BLEACH ―斬界の御厨子―   作:tunagi

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石田には石田の戦いを任せ、朔夜はウルキオラだけを見る。

しかしウルキオラは、朔夜がまだ何かを残していることに気づいていました。


第85話 残している力

 

「まだ使っていない力がある」

 

ウルキオラの言葉を聞いても、朔夜はすぐには答えなかった。

 

御厨子を構えたまま、目の前の男と距離を測る。背後では石田とチルッチの戦いが続いているが、先ほどまでのように振り返ろうとは思わなかった。

 

石田は自分の戦いをしている。

 

なら、自分もそうするだけだ。

 

「だから?」

 

ようやく返すと、ウルキオラは朔夜の顔をじっと見た。

 

「何故使わない」

 

「使えるからって、何でも使えばいいわけじゃないでしょ」

 

「理解できんな」

 

「そうだろうね」

 

それ以上説明する必要はなかった。

 

朔夜が力を隠しているのは、出し惜しみをしているからではない。ここは虚夜宮の内部で、すぐ近くには石田とペッシェがいる。構造も把握できていない場所で、威力だけを優先した力を使えば、敵より先に守るべき相手を巻き込みかねない。

 

何より、勝つために必要な力と、ただ使ってみたい力は別だった。

 

ウルキオラが斬魄刀を僅かに傾ける。

 

次の瞬間には、その姿が朔夜の視界から消えた。

 

朔夜は右から迫った刃を御厨子で受け流すと、反撃するより先に一歩だけ後ろへ退いた。そこへ追うようにウルキオラが踏み込み、二度目の斬撃を振るう。

 

今度は受けない。

 

身体を沈めて刃の下を抜けながら、朔夜は動作とは無関係な方向へ解を放った。

 

ウルキオラの背後、その退路へ斜めの切断が入る。

 

動きを制限されたと見るや、ウルキオラは無理に下がらず、そのまま前へ出た。

 

「そっち選ぶか」

 

朔夜の予想より速い。

 

肩がぶつかるほどの距離まで詰められ、腹部へ拳が入った。鈍い衝撃に息が詰まり、朔夜が数歩後退すると、ウルキオラは追撃せずにこちらの反応を見ていた。

 

「距離を作らせないつもり?」

 

「解を自由に使わせる理由がない」

 

「じゃあ捌があるけど」

 

「接触しなければいい」

 

朔夜は思わず苦笑した。

 

「本当に嫌な相手だなぁ」

 

御厨子の能力そのものは複雑ではない。

 

解は離れた場所へ直接届く斬撃で、捌は触れた相手の強度や霊圧へ合わせる斬撃。

 

だからこそ、理解されれば対策も立てられる。

 

解を使う間合いを潰し、捌が使えるほど長く接触しない。

 

ウルキオラは余計な駆け引きをせず、それを徹底していた。

 

それなら、自分も同じように単純に考えればいい。

 

朔夜が御厨子を構え直したところで、背後から大きな爆発音が響いた。

 

今度は振り返らなかった。

 

ただ、石田の霊圧だけを確認する。

 

消えていない。

 

むしろ先ほどまで荒れていた流れが、少しずつ落ち着いている。

 

やがて煙の向こうから、聞き慣れた声が届いた。

 

「御門さん!」

 

「生きてる?」

 

「勝手に殺さないでください!」

 

思わず朔夜の口元が緩む。

 

石田は傷だらけだったが、自分の足で立っていた。その少し向こうではチルッチが倒れ、まだ意識こそ残っているものの、戦いを続けられる状態ではない。

 

石田は弓を下ろすと、朔夜とウルキオラを見比べた。

 

「……随分まずそうですね」

 

「できれば、もう少し優しく言ってほしいかな」

 

「その状態で冗談を言えるなら大丈夫でしょう」

 

「石田まで浦原さんみたいになってきたなぁ」

 

「全く嬉しくありません」

 

二人の会話を聞いていたペッシェが、少し離れた場所から大声を上げた。

 

「わたくしとしては、そろそろここから離れたいっす!」

 

「それには賛成」

 

朔夜はウルキオラから目を離さないまま言った。

 

「石田、一護たちを追って」

 

石田はすぐには返事をしなかった。

 

「あなたは?」

 

「後から行く」

 

「その答えを信用していいんですか?」

 

「井上にも約束したからね」

 

その言葉に、石田の表情が少しだけ変わった。

 

心配が消えたわけではないだろう。

 

それでも、今度は何も言わずに一度だけ頷いた。

 

「分かりました。ただし、本当に戻ってきてください」

 

「石田までそれ言う?」

 

「言わせているのはあなたです」

 

朔夜が笑うと、石田はペッシェを連れて通路の奥へ走り出した。

 

足音と霊圧が少しずつ遠ざかっていく。

 

その気配を感じながらも、朔夜は一度も振り返らなかった。

 

任せると決めたのだから、最後まで任せる。

 

それは思っていた以上に難しく、同時に少しだけ肩の力が抜ける感覚でもあった。

 

しばらくして、ウルキオラが口を開く。

 

「これで近くに仲間はいなくなった」

 

「そうだね」

 

「なら、まだ力を抑える理由はあるのか」

 

朔夜は答えず、静かに御厨子を握り直した。

 

理由は減った。

 

それは事実だった。

 

石田とペッシェが離れたことで、解を使える範囲も角度も大きく広がっている。

 

だからといって、全てを解放する必要があるわけではない。

 

「一つ勘違いしてるよ」

 

「何だ」

 

「俺、抑えてるんじゃない」

 

ウルキオラの目が僅かに細くなる。

 

「必要な分を選んでるだけ」

 

言葉が終わるより先に、複数の解が走った。

 

今までのように床や壁だけを狙ったものではない。

 

右肩。

 

左脇腹。

 

背後。

 

足元。

 

異なる位置と角度から、ほぼ同時に斬撃がウルキオラへ届く。

 

響転。

 

ウルキオラが一つ目をかわす。

 

だが、移動した先へ二つ目が来る。

 

身体を捻って避けるが、三つ目までは外しきれず、白い装束の脇腹が裂けた。

 

血が一筋落ちる。

 

それでも朔夜は追撃しなかった。

 

「……なるほど」

 

ウルキオラが傷へ一度だけ目を落とす。

 

「先ほどまでは、やはり範囲を狭めていたか」

 

「石田がいたからね」

 

「仲間がいなければ、それだけ自由になる」

 

「まあ、そうなるかな」

 

「なら仲間は弱点だ」

 

その言葉に、朔夜は少しだけ考えた。

 

以前なら腹を立てたかもしれない。

 

今は違う。

 

「弱点になる時もあるよ」

 

あっさり認める。

 

「でも、それでいい」

 

「何故だ」

 

「不自由になるもの全部捨てたら、最後に残るのは力だけでしょ」

 

ウルキオラは何も言わなかった。

 

朔夜自身も、それ以上言葉を重ねなかった。

 

分かってもらう必要はない。

 

ウルキオラが響転で距離を詰める。

 

今度は朔夜も下がらず、正面から御厨子を合わせた。

 

刃がぶつかり、押し込まれる前に刀身を流す。ウルキオラが接触を切ろうとした瞬間、朔夜は追わずに左手を伸ばした。

 

避けられる。

 

当然だ。

 

その動きは囮だった。

 

何の予備動作もなく解が走り、ウルキオラの腿へ細い傷が刻まれる。

 

「身体の動きとは無関係か」

 

「今さら?」

 

ウルキオラが視線を上げた瞬間、朔夜は逆に距離を詰めた。

 

御厨子ではなく、左手がウルキオラの肩へ触れる。

 

今回は迷わない。

 

「捌」

 

接触した硬皮と霊圧を捉え、それに合わせて斬撃が深く入った。

 

血が飛ぶ。

 

だが、そのまま斬り裂く寸前で朔夜は威力を止めた。

 

ウルキオラの拳が脇腹へ入り、二人は同時に離れる。

 

朔夜は数メートル後退しながら、痛む脇腹を押さえた。

 

「……痛いな」

 

ウルキオラは肩の傷を見る。

 

先ほどまでより深い。

 

「今の斬撃。さらに深く入れられたはずだ」

 

「できたね」

 

「何故止めた」

 

朔夜は少しだけ眉を上げた。

 

「今、殺す必要ないから」

 

「戦っている相手を殺さないことに、何の意味がある」

 

「俺がそうしたいから。それで十分じゃない?」

 

ウルキオラは朔夜の答えを理解できないようだった。

 

だが、そのこと自体にはもう驚いていないらしい。

 

朔夜は自分の呼吸を整える。

 

自由に使える範囲が増えたことで、確かに戦いやすくなった。

 

それでも、ウルキオラが弱くなったわけではない。

 

こちらの攻撃を受けながら、同時に使い方を学んでいる。

 

長引かせれば、また対応される。

 

その時、ウルキオラの指先へ薄緑色の光が集まった。

 

これまでより速い。

 

朔夜が認識した時には、薄緑の虚閃が放たれていた。

 

「っ!」

 

身体を横へ投げる。

 

完全には避け切れず、閃光が肩を掠めた。

 

熱と衝撃が一気に襲い、朔夜は床を転がる。

 

御厨子を床へ突き立て、どうにか勢いを止めた時には、左肩の衣服が焼け、皮膚にも赤い傷が残っていた。

 

ウルキオラは待たない。

 

すでに眼前へいる。

 

刀を受ける。

 

重い。

 

腕が沈む。

 

朔夜の膝が僅かに曲がった。

 

「先ほどより自由になった程度で、俺に勝てると思ったか」

 

「思ってないよ」

 

「なら何故戦う」

 

その問いに、朔夜は息を吐きながら笑った。

 

「帰るため」

 

力を込め、刀を押し流す。

 

距離が開いた。

 

「勝つためじゃなくて?」

 

「帰るために勝たないといけないなら勝つ。でも、そうじゃないなら別にいい」

 

その言葉を口にした瞬間、胸の奥で何かが揺れた。

 

熱。

 

炎のように激しいものではない。

 

乾いていて、妙に静かな熱だった。

 

以前、御厨子の精神世界で感じたものと同じ。

 

朔夜の意識が、ほんの一瞬だけその奥へ引かれる。

 

『ようやく見えるところまで来たか』

 

御厨子の低い声。

 

朔夜の目が僅かに揺れる。

 

「……今?」

 

『何を迷う』

 

乾いた熱が強くなる。

 

触れれば何かが開く。

 

そんな感覚があった。

 

だが朔夜は、そこで意識を切った。

 

「今じゃない」

 

熱が遠のく。

 

完全に消えたわけではない。

 

ただ、奥へ戻った。

 

ウルキオラが朔夜を見ている。

 

「今、霊圧が変わった」

 

「気のせいじゃない?」

 

「嘘だな」

 

「最近みんな俺の嘘に厳しくない?」

 

軽く返しながらも、朔夜の内側にはさっきの感覚が残っていた。

 

まだ知らない力ではない。

 

ずっと自分の中にあったのに、今まで見ようとしていなかった場所。

 

御厨子が言っていた意味を、少しずつ理解し始めている。

 

だが今は、それを試す時ではない。

 

目の前にはウルキオラがいて、自分には帰る場所がある。

 

それだけで十分だった。

 

ウルキオラが刀を構え直す。

 

「なら、使わせればいい」

 

「何を?」

 

「今、隠した力をだ」

 

朔夜は一瞬黙った後、少しだけ笑った。

 

「嫌だよ」

 

「何故だ」

 

「君を満足させるために戦ってるわけじゃないから」

 

御厨子を構える。

 

傷は増えた。

 

身体も重い。

 

それでも、戦い方は先ほどまでよりずっと自由だった。

 

「使わせたいなら、自分でそこまで追い込んでみて」

 

ウルキオラの目が静かに細くなる。

 

「そうしよう」

 

次の瞬間、二人の姿が同時に消えた。

 

今度はどちらも相手の出方を見るためではない。

 

帰るために必要な分だけを使う朔夜と、その奥にあるものまで引きずり出そうとするウルキオラ。

 

戦いは、ようやく次の段階へ入り始めていた。




石田たちが離れたことで、朔夜も御厨子をより自由に使えるようになりました。

そして戦いの最中、再び感じた乾いた熱。

まだ、その力を開く時ではありません。

次回――
第86話「乾いた熱」。
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