ついに虚夜宮へ足を踏み入れた一護、茶渡、石田、朔夜。
ネルたちも加わり、一行は井上を探して白い城の内部を進み始めます。
しかし、藍染の居城がただ広いだけの建物であるはずもありません。
入り組んだ通路、途切れる霊圧、そして意図的に用意されたような分岐。
救出班は早くも、虚夜宮という巨大な迷宮に迎えられることになります。
それでは、第69話「白い迷宮」です。
虚夜宮の内部は、不自然なほど白かった。
壁も床も天井も同じ色で統一され、長い廊下には窓らしいものがほとんどない。外の砂漠では頭上に黒い空と月があったが、城内へ入った途端、距離や方向を測るための目印さえ少なくなっていた。
一護は先頭を歩きながら何度か左右を見回し、やがて露骨に顔をしかめた。
「……同じ道ばっかりじゃねぇか?」
「今のところはね」
朔夜が後方から答える。
「でも、さっきの角とは床の傷が少し違う」
石田がすぐに振り返った。
「見ていたのか?」
「一応。こういう場所で勘だけに頼ったら絶対迷うでしょ」
「珍しくまともだな」
「石田、俺のことどう思ってるの?」
「今説明する必要があるか?」
「ないけどさ」
二人の横で茶渡は何も言わず、通路の端へ新しい霊子標識を固定した。淡い光が灯るのを確認してから立ち上がり、「これで三つ目だ」と短く告げる。
一護が振り返った。
「結構置いてるけど、足りるのか?」
「無限にあるわけではない」
石田が代わりに答える。
「だから適当には置けない。分岐や大きく方向が変わる場所を優先するべきだ」
「じゃあ次からそうしよう」
朔夜も頷いた。
浦原から持たされた標識は、虚圏から帰還するための大切な手掛かりでもある。井上を見つけた後で迷子になれば意味がない。
その後ろでは、ネルが白い壁を見上げながら歩いていた。
「やっぱり中は広いっすねぇ」
一護がすぐに振り返る。
「お前、来たことあるんだろ?」
ネルの足が僅かに止まった。
「あるっすよ?」
「じゃあ井上がいそうな場所分かんねぇのか?」
「そんなの分かんないっす!」
「何でだよ!」
ネルはむっと頬を膨らませる。
「虚夜宮はすっごく広いのら! ネルが知ってるところだって全部じゃないっす!」
その後ろからペッシェが得意げに胸を張った。
「その通りっす。虚夜宮を完全に把握するなど、並大抵の知識では不可能っす」
石田が目を細める。
「君は把握しているのか?」
「してないっす」
「じゃあ偉そうに言うな!」
一護の怒鳴り声が廊下へ響く。
ドンドチャッカも横から頷いた。
「オレもよく迷ったでヤンス」
「それは何の参考にもならないな」
石田が即答すると、ドンドチャッカは「ひどいでヤンス〜〜〜!」と泣き出した。
朔夜はそのやり取りを聞きながらも、意識の半分を周囲へ向け続けていた。
無数の霊圧がある。
小さなもの。
大きなもの。
移動しているもの。
止まっているもの。
だが井上らしい霊圧は、まだ掴めない。
「腕輪、まだ付けられてるのかな」
朔夜が呟くと、茶渡が横を見る。
「可能性はある」
「それなら、霊圧だけで探すのは難しいな」
石田も考え込む。
一護は前を向いたまま拳を握った。
「だったら、いる場所を片っ端から探す」
「気持ちは分かるけど、それやると先に俺たちが迷子になるよ」
朔夜が返す。
「じゃあどうすんだよ」
「敵に聞く」
「さっき聞いても答えなかっただろ」
「答えなくても反応はする」
一護が少しだけ黙った。
確かに、虚夜宮の外で出会った破面は井上の名前に反応した。それだけでも、彼女が城内にいる可能性を確かめるには十分だった。
「なら次に会った奴に聞く」
「うん。でも今度はもう少し情報持ってそうな相手がいい」
「見分けつくのか?」
「そこが問題」
一護が露骨に呆れた。
「結局分かんねぇじゃねぇか」
「だから探しながら考えるんだって」
話しているうちに、廊下の先が大きく開けた。
そこには五本の通路が扇状に分かれている。
全員の足が止まった。
一護が嫌そうな顔をする。
「……やっぱり出たな」
石田はすぐに床を見るが、どの通路にも目立った痕跡はない。
茶渡も霊圧を探る。
「全部に虚の気配がある」
「どれが正解か分からないってことか」
一護が言うと、ネルが両手を腰へ当てた。
「ネルに任せるっす!」
四人が一斉にネルを見る。
ネルは自信満々に右端の通路を指した。
「こっちなのら!」
「根拠は?」
石田が聞く。
「なんとなくっす!」
「却下だ」
「早いっす!」
ネルが抗議し、ペッシェも横から「ネル様の勘は素晴らしいっす!」と援護するが、ドンドチャッカが小声で「昔よく外したでヤンス」と漏らした。
「ドンドチャッカ!」
「口が滑ったでヤンス!」
一護は頭を抱えた。
「もうこいつらに道聞くのやめようぜ……」
朔夜は五本の通路を見比べながら、ゆっくり前へ出る。
どれも霊圧がある。
だが、少しおかしい。
「……待って」
一護が振り返る。
「何だ?」
「左から二番目だけ、気配が近づいてこない」
石田も集中する。
数秒後、僅かに眉を寄せた。
「確かに。他の四本は弱い霊圧が動いている。でもそこだけは一定だ」
「見張りがいる?」
茶渡が尋ねる。
「あるいは、そう見せてる」
朔夜はその場から動かず、指先だけを左から二番目の通路へ向けた。
「解」
一護が目を見開く。
「おい!」
見えない斬撃は奥まで飛ばず、入口近くの壁だけを浅く切った。
その瞬間、通路の奥から複数の霊圧が動いた。
隠れていたらしい。
朔夜が口元を上げる。
「いた」
一護も斬月へ手を掛ける。
「最初からそれ狙ってたのか?」
「半分くらい」
「半分かよ」
石田は弓を構えながらも、別のことに気づいた。
「待て。動いたのはそこだけじゃない」
左右の通路からも、同時に霊圧が近づいてくる。
茶渡が拳を握る。
「囲まれる」
朔夜は一瞬だけ五本の通路を見渡した。
なるほど。
ただの迷路ではない。
こちらがどの道を選ぶか見るために、敵が配置されている。
「これ、分岐じゃなくて罠だね」
一護が斬月を抜く。
「だったら全部ぶっ飛ばして進めばいい!」
「今回はそれでいいかも」
朔夜も御厨子の柄へ手を添える。
だが、刀はまだ抜かなかった。
四本の通路から、次々と下級の破面や虚が現れる。
数は十を超えていた。
ネルが一護の後ろへ隠れる。
「いっぱい来たっす〜〜〜!」
ペッシェもネルの前へ飛び出す。
「ネル様はわたくしがお守りするっす!」
ドンドチャッカはそのさらに後ろへ隠れた。
「オレも守ってほしいでヤンス!」
「お前は前出ろ!」
一護が叫ぶ。
最初の一体が飛び込んでくる。
一護は正面から斬月で受け、勢いのまま壁へ叩きつけた。別方向から来た二体へは石田の矢が飛び、膝と肩を正確に射抜いて動きを止める。
茶渡も一歩踏み込み、拳で三体目をまとめて吹き飛ばした。
朔夜はその動きを見ながら、全体を確認する。
四方向。
味方が近い。
この状況で広く解を撒けば、かえって動きを邪魔する。
なら必要なところだけでいい。
石田の背後へ回ろうとした一体の武器が、突然根元から切れた。
続いて茶渡へ伸びた槍の先端だけが落ちる。
一護の死角へ入った敵の足元へ浅い切れ目を入れ、体勢を崩す。
「助かる!」
一護がそのまま斬月の峰で相手を吹き飛ばす。
朔夜は短く答えた。
「そっちは任せる」
一護が一瞬だけ笑う。
「言われなくても!」
戦闘は長く続かなかった。
相手は数こそ多いが、グリムジョーたちほどの力はない。
一護、茶渡、石田が前へ出て数を減らし、朔夜は味方の死角や武器だけを狙って解を使う。わざわざ全部を一人で切る必要はなかった。
最後の一体が倒れるまで、ほんの数分だった。
静けさが戻る。
一護は斬月を肩へ担ぎ直した。
「で、どの道行く?」
石田が周囲を見回す。
「少なくとも四本は敵が出てきた」
茶渡が一つの通路を見る。
「中央だけ、何も来なかった」
全員の視線が中央の道へ集まる。
確かに、そこからだけは敵が現れていない。
一護が口元を上げる。
「じゃあそこだな」
「いや、待って」
朔夜が止めた。
「逆に怪しくない?」
「また考えすぎじゃねぇか?」
「藍染の城だよ。考えすぎるくらいでちょうどいいと思う」
石田も同意するように頷いた。
「中央だけ完全に無人なのは不自然だ」
そこでネルが恐る恐る前へ出た。
「……真ん中、行かない方がいいっす」
一護がすぐに振り返る。
「何か知ってんのか?」
ネルは少しだけ困った顔をする。
「詳しくは覚えてないっす。でも、まっすぐ行けそうな道ほど、まっすぐ行けないのら」
一護の眉が寄る。
「分かるように言え!」
「ネルも分かんないっす!」
「何だそりゃ!」
ペッシェが間へ入る。
「ネル様のお言葉を要約すると、虚夜宮では単純な道ほど怪しいということっす!」
石田が冷静に返す。
「今、朔夜が同じことを言った」
「先を越されたっす!」
「張り合うな」
朔夜は少し考えてから、最初に敵が隠れていた左から二番目の通路を見る。
「こっち行こうか」
一護が意外そうな顔をする。
「一番怪しかったところだぞ」
「だからこそ。見張りがいたってことは、その先に何かある可能性が高い」
石田もすぐに意味を理解した。
「少なくとも、敵にとって監視する価値のある通路だ」
茶渡が頷く。
「賛成だ」
一護は少し考えた後、斬月を背負い直した。
「分かった。行こう」
石田が分岐の中央へ新しい霊子標識を固定する。
これで戻ってきても、どこから来たのか分かる。
一護たちが左から二番目の通路へ進み始める中、朔夜は最後尾で一度だけ振り返った。
倒れた敵。
五本の通路。
そして、何も現れなかった中央。
誰かに見られている。
そんな感覚が消えない。
「朔夜?」
茶渡が呼ぶ。
朔夜は前を向いた。
「何でもない。行こう」
歩き出す。
そのさらに奥。
白い壁の向こうで、誰かの霊圧が一瞬だけ動いた。
今度は小さくない。
下級の破面とは明らかに違う。
朔夜の目が僅かに細くなる。
「……来るね」
一護も足を止めずに聞き返す。
「強い奴か?」
「たぶん」
一護は前を向いたまま笑った。
「だったら聞き出しやすそうだな」
「倒す前にね」
「分かってるよ!」
白い廊下の奥へ、七人の足音が響いていく。
井上の居場所はまだ分からない。
だが、敵は確実にこちらを意識し始めていた。
虚夜宮という白い迷宮の中で、救出班は少しずつその中心へ踏み込んでいった。
今回は、虚夜宮内部の「白い迷宮」を進む一行を描きました。
同じような廊下が続き、霊圧だけでは井上の位置を特定できない中、朔夜たちは浦原から渡された霊子標識を使いながら慎重に進んでいます。
また、五つの分岐では単純に正解を当てるのではなく、敵の配置そのものから「監視する価値のある道」を選びました。
戦闘では朔夜が全員を一人で倒すのではなく、一護、茶渡、石田が前で戦い、朔夜は死角や武器だけを解で処理する形にしています。
そして進んだ先では、これまでの下級破面とは明らかに違う霊圧が接近中。
次回――
第70話「門番」