朔夜の過去を知る人物が、ついに現れます。
その夜
空座町は、不気味なほど静かだった。
浦原商店の縁側
御門朔夜は柱にもたれながら、いつものようにぼんやりと夜空を眺めていた。
「……平和だな」
店の奥から、浦原喜助の声が返ってくる。
「いいことじゃないですか」
「こういうこと言った直後って、大体何か起こるんだよな」
「縁起でもないですねぇ」
黒猫姿の夜一が、縁側へ飛び乗った。
「なら黙っておればよかろう」
「酷い」
朔夜が笑う。
だが次の瞬間その笑顔が消えた。
「……」
夜一も顔を上げる。
店の中浦原の扇子が止まった。
来た。
空座町へ侵入してきた二つの霊圧。
どちらも死神。
一つは副隊長格。
そして。
もう一つは――。
「……隊長」
朔夜が立ち上がった。
その声には、普段の軽さがない。
夜一が低く問う。
「分かるか?」
「ああ」
忘れるはずがない。
鋭く。
冷たく。
一切の無駄がない霊圧。
「朽木白哉」
浦原がゆっくり店から出てきた。
「やはりルキアサンを連れ戻しに来ましたか」
朔夜は腰の刀を取る。
「行ってくる」
「待ってください」
浦原の声に朔夜が振り返る。
「何?」
いつもの笑顔。
しかし浦原の目は笑っていない。
「くれぐれも、やりすぎないように」
「何だよ、それ」
「朔夜サンが白哉サンと本気でぶつかったら」
浦原は扇子を閉じる。
「ルキアサン一人の問題では済みません」
沈黙。
朔夜にもその意味は分かっていた。
尸魂界。
護廷十三隊。
その中でも隊長格である朽木白哉と、現世で朔夜が交戦する。
そうなれば尸魂界は必ず動く。
ましてや御門朔夜という名を知る者が、向こうにはいる。
「……分かってるよ」
夜一が横から言う。
「本当にか?」
「二人して信用なさすぎだろ」
「日頃の行いじゃ」
「夜一さんに言われたくない」
そう言い残し朔夜は消えた。
瞬歩。
◇
その頃朽木ルキアは。
尸魂界から来た一人の死神と対峙していた。
赤髪。
額の刺青。
阿散井恋次。
六番隊副隊長。
「久しぶりだな、ルキア」
そして少し離れた場所に
もう一人立っている。
白い隊長羽織。
首元の銀白風花紗。
髪には牽星箝。
朽木白哉。
ルキアの義兄。
そして。
護廷十三隊六番隊隊長。
圧倒的な威圧感。
「兄様……」
ルキアの顔から血の気が引く。
「戻るぞ、ルキア」
白哉の声。
それだけ、感情はない。
「私は……」
ルキアが何かを言いかける。
その時だった。
「ルキア!」
一護。
黒崎一護が駆けつける。
「一護……!」
「何だよ、こいつら」
斬魄刀を構える。
恋次が。
一護を見る。
「こいつが例の死神代行か」
「だったら何だ」
「人間風情が」
恋次の斬魄刀が抜かれる。
戦闘が始まった。
一護はこれまで虚を相手にしてきた。
しかし死神、それも副隊長格。
今までとは。まるで違う。
恋次の斬撃。
速い。
重い。
一護は受ける。
「っ!」
吹き飛ばされる。
それでも立ち上がる。
「まだだ!」
一護の霊圧が膨れ上がる。
恋次が僅かに驚く。
「こいつ……!」
一護は。
戦いの中で。
急速に成長する。
先ほどまで見切れなかった斬撃を少しずつ。捉え始める。
「一護!」
ルキアが叫ぶ。
「来るな! お前では――!」
「うるせぇ!」
一護が刀を握り直す。
「お前を連れて行かせるかよ!」
その言葉にルキアの目が揺れる。
そしてその光景を少し離れた建物の屋上から朔夜が見ていた。
「……」
まだ動かない。
一護と恋次。
今の一護ではかなり厳しい。
しかし戦えている。
なら自分が出る場面ではない。
問題はもう一人。
「……」
朔夜の視線が白哉へ向く。
そして白哉も同じ瞬間。
朔夜が立つ場所へ顔を向けた。
目が合った。
「――」
白哉の瞳が。
僅かに。
ほんの僅かに。
見開かれる。
「御門……朔夜」
小さな声。
しかし恋次は聞き逃さなかった。
「……え?」
恋次が戦いの最中に振り返る。
そして屋上に立つ朔夜を見る。
一瞬動きが止まった。
「御門……?」
朔夜が屋根から飛び降りる。
ふわりと地面へ着地。
一護が目を丸くする。
「朔夜!?」
「よう」
「よう、じゃねぇ!」
一護が叫ぶ。
「何でここにいる!」
「散歩」
「この状況でその言い訳通ると思ってんのか!」
朔夜は肩をすくめる。
しかし白哉を見る目は一切笑っていない。
「久しぶりだな、白哉」
恋次の顔が引きつる。
「お、おい……」
隊長を呼び捨て。
しかも白哉はそれを咎めるより先に朔夜へ問うた。
「何故、貴様が現世にいる」
「色々あってね」
「答えになっていない」
「相変わらず堅いな」
白哉の目が細くなる。
一護は二人を交互に見る。
「……お前ら知り合いなのか?」
「まあ」
「まあって何だ!」
恋次は朔夜から目を離せない。
「隊長」
小声。
「こいつ、まさか……」
「恋次」
白哉の声が
それ以上を許さなかった。
恋次が口を閉じる。
一護はそのやり取りを見逃さない。
「何なんだよ」
朔夜を見る。
「お前、本当に何者なんだよ」
朔夜は一護を見た。
ほんの一瞬。
困ったような顔。
そして
「その話は後だ」
「またそれかよ!」
だが次の瞬間。
白哉が。消えた。
「!」
一護の目には何も見えない。
朔夜には。見えた。
完全に白哉の瞬歩。
一護の背後に一瞬で移動した。
朔夜の手が反射的に斬魄刀の柄へ伸びる。
一歩踏み出す。
だが
「朔夜」
夜一の声がする。
近くの塀の上に黒猫がいる。
いつの間に
「……」
朔夜の足が止まる。
白哉の刃。
一護が倒れる。
「一護!」
ルキアの悲鳴。
地面に一護の血が広がる。
「……」
朔夜の目から感情が消えた。
白哉が一護の死神としての力を的確に斬り奪っていく。
朔夜の周囲の空気が重くなる。
恋次が朔夜を見る。
「……っ」
汗。
無意識に。
一歩下がる。
何だ。
この霊圧。
まだほとんど解放されていない。
それなのに身体が危険だと告げている。
朔夜が静かに一歩前へ出た。
「白哉」
低い声で問う。
白哉が振り返る。
「もういい」
「何?」
「それ以上やるなら」
朔夜の右手が斬魄刀の柄に触れる。
「俺が相手になる」
静かだった。
怒鳴らない。
殺気を撒き散らすわけでもない。
それが逆異常だった。
恋次が息を呑む。
白哉と朔夜二人の視線がぶつかる。
数秒。
夜一が朔夜を見ていた。
止める準備をしている。
浦原の言葉も頭に残っている。
ここで戦えば全てが変わる。
一護。
ルキア。
その問題すら霞むほど大きな騒ぎになる。
朔夜はゆっくり斬魄刀から手を離した。
「……」
白哉もそれ以上。
一護へ刀を振るわなかった。
「行くぞ、恋次」
「……はい」
ルキアが連れていかれる。
「待て……」
一護が地面に倒れたまま。
手を伸ばす。
「ルキア……!」
「来るな!」
ルキアが叫んだ。
一護の動きが止まる。
「来るな、黒崎一護!」
その言葉は一護を守るためのものだと朔夜には分かった。
門が開く。
ルキアが最後に朔夜を見る。
視線が合う。
「御門」
「……」
「一護を頼む」
小さな声。
朔夜は答えなかった。
ただ僅かに頷いた。
門が閉じる。
朽木ルキア。
朽木白哉。
阿散井恋次。
三人の霊圧が。
消えた。
◇
静かになった。
一護が地面に倒れている。
「……くそ」
弱い声。
「ちくしょう……」
拳を握ろうとする。
だが力が入らない。
「何も……」
一護の声が震える。
「できなかった」
朔夜がその横へしゃがみ込む。
「一護」
「俺は……」
「喋るな」
「ルキアが……!」
「分かってる」
朔夜の声いつものように落ち着いている。
だが拳から血が流れていた。
強く握りすぎて爪が掌へ食い込んでいる。
「俺が……もっと強ければ」
一護が目を閉じる。
朔夜はその言葉を聞いて何も言えなかった。
自分にも覚えがある。
もっと強ければ守れた。
間に合った。
何度そう思ったか。
「……馬鹿」
朔夜が小さく言う。
一護が僅かに目を開く。
「まだ終わってねぇだろ」
「……」
「生きてる」
朔夜は一護の胸へ手を置く。
「なら」
少しだけ笑う。
「次がある」
一護の意識が少しずつ遠のいていく。
「……次」
「ああ」
「ルキアを……」
「ああ」
「助け……」
一護はそこで意識を失った。
朔夜はしばらく倒れている一護を見ていた。
「……」
夜一が近づく。
「怒っておるか?」
「かなり」
「白哉にか?」
朔夜は首を横に振る。
「自分に」
「……」
「俺なら止められた」
「じゃろうな」
「ルキアを連れていかせずに済んだ」
「それもできたかもしれん」
朔夜が夜一を見る。
「だったら何で止めた」
夜一は真っ直ぐ朔夜を見る。
「その後は?」
朔夜が黙る。
「白哉を倒したとして」
夜一が続ける。
「恋次を倒したとして」
「……」
「次に何人来る?」
朔夜は答えない。
「隊長が来る」
「……」
「中央四十六室も動く」
「……」
「そして」
夜一の瞳が細くなる。
「おぬしの存在まで、尸魂界に完全に知られる」
朔夜が目を伏せる。
「今は」
夜一が言う。
「一護たちがルキアを救うための道を作る方が先じゃ」
「……分かってる」
「本当に?」
朔夜は少しだけ苦笑した。
「分かってるって」
その声は
あの時の雨の日より。
少しだけ前を向いていた。
◇
浦原商店。
一護は治療を受けしばらくして目を覚ました。
朔夜は部屋の外の壁にもたれて座っていた。
中から声が聞こえた。
「浦原さん」
「俺を尸魂界に連れていけ!」
朔夜が目を開く。
「……」
浦原の声。
「今の黒崎サンでは無理ですよ」
「だったら」
間髪入れず一護が答える。
「強くしろ」
朔夜は思わず小さく笑った。
「やっぱり」
立ち上がり扉を開ける。
「馬鹿だな、お前」
一護が睨む。
「うるせぇ」
「死にかけたばっかだろ」
「関係ねぇ」
「また死ぬぞ」
「それでも」
一護の目。
朔夜はその目を見てもう分かった。
止めても無駄。
ルキアを助けるまで。
こいつは絶対に諦めない。
「……そっか」
朔夜が部屋へ入る。
「じゃあ」
浦原の横へ並び。
「俺が鍛える?」
一護が目を瞬く。
浦原の笑顔が固まった。
そしていつの間にか部屋へ来ていた夜一が。
即答した。
「駄目じゃ」
浦原も即答。
「ダメです」
朔夜が顔をしかめる。
「何でだよ!」
夜一が呆れた声を出す。
「おぬしの修行は基準がおかしい」
「普通だろ!」
「骨が折れてからが本番などと言う奴のどこが普通じゃ!」
一護が朔夜を見る。
「……お前、俺に何する気だった?」
「普通に鍛えるだけ」
「絶対嘘だ!」
浦原が扇子を開く。
「というわけで」
いつもの胡散臭い笑み。
しかしその奥には覚悟がある。
「黒崎サン」
「はい?」
「修行を始めましょうか」
朔夜はその光景を見ながら。
腰の斬魄刀へ。
そっと手を置いた。
尸魂界。
長い間戻るつもりなどなかった場所。
しかし、ルキアを救うなら。
一護が行くなら。
そして。
再び守れなかったと後悔したくないなら。
「……俺も」
小さく呟く。
夜一がその声を聞いていた。
「決めたか?」
朔夜は少しだけ笑う。
「ああ」
目を閉じる。
その先にかつての尸魂界を思い浮かべる。
「帰るよ」
そして
黒崎一護の命懸けの修行が。
始まろうとしていた。
白哉と恋次が朔夜を知っていることが判明しました。
ただし「なぜ知っているのか」はまだ伏せています。
次回は一護たちの修行です。