選んだ迂回路の先で、朔夜は自分が敵の思惑通りに動かされていることに気づきます。
白い通路を走りながら、朔夜は背後へ意識を向けた。
足音は聞こえない。それでもウルキオラの霊圧は一定の距離を保ったまま離れず、まるでこちらがどこへ向かうのかを見届けるようについてくる。
追いつけないのではない。追いつく必要がないのだ。
そのことに気づいた瞬間、朔夜は速度を落とした。
前方には左右へ分かれる通路がある。しかし、どちらからも一護たちの霊圧は感じられず、周囲にあるのは白い壁と規則正しく流れる霊子の気配だけだった。
朔夜は壁へ目を向ける。
ここへ来るまでにも、似た流れを何度か感じていた。
最初は虚夜宮そのものの構造だと思っていたが、今は違って見える。
一定間隔で流れ、分岐のたびに方向を変えている。
まるで侵入者を奥へ導くために。
「……これ、迂回路じゃないな」
朔夜が呟くと、背後からウルキオラの声が返ってきた。
「ようやく気づいたか」
振り返れば、ウルキオラは数メートル先で足を止めていた。追い詰めた相手を見るでもなく、いつも通り感情の薄い目で朔夜を見ている。
「教えてくれてもよかったのに」
「教える理由がない」
「まあ、そうだよね」
軽く返しながらも、朔夜の胸には苦いものが残った。
また読み違えた。
一護たちと分断された直後、残された道を「迂回路」と判断して進んだ。だが実際には、虚夜宮の防衛機構によって用意された誘導路だったらしい。
自分で選んだと思っていた道さえ、最初から選ばされていた。
「このまま進めば、お前は女からさらに離れる」
ウルキオラの言葉に、朔夜は小さく息を吐いた。
「一本取られたな」
「随分素直だな」
「間違えた時まで強がる趣味はないよ」
そう言って壁へ手を触れる。
表面はただの白い石だが、その奥では霊子が複数の方向へ流れている。通路を動かすためのものだと考えれば、筋が通る。
一護たちと分断された時、壁は勝手にせり出し、通路そのものを閉じた。
なら、その動きを命令している場所があるはずだった。
「戻る道を探して走り回るより、こっちを止めた方が早いか」
朔夜が御厨子を持ち上げると、ウルキオラの視線が僅かに鋭くなる。
「できると思うのか」
「分からない」
朔夜は壁の奥へ意識を集中させながら答えた。
「でも、一護たちから離れる道を走り続けるよりはましでしょ」
霊子の流れを一つずつ追う。
いくつかの線が途中で枝分かれし、その先で再び一箇所へ集まっている。
おそらく、局所的な制御部分。
位置さえ分かれば。
朔夜が走り出した瞬間、ウルキオラも動いた。
響転。
正面へ回り込まれるより早く御厨子を上げ、振り下ろされた刃を受け止める。重い衝撃が腕へ響いたが、朔夜は力で押し返さず、刀身を滑らせながら横へ抜けた。
「やっぱり止めるんだ」
「防衛機構へ手を出させる理由はない」
「それ聞けただけでも十分」
ウルキオラが再び間合いを詰める。
朔夜は後退しながら、右側の壁へ解を放った。
狙ったのはウルキオラではない。
壁の奥を流れていた一本の霊子の線だった。
見えない斬撃が届いた直後、天井の奥から低い振動が響き、何かの動きが止まる。
やはり合っている。
続けて別の流れを狙おうとしたところで、ウルキオラの刀が迫った。
朔夜は身体を捻ってかわしたが、肩の傷が引きつり、一瞬だけ反応が遅れる。
刃が脇腹を浅く裂いた。
「っ……」
熱い痛みが走り、白い床へ血が落ちる。
ウルキオラは無表情のまま言った。
「傷が動きを鈍らせている」
「見れば分かるよ」
「このまま続ければ、お前が先に止まる」
朔夜は一度呼吸を整えた。
否定できない。
肩、胸、脇腹。どれも致命傷ではないが、戦い続けるほど身体は確実に重くなっている。
一護たちへ追いつきたい。
それなのに、ここでウルキオラと長く打ち合っている余裕はない。
「なら、短くしようか」
今度は朔夜から踏み込んだ。
ウルキオラが迎え撃つ。
最初の一撃を受け流し、二撃目は身を沈めてかわす。三撃目で御厨子と斬魄刀が噛み合った。
触れた。
捌を使える距離。
だがウルキオラもそれを理解しており、すぐに刀を引こうとする。
「捌」
朔夜は逃さなかった。
接触した刀の強度と霊圧へ合わせて斬撃が調整され、これまで傷の入っていた部分へさらに深く食い込む。
金属音が高く響き、ウルキオラは斬魄刀を引いた。
ほんの一瞬。
その視線が、自らの刀へ落ちる。
朔夜が欲しかったのは、その一瞬だった。
「解」
今度は離れた壁の奥。
先ほど見つけた霊子の流れを三本まとめて切断する。
直後、足元が大きく揺れた。
横の壁がゆっくりとずれ、そこから今まで存在しなかった細い通路が現れる。
「……当たり」
思わず笑みが漏れた。
朔夜はそのまま通路へ飛び込んだ。
背後ではウルキオラもすぐに動いている。
開いた壁が再び閉じようとしたため、朔夜は走りながら解を放ち、内部の動力を送っている箇所だけを切った。
壁は途中で止まり、狭い隙間を残す。
全部を壊す必要はない。
虚夜宮全体の構造など分からないし、下手に広い範囲へ手を出せば一護たちのいる場所まで崩すかもしれない。
必要なのは、自分が通るための道だけだった。
しばらく進むと、通路の先に小さな空間が現れた。
壁一面に細い溝が走り、その中央には霊子を集める円形の装置が埋め込まれている。
そこから複数の流れが各方向へ伸びていた。
朔夜は思わず足を止める。
「……やっぱりここか」
局所的な制御装置。
これを使えば、一護たちへ繋がる道を戻せる可能性がある。
だが、すぐには斬れなかった。
全て壊すのは簡単だ。
問題は、その結果どの壁が動くか分からないことだった。
一護たちの近くで通路が崩れれば、助けるどころではない。
「どれだ……」
朔夜は装置から伸びる流れを追う。
一つは背後。
一つは上。
さらにその奥。
その中に、微かに覚えのある霊子標識の反応と近い方向へ伸びるものがあった。
その時だった。
背後から強い霊圧が迫る。
朔夜は咄嗟に横へ飛んだ。
直後、ウルキオラの刀が制御装置の前を横切る。
「危な……」
「壊すつもりか」
「必要ならね」
「なら、ここで止める」
ウルキオラが装置の前へ立った。
これでは集中して狙えない。
解は遠隔で届くが、今必要なのは装置そのものを壊すことではなく、内部の一部だけを正確に切ることだ。
一瞬でも意識を装置へ向ければ、ウルキオラはそこを逃さない。
朔夜は御厨子を構え直した。
「仕方ないな」
「何がだ」
「少しだけ付き合う」
ウルキオラが踏み込む。
朔夜は正面からぶつからず、少しずつ横へずれながら攻撃を受け流した。
一撃をかわし、次を刀で流す。さらに迫った刃までは避けきれず、頬へ浅い傷が走った。
痛みに意識を取られそうになるが、朔夜が見ていたのはウルキオラの位置だった。
一歩。
また一歩。
攻防を続けながら、少しずつ制御装置から離していく。
ウルキオラも途中で狙いに気づいたらしい。
足を止めようとする。
そこで朔夜は右腕を大きく振った。
ウルキオラの視線が反射的に動く。
身体の動きに斬撃の向きを縛られない使い方を、すでに見せているからこそ、無視することもできない。
だが何も起こらない。
ただの誘い。
次の瞬間、朔夜は身体を動かさないまま解を放った。
狙いはウルキオラの背後。
制御装置へ伸びる接続の一本。
見えない斬撃がそこだけを切断した。
直後、虚夜宮の奥で重い音が響く。
朔夜はすぐに霊圧を探った。
一護。
井上。
ネル。
ドンドチャッカ。
感じる。
しかも、先ほどよりはっきりしている。
「……繋がった」
胸の奥にあった焦りが、少しだけ軽くなった。
続けて別の接続を切る。
今度は遠くへ残していた霊子標識の一つが、再び明確な反応を返した。
「よし。帰り道も一個戻った」
ウルキオラが響転で迫る。
御厨子で刀を受ける。
接触。
捌を使える。
しかし朔夜は使わず、すぐに刀身を流して距離を取った。
「目的は果たした」
「なら、また逃げるか」
「もちろん」
「同じことの繰り返しだな」
その言葉に、朔夜は足を止めた。
ほんの一瞬だけ。
「違うよ」
ウルキオラを見る。
「さっきまでは、どこに行けばいいか分からないまま追われてた」
視線を新しく開いた通路へ向ける。
その先には、一護たちの霊圧がある。
「今は、自分で行く場所を選んでる」
朔夜は走り出した。
今度は迷わない。
背後からウルキオラも追ってくるが、それまでのように虚夜宮の思惑通りに進んでいるわけではない。
自分で選んだ道だった。
そのことが、今は少しだけ心強かった。
しばらく走ったところで、朔夜は別の霊圧に気づいた。
一護たちではない。
少し離れた方向。
だが、よく知っている。
「……石田?」
思わず速度を緩める。
石田一人ではない。
その近くにはペッシェの霊圧もある。
そして、その二人とぶつかるように、別の強い霊圧が揺れていた。
戦っている。
しかも穏やかなものではない。
朔夜は一護たちの方向と、石田の方向を交互に感じ取った。
また選ばなければならない。
井上を追うか。
石田へ向かうか。
以前の自分なら、迷わず井上の方へ行ったかもしれない。
自分で見つけた。
自分で守る。
自分で最後まで連れて帰る。
そんなふうに全部を抱え込んだだろう。
だが今、井上の傍には一護がいる。
朔夜が信用できない相手ではない。
むしろ、自分が井上を預けた相手だ。
それなら。
石田の霊圧が大きく揺れた。
胸の奥に嫌な予感が走る。
まだ生きている。
だが、次の瞬間もそうだという保証はない。
「……先に石田」
朔夜は方向を変えた。
背後からウルキオラの声が飛ぶ。
「女を追わないのか」
朔夜は振り返らなかった。
「一護がいる」
「任せるのか」
その問いに、今度は迷わず答える。
「任せるよ」
胸の傷が痛む。
肩も重い。
それでも足は止めない。
「仲間だから」
井上を一護へ託した。
だから今は、助けを必要としているかもしれない石田の方へ行く。
全員で帰ると決めたなら、自分一人が井上だけを追い続ける必要はない。
石田の霊圧が再び大きく揺れた。
朔夜は眉を寄せる。
「間に合ってよ」
無意識に零れた声と同時に、痛む身体を押して速度を上げた。
背後にはウルキオラがいる。
その先では、石田の戦いが続いている。
朔夜は御厨子を握り直し、白い通路を駆け抜けた。
迂回路が敵の誘導だったと気づいた朔夜は、防衛機構を部分的に止め、一護たちへ続く道を取り戻します。
そして今度は、戦闘中の石田の霊圧を察知。
次回――
第83話「石田雨竜」