一護は仮面を制御するため、再び平子たちのもとへ。
一方の朔夜は、浦原と共に「敵が何を見て、次に何を狙うのか」を考え始めます。
藍染が欲しがっているのは、単純な勝敗だけではありません。
それでは、第63話「迫る次の一手」です。
グリムジョーたちの襲撃から二日が経った。
空座町の表側は、すでにいつもの日常へ戻っている。壊れた建物の一部には処置が施され、人々も破面との戦いなど知らないまま学校や仕事へ向かっていた。
だが、見えないところにはまだ戦いの跡が残っている。
朔夜は工業地区の一角に立ち、先日自分が破面と戦った場所を見渡していた。その隣では浦原がしゃがみ込み、黒腔が開いた付近の地面を扇子の先で軽くなぞっている。
「何か残ってる?」
朔夜が尋ねると、浦原は地面から目を離さないまま答えた。
「痕跡はあります。ただ、これだけで虚圏側の座標を割り出すのは難しいですねぇ。向こうもそこまで親切じゃありません」
「残念」
「本気で追いかけるつもりでした?」
「行けるなら」
「駄目です」
即答され、朔夜は少しだけ顔をしかめた。
「まだ何も言ってないのに」
「顔に書いてあります」
浦原が立ち上がる。
朔夜は周囲へ視線を戻した。破面と戦った時についた切断跡はまだ残っている。刀を折り、胸元を浅く切り、それ以上の戦闘を避けようとした直後、相手は一護たちの霊圧へ意識を向けた僅かな隙を使って黒腔へ逃げた。
今考えれば、妙なところはいくつもある。
「やっぱり、あいつ最初から俺を倒す気は薄かったと思う」
「理由は?」
「本当に俺を殺したいなら、もっと能力を使ってくるはずだった。でも、あいつは最後までほとんど刀だけだった」
浦原は頷いた。
「自分の情報を渡さず、朔夜サンの情報だけ持ち帰った」
「うん。それに、纏う斬撃を一回見てからは明らかに攻撃が慎重になった。俺がどう使うか確認した時点で目的の大部分は終わってたんだと思う」
「では、藍染サンは朔夜サンを警戒している」
「そこは前から分かってる」
朔夜は腕を組んだ。
問題はその先だった。
警戒しているから調べる。
それだけなら単純だ。
だが藍染は、尸魂界でも常に一つ先を見ていた。こちらが何をするかだけではなく、その行動をどう利用できるかまで考えている。
朔夜は少し考えてから口を開いた。
「次は俺を潰しに来るかな」
「可能性はあります」
浦原はそこで一度言葉を切った。
「ただ、ボクなら違うことを考えますね」
「何?」
「朔夜サンを倒すために正面から強い敵をぶつけるより、朔夜サンが自由に動けない状況を作る」
その言葉に、朔夜の表情が変わった。
藍染との戦いが頭をよぎる。
雛森を庇った隙。
味方がいることで絞られた斬撃の範囲。
鏡花水月によって、自分の精密さそのものが危険になった状況。
「……人質?」
「それも一つです。ただし、それだけとは限りません」
浦原は歩き出し、朔夜も隣へ並んだ。
「守る対象を増やす。複数箇所で同時に問題を起こす。あるいは、こちらが放っておけない何かを餌にする。戦いは、強い方が正面から勝てば終わりというものでもありませんから」
「藍染なら普通にやりそうだなぁ」
軽く言ったものの、朔夜の声には笑いがなかった。
二人はそのまま住宅街の方へ歩く。
途中、一護とグリムジョーが戦った場所も確認した。道路や建物には戦闘の跡が残り、平子の虚閃によって抉れた部分もまだ完全には修復されていない。
朔夜は壊れた壁へ視線を向ける。
「グリムジョーは分かりやすかったね」
「そうですね。少なくとも、あの場では黒崎サンと戦うことを優先していた」
「だから東仙が回収しに来た」
「つまり、あの襲撃自体は藍染サンの予定外だった可能性が高い。ただ――」
浦原の声が少し低くなる。
「予定外の出来事からでも、彼は情報を拾います」
朔夜は横目で浦原を見る。
「一護の卍解。平子の仮面。ルキアの始解。俺の戦い方」
「そして、井上サンの能力も」
朔夜の足が止まった。
「井上?」
浦原も立ち止まる。
「先日の戦いの後、朽木さんの傷を治したでしょう?」
「それが?」
「井上サンの力は、単純な治療とは少し違います」
朔夜もそれ自体は知っていた。
井上の双天帰盾。
傷を塞ぐというより、起きた出来事そのものを拒絶するような能力。
ただ、そこからすぐ藍染へ繋げて考えたことはなかった。
「藍染が井上を狙うってこと?」
「まだ分かりません」
浦原ははっきりと言った。
「可能性の話です」
朔夜は少し黙る。
さっきまで、自分や一護が次の標的になると考えていた。
だがそれは、戦う者だけを見ていた考えだったのかもしれない。
「……俺、また戦う相手のことばっかり見てたな」
「今回は気づくのが早かったじゃないですか」
「喜んでいいの、それ?」
「少なくとも前進ではありますよ」
浦原はいつもの調子に戻ったが、朔夜はすぐには笑えなかった。
一護。
ルキア。
茶渡。
井上。
日番谷たち。
藍染がどこを狙ってくるかは分からない。
それどころか、本当に誰かを狙うのかすら確定していない。
「全員守る、じゃ駄目なんだよね」
朔夜が呟く。
浦原は少し意外そうに見る。
「と言いますと?」
「全員のそばにずっといるのは無理だから。何か起きてから俺が走るだけじゃ、また間に合わない」
先日の御厨子との会話が頭をよぎる。
必要な時に必要なものだけ斬る。
その考えは変わっていない。
だが、必要になってから考え始めるのでは遅い。
「喜助」
「はい」
「黒腔が開く兆候って、完全に突然?」
浦原の目が僅かに細くなる。
「なるほど。敵を待つんじゃなく、入口を見張ると」
「できる?」
「簡単ではありません。でも、研究する価値はありますね」
朔夜は少しだけ笑った。
「じゃあそれやろう」
「修行じゃなくて?」
「しばらく修行はいいよ」
「成長しましたねぇ」
「その言い方腹立つな」
二人はそのまま浦原商店へ戻った。
店内では夜一が茶を飲みながら待っており、朔夜たちが戻ってくると一度だけ顔を上げた。
「何か分かったか?」
「分からないことが増えた」
朔夜が答えると、夜一は少し笑った。
「それなら収穫じゃな」
「普通、逆じゃない?」
「分からぬことを分かった気になるよりはマシじゃ」
朔夜は何も言い返せず、そのまま腰を下ろした。
浦原が黒腔について調べる準備を始める横で、朔夜は店の外へ視線を向ける。
一護は今も平子たちのもとで仮面を制御しようとしているはずだ。
日番谷たちは空座町の警戒を続けている。
そして藍染も、こちらの動きを見ている。
「……次は何してくるかな」
夜一が茶を口へ運びながら答える。
「それが分かれば苦労せん」
「だよね」
「じゃが、一つだけ言える」
夜一は湯呑みを置いた。
「相手が藍染なら、こちらが一番嫌がるところを狙うじゃろうな」
朔夜は返事をしなかった。
その言葉だけが、妙に残った。
そして同じ頃。
虚圏では、グリムジョーが藍染の前に立っていた。
勝手な現世侵攻。
命令違反。
その結果を咎めるため、東仙も隣にいる。
「反省しているか、グリムジョー」
東仙が静かに尋ねる。
グリムジョーは露骨に顔を歪めた。
「してねぇよ」
「そうか」
東仙の刀が抜かれる。
次の瞬間、グリムジョーの左腕が宙を舞った。
「――ッ!」
鮮血が飛ぶ。
グリムジョーが怒りのまま東仙へ飛びかかろうとするが、その前に腕そのものが炎に包まれ、跡形もなく消えた。
「東仙!」
殺気が膨れ上がる。
だが玉座から聞こえた声が、それを止めた。
「グリムジョー」
藍染は変わらぬ笑みで座っている。
「今回は君の独断だ。罰を受けるのは当然だろう」
「……藍染様」
グリムジョーは歯を食いしばりながらも、それ以上は動かなかった。
その様子を少し離れた場所から見ていたウルキオラへ、藍染が視線を向ける。
「ところで、ウルキオラ」
「はい」
「前に現世で見た少女について、もう一度聞こうか」
グリムジョーの怒りとは関係なく、話題が切り替わる。
ウルキオラは僅かに目を細めた。
「井上織姫、ですか」
「そうだ」
藍染の笑みが僅かに深くなる。
「君は、彼女の力をどう見た?」
ウルキオラは少し考えた後、淡々と答える。
「治癒ではありません。少なくとも、俺にはそう見えました」
「続けて」
「起きた現象そのものを、そこになかった状態へ戻しているように見える」
藍染は満足そうに目を細めた。
「やはり、そう見えるか」
その場にいた者たちは、まだ藍染の考えを知らない。
ただ一人。
市丸ギンだけが少し離れた場所で、いつもの笑みを浮かべていた。
「次はあの娘ですか?」
藍染はすぐには答えなかった。
ただ、玉座へ頬杖をつき、静かに笑う。
「さて、どうだろうね」
その穏やかな声とは裏腹に、次の一手はすでに動き始めていた。
今回は、朔夜が「次に誰と戦うか」ではなく、藍染が何を狙ってくるのかを考える側へ回りました。
最初は自分や一護が次の標的になると考えた朔夜ですが、浦原との会話を通して井上の特殊な能力にも意識を向け始めています。
そして虚圏では、独断で現世へ向かったグリムジョーに処罰が下される一方、藍染は井上の力へ関心を示し始めました。
まだ朔夜たちは、次に何が起きるのかまでは分かっていません。
しかし次の戦いは、すでに始まる前から動いています。
次回――
第64話「拒絶する力」