分岐に配置されていた下級の破面を退け、監視する価値があると判断した通路へ進んだ一行。
その先から近づいてきたのは、これまでとは明らかに違う霊圧でした。
それでは、第70話「門番」です。
白い廊下の奥から、重い足音が響いていた。
一歩ごとに床が震え、ネルが一護の背後へ隠れていく。
「……イツゴのヤツ」
「何だよ」
「何かすっごいの来てるっす」
「俺にも分かる」
一護は斬月の柄に手を掛けたまま進み、茶渡は拳を握る。石田もすでに霊子の弓を展開していた。
最後尾の朔夜は一度だけ背後を確認する。
先ほど設置した標識の反応はまだある。退路は確保されていた。
「前だけ見てて大丈夫そうだね」
「だったら集中しろ」
「してるよ。だから後ろも見てたんだけど」
言葉が終わる前に、廊下の奥から巨大な影が現れた。
天井へ届きそうな巨体。白い装甲のような外皮に覆われ、肩から腕にかけて異様に太い。顎から頬には仮面の名残が残り、手には人間の背丈ほどもある大剣が握られている。
男は一護たちの前で足を止めた。
「侵入者か」
一護が一歩出る。
「井上織姫って女を探してる」
「知らんな」
「嘘つけ」
「知らん」
「じゃあ通せ」
「断る」
一護の額に青筋が浮いた。
「話通じねぇな!」
「お前も大概だぞ、黒崎」
朔夜は男の背後にある大きな扉へ目を向けた。さらに奥から複数の霊圧が感じられる。
「門番ってところかな」
「その通りだ。ここより先へは通さん」
「じゃあ、やっぱり先に何かあるんだ」
破面が黙り込み、一護が朔夜を見る。
「今ので分かったのか?」
「自分で門番って言ったからね」
「ずいぶん素直な門番だな」
石田の言葉に、破面の眉が初めて動いた。
「貴様ら――」
一護が斬月を抜く。
「悪ぃけど、急いでんだ」
破面が踏み込んだ。
巨体からは想像できない速度で大剣が横薙ぎに振るわれ、一護は斬月で受け止める。しかし衝撃を殺し切れず、数メートル押し戻された。
「っ……重ぇ!」
追撃の上段斬りを横へ飛んでかわす。大剣が床を叩き割った。
その隙に茶渡が懐へ入り込む。
「巨人の右腕」
拳が腹部へ叩き込まれたが、破面は僅かに揺れただけだった。
「硬い」
「そうみたいだね」
朔夜が指先を向ける。
「解」
見えない斬撃が右肩を切り裂き、白い外皮に細い傷を刻んだ。だが浅い。
破面が朔夜へ顔を向ける。
「見えん斬撃か」
「硬皮も結構厚いね」
石田の矢が飛び、膝裏を狙う。破面が大剣で弾いた直後、二本目の矢が脇腹へ突き刺さった。
「今だ!」
一護が踏み込み、朔夜の傷へ斬月を叩き込む。
硬皮が割れ、破面の巨体が初めて大きく揺らいだ。
「一撃で抜けないなら、同じ場所へ攻撃を集めればいい」
「分かりやすくていいじゃねぇか」
「お前はそういうの好きそうだね」
「うるせぇ!」
一護が再び踏み込む。
だが破面は大剣を床へ突き立てた。刃を中心に霊圧が広がり、床が一斉に隆起する。
「うわっ!」
ネルたちが跳ね上がり、ペッシェが叫んだ。
「ネル様ぁぁぁ!」
「ペッシェのヤツうるさいっす〜〜〜!」
「オレも飛んでるでヤンス〜〜〜!」
茶渡がネルを受け止め、石田は霊子の足場を作って着地する。朔夜も床へ降りたが、目の前に大剣が迫った。
避ければ背後のペッシェたちが巻き込まれる。
「解」
朔夜は大剣ではなく、柄の付け根へ斬撃を集中させた。
一撃、二撃、三撃。
金属が削れ、刃の軌道が僅かに逸れる。その横を一護がすり抜けた。
「月牙天衝!」
至近距離から放たれた月牙天衝が門番を吹き飛ばし、巨体が扉へ激突する。
白い煙が上がった。
「やったっす?」
「そういうことを言うと大抵まだだ」
石田の言葉を裏付けるように、煙の中から大剣が飛んできた。
一行が身をかわすと、大剣は壁へ深く突き刺さった。
煙が晴れる。
門番は肩から血を流し、硬皮を割られながらも立っていた。
「侵入者ごときが……」
「まだやんのか?」
「ここを通すわけにはいかん」
大剣を失った門番が拳を構える。
朔夜はその姿に違和感を覚えた。門を守ることへの執着が強すぎる。
「ねえ。この先、何があるの?」
「答えると思うか」
「井上がいるかどうかだけ教えて」
「知らんと言った」
「本当に?」
門番の視線が一瞬だけ背後の扉へ動いた。
朔夜は一護を見る。
「分かってる」
目的は門番を倒すことではなく、先へ進むことだ。
朔夜は周囲を見回した。
「茶渡、正面お願い」
「分かった」
「石田は右」
「了解した」
「一護は左から抜けて扉へ」
「お前は?」
「俺は門を開ける」
一護が一瞬だけ朔夜を見る。
「壊すなよ?」
「喜助みたいなこと言うね」
「お前だから言ってんだよ!」
門番が動いた。
茶渡が正面から受け止め、拳と拳がぶつかる。石田の矢が膝と肩を射抜き、門番の姿勢を崩した。
一護が左を抜ける。
追おうとした門番の腕を、茶渡が掴んだ。
「行かせない」
朔夜は扉へ走った。
巨大な白い扉の中央に、鍵のような霊子反応がある。
「壊すより、ここかな」
「解」
表面ではなく、内部の接続部分だけを狙う。
一つ、二つ、三つ。
細い切断音が重なり、扉の中央から低い音が響いた。
「一護!」
「おう!」
一護が斬月を隙間へ差し込み、力任せに押し開く。
扉の向こうに、さらに奥へ続く通路が現れた。
その瞬間、遠くから朔夜の知る霊圧が触れる。
「……!」
すぐに消えた。
だが、聞き間違えるはずがない。
「井上」
「感じたのか!?」
「一瞬だけ。でもいた。この先」
一護の目が変わった。
門番も初めて焦りを見せ、茶渡を振り払って扉へ向かう。
「行かせるか!」
石田の矢が足元へ突き刺さり、門番の動きを止めた。
「悪いが、こちらも急いでいる」
「先行くぞ!」
「待って」
朔夜は門番を見る。
「このまま置いてったら後ろから来る」
茶渡が構え直した。
「俺が止める」
「茶渡?」
「先へ行け。ここは俺がやる」
「でも――」
「一護。井上を見つける方が先だ」
一護は短く息を吐いた。
「……分かった。絶対追いつけよ」
「ああ」
石田も茶渡へ声を掛ける。
「無茶はするな、茶渡」
「お前もな」
朔夜は一瞬迷った。
自分が残れば早く倒せる。だが、それでは茶渡が選んだ役目を奪うことになる。
「茶渡」
「何だ」
「標識、一つ置いてく」
朔夜は霊子標識を扉の脇へ固定した。
「終わったらこれを追ってきて」
「分かった」
ネルが不安そうに茶渡を見る。
「チャドのヤツ、大丈夫っす?」
「大丈夫だ」
「ほんとっす?」
「ああ」
ネルは強く頷いた。
「じゃあ信じるっす!」
「行くぞ!」
一護が先頭に立ち、石田、ネル、ペッシェ、ドンドチャッカが続く。
朔夜も最後に茶渡を振り返り、扉の向こうへ走った。
背後で再び拳がぶつかる。
だが一護は振り返らない。茶渡を信じたからだ。
朔夜も前を見る。
先ほど感じた井上の霊圧は、ほんの一瞬だった。それでも確かに近づいている。
「こっち」
朔夜が先を示す。
一護が速度を上げた。
「井上、待ってろ」
白い迷宮の中で、救出班は初めて確かな手掛かりを掴んだ。
そして同時に、一行は少しずつ別々の戦いへ分かれ始めていた。
今回は、虚夜宮の内部区画を守る門番との戦いを描きました。
門番は硬い硬皮と巨体を持つため、朔夜の解でも一撃では深く通らず、一護・茶渡・石田と攻撃を重ねて突破口を作っています。
また、朔夜は敵そのものを倒すことへ固執せず、最終的には扉の内部構造を解で切断し、一護に開かせる形で突破。
その先で、ほんの一瞬だけ井上の霊圧を捉えることに成功しました。
そして門番を足止めするため、茶渡が自ら残ることを選択。
朔夜もそれを奪わず、帰還用の標識を残して先へ進みます。
次回――
第71話「分かれる道」