BLEACH ―斬界の御厨子―   作:tunagi

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石田には石田の戦いを。

朔夜は追ってきたウルキオラを引き受けます。

二つの戦いが、同じ場所で動き始めました。



第84話 二つの戦い

 

ウルキオラが斬魄刀へ手を掛けたのと、背後で石田の霊子の矢が放たれたのはほぼ同時だった。

 

朔夜は振り返らない。

 

耳に届く爆発音から、石田とチルッチの戦いが再び始まったことは分かる。それでも確認しようとする意識を押し留め、目の前のウルキオラだけを見た。

 

先ほど自分で決めたばかりだ。

 

石田には石田の戦いを任せる。

 

そう決めておきながら、危なくなるたびに割って入るのなら、結局は何も変わっていない。

 

「見なくていいのか」

 

ウルキオラが問う。

 

「何が?」

 

「後ろの滅却師だ。先ほどまで随分気にしていた」

 

図星だった。

 

朔夜は苦笑しながら御厨子を構える。

 

「気にはなるよ」

 

背後で再び激しい衝撃が響いた。反射的に視線を向けそうになったが、今度は堪える。

 

「でも、任せるって決めたから」

 

「理解できんな」

 

「俺も最近やっと分かってきたところ」

 

ウルキオラの姿が消えた。

 

来る。

 

そう思った瞬間には、刃が目前まで迫っていた。

 

朔夜は御厨子で受け流しながら身体を横へ逃がしたものの、傷の蓄積で踏み込みが僅かに遅れる。返す刀が肩口を掠め、すでに開いていた傷から再び血が滲んだ。

 

痛みに眉を寄せる間もなく、ウルキオラはさらに距離を詰めてくる。

 

正面から打ち合えば分が悪い。

 

朔夜は後退しながら解を放ち、ウルキオラの背後にある壁を斜めに切った。崩れた石材が進路へ落ちるが、ウルキオラは速度を落とすことなく脇を抜ける。

 

なら、次は床。

 

足元へ浅い切断を入れ、踏み込みの位置を僅かにずらす。

 

それだけで十分だった。

 

刃が頬のすぐ横を通過する。

 

「相変わらず、俺そのものを斬るより周囲を使うんだね」

 

「お前は俺を倒すために戦っているわけではないからな」

 

「分かってるじゃん」

 

「だが、それがお前の弱点でもある」

 

ウルキオラが一歩深く踏み込む。

 

朔夜は御厨子で刃を受けた。

 

接触。

 

ここなら捌を使える。

 

そう考えた瞬間、ウルキオラが自ら刀を引いた。

 

予想より早い。

 

捌を警戒している。

 

朔夜がそれを追おうとした隙へ、今度は膝が腹部へ叩き込まれた。

 

「ぐっ……!」

 

身体が後ろへ浮き、白い床を滑る。

 

傷んだ胸へ痛みが広がり、呼吸が一瞬詰まった。

 

ウルキオラは追撃せず、立ち上がる朔夜を静かに見ていた。

 

「接触すれば捌。距離があれば解。能力の性質自体は単純だ」

 

朔夜は腹を押さえながら立ち上がる。

 

「まあね」

 

「なら、接触させなければいい」

 

「そう簡単に言うなぁ」

 

冗談めかして返したが、状況は笑えない。

 

ウルキオラはすでに御厨子の使い分けを理解し始めている。

 

遠くを切る解には移動で対応し、近距離では捌を警戒して接触時間を最小限にする。単純だから弱いのではない。単純な構造だからこそ、相手も対策を立てやすい。

 

なら、使い方を変えるしかない。

 

背後で大きな音が響いた。

 

今度はペッシェの悲鳴まで聞こえる。

 

「石田ぁぁぁ! そっちは危ないっすぅぅぅ!」

 

朔夜の目が僅かに動いた。

 

行くべきか。

 

一瞬だけ迷う。

 

その瞬間を、ウルキオラは見逃さなかった。

 

頬へ拳が入る。

 

視界が揺れ、身体が横へ飛ばされた。

 

「……っ!」

 

壁へ肩からぶつかり、朔夜は呻いた。

 

「また余所を見たな」

 

「ほんと、それ何回言わせるんだろうね」

 

口の端の血を拭いながら立ち上がる。

 

だが今回は、痛みより自分自身への苛立ちの方が強かった。

 

任せると決めた。

 

それでも、音がすれば気になる。

 

危険だと思えば助けたくなる。

 

頭では分かっていても、身体に染みついたものは簡単には変わらない。

 

その時、背後から石田の声が飛んできた。

 

「御門さん!」

 

朔夜が思わず振り返る。

 

石田はチルッチの攻撃を避けながら、こちらを睨んでいた。

 

「こっちは見なくて結構です!」

 

「でも――」

 

「あなたの相手をしてください! そっちがこっちへ来る方が迷惑です!」

 

「……それもそうか」

 

確かに、ウルキオラまで石田の戦場へ入れば、状況は悪化する。

 

朔夜は小さく笑った。

 

「分かった。任せる」

 

「最初からそうしてください!」

 

石田が矢を放つ。

 

チルッチが羽根を広げ、正面からそれを弾いた。

 

今度こそ朔夜は振り返らなかった。

 

「悪いね、待たせて」

 

「戦闘中に会話をする余裕があるとはな」

 

「余裕じゃなくて、確認」

 

御厨子を握り直す。

 

「これで、君だけ見てればいい」

 

ウルキオラの左手が上がった。

 

指先へ薄緑色の光が集まり始める。

 

朔夜もすぐに構える。

 

「それ、何回見ても嫌だな」

 

薄緑色の虚閃が放たれた。

 

一直線に迫る閃光を、今度は壁で受けようとはしなかった。

 

朔夜は解で足元の床を斜めに切り、そのまま崩れた段差へ身体を滑らせる。頭上を虚閃が通過し、背後の壁を貫いた爆風が髪と衣服を激しく揺らした。

 

熱が背中を焼く。

 

だが止まらない。

 

床を蹴り、爆煙の中へ飛び込む。

 

ウルキオラが朔夜の接近を察知して刀を振った。

 

朔夜はそれを御厨子で受け――すぐには捌を使わなかった。

 

ウルキオラが刀を引く。

 

想定通り。

 

そこへ朔夜も一歩踏み込む。

 

「……!」

 

今度は御厨子ではなく、空いた左手でウルキオラの手首を掴んだ。

 

触れた瞬間、相手が反応する。

 

「捌」

 

適応した斬撃が硬皮へ走った。

 

手首から前腕へ細い傷が開き、血が飛ぶ。

 

深くはない。

 

ウルキオラはすぐに腕を振り払い、朔夜の胸へ蹴りを入れた。

 

朔夜も床を滑りながら距離を取る。

 

互いに傷を増やしただけ。

 

それでも、ウルキオラの視線が自分の腕へ落ちた。

 

「刀だけが接触点ではないか」

 

「捌は触れれば使えるからね」

 

「なら、なおさら近づかせなければいい」

 

「そうなるよね」

 

朔夜は苦笑した。

 

簡単にはいかない。

 

だからこそ、余計な高揚が胸の奥で僅かに動く。

 

もっと試したい。

 

次はどう対応するのか見たい。

 

どこまでなら届くのか確かめたい。

 

そう思う自分がいる。

 

以前なら、その感情を無理に押し込めていた。

 

今は違う。

 

「……楽しい?」

 

不意にウルキオラが尋ねた。

 

朔夜は少し驚く。

 

「顔に出てた?」

 

「僅かに」

 

否定しようとしてやめた。

 

「まあ、少しは」

 

「仲間を逃がしている最中でもか」

 

「だから困ってるんだよ」

 

御厨子を肩に担ぐように構えながら、朔夜は自分の中にある感情を認める。

 

「強い相手を見ると、どこまでやれるのか試したくなる。昔はそれだけで十分だった」

 

「今は違う?」

 

「うん」

 

背後から石田の矢が放たれる音がする。

 

その音を聞いても、今度は振り返らなかった。

 

「楽しいから戦うのと、必要だから戦うのは別だから」

 

ウルキオラはしばらく黙っていた。

 

「心か」

 

唐突な言葉だった。

 

朔夜が眉を上げる。

 

「何?」

 

「黒崎一護も、井上織姫も、お前も、判断の根拠に理解できないものを持ち出す」

 

「それを心って呼んでるの?」

 

「違うのか」

 

朔夜は少し考えた。

 

「少なくとも、俺は難しく考えたことないな」

 

「なら何だ」

 

「大事だから大事。それで十分じゃない?」

 

ウルキオラの表情は変わらなかった。

 

だが、完全に興味を失ったようにも見えない。

 

その静かな間を切り裂くように、背後で巨大な霊圧が膨れ上がった。

 

今度こそ朔夜も驚いて振り返る。

 

チルッチの翼が大きく広がり、無数の刃が石田へ降り注いでいた。

 

しかし石田は逃げない。

 

床に残した矢。

 

壁へ打ち込んだ矢。

 

これまでばら撒いていた霊子が、一つの狙いへ繋がっていく。

 

朔夜はようやく気づいた。

 

「……最初から、そのつもりだったのか」

 

自分が石田を助けようとして崩しかけた布石。

 

石田はそこからもう一度組み直していた。

 

「だから言ったでしょう!」

 

石田が叫ぶ。

 

「僕の戦いです!」

 

その声と同時に霊子の光が一気に収束した。

 

チルッチが何かに気づいて飛び退こうとするが、遅い。

 

石田の放った一矢が軌道を貫いた。

 

大きな爆発が巻き起こり、衝撃が朔夜たちのいる場所まで届く。

 

ペッシェの悲鳴が混ざる。

 

「わたくしまで吹き飛ぶっすぅぅぅ!」

 

爆煙がゆっくりと薄れる。

 

その向こうで、チルッチは片膝をついていた。

 

石田も傷だらけだったが、まだ立っている。

 

朔夜の胸に安堵が広がった。

 

助けなくても戦えた、ではない。

 

助けなかったからこそ、石田が自分の戦いを最後まで組み立てられた。

 

その違いを、ようやく実感できた気がした。

 

「……強いじゃん」

 

小さく呟く。

 

「今さらか」

 

ウルキオラの声で現実へ戻される。

 

朔夜は前を向いた。

 

「そうだね。今さらだった」

 

その返事には、自嘲ではなく少しだけ納得があった。

 

仲間を信じるというのは、格好よく任せると言うことではない。

 

心配しても手を出さない。

 

自分がいない場所でも、その人は戦えると認める。

 

朔夜にとっては、相手を斬ることより難しい選択なのかもしれなかった。

 

ウルキオラが再び斬魄刀を構える。

 

「なら、もう後ろを気にする必要はないな」

 

「うん」

 

朔夜も御厨子を構えた。

 

「おかげさまで」

 

次の瞬間、ウルキオラの姿が消える。

 

先ほどより速い。

 

朔夜は反射的に御厨子を上げたが、衝撃を完全には流しきれず、身体ごと後方へ押し込まれた。

 

床を削りながら踏み止まる。

 

腕が痺れる。

 

ウルキオラの力は、まだ上がっている。

 

「……ほんと、底見せないな」

 

「お前もだろう」

 

その言葉に、朔夜の目が僅かに細くなった。

 

「何?」

 

「まだ使っていない力がある」

 

ウルキオラは断定するように言った。

 

「藍染様の報告にもある。お前の力は、これだけではない」

 

伏魔御廚子。

 

その名が、朔夜の胸の内を静かに過ぎる。

 

当然、使える。

 

ずっと前から。

 

だが今ここで使えばいいという話ではない。

 

周囲には石田とペッシェがいる。

 

何より、虚夜宮の構造も分からない。

 

「だから?」

 

朔夜は平静に返す。

 

「使わないのか」

 

「使えるもの全部使えば強い、ってわけでもないでしょ」

 

ウルキオラは数秒だけ朔夜を見つめた。

 

「やはり、お前は面倒だな」

 

朔夜は思わず笑った。

 

「君からそれ言われると、結構嬉しいかも」

 

背後では、石田がまだ立っている。

 

井上は一護に任せた。

 

なら、自分が見るべきものはもう目の前だけでいい。

 

朔夜は息を整え、傷だらけの身体で御厨子を構え直した。

 

今度こそ、迷いなくウルキオラだけを見る。





石田を信じて戦いを任せることを、朔夜も少しずつ覚え始めました。

一方、ウルキオラは朔夜がまだ力を残していることにも気づいています。

次回――
第85話「残している力」
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