一護は仮面を使い切れなかったこと、朔夜は敵に能力を観察されたこと、そして日番谷たちも破面の強さを改めて知ることになりました。
戦いが終わったからといって、問題まで消えたわけではありません。
それぞれが次の戦いへ向け、自分の課題と向き合い始めます。
それでは、第62話「それぞれの課題」です。
翌朝、浦原商店には昨夜の戦いに参加した者たちが集まっていた。
一番奥の部屋ではルキアが布団に横たわり、その傍で井上が双天帰盾を展開している。淡い光に包まれた腹部の傷は少しずつ塞がっており、浦原も近くで状態を確認していた。
「これなら大丈夫そうですね。井上サン、無理はしないでください」
「はい!」
井上が力強く頷くと、ルキアも僅かに顔を動かした。
「井上……すまない」
「気にしないで、朽木さん。もう少しだから」
入口では一護が黙ったままその様子を見ていた。
隣にいる茶渡が横顔へ目を向ける。
「一護」
「……分かってる」
「まだ何も言っていない」
「言いたいことくらい分かる」
一護は小さく息を吐いた。
自分がもっと早く仮面を使えていれば。グリムジョーに押されなければ。ルキアはここまで傷つかなかったかもしれない。
考え始めれば、後悔はいくらでも出てくる。
そんな一護の背後で、壁にもたれていた朔夜が声を掛けた。
「今それ考えても、ルキアの傷は早く治らないよ」
一護が振り返る。
「分かってるよ」
「なら、次のこと考えた方がいい」
「簡単に言うな」
「簡単じゃないから言ってる」
朔夜も昨夜は破面に新しい戦い方を見られ、その情報を持ち帰られている。失敗を気にしていないわけではないことくらい、一護にも分かっていた。
やがて井上の治療が一区切りつき、浦原が「続きは少し休んでからにしましょう」と声を掛ける。ルキアも起き上がれる程度には回復していたため、そのまま全員が隣の広間へ移った。
日番谷、乱菊、恋次、一角、弓親も揃っている。
多少の傷はあるが、誰も動けないほどではない。
全員が落ち着いたところで、日番谷が腕を組んだ。
「まず昨夜の状況を整理する。現れた破面は一体じゃない。空座町の各所へ散り、それぞれ死神と接触した」
恋次も頷く。
「しかも全員同じ強さじゃねぇ。俺が当たった奴と、一護を襲ったグリムジョーじゃ霊圧が明らかに違った」
「俺の相手も同じだったよ」
朔夜が壁から背を離した。
「強くはあったけど、俺を倒すことより能力を見るのを優先してた。藍染から俺の名前も聞いてたみたいだしね」
浦原が扇子を閉じる。
「ということは、少なくとも一部は情報収集が目的だった可能性が高いですね」
一角が眉を寄せた。
「じゃあグリムジョーって奴は何なんだ? 話を聞く限り、偵察する気なんて全然なかっただろ」
一護が即答する。
「あいつは俺と戦うことしか考えてなかった」
「実際、東仙がわざわざ連れ戻しに来たくらいだからね」
朔夜が続けると、日番谷も頷いた。
「そこが厄介だ。藍染の命令通りに動く奴もいれば、勝手に現世へ出てくる奴もいる。それだけの戦力を、あいつがすでに抱えている可能性が高い」
部屋の空気が少し重くなる。
尸魂界で藍染たち三人を逃がした時とは状況が違う。
今の藍染には崩玉があり、その力を利用して破面を生み出している。
そして、その中にはグリムジョーほどの力を持つ者までいる。
乱菊が息を吐いた。
「つまり次は、昨日より酷くなる可能性もあるってことね」
「そういうことだ」
日番谷は迷わず答えた。
その言葉を聞いた一護が、しばらく黙った後に立ち上がる。
皆の視線が集まった。
「俺、行ってくる」
恋次が眉を上げる。
「どこにだ?」
「平子のところ」
一護は自分の顔へ手をやる。
「昨日は仮面を出せなかった。正確には、出そうとして止まった。あのままじゃ次も同じになる」
誰もすぐには止めなかった。
治療を終えて広間まで来ていたルキアも、一護を真っ直ぐ見ている。
「なら行け」
一護が振り返った。
「ルキア」
「私のことを気にしているなら必要ない。井上のおかげでもう動ける」
「でも――」
「一護」
ルキアの声が少し強くなる。
「昨夜のことを悔やむ暇があるなら、次に同じことを起こさぬよう強くなれ」
一護はしばらく黙った後、ほんの少しだけ笑った。
「……相変わらず言い方きついな」
「貴様に遠回しな言い方が通じるか」
「通じるわ!」
いつもの調子が少し戻り、部屋の空気も僅かに緩む。
一護は出口へ向かいながら朔夜を見た。
「お前は来るのか?」
「今日は行かない」
「珍しいな」
朔夜は腰の御厨子へ手を置く。
「昨日、久しぶりに御厨子と話した。俺は俺で、自分の戦い方を見直したい」
「斬魄刀と話してたって言ってたやつか」
「うん」
「また斬られた?」
「普通に斬られた」
一護が少し呆れた顔をする。
「仲悪いんじゃねぇの?」
「昔からあんな感じだよ」
朔夜が苦笑すると、一護も少しだけ笑った。
そのまま店を出ていく背中を見送り、夜一が朔夜へ視線を戻す。
「それで、おぬしはどうする?」
「昨日掴んだ使い方をもう少し馴染ませたい。でも、その前にやることがある」
朔夜は浦原を見る。
「俺と戦った破面、能力を見ることが目的だった。なら次は、見た情報を使って対策してくる前提で考えたい」
浦原の目が僅かに細くなる。
「いいですね。修行より先に、昨夜の戦闘を整理しましょうか」
「修行しなくていいの?」
「朔夜サン、最近そればっかりですから」
夜一も横から頷く。
「身体を動かす前に頭を動かせ」
「二人して酷くない?」
「適切な助言ですよ」
浦原はいつもの笑顔で返した。
そのまま話題は自然に朔夜の戦闘へ移る。
朔夜は昨夜の動きを思い返しながら、床へ指で簡単な位置関係を描いた。
「最初は普通に攻めてきた。でも、俺が身体の動きに合わせて斬撃を出した後から、明らかに距離を取る回数が増えた」
日番谷が横から覗き込む。
「つまり、その時点で目的の情報を取った可能性がある」
「俺もそう思う。それからは攻撃も減った。たぶん、勝つより帰る方を優先してた」
浦原が扇子を口元へ当てる。
「だとすれば、相手は少なくとも朔夜サンが新しい使い方を試していることと、その方法がまだ完成していないことまで見ていますね」
「そこまで持って帰られたの、結構嫌だなぁ」
「今さら言っても戻らん」
夜一に即答され、朔夜は少し肩を落とした。
一角が面白そうに笑う。
「お前でもそういうミスするんだな」
「するよ」
「何でも分かってる顔してるくせに」
「それは一角が勝手にそう見てるだけ」
「なら今度俺が相手してやろうか? 実戦ならいくらでも付き合うぜ」
「おぬしだと喜んで殴り合い始めるから駄目じゃ」
夜一が即座に切り捨てる。
一角が「何でだよ!」と声を上げると、弓親が呆れたように横を見る。
「自覚ないの?」
「ねぇよ!」
「でしょうね」
少しだけ笑いが起きる。
しかし浦原はすぐに話を戻した。
「敵が朔夜サンの斬撃そのものを目で追うことはできません。対策するとしたら、発動のきっかけを読むか、そもそも朔夜サンを自由に動かさない方向でしょうね」
日番谷も頷く。
「身体動作を起点にするなら、その動きを封じる。あるいは攻撃を誘導して、狙いを限定する」
「やっぱりそこか」
朔夜は右手を軽く動かす。
前回、御厨子に指摘されるまでは、身体の動きと斬撃そのものを一体化させようとしていた。
だが今は違う。
身体の動作はあくまで起点。
解そのものは別の位置へ置ける。
それでも、動きを止められれば選択肢が減るのは確かだった。
「じゃあ、動けなくされた時のことも――」
「そこで新しい技を作ろうとするなよ」
夜一が先に言う。
朔夜の口が止まった。
浦原が扇子の奥で笑った。
「御厨子にも似たようなことを言われたんじゃないですか?」
「……言われた」
「なら今あるものから考えましょう」
朔夜はしばらく黙り、やがて御厨子の柄へ手を置いた。
解。
捌。
伏魔御廚子。
どれもすでに使える。
不足しているのは、能力の数ではない。
状況に応じて、それをどう組み替えるかだ。
「……動けないなら、動かなくても使える解がある」
朔夜が呟く。
浦原が頷いた。
「そういうことです」
「捌を使いたいなら、相手に触りに行くんじゃなくて、触らせる形もある」
日番谷が続ける。
「相手が対策してくるなら、その対策まで利用すればいい」
朔夜は少し考えた後、口元を上げた。
「何か、御厨子に昔同じようなこと言われた気がする」
夜一が鼻で笑う。
「ようやく思い出してきたか」
「最近みんな俺に厳しくない?」
「必要だからだ」
日番谷まで真顔で返すため、朔夜は諦めたように息を吐いた。
こうして話している間にも、時間は過ぎていく。
一護はすでに仮面の軍勢のもとへ向かい、自分の課題に取り組んでいるはずだ。
朔夜も、ただ修行場で斬撃を振るうだけでは足りない。
敵に何を見せたか。
何を見せていないか。
そこからどんな対策を立てられるか。
自分なら、どう崩すか。
一つずつ考えていくうちに、昨夜は見落としていたことが形になっていく。
朔夜は床に描いた簡単な図を見ながら、ふと眉を寄せた。
「……待って」
浦原が顔を向ける。
「どうしました?」
「俺と戦った奴、帰る直前まで一度も自分の能力を見せてない」
部屋の空気が少し変わる。
日番谷もすぐに意味を理解した。
「向こうは一方的にお前の情報を取って、自分の情報は残していない」
「うん」
朔夜は先ほどまでより真面目な顔になった。
「次に同じ奴が来ても、俺は相手の能力をほとんど知らない。でも向こうは俺のことを知ってる」
浦原の笑みが薄くなる。
「綺麗に情報差を作られましたね」
「嫌な感じだな」
「藍染サンですからね」
その一言に、誰も冗談を返さなかった。
朔夜は窓の外へ目を向ける。
空座町は何事もなかったように日常へ戻っている。
学校へ向かう者がいて、買い物をする人がいて、子供が走っている。
その裏側で、敵も次の手を考えている。
「次は、情報取られるだけじゃ終わらせないよ」
朔夜が静かに言う。
浦原も扇子を閉じた。
「ええ。そのためにも、まずは相手が何を知ったかを知ることです」
朔夜は小さく頷いた。
誰かに新しい答えを教えてもらう必要はない。
今あるものをどう使うか。
何を見せ、何を隠すか。
そこまで含めて戦う。
御厨子が言っていた「昔より固くなった」という意味を、少しずつ理解し始めていた。
そしてその頃、朔夜が考えていた通り、昨夜の情報はすでに虚圏へ届いていた。
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白い空間の中央で、一人の破面が膝をついている。
その前には藍染が座り、市丸ギンが少し離れた場所から様子を見ていた。
「――以上が、御門朔夜との戦闘で確認した内容です」
報告を終えた破面が頭を下げる。
藍染はしばらく何も言わなかった。
「身体動作を起点にした斬撃……ですか」
ギンが細い目をさらに細める。
「また随分と器用なこと始めはりましたなぁ」
「そうだね」
藍染の声は穏やかだった。
「ただ、重要なのは技そのものじゃない」
破面が顔を上げる。
「では、次はどのように?」
「何もしなくていいよ」
「……は?」
藍染は僅かに笑う。
「彼は一度見せたものを、そのまま使い続ける男ではない。対策を用意した頃には、別の形に変えている可能性が高い」
ギンが藍染を見る。
「随分、買うてはりますなぁ」
「警戒しているだけだよ」
藍染は静かに答える。
「御門朔夜は完成した時よりも、自分の戦い方を作り変えている時の方が厄介だからね」
その声は、広い白の空間へ静かに響いた。
現世で朔夜が敵の次の手を考えているのと同じように、藍染もまた朔夜の変化を見ていた。
今回は、場面を細かく分けず、浦原商店での治療と戦闘整理から、そのまま一護と朔夜それぞれの課題へ繋げました。
一護は仮面を安定して使うため、再び平子たちのもとへ。
朔夜は修行を繰り返すのではなく、敵に何を見られ、何を知られていないのかを整理しています。
そして朔夜が気づいたのは、敵はこちらの情報を得た一方で、自分の能力についてはほとんど残していないという情報差。
最後には、その情報を受け取った藍染側の視点も描きました。
次回――
第63話「迫る次の一手」