BLEACH ―斬界の御厨子―   作:tunagi

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藍染たちとの戦いに備え、空座町では次の襲撃を想定した準備が始まりました。

その一方、虚圏では藍染が井上の力へ関心を向け始めています。

傷を治すだけではない、双天帰盾の力。

まだ本人さえ、その本質を完全には理解していません。

それでは、第64話「拒絶する力」です。



第64話 拒絶する力

 

浦原商店の奥では、ルキアの治療が続いていた。

 

グリムジョーに受けた傷はすでにかなり塞がっており、布団の上で上半身を起こせる程度には回復している。それでも井上は双天帰盾を解かず、淡い光の向こうにある傷口へ意識を集中させていた。

 

「もう大丈夫だ、井上。十分治っている」

 

ルキアがそう言っても、井上は小さく首を横へ振り、「でも、もうちょっとだけ。まだ中の方が完全じゃない気がするから」と治療を続ける。ルキアは困ったように眉を寄せたものの、最後には「無理だけはするな」と言うに留めた。

 

少し離れた場所では浦原がその様子を観察しており、壁にもたれていた朔夜も双天帰盾へ目を向けていた。

 

傷が塞がっている。

 

見た目だけなら、回道や一般的な治癒能力と大きな違いはない。

 

しかし、朔夜が感じているものは少し違った。

 

「喜助。やっぱりこれ、普通の治療じゃないよね」

 

浦原が視線だけを朔夜へ向けると、井上も集中を切らさないまま「え?」と小さく声を上げた。朔夜は双天帰盾の内側を見ながら、「前から少し思ってたんだけど、傷が治ってるっていうより、傷ついた状態そのものが消えてる感じがする」と続ける。

 

井上は困ったように笑った。

 

「私は、治れーって思いながらやってるだけなんだけど……」

 

「それでここまで戻せるのがすごいんだよ」

 

朔夜がそう返すと、井上は少し照れたように視線を落とした。

 

そこで浦原が扇子を閉じる。

 

「朔夜サンの感覚は、かなり近いと思いますよ。井上サンの力は傷を修復しているというより、起きた出来事そのものを拒絶しているように見えるんです」

 

「出来事を……拒絶?」

 

井上が目を瞬くと、ルキアも興味を示して浦原へ顔を向けた。

 

「どういうことだ、浦原」

 

「たとえば斬られた傷を治しているんじゃなくて、『斬られた』という出来事そのものを、そこになかった状態へ近づけている。少なくとも、アタシにはそう見えます」

 

説明を聞きながら、朔夜は腕を組んだ。

 

言葉にされると、改めて異常な能力だと思う。

 

「それ、かなりすごくない?」

 

「かなりどころじゃありませんよ」

 

浦原の口調から、ほんの少しだけいつもの軽さが抜ける。

 

「極端な話、使い方によっては単なる治療の枠に収まらない可能性があります」

 

井上は自分の手を見つめた。

 

「でも私、そんな大したこと……」

 

「あるよ」

 

朔夜が間を置かず返すと、井上が顔を上げる。

 

「この前だって、ルキアの傷をここまで戻した。俺にはできない」

 

「でも朔夜くんなら、敵を倒して――」

 

「それとこれとは別だよ。斬れることと、元に戻せることは全然違う」

 

その言葉にルキアも静かに頷いた。

 

「井上、お前の力がなければ私はもっと長く動けなかった。少なくとも私は、その力に助けられている」

 

井上は二人を見比べ、最後には少しだけ笑った。

 

「……ありがとう」

 

その時、店の入口の方から足音が近づいてきた。

 

「まだ治療してたのか」

 

一護と茶渡が部屋へ顔を出す。一護は仮面の軍勢のもとで修行してきたらしく、制服のあちこちに汚れがついていた。それを見たルキアがすぐに眉を寄せる。

 

「何だその格好は」

 

「お前に言われたくねぇよ」

 

「私は治療中だ!」

 

「俺も修行帰りだ!」

 

二人がいつもの調子で言い合いを始めると、井上は安心したように笑った。

 

茶渡はその横で井上の顔色を見て、「井上、無理はしていないか」と静かに尋ねる。「うん、大丈夫だよ」と井上は答えたものの、一護もそこでようやく顔色の悪さに気づいたらしく眉を寄せた。

 

「でも、ちょっと顔色悪くねぇか?」

 

「えっ?」

 

「休んだ方がいいだろ」

 

「へ、平気だよ黒崎くん」

 

井上が慌てて首を振るが、浦原も穏やかに頷いた。

 

「今日はここまでにしましょう。能力そのものより、使う側が倒れたら意味がありませんから」

 

さすがにそこまで言われると、井上も諦めたように息を吐き、双天帰盾を解いた。

 

淡い光が消える。

 

ルキアの腹部には、ほとんど傷が残っていなかった。

 

一護はそこへ目を向け、しばらく黙った後で小さく息を吐いた。

 

「……すげぇな」

 

「え?」

 

井上が振り返ると、一護は少し気まずそうに頭を掻いた。

 

「いや、その……ありがとな、井上」

 

その瞬間、井上の顔が一気に明るくなる。

 

「う、うん!」

 

朔夜はその様子を横から眺めていたが、ふと浦原と目が合った。

 

浦原の表情も、先ほどまでより少しだけ硬い。

 

二人が考えていることは同じだった。

 

井上の力は、あまりにも特殊だ。

 

そして、敵がそれを見ている可能性もある。

 

朔夜は笑みを消し、井上へ視線を向けた。

 

「井上。しばらく一人で動く時、少し気をつけてね」

 

「なにかあるの?」

 

井上が不思議そうに首を傾げると、一護の表情もすぐに変わる。

 

「何かあんのか?」

 

「まだ何も分からないよ。ただ、破面が俺たちの情報を集めてる可能性がある。俺や一護だけじゃなくて、井上や茶渡の能力も見られてるかもしれないから、念のため」

 

必要以上に不安を煽らないよう、朔夜は言葉を選んだ。

 

茶渡は静かに頷く。

 

「分かった」

 

一護もすぐに井上を見る。

 

「帰り一人になるなら送る」

 

「えっ!?」

 

井上の顔が一瞬で赤くなる。

 

「い、いいよ黒崎くん! 私一人で帰れるし!」

 

「いや、今の話聞いてただろ」

 

「聞いてたけど!」

 

「じゃあ送る」

 

一護が当然のように言い切る横で、茶渡も「俺も途中まで一緒に行く」と加わった。井上は二人を交互に見て、しばらく迷った末に「……じゃあ、お願いします」と小さく頷く。

 

朔夜はその様子を見て少しだけ笑った。

 

「これなら安心かな」

 

「お前も来るか?」

 

一護に聞かれた朔夜は首を横へ振る。

 

「俺は喜助ともう少し話すことあるから」

 

「また何か考えてんのか」

 

「珍しくね」

 

「自分で言うな」

 

一護が呆れたように返し、井上と茶渡を連れて店を出ていく。

 

ルキアも少し遅れて立ち上がろうとしたが、浦原に「朽木さんはもう少し休んでください」と止められ、不満そうに布団へ戻った。

 

三人が出ていったことで店内は少し静かになった。

 

朔夜は入口の方を見たまま、「喜助」と声を掛ける。

 

「はい」

 

「井上の力、藍染が興味持つと思う?」

 

浦原はすぐには答えなかった。

 

ほんの数秒の沈黙だったが、朔夜にはそれで十分だった。

 

「……やっぱり可能性あるんだ」

 

「あります。ただし、今の段階で決めつけるのは危険です」

 

「分かってる」

 

朔夜は椅子へ腰を下ろし、机に広げられていた空座町の地図へ目を落とした。

 

「でも俺だったら欲しいと思う。傷を治すだけじゃなく、起きたことそのものを拒絶できるなら、使い道はいくらでもある」

 

浦原の目が僅かに細くなる。

 

「藍染サンなら、アタシたちよりもっと先まで考えるでしょうね」

 

「だよね」

 

二人の間に重い沈黙が落ちた。

 

そこへ奥から夜一が歩いてきて、会話の途中から自然に加わる。

 

「なら、警戒を強めるか?」

 

「でも井上だけ特別扱いしたら、逆に本人を不安にさせる」

 

朔夜は地図を見ながら答えた。

 

「前に話した黒腔の検知、やっぱり急いだ方がいい。誰かが狙われてから俺が走るだけじゃ遅い」

 

夜一は朔夜を見た。

 

「また一人で全部やろうとしておらんじゃろうな」

 

「してないよ」

 

今度は朔夜も迷わず返した。

 

「むしろ逆。俺がいない場所でも異変に気づけるようにしたい。監視する場所を増やして、誰かが兆候を掴んだら共有する。一護たちも日番谷たちもいるんだから、俺が全部走る必要はない」

 

夜一は数秒黙ってから、僅かに笑った。

 

「少しは学んだようじゃな」

 

「褒めてる?」

 

「一応な」

 

「一応かぁ」

 

朔夜が苦笑すると、浦原も扇子の奥で笑った。

 

「では、黒腔を検知する仕組みをもう少し詰めましょう。朔夜サンには霊圧の変化を拾う役を手伝ってもらいます」

 

「了解」

 

朔夜は立ち上がる。

 

新しい斬撃を増やす話ではない。

 

自分一人が全部の場所へ行く方法でもない。

 

敵が来る前に気づき、仲間全員で動けるようにする。

 

少し前の自分なら、真っ先には思いつかなかった方法だった。

 

「じゃあ始めようか」

 

浦原も頷き、地図の上へいくつか印を書き加えていく。

 

「アタシの方で空間の歪みを拾う仕組みを組みます。夜一サンには実際の監視範囲を見てもらって、朔夜サンは霊圧変化の境目を探してください」

 

「分かった」

 

「わしも異論はない」

 

三人の役割が決まり、ようやく具体的な準備が始まる。

 

その時だった。

 

空座町の遥か上空、人の目には映らない場所で、空間がほんの僅かに歪んだ。

 

まだ黒腔は開いていない。

 

霊圧もほとんど漏れていない。

 

だが、その向こう側にはすでに一人の破面が立っていた。

 

ウルキオラ・シファー。

 

緑の瞳が、静かに現世を見下ろしている。

 

「……井上織姫」

 

名前を口にした後、ウルキオラはわずかに視線を下げた。

 

その先では、何も知らない井上が一護と茶渡に挟まれながら家路についている。

 

藍染から与えられた命令は、戦うことではない。

 

殺すことでもない。

 

連れて帰ること。

 

それだけだ。

 

「条件は整った」

 

誰に聞かせるでもなく呟き、ウルキオラはそのまま空座町を見下ろす。

 

その頃、浦原商店では朔夜たちが黒腔の兆候を捉える方法を考え始めていた。

 

だが、まだ仕組みは完成していない。

 

こちらが次に備え始めた時には、敵もすでに次の場所へ手を伸ばしていた。




今回は、井上の双天帰盾が持つ「治療」では収まらない特殊性に焦点を当てました。

浦原が見ている通り、井上の力は単純に傷を塞ぐのではなく、起きた出来事そのものを拒絶する力に近いものです。

朔夜たちも、その特殊性が藍染の目に留まる可能性を意識し始めました。

また朔夜は、自分一人が全てを守るのではなく、浦原や夜一、日番谷たち、一護たちと連携して空座町全体で異変を掴める形を作ろうとしています。

しかし、その準備が整うより早く、ウルキオラはすでに井上へ狙いを定めていました。

次回――
第65話「十二時間」
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