一護たちとの距離を稼ぎ、ウルキオラとの戦闘から離脱した朔夜。
しかし、追跡はまだ終わっていません。
それでは、第81話「追跡」です。
白い廊下を、朔夜は走っていた。
背後から足音は聞こえない。
それでもウルキオラの霊圧は消えず、一定の距離を保ったままついてくる。
「……本当に諦めないな」
肩から胸にかけての傷が、走るたびに痛む。
出血もまだ止まりきっていない。
戦えないほどではないが、同じ調子で長引けば確実に動きは鈍る。
朔夜は一度だけ後ろへ意識を向け、すぐ前へ戻した。
追いつかれないことより、一護たちへ追いつくことを優先する。
前方に分岐。
壁際には、以前置いた霊子標識の反応が残っている。
「右……いや」
足を止める寸前で、朔夜は左へ曲がった。
右には標識がある。
だが、一護たちの霊圧は左だった。
虚夜宮の内部が途中で組み替えられている。
「標識だけ信用すると危ないか」
浦原の標識が壊れたわけではない。
通った道そのものが変わっている。
それに気づいた直後。
前方の壁が爆ぜた。
「っ!」
朔夜は反射的に後ろへ跳ぶ。
白い壁を突き破り、薄緑色の閃光が廊下を横切った。
虚閃。
あと半歩進んでいれば直撃していた。
崩れた壁の向こう。
ウルキオラが立っている。
「……先回りまであり?」
「ここは虚夜宮だ」
「そうだったね」
朔夜は御厨子を構えた。
ウルキオラは正面の通路ではなく、壁の向こう側から現れた。
つまりこちらが何処へ向かうのか、ある程度読まれている。
「お前は標を残しながら進んでいた」
ウルキオラが言う。
「浦原喜助の用意した物か」
「そこまで分かってるんだ」
「侵入者が何も考えず奥へ進むとは思っていない」
朔夜は小さく息を吐いた。
見られていた。
一護たちを逃がすことばかり考え、自分たちが残した痕跡まで利用される可能性を軽く見ていた。
「失敗したな」
「何がだ」
「俺の方」
ウルキオラの目が僅かに細くなる。
朔夜は素直に認めた。
「標識を残せば帰り道になる。それしか考えてなかった」
「今さら気づいても遅い」
「そうかもね」
次の瞬間、ウルキオラが消えた。
朔夜は刀を上げる。
右。
金属音。
一撃を受け流す。
すぐ左へ解を放った。
ウルキオラ本人ではなく、壁際。
切断された石材が倒れ、二人の間へ入る。
ウルキオラはそれを斬り払う。
朔夜はその間に後退した。
だが逃げない。
今までとは違い、目は周囲を見ている。
標識。
壁。
分岐。
一護たちの霊圧。
そしてウルキオラ。
「何を考えている」
「逃げ道」
「先ほどと同じだ」
「ちょっと違う」
朔夜が右腕を上げる。
ウルキオラの視線が動く。
しかし解は発生しない。
次の瞬間。
後方の標識だけが切断された。
小さな霊圧が消える。
続いて、さらに奥に残していた反応も一つ途切れた。
「自分で標を消すか」
「君に使われるくらいならね」
「帰路を失うぞ」
「全部は消さないよ」
必要なものだけ残す。
敵から見えるものと、自分たちが使うものを同じにしていたことが問題だった。
朔夜は一歩踏み込んだ。
ウルキオラも刀を振るう。
一撃目をかわす。
二撃目を御厨子で受ける。
刃が触れる。
捌を使える。
だがウルキオラもそれを分かっている。
即座に刀を引こうとする。
朔夜は追わなかった。
代わりに足元へ解。
床が沈む。
ウルキオラの重心が僅かに崩れた。
その横を抜ける。
「また逃げるか」
「だから追ってきてるんでしょ?」
「いつまで続ける」
走りながら、朔夜は返す。
「追いつくまで」
「誰にだ」
「一護たちに」
角を曲がる。
その先から、微かな霊圧が届いた。
一護。
井上。
ネル。
ドンドチャッカ。
近い。
「見つけた」
朔夜が速度を上げる。
だが数歩進んだところで、表情を変えた。
四人の霊圧が止まっている。
「……何で?」
戦っている気配ではない。
それなのに進んでいない。
前方へ意識を広げる。
複数の壁。
その中で、不自然に動いている霊子の流れがあった。
直後。
轟音。
前方の通路が左右から閉じ始めた。
「まずい!」
朔夜が走る。
壁の隙間へ解を放つ。
左右の接合部を切断する。
しかし止まらない。
切った場所のさらに奥から、別の壁がせり出してくる。
一枚ではない。
虚夜宮そのものが、進路を潰している。
「朔夜!」
閉じる壁の向こうから、一護の声が聞こえた。
「一護!」
一瞬。
隙間の向こうに姿が見える。
一護。
井上。
ネル。
ドンドチャッカ。
「朔夜さん!」
井上がこちらへ駆け寄ろうとする。
「来ないで!」
朔夜が叫んだ。
閉じかけた壁へ解を連続で放つ。
一本。
二本。
数本。
接合部が崩れる。
だがそれ以上の速度で、新しい壁が下りてくる。
一護が斬月を振り上げた。
「ぶっ壊す!」
「待って!」
朔夜が止める。
「何でだよ!」
「これ、ただの壁じゃない!」
霊圧の流れが複雑に絡んでいる。
無理に壊せば、その向こうまで崩れる可能性がある。
井上たちがいる状態で試すには危険すぎる。
朔夜は歯を食いしばった。
斬れる。
だが、斬れるからこそ迂闊に斬れない。
「一護!」
「何だ!」
「井上連れて先に行って!」
「またそれかよ!」
「今度は俺も追う!」
「どうやって!」
壁の隙間がさらに狭くなる。
朔夜は最後に井上を見る。
不安そうな顔。
先ほど交わした約束を思い出す。
無事に戻る。
「必ず行く!」
井上が強く頷く。
「待ってます!」
その直後。
壁が閉じた。
音が消える。
一護たちの霊圧も、厚い壁の向こうへ遠ざかった。
朔夜はしばらく閉じた壁を見つめていた。
また離された。
あと少しだったのに。
「……やられたな」
背後から声がする。
「そうだな」
振り返らなくても分かる。
ウルキオラ。
朔夜は御厨子を握り直す。
「これも君?」
「違う」
朔夜が振り返る。
ウルキオラはいつもの無表情だった。
「虚夜宮の防衛機構だ。侵入者の位置に応じ、通路を閉鎖する」
「君まで巻き込まれてるけど」
「問題ない」
「便利だね、ホームって」
朔夜は周囲を見る。
正面は閉鎖。
左も壁。
右は細い通路だけが残っている。
そして、その先には一護たちの霊圧がない。
迂回路だ。
どこへ繋がっているかも分からない。
ここで壁を斬るか。
右へ行くか。
一護たちの位置を無理に追うか。
判断を誤れば、さらに離される。
ウルキオラが言う。
「どうする」
朔夜が眉を上げる。
「何が?」
「先ほどまでのお前なら、女のいる壁を斬っただろう」
「かもね」
「今は斬らないのか」
朔夜は閉じた壁を見る。
正確に斬れば開けられる可能性はある。
しかし向こう側の構造が分からない。
井上たちを巻き込む可能性が少しでもあるなら、賭ける理由はない。
「斬れることと、斬っていいことは別だから」
ウルキオラは数秒黙った。
「理解できんな」
「俺も昔はそうだったよ」
朔夜は右側の通路へ向き直る。
「迂回する」
「俺を背後に置いてか」
「それも嫌なんだよね」
一瞬。
朔夜の姿勢が変わる。
次の瞬間、複数の解が放たれた。
ウルキオラへではない。
左右の壁。
天井。
床。
ウルキオラの周囲だけを囲うように、切断線が走る。
ウルキオラが響転で抜けようとした。
その先にも解。
さらに別方向。
行動範囲を狭める。
「また足止めか」
「今回はちょっと違う」
朔夜がウルキオラへ踏み込む。
刀がぶつかる。
一撃。
二撃。
三撃。
ウルキオラが反撃する。
朔夜は首を逸らす。
刃が頬を浅く裂いた。
それでも引かない。
御厨子をウルキオラの刀へ押しつける。
接触。
「捌」
適応した斬撃が刀身へ深く食い込む。
ウルキオラが引く。
朔夜も同時に離れた。
「今ので倒すつもりはない」
「なら何のためだ」
ウルキオラの刀を見る。
傷が以前より深い。
「次、受け方を変えるでしょ?」
ウルキオラの目が僅かに細くなる。
朔夜は右の通路へ走り出した。
「考えてる間に行く!」
「……」
背後から響転の気配。
当然追ってくる。
それでいい。
今は止められない。
なら追わせる。
ただし、こちらも同じ道を走り続けるつもりはない。
一護たちの霊圧を探しながら、朔夜は虚夜宮の奥へ進む。
今回の判断は一つ外した。
標識も敵に利用された。
合流直前で防衛機構にも分断された。
何もかも思い通りにはならない。
それでも。
「井上」
小さく呟く。
「ちゃんと追いつくから」
その背後。
ウルキオラの霊圧が、再び近づいていた。
合流直前、虚夜宮の防衛機構によって再び分断された朔夜たち。
さらに、残していた霊子標識も敵に利用されていたことが判明します。
朔夜は一度判断を外しながらも、井上たちを巻き込まないため迂回路を選びました。
次回――
第82話「迂回路」