虚圏へ到着した一護、茶渡、石田、そして朔夜。
そこで出会ったネル、ペッシェ、ドンドチャッカから、遠くにそびえる白い城が藍染の居城――虚夜宮であることを知りました。
井上がいる可能性が最も高い場所。
救出班は、ついに敵の本拠地へ向かいます。
それでは、第68話「虚夜宮」です。
白い砂漠の彼方にそびえる虚夜宮は、歩いても歩いてもなかなか近づいてこなかった。
距離感がおかしくなるほど巨大で、最初は地平線の向こうに浮かんでいた白い影が、進むにつれて少しずつ城壁の形を見せ始める。
先頭を歩く一護は、何度目か分からないほど遠くを見上げて眉を寄せた。
「まだ着かねぇのかよ」
「さっきから三回目だぞ、その台詞」
石田が呆れたように返すと、一護はすぐに振り向く。
「じゃあお前は遠く感じねぇのか?」
「感じるが、言ったところで距離は縮まらない」
「そういうところがムカつくんだよ!」
二人が言い合う横で、茶渡は黙々と歩き続けていた。
その少し後ろでは、ネルが砂の上を跳ねるように進み、ペッシェとドンドチャッカがその後を追っている。
「イツゴのヤツ、せっかちっすねぇ」
「誰のせいで時間食ったと思ってんだよ!」
一護が振り返ると、ネルはきょとんとする。
「ネルのせいっす?」
「お前らを助けるために砂の化け物から逃げただろ!」
「助けてくれたのは感謝してるっすよ?」
「何で上からなんだ!」
すぐ横でペッシェが深く頷く。
「ネル様は感謝の心にあふれたお方っす」
「本当かよ」
「もちろんっす。ただし表現方法には個人差があるっす」
「便利な言葉使ってんじゃねぇ!」
ドンドチャッカも腕を振りながら加わる。
「ネル様は照れ屋なのでヤンス!」
「ドンドチャッカ、余計なこと言うなっす!」
「痛いでヤンス!」
ネルに叩かれたドンドチャッカが泣き出し、ペッシェまで面白がって騒ぎ始める。
少し前を歩いていた朔夜は振り返り、苦笑した。
「虚圏に来たとは思えないくらい騒がしいね」
「お前も大概慣れてんだろ」
一護が返す。
「尸魂界よりは静かな旅になると思ってた」
「どこをどう見てそう思ったんだ」
石田のもっともな指摘に、朔夜は肩をすくめた。
そのまま歩みを進めながらも、周囲への警戒は緩めていない。
虚圏では遠くの霊圧が空気に混ざりやすく、現世よりも位置を読みづらい。虚夜宮から感じる霊圧も多く、井上だけを探し出すことはまだできなかった。
それでも、目指す場所ははっきりしている。
井上がいるとすれば、あの中だ。
石田が途中で足を止め、浦原から渡された霊子標識を砂へ設置した。
一護がそれを見て今度は何も言わない。
前回注意されたことを覚えているらしい。
「珍しいね」
朔夜が言う。
「何がだよ」
「一護が標識忘れてない」
「俺だって学習する!」
「さっき石田が止まったから気づいただけじゃない?」
「うるせぇ!」
一護の声が響き、ネルが楽しそうに笑う。
だが次の瞬間、茶渡が足を止めた。
「誰かいる」
空気が変わる。
一護もすぐに斬月へ手を掛け、石田が周囲へ意識を広げた。
朔夜も視線を前方へ向ける。
砂丘の向こう。
何かが動いた。
ネルたち三人の表情も変わった。
「……虚っす」
ネルの声から、先ほどまでの無邪気さが少し消える。
一護が一歩前へ出る。
「強いのか?」
ネルは首を傾げる。
「ネルには分かんないっす」
「分かんねぇのかよ!」
「だって見えないっす!」
その直後、砂丘の向こうから複数の影が現れた。
人型に近い。
白い装束。
仮面の名残。
破面だ。
数は六。
どれもグリムジョーやウルキオラほどの圧はない。
だが、こちらを見つけるなり一斉に武器へ手を掛けた。
「侵入者だ」
一人が低く告げる。
「虚夜宮へ向かっている」
一護も斬月を抜いた。
「ちょうどいい。道聞こうぜ」
石田が眉をひそめる。
「普通に聞いて答えると思うのか?」
「倒してから聞く」
「それはもっと答えないだろう!」
言い合っている間に、破面の一人が地面を蹴った。
狙いは一護。
刀が振り下ろされる。
一護は斬月で受け止め、そのまま力で押し返した。
「悪ぃけど急いでんだ!」
相手の体勢が崩れたところへ、茶渡が横から踏み込む。
拳が腹へ入る。
破面は砂の上を大きく転がった。
残る五人も同時に動く。
石田はすぐに霊子の弓を展開し、二本の矢を連続して放った。一人の肩と太腿を正確に射抜き、動きを止める。
「殺す必要はない。情報を取るんだろう?」
「さすが石田」
朔夜が言いながら指先を動かす。
「解」
別方向から一護へ迫っていた二人の武器だけが、ほぼ同時に根元から切断された。
相手の動きが止まる。
その隙に一護が斬月の峰で一人を吹き飛ばし、茶渡がもう一人の足元を拳で崩した。
「あと二人」
朔夜が確認した時、最後方にいた一人が虚夜宮へ向かって走り出した。
「知らせに行く気だ!」
石田が弓を向ける。
だが、その前に朔夜が止めた。
「待って」
「何?」
一護も振り返る。
「逃がすのか?」
朔夜は走り去る破面の背中を見ながら頷いた。
「うん」
「何でだよ!」
「どうせ俺たちが入ればバレる。それなら、こっちが来たって分かった状態でどう動くか見た方がいい」
石田が少し考えた。
「敵の反応を見るのか」
「そう。それに、全員捕まえても案内してくれるとは限らないしね」
一護は不満そうだったが、走り去る相手を追わなかった。
残った破面たちは倒れながらも、こちらを睨んでいる。
朔夜が一人の前へしゃがんだ。
「聞きたいことがあるんだけど」
「話すと思うか」
「そう言うと思った」
朔夜は困ったように笑う。
「じゃあ一つだけ。井上織姫って女の子、この中にいる?」
破面の表情が僅かに変わった。
ほんの一瞬。
だが十分だった。
朔夜は立ち上がる。
「ありがとう」
「何も言ってないぞ!」
「言わなくても分かった」
一護の目が鋭くなる。
「井上は中にいるんだな」
「可能性はかなり高い」
それだけで進む理由は十分だった。
虚夜宮はもう目の前まで迫っている。
巨大な城壁は、近くで見るとさらに異様だった。
どこまで続いているのか分からないほど高く、白い壁には窓らしいものも少ない。
正面らしき方向には巨大な門があるが、その前にはさらに多くの霊圧が集まっていた。
石田が目を細める。
「正面から入るのは歓迎されそうにないな」
一護が斬月を肩へ担ぐ。
「別に歓迎されに来たわけじゃねぇ」
「そういう問題じゃない」
朔夜は壁を見上げながら近づき、御厨子へ手を掛ける。
「壁を切って入る?」
ネルがすぐに飛び上がった。
「ダメっす!」
朔夜が振り返る。
「何で?」
「虚夜宮の壁、変な場所切ると中の道が分かんなくなるっす!」
一護が眉を寄せる。
「どういうことだ?」
ネルは両手を大きく広げた。
「中、すっごく広いのら! 道いっぱいで、変なところから入ると迷うっす!」
ペッシェも得意げに頷く。
「ネル様のおっしゃる通りっす。虚夜宮は非常に広大で、適当に侵入すれば迷子になる可能性大っす」
ドンドチャッカも重々しく続けた。
「一度迷ったら泣くでヤンス」
一護が三人を見る。
「お前ら、入ったことあんのか?」
三人が同時に止まった。
ほんの一瞬だった。
ネルはすぐに笑う。
「あるっすよ?」
「あるのかよ!」
「昔ちょっとだけなのら!」
ペッシェとドンドチャッカは何故か急に目を逸らしている。
朔夜はその反応に気づいたが、今は追及しなかった。
ネルたちには何かある。
だが、それを問い詰めるのは井上を助けた後でもできる。
「じゃあ、入口知ってる?」
朔夜が尋ねる。
ネルは少し考え、虚夜宮の壁に沿って右側を指差した。
「正面より、あっちの方が入りやすいっす」
石田が疑うような目を向ける。
「本当に?」
「ほんとっす!」
「何で知ってるんだ?」
「ネルは物知りなのら!」
またそれで押し切ろうとしている。
一護は何か言いたそうだったが、朔夜が先に歩き出した。
「とりあえず信じよう。正面から大勢とやるよりいい」
「お前、意外と簡単に信じるな」
一護が横へ並ぶ。
「全部は信じてないよ」
朔夜は小声で返した。
「でも、今のところネルたちは俺たちを騙してない」
一護も一瞬だけネルたちを見る。
先ほど追われていた時の様子。
破面だと隠そうともしなかったこと。
そして虚夜宮を危険だと止めたこと。
確かに、今すぐ敵と判断する材料はなかった。
「分かった」
一護も頷く。
一行は虚夜宮の壁に沿って進む。
ネルの案内で巨大な城壁を回り込むと、やがて壁の一部に小さな入口が見えた。
正面の大門とは比べものにならないほど狭い。
その前には二人の破面が立っている。
今度は一護も飛び出さなかった。
石田が小声で言う。
「二人だけか」
茶渡も周囲を見る。
「他に近い霊圧はない」
朔夜は少し考える。
「静かに行こうか」
一護が怪訝な顔をする。
「お前が言うと嫌な予感するんだけど」
「失礼だなぁ」
そう返した直後、朔夜は二人の足元へ指を向けた。
「解」
地面へ浅い切れ目が走る。
突然足場を崩された二人が反射的に下を見る。
その一瞬で一護と茶渡が距離を詰めた。
一護が一人の刀を弾き、茶渡がもう一人の腹へ拳を入れる。
どちらも声を上げる前に倒れた。
石田が呆れたように眼鏡を押し上げる。
「静かではあったな」
「でしょ?」
「やり方は十分乱暴だ」
「贅沢言わないでよ」
一護が入口へ手を掛ける。
「行くぞ」
誰も反対しなかった。
扉を開く。
その先には、白い石造りの長い廊下が続いていた。
砂漠とは違う冷たい空気が流れてくる。
朔夜は中へ意識を向ける。
無数の霊圧。
遠い。
近い。
強いものも、弱いものもある。
その中に井上がいる。
そう考えた瞬間、先ほどよりも明確に目的が形になった。
「ここから先は、本当に敵の中だね」
朔夜が言う。
石田が頷く。
「標識を忘れるな。中でも一定間隔で置く」
茶渡は拳を握った。
「井上を探す」
一護は斬月を肩へ担ぎ直す。
「ああ。見つけたら連れて帰る。それだけだ」
朔夜も御厨子の柄へ触れる。
「そうしよう」
その後ろでは、ネルが入口を見上げたまま少しだけ黙っていた。
ペッシェとドンドチャッカも、さっきまでの騒がしさが嘘のように静かになっている。
一護が振り返る。
「どうした?」
ネルは一瞬だけ迷った後、すぐにいつもの顔へ戻った。
「何でもないっす!」
「本当か?」
「ほんとっす! イツゴのヤツは心配性なのら!」
「誰がだ!」
また声が響く。
だが今度は、ネルの笑い方がほんの少しだけ固いことを、朔夜は見逃さなかった。
虚夜宮には、井上だけではない何かがある。
ネルたちにとっても。
そう感じたが、今は何も言わなかった。
目の前の優先順位は変わらない。
井上を探す。
見つける。
連れて帰る。
一護が最初の一歩を踏み出し、茶渡と石田が続く。朔夜も最後尾につき、入口付近へ最初の霊子標識を設置した。
小さな光が白い廊下の端で灯る。
帰るための印。
朔夜はそれを確認してから前を見る。
「行こう」
一護が短く答えた。
「ああ」
救出班はついに、藍染の居城――虚夜宮へ足を踏み入れた。
今回は、ネルたちと共に虚夜宮へ近づき、ついに内部へ侵入するところまで進みました。
道中で遭遇した破面からは直接情報を聞き出せませんでしたが、井上の名前へ反応したことで、彼女が虚夜宮にいる可能性はさらに高くなっています。
朔夜も、敵を全員倒すことより救出を優先し、あえて一人を逃がして敵側の反応を見る判断をしました。
また、ネルたちが虚夜宮の構造をある程度知っていることも判明。
特に城へ近づいた時の三人の反応には、まだ何か事情がありそうです。
そして一護たちは、浦原との約束通り霊子標識を残しながら、ついに虚夜宮の内部へ。
次回――
第69話「白い迷宮」