「ああ」
「殺されるかもしれんで」
一護の目が僅かに動く。
「脅しか?」
「ちゃう」
平子の声は静かだった。
「制御に失敗したら、お前の身体を虚に持っていかれる。その時は、俺らがお前を殺す」
空気が変わった。
一護は冗談かどうか確かめるように周囲を見る。
誰も笑っていない。
ひよ里も、拳西も、羅武も同じだった。
朔夜の表情からも笑みが消える。
「平子」
「何や」
「そこまで危ないの?」
「お前なら分かるやろ」
平子は朔夜へ視線を向ける。
「中から虚に食われた死神が、どうなるか」
朔夜は少しだけ黙った。
百十年前の出来事を思い出す。
あの時も、平子たちは自分の意思とは無関係に虚へ近づけられた。
もし浦原たちが間に合わなければ、今ここにいる者たちがどうなっていたか分からない。
「……分かるよ」
一護が朔夜を見る。
「そんなに危ねぇのか」
「少なくとも、軽い修行じゃない」
朔夜は誤魔化さなかった。
「俺からやめろとは言わない。でも、始めたら途中で逃げられると思わない方がいい」
一護は少し俯いた。
昨日、ヤミーとの戦いで動けなくなった自分を思い出す。
井上と茶渡がいた。
朔夜が助けに入った。
浦原や夜一も来た。
もし誰もいなかったらどうなっていたのか。
一護は顔を上げる。
「やる」
迷いはなかった。
「このままの方が、よっぽど嫌だ」
平子はしばらく一護を見つめた後、口元を僅かに上げた。
「そっか」
ひよ里が鼻を鳴らす。
「後で泣いても知らんで」
「誰が泣くか!」
「今のうちに強がっとけ!」
また言い合いになりかけた二人の間へ、平子が手を出した。
「はいはい。始める前から体力使うなや」
◇
平子は倉庫のさらに奥へ一護を連れていった。
広い地下空間。
周囲には戦闘の痕跡が残っており、ただの隠れ家ではないことが分かる。
一護が中央へ進もうとすると、朔夜も後ろから入ってきた。
「朔夜」
平子が呼び止める。
「ここから先は、お前は来んな」
一護が振り返る。
「何でだよ」
「これは一護の中の問題や。朔夜がおったら邪魔になる」
「俺、何もしないよ」
朔夜が言うと、平子は首を横に振った。
「お前が何もせんでも、一護がそう思えるかは別や」
朔夜は言葉を止めた。
平子が続ける。
「いざとなったら助けてもらえる。そう思っとるうちは、自分の中の虚とは最後まで向き合えへん」
一護も黙っている。
朔夜は少し考えた後、一護へ視線を向けた。
「一護はどうしたい?」
平子が僅かに眉を上げる。
一護は朔夜を見たまま数秒黙り、それから答えた。
「一人でやる」
「そっか」
朔夜はそれ以上何も言わなかった。
一護が少し怪訝そうに見る。
「それだけか?」
「何て言ってほしいの?」
「いや……」
「頑張れ、くらいなら言えるけど」
「それでいい」
朔夜が笑う。
「じゃあ、頑張って」
「軽いな!」
「重く言ったら強くなる?」
「……ならねぇけどよ」
一護も少しだけ笑った。
朔夜は背を向け、地下から出ていく。
ただし、完全に帰るつもりはなかった。
◇
倉庫の外へ出た朔夜を待っていたのは、ひよ里だった。
壁にもたれながら、腕を組んでいる。
「帰らんのか」
「帰ってほしい?」
「帰れ」
「じゃあ残る」
「何でや!」
朔夜は笑いながら近くの段差へ座った。
「手出しはしないよ。でも、久しぶりにみんなと話したいし」
ひよ里は不満そうだったが、追い出そうとはしなかった。
「……お前、変わったな」
突然そんなことを言われ、朔夜がひよ里を見る。
「どこが?」
「昔やったら、あいつの修行にまで首突っ込んどったやろ」
朔夜は一瞬答えに迷った。
「そうかもね」
「今はええんか」
「よくはないよ」
地下にいる一護の霊圧は、ここからでも感じる。
これから何が始まるかを考えれば、心配がないはずもない。
「でも、俺がいると邪魔になるなら入らない」
ひよ里は少し意外そうに朔夜を見た。
「素直やん」
「最近成長したから」
「自分で言うな」
「褒めてくれないし」
「誰が褒めるか!」
いつものように怒鳴られ、朔夜は笑った。
その直後だった。
地下から、一護の霊圧が一気に膨れ上がる。
朔夜とひよ里の表情が同時に変わった。
「始まったか」
ひよ里が地下へ視線を向ける。
一護の霊圧に、別のものが混ざっていく。
昨日ヤミーとの戦いで感じたものよりも濃い。
荒々しく、冷たく、そして一護自身の霊圧とよく似ている。
朔夜は無意識に立ち上がっていた。
「……これが、一護の中の虚」
「座っとれ」
ひよ里が言う。
朔夜はすぐに動かなかった。
だが、一護の霊圧がさらに乱れた瞬間、御厨子へ手が伸びる。
ひよ里の視線が鋭くなった。
「朔夜」
名前を呼ばれ、朔夜の手が止まる。
「まだや」
「……分かってる」
そう答えながらも、御厨子から手を離すのには少し時間がかかった。
地下では、さらに強い霊圧がぶつかり合っている。
その頃、一護の意識は既に自分の内側へ沈み始めていた。
見慣れたはずの精神世界。
だが、そこに立っていたのは斬月ではない。
真っ白な死覇装。
白い肌。
そして、自分と全く同じ顔。
そいつは一護を見て、楽しそうに口元を歪めた。
「よう」
一護の顔が強張る。
白い一護は、斬月を肩へ担いだまま笑った。
「やっと来たな」
一護は自分の中にいる虚を抑えるため、平子たち仮面の軍勢のもとへ向かいました。
一方、朔夜も久しぶりに仮面の軍勢の面々と再会。
今回は一護の戦いへ直接入るのではなく、外からその行方を見守ることになります。
そして一護の精神世界には、ついに「白い一護」が姿を現しました。
次回――
第55話「内なる虚」