BLEACH ―斬界の御厨子―   作:tunagi

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虚夜宮の内部で仲間たちと分断された朔夜。

井上の居場所へ近づくため、ドンドチャッカと共にさらに城の内側を進んでいきます。

その前に現れたのは、見知らぬ破面ではありません。

かつて空座町で朔夜と交戦し、新しい斬撃の使い方を観察したまま虚圏へ逃れた男。

あの時持ち帰られた情報が、今度は朔夜自身へ向けられます。

それでは、第74話「昔の顔」です。


第74話 昔の顔

 

白い廊下を進むにつれ、周囲から感じる霊圧の数は増えていた。

 

虚夜宮の外側とは違う。

 

弱い虚の気配に混じり、明らかに格の違う霊圧がいくつも存在している。

 

朔夜は歩みを止めず、時折壁や床へ意識を向けながら進んでいた。その後ろを、ドンドチャッカが落ち着かない様子でついてくる。

 

「サクヤの旦那、本当にこっちで合ってるでヤンス?」

 

「多分」

 

「多分でヤンス!?」

 

「井上の霊圧がずっと消されてるから、確実とは言えないよ。でも――」

 

朔夜が足を止めた。

 

ドンドチャッカも慌てて止まる。

 

「どうしたでヤンス?」

 

「今、一瞬だけ感じた」

 

「井上の嬢ちゃんでヤンス?」

 

「うん」

 

ほんの僅かだった。

 

霊圧を抑える何かに覆われたまま、それでも一瞬だけ漏れた気配。

 

方向は分かった。

 

廊下の先には大きな広間があり、その奥から三本の通路が伸びている。

 

「右」

 

朔夜は迷わずそちらへ向かおうとした。

 

だが、数歩進んだところで足が止まる。

 

右の通路の前に、一人の破面が立っていた。

 

細身の男。

 

白い装束。

 

腰には刀。

 

顔の右側から顎にかけて、細長い仮面の破片が残っている。

 

朔夜はその顔を見て、すぐに思い出した。

 

「……ああ」

 

男の口元が上がる。

 

「覚えていたか」

 

「空座町で俺の相手して、途中で逃げた人」

 

ドンドチャッカが目を丸くした。

 

「知り合いでヤンス!?」

 

「知り合いってほどじゃないよ」

 

朔夜は男から目を離さない。

 

あの時。

 

グリムジョーたちが現世へ侵攻した裏で、朔夜の前へ現れた破面。

 

戦闘の途中から攻撃の手を緩め、朔夜が試していた身体と斬撃を連動させる使い方を観察し、その情報を持ったまま黒腔へ逃げた男だった。

 

「名前、まだ聞いてなかったね」

 

「イグナシオ・ベルダ」

 

男――イグナシオは壁から背を離した。

 

「もっとも、名を覚えてもらう必要はない。前回も今回も、私の役目は貴様と決着をつけることではないからな」

 

朔夜の目が僅かに細くなる。

 

「じゃあ、やっぱり前は情報集めだったんだ」

 

「ああ」

 

隠す気もないらしい。

 

イグナシオは淡々と続けた。

 

「空座町での任務は、御門朔夜が尸魂界から戻った後、どのように戦い方を変えたかを確認すること。特に、身体の周囲へ斬撃を纏わせようとしていた試みについて情報を持ち帰ることだった」

 

「それを藍染に?」

 

「藍染様にだ」

 

朔夜は小さく息を吐いた。

 

予想していたことではある。

 

それでも本人の口から聞けば、確信へ変わる。

 

「じゃあ今回は?」

 

イグナシオは少し笑った。

 

「確認だ」

 

「何の?」

 

「貴様が、あの時からどこまで変わったか」

 

その言葉と同時に、男の視線がドンドチャッカへ移った。

 

朔夜の表情が変わる。

 

イグナシオは続けた。

 

「そしてもう一つ。味方を守る必要が生じた時、御門朔夜の選択肢がどこまで狭まるのか。それを実地で確かめる」

 

ドンドチャッカが青ざめる。

 

「オ、オレを見ながら言わないでほしいでヤンス……」

 

「なるほど」

 

朔夜は御厨子の柄へ手を置いた。

 

「俺を倒すのが目的じゃない」

 

「必要なら倒す。だが優先ではない」

 

「時間稼ぎ?」

 

イグナシオの笑みが僅かに止まった。

 

それだけで十分だった。

 

朔夜は右の通路を見る。

 

先ほど井上の霊圧を感じた方向。

 

「井上を移してるんだね」

 

「……」

 

「俺たちが入ってきたから、もっと奥へ」

 

今度は答えない。

 

だが否定もしない。

 

朔夜は御厨子を抜いた。

 

「だったら、あんまり付き合ってる暇ないな」

 

「それを決めるのは貴様ではない」

 

イグナシオも刀を抜く。

 

次の瞬間、姿が消えた。

 

朔夜の左側。

 

刀が首へ迫る。

 

御厨子で受ける。

 

甲高い音が広間へ響き、そのまま刃を滑らせて手首を狙ってくる。

 

朔夜は半歩下がってかわし、右腕を振った。

 

イグナシオが即座に左へ跳ぶ。

 

しかし斬撃は来ない。

 

「……」

 

その反応に、朔夜が僅かに笑う。

 

「やっぱり見てるんだ」

 

「当然だ」

 

イグナシオが再び踏み込む。

 

「身体の動きを斬撃の起点とする。だが、身体が向いた方向と実際の解は一致しない」

 

「そこまで分かってるなら話が早いね」

 

朔夜が右肩を動かす。

 

イグナシオは今度は動かない。

 

代わりに周囲へ意識を向ける。

 

その足元が切れた。

 

白い床が崩れ、体勢が僅かに傾く。

 

朔夜が踏み込んだ。

 

御厨子と刀がぶつかる。

 

「捌」

 

接触した瞬間、相手の刀へ合わせた斬撃が食い込んだ。

 

イグナシオはすぐに刀を引く。

 

刃には深い傷が刻まれていた。

 

「捌も変わらないか」

 

「能力はね」

 

「だが使い方は変わった」

 

「それを見に来たんでしょ?」

 

朔夜は追わない。

 

イグナシオも無理に距離を詰めなかった。

 

戦っている。

 

だが、相手は勝とうとしているだけではない。

 

朔夜が何を選び、どの技をどの場面で使うのか。

 

それを見ている。

 

その事実が分かった瞬間、戦い方そのものが変わった。

 

「嫌な仕事だね」

 

「何がだ」

 

「戦いながら観察されるの」

 

「前回は気づくのが遅かったな」

 

「うん。あれは失敗だった」

 

あっさり認めると、イグナシオが少しだけ眉を動かした。

 

朔夜は続ける。

 

「だから今回は、同じ失敗しないよ」

 

肩が動く。

 

イグナシオが身構える。

 

何も来ない。

 

次に朔夜が左足を踏み出す。

 

今度は天井が切れた。

 

白い石材が落下し、進路を塞ぐ。

 

イグナシオが横へ抜ける。

 

その先の壁へ解が走った。

 

退路が狭まる。

 

「身体の動きはただの起点……いや、それすら必須ではないか」

 

朔夜の目が少し細くなった。

 

「そこまで気づいた?」

 

「報告では、元々お前の解に予備動作は必要ない」

 

「正解」

 

朔夜は指一本動かさなかった。

 

イグナシオの頬へ細い傷が走る。

 

「身体から斬撃を出すようにしたんじゃない。身体の動きを、解を使う合図の一つに増やしただけ」

 

「なるほど」

 

イグナシオは血を拭いながら笑った。

 

「では次だ」

 

嫌な気配がした。

 

朔夜の視線が動く。

 

相手の手が向いている先。

 

ドンドチャッカ。

 

「――下がって!」

 

だがイグナシオの方が早い。

 

指先へ霊圧が集まり、虚閃が放たれる。

 

朔夜は解をぶつけて軌道を逸らす。

 

赤い光がドンドチャッカのすぐ横を抜け、壁を吹き飛ばした。

 

「ひいいいいっ!」

 

ドンドチャッカが頭を抱える。

 

その一瞬。

 

イグナシオが朔夜の懐へ入り込んだ。

 

刃が肩を切る。

 

血が散った。

 

「やはり変わらない部分もある」

 

朔夜が距離を取る。

 

イグナシオは追わず、刀についた血を払った。

 

「味方を狙えば、貴様はそちらを優先する」

 

「それを見るためにドンドチャッカを?」

 

「そうだ」

 

「……そっか」

 

朔夜の声が少し低くなる。

 

イグナシオは気づかず続けた。

 

「前回の報告だけでは不十分だった。藍染様が知りたいのは技の強さではない。貴様が何を基準に力を使い、何を理由に動きを止めるかだ」

 

その言葉に、朔夜が反応した。

 

「藍染が?」

 

「ああ」

 

以前、御厨子から言われたことと奇妙に重なる。

 

考えることと、動きを止めることは違う。

 

そして藍染は、朔夜がどんな時に止まるのかを調べている。

 

「なるほどね」

 

朔夜は肩の傷へ一度だけ触れた。

 

「だから俺を殺しに来たんじゃない」

 

「何度言わせる。私の任務は観測と足止めだ」

 

イグナシオが右の通路を見た。

 

「お前がここにいる間にも、井上織姫はさらに内側へ移されている」

 

ドンドチャッカが息を呑む。

 

「旦那!」

 

「分かってる」

 

朔夜の表情から、僅かに残っていた軽さが消えた。

 

付き合えば付き合うほど、相手の目的を達成させる。

 

なら、この戦いを長引かせる理由はない。

 

「もう十分見た?」

 

「何?」

 

「俺は十分」

 

イグナシオが構える。

 

朔夜は御厨子を持ったまま、一歩踏み出した。

 

右腕が僅かに動く。

 

イグナシオは反応して左へ跳ぶ。

 

何も来ない。

 

着地地点の床が切れる。

 

体勢が崩れた。

 

朔夜は追う。

 

刀を受ける。

 

接触。

 

「捌」

 

亀裂。

 

イグナシオが強引に刀を引き抜く。

 

その瞬間には、朔夜の姿が横へ回っていた。

 

「っ!」

 

肩を切る。

 

振り向けば腹部。

 

後ろへ逃げれば床。

 

朔夜の身体の動きと、解の位置が繋がらない。

 

しかも時折、何の動作もなく斬撃が届く。

 

イグナシオの判断が少しずつ遅れる。

 

「……これが今の御門朔夜か」

 

「まだ途中だけどね」

 

「なら、もう一つ見せてもらう」

 

イグナシオが大きく距離を取った。

 

また手がドンドチャッカへ向く。

 

「味方が傷つけば、お前はどう変わる」

 

朔夜の目が細くなる。

 

「やめた方がいいよ」

 

「何?」

 

「それ」

 

霊圧が集まる。

 

虚閃。

 

同時に、イグナシオが残った手で刀を投げた。

 

朔夜とドンドチャッカ。

 

二つを同時に狙う。

 

選ばせるための攻撃。

 

朔夜は一瞬だけ迷った。

 

その僅かな遅れを、イグナシオは逃さない。

 

虚閃が放たれる。

 

「ドンドチャッカ!」

 

解が虚閃へぶつかる。

 

軌道は逸れた。

 

だが、完全には消せない。

 

光が掠め、ドンドチャッカの身体が吹き飛ぶ。

 

「ぐあっ!」

 

白い壁へ叩きつけられ、そのまま崩れ落ちた。

 

同時に飛んできた刀が朔夜の肩を深く切る。

 

だが朔夜は自分の傷を見なかった。

 

「ドンドチャッカ」

 

返事がない。

 

近づく。

 

呼吸はある。

 

直撃ではない。

 

気を失っているだけだ。

 

それを確認して、朔夜はゆっくり立ち上がった。

 

背後でイグナシオが笑う。

 

「十分だ」

 

朔夜が振り返る。

 

「何が?」

 

「目的は果たした」

 

イグナシオはもう攻撃する姿勢を見せていなかった。

 

「味方への攻撃を優先して止める。自分への攻撃は後回しにする。前回より手段は増えたが、根本は変わらない」

 

観測。

 

検証。

 

そして、その結果を持ち帰る。

 

最初からそれが目的だった。

 

「さらに、お前をここへ留めている間に井上織姫の移送も進んだ」

 

朔夜は何も言わない。

 

「御門朔夜。貴様は強い。だが――」

 

「もういいよ」

 

声は穏やかだった。

 

イグナシオの言葉が止まる。

 

朔夜は笑っていた。

 

いつもの気怠い笑い方ではない。

 

「分かったから」

 

広間の空気が変わる。

 

イグナシオの表情から初めて余裕が消えた。

 

「……何だ?」

 

「前に逃げられた時も思ったんだ」

 

朔夜は御厨子を下げたまま歩き始める。

 

「次に会ったら、ちゃんと止めようって」

 

一歩。

 

イグナシオが後ろへ下がる。

 

「でも今回は、井上を移すために俺を止めて」

 

さらに一歩。

 

「ドンドチャッカまで傷つけて」

 

笑みが少し深くなる。

 

「そういうことするんだ」

 

「……!」

 

イグナシオが反射的に構える。

 

だが、刀は手元にない。

 

次の瞬間。

 

右脚が切れた。

 

「っ!?」

 

膝をつく。

 

左肩。

 

脇腹。

 

背後の壁。

 

逃げ道。

 

次々と斬撃が届く。

 

朔夜は指一本動かしていない。

 

「動作を起点にする使い方を覚えたからって」

 

また一つ、床が切れる。

 

「元の使い方を忘れたわけじゃないよ」

 

イグナシオが歯を食いしばる。

 

「これほど……!」

 

「情報は合ってた」

 

朔夜は目の前まで来た。

 

「でも、知ったつもりになった」

 

御厨子がイグナシオの胸へ触れる。

 

「捌」

 

硬皮。

 

霊圧。

 

強度。

 

接触した瞬間に読み取り、必要な斬撃へ変える。

 

深い傷が走った。

 

イグナシオが崩れ落ちる。

 

朔夜は御厨子を首元へ止めた。

 

あと僅か。

 

「……殺せ」

 

「そうした方が楽なんだけどね」

 

朔夜は薄く笑った。

 

その時。

 

「……サクヤの旦那……」

 

背後から弱い声が届いた。

 

朔夜の手が止まる。

 

ドンドチャッカが身体を起こしている。

 

「こ、怖い顔してるでヤンス……」

 

数秒。

 

朔夜は何も言わなかった。

 

やがて御厨子を引く。

 

イグナシオの身体が床へ崩れた。

 

「……ごめん」

 

「何がでヤンス?」

 

「ちょっと昔の癖が出た」

 

「ちょっとどころじゃなかったでヤンス……」

 

朔夜は苦笑しながら御厨子を鞘へ戻す。

 

だが、自分でも分かっていた。

 

さっき本当に少しだけ。

 

殺してもいいと思った。

 

必要だからではない。

 

敵だからというだけでもない。

 

怯えていく相手を見て、胸の奥に愉しんでいる部分があった。

 

昔の自分。

 

邪魔なら斬る。

 

敵なら潰す。

 

守るものさえ残ればいい。

 

ずっと抑えてきた考え方。

 

『ようやく、少しは昔の顔に戻ったか』

 

頭の奥で、御厨子が笑う。

 

朔夜は眉を寄せた。

 

『嬉しそうに言わないでよ』

 

『何故だ。あれも貴様だ』

 

返事はしなかった。

 

ドンドチャッカへ近づき、身体を確認する。

 

「歩ける?」

 

「何とかでヤンス」

 

「じゃあ急ごう」

 

朔夜は右の通路を見る。

 

「こいつの目的は時間稼ぎだった。これ以上付き合ったら、本当に井上を見失う」

 

「井上の嬢ちゃん、まだ分かるでヤンス?」

 

朔夜は一度だけ集中する。

 

そして頷いた。

 

「微かだけど、もっと奥」

 

「なら急ぐでヤンス!」

 

「うん」

 

二人は走り出した。

 

その背後。

 

倒れたイグナシオが薄く目を開ける。

 

任務は完遂できなかった。

 

だが、見た。

 

御門朔夜の戦い方の変化。

 

味方を傷つけられた時の反応。

 

そして――報告にはなかった顔。

 

それを藍染へ伝えられるかどうかは、もう分からない。

 

朔夜は振り返らなかった。

 

今は井上を追う。

 

ただ、胸の奥では自分自身の別の問題も、確実に動き始めていた。




後書き

今回、朔夜の前に現れた破面の正体を明確にしました。

イグナシオ・ベルダ。

以前、空座町で朔夜と交戦し、身体と斬撃を連動させる新しい使い方を観察した後、情報を持って虚圏へ逃げた破面です。

彼の役割は純粋な戦闘要員ではなく、朔夜の戦い方を観測・分析し、その情報を藍染へ持ち帰ること。

今回の目的も朔夜を倒すことではありません。

一つは、空座町で得た情報から朔夜がどれほど変化したかを確認すること。

もう一つは、仲間を狙われた時に朔夜がどう動くのかを実地で検証すること。

そして最も重要なのが、朔夜を足止めしている間に井上を虚夜宮のさらに奥へ移すことでした。

しかしドンドチャッカを傷つけられたことで、朔夜の中にある昔の危険な部分も再び表へ。

技だけではなく、朔夜本人の内面まで藍染側の観測対象になり始めています。

次回――
第75話「近づく霊圧
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