一護は仮面を維持するための修行を続け、朔夜もまた、御厨子の斬撃を身体へ纏う新たな戦い方を形にし始めていました。
まだ、どちらも完成には遠い。
しかし敵がこちらの準備を待ってくれるはずもありません。
空座町へ、再び破面たちが現れます。
それでは、第57話「再来する影」です。
それから数日、一護と朔夜はそれぞれの修行を続けていた。
一護は仮面の軍勢のもとで仮面を維持できる時間を少しずつ伸ばし、朔夜も右腕へ纏わせた斬撃を動きに合わせて制御できるようになっていた。ただし、どちらも実戦で完全に使える段階には届いていない。
そんな中、浦原商店に見覚えのある霊圧が次々と近づいてきた。
縁側で茶を飲んでいた朔夜が顔を上げる。
「……随分まとめて来たね」
店先へ出ると、最初に見えたのは小柄な少年だった。
日番谷冬獅郎。
その後ろには松本乱菊、阿散井恋次、斑目一角、綾瀬川弓親。そして最後に朽木ルキアが立っている。
「久しぶり」
朔夜が片手を上げると、恋次が露骨に顔をしかめた。
「何だ、その軽い挨拶は」
「じゃあ感動の再会でもする?」
「いらねぇよ」
「俺も」
「だったら言うな!」
すぐ横で一角が笑う。
「相変わらずだな、朔夜」
「一角もね」
「今度こそ一回やろうぜ」
「元気だなぁ」
日番谷はそんなやり取りを一度だけ見てから、浦原へ向き直った。
「浦原喜助。少し話がある」
「ええ。中へどうぞ」
浦原がいつもの笑顔で店内へ招き入れる。
ルキアはその前に朔夜へ視線を向けた。
「身体はもういいのか?」
「ほとんどね」
「ほとんど、か」
ルキアの視線が包帯の残る右腕へ落ちたため、朔夜は苦笑した。
「夜一さんと同じ顔しないでよ」
「何のことだ」
ルキアはそう返しながら店内へ入っていった。
◇
浦原商店の一室に全員が集まると、日番谷は座ってすぐ本題へ入った。
「俺たちは現世へ派遣された先遣隊だ。目的は破面の監視と迎撃。それから、藍染の動向に備えること」
「やっぱり尸魂界も動いたか」
壁にもたれていた朔夜が言うと、日番谷は頷いた。
「あれだけの破面が現世へ現れたんだ。当然だろう」
浦原が扇子を開く。
「先日の二体については?」
「報告は受けている。特に黒崎一護とお前を観察していた細身の破面……あいつは相当な力を持っているらしいな」
朔夜は短く頷いた。
「あの破面は強いよ。少なくとも、普通の隊長格だと思って戦わない方がいい」
一角が眉を上げる。
「お前がそこまで言うか」
「怪我してたとはいえ、普通に殴り飛ばされたからね」
「笑って言う話か、それ」
恋次が呆れた声を出す。
朔夜は肩をすくめた。
「生きてるからいいでしょ」
「そういう問題じゃねぇ」
日番谷がため息をつく。
「最近みんな同じこと言うなぁ」
「お前に問題があるからだ!」
恋次の声が部屋へ響いた。
その時、店の入口から新しい足音が聞こえる。
「何か騒がしいと思ったら、お前らかよ」
一護だった。
ルキアが振り返る。
「一護」
「ルキア?」
一護が目を見開いた。
「何でお前がここにいるんだ」
「見れば分かるだろう。戻ってきた」
「いや、そこじゃねぇ!」
久しぶりの再会にもかかわらず、二人はすぐいつもの調子で言い合い始める。
恋次が頭を掻いた。
「再会早々それかよ」
朔夜は少し笑う。
「あの二人はあれでいいんじゃない?」
ルキアが一護の額を指で押す。
「貴様が何をしていたかも聞いているぞ」
一護の表情が僅かに変わった。
「……どこまで」
「内なる虚を制御するため、平子真子たちのもとで修行しているところまでだ」
一護が浦原を見る。
「浦原さん」
浦原は扇子で顔を隠した。
「ボクじゃありませんよ」
「じゃあ誰だよ!」
日番谷が面倒そうに口を挟む。
「尸魂界にも情報網くらいある」
「何でも筒抜けかよ……」
一護がため息をつく。
ルキアはそんな一護の顔をしばらく見た後、余計なことは言わずに告げた。
「なら、修行を無駄にするな」
「あ?」
「次も同じように戦えなくなれば、困るのは貴様だけではないということだ」
一護の目が細くなる。
だが、怒ることはなかった。
「……分かってる」
その返事に、ルキアは小さく頷いた。
◇
その日の夜。
浦原商店で御厨子の手入れをしていた朔夜が、ぴたりと手を止めた。
ほぼ同時に店の奥から浦原が出てくる。
「朔夜サン」
「うん」
二人は言葉を続ける前に空を見上げた。
一つではない。
二つでもない。
空座町の各所へ、複数の異質な霊圧が同時に現れている。
しかも、以前のヤミーより弱いものばかりではない。
「来ましたね」
浦原の声から軽さが消え、朔夜も御厨子を腰へ差し直して立ち上がった。
「六……いや、もっといる?」
「少なくとも複数です」
その声を聞きつけたように、日番谷たちも外へ飛び出してくる。一護もすぐに現れ、空を見上げた。
「破面か?」
「ああ」
朔夜は目を閉じ、霊圧の位置を探る。
北側。
河川敷。
住宅街。
工業地区。
それぞれが離れた場所へ散っており、偶然同じ街へ現れたとは考えにくい。
「最初から分かれてる」
日番谷も同じことに気づき、表情を険しくする。
「こっちを分断する気か」
「それか、自分たちも好き勝手やってるかだね」
「どっちでも厄介だ」
日番谷はすぐに振り返った。
「松本、俺と来い。恋次は南側。一角と弓親は東へ回れ」
「了解」
「おう!」
一角が楽しそうに笑い、弓親と共に屋根へ飛び上がる。恋次も蛇尾丸へ手を掛けながら別方向へ走った。
ルキアが一護を見る。
「一護、行くぞ」
「ああ」
二人も霊圧の一つへ向かう。
朔夜もその場から動こうとしたところで、浦原が呼び止めた。
「朔夜サン」
「何?」
「例の技、まだ完成してませんよ」
朔夜は少しだけ振り返る。
「分かってる」
「使うなとは言いません。ただ、自分を斬って戻ってくるのだけはやめてくださいね」
「喜助までそれ言う?」
「言われる理由を考えてください」
朔夜は苦笑すると、それ以上は返さず地面を蹴った。
瞬歩で屋根へ上がり、さらに次の建物へ移る。空座町全体へ意識を広げながら、自分が向かう場所を決めた。
最初に感じた時から、一つだけ妙な霊圧がある。
他の破面たちは、霊力の高い人間や死神のいる方向へ散っているように見える。ところが工業地区へ向かっている一体だけは、朔夜が進路を変えるたびに同じように動きを変えていた。
最初は偶然かと思った。
だが右へ曲がれば向こうも右へ寄り、速度を上げれば相手も距離を保つ。
三度目で、朔夜は確信した。
「……俺を探してるな」
独り言を漏らしながらも足は止めない。
むしろ相手がこちらを狙っているなら、人の少ない場所まで引き出した方が都合がいい。
朔夜は住宅地を外れ、工場や倉庫の並ぶ区域へ進路を変えた。
すると、追っていた霊圧も迷わず同じ方向へ動いた。
「分かりやすいなぁ」
誰に聞かせるでもなく呟き、朔夜は人通りのない広い道路へ降りる。
月明かりの下で足を止めた直後、前方の建物の屋上へ白い影が降り立った。
白い服。
顔の半分に残る仮面。
腰には刀。
男は朔夜を見つけると、逃げる様子もなくその場から飛び降りた。
数メートル先へ着地した破面は、すぐには刀を抜かず、朔夜の姿を上から下まで確認している。
「御門朔夜だな」
「最近、初対面の相手に名前知られてること多いなぁ」
「藍染様から聞いている」
その名が出た瞬間、朔夜の笑みが僅かに薄くなった。
先日の二人だけではない。
藍染は、自分の名前だけでなく能力まで破面たちへ伝えている可能性が高い。
「それで、俺に何の用?」
「能力を確認する」
男の手が刀の柄へ移った。
「生きて帰れれば、それでいい」
「随分上からだね」
朔夜も御厨子の柄へ手を置くが、抜かなかった。
その動きを見た男の眉が僅かに動く。
「刀を抜かないのか」
「必要になったらね」
「俺を舐めているのか?」
「逆。まだ何するか分からない相手に、最初から全部見せるほど親切じゃないだけ」
破面の霊圧が膨らむ。
朔夜も姿勢を少し低くした。
次の瞬間、相手の姿が消えた。
右。
そう判断した時には、すでに刀が首元へ迫っている。
朔夜は身体を沈めて刃をかわし、そのまま距離を取ろうとしたが、破面は踏み込みを止めず、返す刀で右腕を狙ってきた。
避けることもできる。
だが朔夜はあえて腕を上げた。
修行で何度も繰り返した感覚を思い出し、右腕の外側へ極薄の斬撃を沿わせる。
破面の刀が触れる寸前。
金属音が鳴った。
男の目が見開かれる。
刀身の表面に、細い亀裂が走っていた。
「……何?」
朔夜も右腕を一度だけ見る。
皮膚には傷がない。
斬撃も崩れていない。
「実戦でも一応いけるか」
「今のは何だ」
「修行中の技」
破面はすぐに数歩下がった。
「ふざけているのか」
「本当だよ。まだ完成してない」
男の霊圧が一段強くなり、壊れかけた刀を構え直す。
朔夜も軽口をやめた。
右腕へ纏わせた斬撃を、腕の動きに合わせて僅かずつ動かしていく。
固定してはいけない。
身体へ近づけすぎてもいけない。
必要な場所にだけ、必要な瞬間だけ置く。
夜一との修行では数秒保たせるだけでも難しかった。
実戦なら、さらに条件は厳しい。
それでも使えなければ、いつまでも修行中のままだ。
「じゃあ――」
朔夜がゆっくり一歩前へ出る。
「実戦でどこまで持つか、付き合ってもらおうかな」
破面が地面を蹴った。
朔夜も同時に踏み込む。
二人の距離が一気に消えた。
◇
その頃、一護とルキアは住宅街の屋根を走っていた。
「この先だ」
ルキアが言う。
一護もすでに感じている。
前方に一つ、かなり強い霊圧がある。さらに少し離れた位置にも、別の破面がいる。
「一護、二手に――」
ルキアが言いかけたところで、目前に人影が落ちてきた。
屋根が砕ける。
「っ!」
二人が同時に飛び退く。
土煙の中から現れたのは、細身の破面だった。
「見つけたぞ、死神」
ルキアが斬魄刀へ手を掛け、一護も斬月を構える。
しかし、そのさらに遠くから、今までとは桁の違う霊圧が一気に膨れ上がった。
一護の表情が変わる。
「何だ……この霊圧」
ルキアも振り返った。
「もう一体いる……!」
一護には分かった。
あちらが本命だ。
理由は分からない。
だが向こうも、自分を探している。
◇
空座町の上空。
黒い空間から降り立った男たちの中で、一人だけ、他とは明らかに違う霊圧を放っている者がいた。
水色の髪。
獣のように鋭い目。
男は街を見下ろしながら、楽しそうに口元を歪める。
「で?」
周囲にいた破面たちが振り向く。
「黒崎一護ってのは、どいつだ?」
一人が答えた。
「霊圧は確認している。こっちへ向かっているはずだ」
「へぇ」
男はさらに笑った。
「なら俺がやる」
「グリムジョー、今回の目的は――」
「うるせぇな」
グリムジョーと呼ばれた男が横目を向けるだけで、相手は口を閉じた。
「藍染様は、“殺すな”とは言ってねぇだろ?」
その言葉を残し、グリムジョーは空座町へ降りていった。
◇
住宅街。
ルキアの前にいた破面が突然吹き飛んだ。
「何――」
一護が振り向く。
その背後に、いつの間にか別の男が立っていた。
水色の髪。
鋭い目。
そして、肌を刺すほど強い霊圧。
倒れた仲間を気にも留めず、男は一護だけを見ている。
「お前が黒崎一護か」
一護は斬月を構え直した。
「だったら何だ」
男は嬉しそうに笑った。
「俺はグリムジョー・ジャガージャック」
その霊圧が一気に膨れ上がる。
屋根が軋み、空気そのものが震えた。
ルキアの顔が強張る。
一護も額に汗を浮かべながら、斬月を握る手へ力を込めた。
グリムジョーは獣のような笑みを浮かべる。
「お前がどれだけ強ぇのか――見せてみろよ」
同じ夜、空座町の別の場所では日番谷たちもそれぞれ破面と接触し、朔夜もまた、名を知る敵と刃を交え始めていた。
戦いは一つではない。
空座町全域で、破面との戦闘が同時に始まった。
尸魂界から日番谷たち先遣隊が現世へ到着。
しかし再会する時間も長くは続かず、複数の破面が空座町へ侵入しました。
一護の前には、グリムジョー・ジャガージャック。
そして朔夜も、自分を狙って動いていた破面と交戦を開始。
修行中だった「纏う斬撃」を、早くも実戦で使用することになります。
次回――
第58話「グリムジョー」