そこで指摘されたのは、能力を使えていないことではなく、強くなったことで逆に戦い方が型にはまり始めていることでした。
新しい力を増やすのではなく、すでに持っている解や捌をもっと自由に使う。
翌朝、朔夜はその感覚を確かめるため、夜一と向き合います。
それでは、第61話「身体で斬る」です。
翌朝、浦原商店の地下修行場では、朔夜が一人で右腕を何度も動かしていた。
昨夜、御厨子に言われたことが頭から離れない。
身体を斬撃へ合わせるな。
斬撃を、自分の動きへ合わせろ。
以前の朔夜は、身体の数ミリ外側へ解を固定し、それを腕や脚の動きへ追従させようとしていた。だがそれでは身体と斬撃を別々に制御することになり、僅かな遅れが生じれば自分自身を切る。
御厨子が見せたものは、もっと単純だった。
腕を振れば、その動きで斬る。
踏み込めば、その一歩を斬撃へ繋げる。
朔夜は右腕を横へ振った。
数メートル先に置かれた木柱へ、細い切れ目が走る。
「……昨日よりはマシかな」
「朝から独り言か?」
背後から声がして振り返ると、夜一が修行場へ入ってきたところだった。
「御厨子との話は役に立ったようじゃな」
夜一は木柱の切れ目を見ながら近づいてくる。朔夜も右腕を軽く動かしながら、「役には立ったよ。相変わらず言い方は最悪だったけど」と答えた。
「何と言われた?」
「新しいことを覚えようとして、逆に今までできてたことまで難しくしてるって」
夜一は少し考えた後、納得したように頷く。
「間違ってはおらんな。尸魂界から戻って以降、おぬしは失敗せぬことへ意識を向けすぎじゃ」
「夜一さんまで普通に同意するんだ」
朔夜は苦笑した。
藍染に崩玉を奪われた。
破面には能力を観察され、情報を持ち帰られた。
慎重になる理由はいくらでもある。
だが慎重になることと、動きを小さくすることは違う。
「じゃあ、試してみようか」
朔夜が構えると、夜一も待っていたように姿勢を落とした。
「最初からそのつもりじゃ。御厨子に言われただけで分かった気になるほど、おぬしは器用ではなかろう」
「弟子への信用が低いなぁ」
「長い付き合いじゃからな」
言い終わるより早く、夜一の姿が消えた。
朔夜もすぐに動く。
右から飛んできた拳をかわし、その勢いのまま腕を振り上げる。以前なら先に斬撃を腕へ纏わせていたが、今回は腕が動く瞬間にだけ解の感覚を重ねた。
夜一が僅かに身を引く。
その袖の先だけが薄く裂けた。
「……まだ広い」
「自分で分かるなら直せ」
「分かってる」
すぐに蹴りが来る。
朔夜は身体を沈め、足を払うように左脚を動かした。脚の軌道に沿って地面へ細い切れ目が走るが、夜一は軽く跳び越え、そのまま朔夜の胸元へ掌底を落とした。
朔夜は右腕を上げかける。
しかし途中で止めた。
斬撃も同時に消えた。
夜一の掌底が胸元寸前で止まる。
僅かな沈黙の後、夜一が口元を上げた。
「今のは悪くない」
「止める方は前より楽だね」
朔夜は自分の右腕を見る。
常に斬撃を纏わせていた時は、一度展開したものを消すまで制御し続ける必要があった。しかし今なら、動けば斬り、止まれば斬撃も止まる。
それだけで負担は大きく減る。
「ただし、身体の動きと斬撃をそのまま結びつけるだけなら、相手に動きを読まれれば斬撃も読まれるぞ」
夜一に指摘され、朔夜の動きが止まった。
「……あ」
「そこまで考えておらんかったな」
「御厨子、それ言ってなかった」
「自分で考えろということじゃろ」
「師匠と斬魄刀が同じこと言うのやめてくれない?」
夜一が笑う。
朔夜も苦笑したが、すぐに先ほどの攻防を思い返した。
右腕を振れば、その方向へ斬撃が来る。
足を動かせば、その軌道が読まれる。
それでは確かに単純だ。
だが、昔の卍解修行では違った。
御厨子へ向かって正面から踏み込みながら、足元を解で削った。
右から斬ると見せて、背後へ斬撃を置いた。
自分の動きと、実際に斬る場所を必ずしも一致させてはいなかった。
「……そっか」
夜一が眉を上げる。
「何か気づいたか?」
「動くことをきっかけにすればいいだけで、斬撃まで同じ方向に出す必要はないんだ」
朔夜は右腕を横へ振る。
夜一は当然、その軌道から外れた。
しかし斬撃が走ったのは腕の先ではなく、夜一の足元だった。
夜一が一歩退く。
朔夜は少し笑う。
「こういうこと」
「なるほど。身体の動きは起点にすぎんというわけか」
「うん。これなら解の自由さも殺さない」
夜一も満足そうに目を細めた。
「少しは昔の頭が戻ってきたようじゃな」
「褒め方が微妙なんだよなぁ」
「十分褒めておる」
朔夜がもう一度構え、夜一も次の攻撃へ移ろうとした、その瞬間だった。
二人の表情が同時に変わる。
遠くから虚の霊圧が立ち上がった。
大きくはない。
だが、場所は住宅街の近く。
夜一が視線だけを地上へ向ける。
「行けるか?」
朔夜は答える代わりに地面を蹴った。
「ちょうど続きができそうだね」
「修行のつもりで油断するなよ」
「分かってる」
地下修行場の壁を蹴り、そのまま出口へ向かう。階段を上がる頃にはすでに霊圧の位置を掴み、地上へ出た瞬間、そのまま瞬歩へ繋げた。
屋根を一つ、二つと越える。
右腕には、先ほど夜一と打ち合った時の感覚がまだ残っている。
身体を動かす。
それをきっかけに斬る。
ただし、斬撃そのものを動きに縛らない。
そう考えていた朔夜の視界に、住宅街の外れにある小さな公園が入った。
獣のような姿をした虚。
その前で腰を抜かしている、一人の少年。
虚が長い腕を振り上げる。
朔夜は着地しなかった。
屋根の端を蹴った勢いのまま二人の間へ飛び込み、右腕を横へ振る。
少年へ振り下ろされていた三本の爪が、朔夜へ触れるより先に根元から切れ落ちた。
「ギャアアアッ!」
虚が悲鳴を上げる。
朔夜は着地と同時に少年を抱き上げ、そのまま後方へ跳んだ。
「怪我ない?」
少年には何が起きたのか完全には分かっていないらしく、青ざめた顔で朔夜を見る。
「……お兄ちゃん?」
「ちょっとここで待ってて」
安全な場所へ少年を下ろした時には、虚が怒りのままこちらへ突進していた。
朔夜は振り返りながら右へ踏み込む。
虚の視線がその動きを追う。
だが、斬撃が走ったのは反対側だった。
虚の左腕へ切れ目が入り、身体が大きく傾く。
「……これなら使える」
夜一との修行で掴んだ感覚を、そのまま実戦へ繋げる。
身体を動かすことを合図にする。
だが斬る場所は、自分で選ぶ。
虚が残った腕を振り下ろす。
朔夜は半歩だけ前へ出ながら右手を短く振り上げた。
今度はその動きとほぼ同じ軌道で斬撃を走らせる。
虚の仮面に亀裂が入った。
しかし浅い。
「まだ雑だな」
虚が咆哮し、大きく口を開く。
至近距離で霊圧が集まる。
朔夜は後ろへ下がらない。
左足を一歩だけ前へ出した。
虚の目が足元へ向く。
その瞬間、朔夜は右手の指先を僅かに動かした。
「解」
斬撃は足元ではなく、仮面の中央へ直接届いた。
今度は深い。
仮面が縦に割れ、虚の身体が光となって崩れ始める。
朔夜はその場に立ったまま、右手を開いたり閉じたりした。
「……前より自然だな」
無理に新しい能力を作ったわけではない。
もともと使えていた解を、自分の身体の動きへ自然に繋げただけだ。
身体と斬撃を完全に一致させる必要もない。
動作はあくまで起点。
そこから先は、御厨子本来の自由さを残す。
「言いたかったの、こういうことか」
朔夜が腰の御厨子へ視線を落とした時、背後から聞き慣れた声がした。
「誰と喋ってんだ?」
振り返ると、一護が公園の入口に立っていた。
「一護」
「虚の霊圧感じて来たんだけど、もう終わったのかよ」
「今終わったところ」
一護は消えかけた虚の痕跡と、朔夜の腰に収まったままの御厨子を見比べる。
「刀抜いてねぇじゃねぇか」
「ちょっと戦い方変えてみた」
「また新しい技か?」
「いや」
朔夜は少し考え、首を横へ振った。
「新しい技っていうより、昔から持ってるものを別の使い方しただけ」
「分かりにくいな」
「俺も昨日まで分かってなかった」
「それ大丈夫なのかよ」
「卍解覚えた時よりは大丈夫」
一護の顔が止まる。
「お前、卍解覚える時そんな酷かったのか?」
朔夜は少しだけ遠い目をした。
「何回御厨子に斬られたか覚えてない」
「……聞かなきゃよかった」
二人は並んで公園を出た。
歩きながら、一護は自分の顔へ手をやった。
「俺もまだ仮面が安定しねぇ」
「グリムジョーの時みたいに?」
「ああ。出せる時は出せる。でも、あいつの声が聞こえた瞬間に身体が止まる」
一護は悔しそうに拳を握る。
「平子みたいに使えれば、あの時もっと戦えた」
朔夜は前を向いたまま答えた。
「なら、使えるようになるしかないね」
「簡単に言うな」
「簡単じゃないよ。俺も卍解覚えた後に、まだ斬魄刀に戦い方直されてるし」
その言葉に、一護が少し笑った。
「お前でもそういうことあんだな」
「あるよ。御厨子、普通に性格悪いし」
「斬魄刀の悪口言う奴初めて見た」
「本人にも言ってるから大丈夫」
「何が大丈夫なんだよ」
少し歩いたところで、一護が朔夜の右腕を見る。
「で、その使い方、強ぇのか?」
「まだ分かんない。でも前より自由かな」
「自由?」
「腕を右へ振っても、右を斬る必要はない。その動きをきっかけに、左でも後ろでも斬れる」
一護は少し考えてから、「フェイントみたいなもんか?」と尋ねる。
「それもできる」
「蹴るふりして斬るとか?」
「できると思う」
「頭突きしたら?」
朔夜が一護を見る。
「試してみる?」
「俺でやろうとすんな!」
一護の声が住宅街へ響き、朔夜は思わず笑った。
一護も呆れたように息を吐いたが、その表情は先ほどより少しだけ軽い。
まだ課題は残っている。
一護には仮面。
朔夜には、長い戦いの中で固くなっていた自分の戦い方。
どちらも一日でどうにかなるものではない。
「一護」
「何だ」
「次は勝とうね」
一護は少しだけ間を置き、前を向いたまま答えた。
「ああ」
今度は、迷いのない返事だった。
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浦原商店へ戻ると、浦原が店先で待っていた。
朔夜を見るなり、右腕へ視線を向ける。
「どうでした?」
「結構いい感じ」
朔夜は先ほどの戦いを簡単に説明した。
「身体を動かすことを斬撃のきっかけにする。でも、実際に斬る場所まで動きへ縛らない。そうしたら前より使いやすかった」
浦原は扇子を口元へ当て、少し考える。
「なるほど。身体動作を起点にしながら、解そのものの自由度は残すわけですか」
「うん」
「それなら相手からすれば厄介ですね。腕を見て避けた先へ斬撃が来る」
「御厨子も、多分そこまで自分で考えろって言いたかったんだと思う」
「多分?」
「素直に教えてくれないからね」
浦原が少し笑う。
「斬魄刀との関係は人それぞれですから」
「喜助は紅姫と仲良いの?」
浦原の笑みが一瞬だけ止まった。
「さあ、どうでしょうねぇ」
「今の間、絶対何かあるでしょ」
浦原は答えず、扇子で口元を隠した。
朔夜も追及せず、腰の御厨子へ目を落とす。
解。
捌。
伏魔御廚子。
どれもすでに持っている力だ。
それでも、その使い方にはまだ先がある。
そして祭壇の奥には、卍解へ至った頃の自分ですら見ることのできなかった領域が残っている。
焦る必要はない。
昔、伏魔御廚子へ辿り着いた時と同じように、一つずつ自分で掴めばいい。
「……次はもう少し驚かせられるかな」
御厨子から返事はなかった。
それでも朔夜には、どこかで鼻を鳴らされたような気がした。
今回は、夜一との修行からそのまま虚との実戦へ繋げ、朔夜が新しい感覚を戦いの中で確かめる流れにしました。
朔夜が得たのは新しい能力ではなく、昔から使っている「解」をより自由に扱う考え方です。
身体の動きを斬撃のきっかけにはする。
しかし、その動作と斬撃の方向を必ず一致させる必要はない。
これによって、朔夜本来の精密さを残したまま、これまでより読まれにくい戦い方ができるようになってきました。
一方、一護にも仮面という大きな課題が残っています。
二人とも、次の戦いに向けてまだ成長の途中です。
次回――
第62話「それぞれの課題」