BLEACH ―斬界の御厨子―   作:tunagi

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消えなくなった、乾いた熱。

朔夜はウルキオラとの戦いの中で、その正体へ少しずつ近づいていきます。



第87話 入口

 

乾いた熱は、もう消えなかった。

 

手のひらだけではない。御厨子を握る指から腕へ、さらに胸の奥へと、熱とも呼び切れない感覚が静かに残り続けている。

 

燃えているわけではなく、身体が苦しいわけでもない。それなのに意識を向ければ、そこに何かがあることだけははっきりと分かった。

 

朔夜は御厨子を構えたまま、向かいに立つウルキオラを見る。

 

「次は止められなくなるところまで追い込む」

 

先ほど告げられた言葉に、朔夜は笑って返した。

 

だが本心では、それを軽く考えていなかった。

 

今の身体は傷だらけだ。肩から胸へ走った傷はまだ塞がらず、脇腹にも鈍い痛みが残っている。呼吸が乱れれば動きは落ちるし、ここからさらに長引けば、先に立てなくなるのは自分かもしれない。

 

それでも、不思議と焦りはなかった。

 

「来ないのか」

 

ウルキオラが訊く。

 

「今、ちょっと考えてた」

 

「戦闘中にか」

 

「考えずに君とやったら死にそうだからね」

 

ウルキオラは返事をせず、静かに踏み込んだ。

 

響転による移動は何度見ても速い。姿が消えたと思った時には刃が迫っており、朔夜は御厨子で受け流しながら身体を半歩だけずらした。

 

続く斬撃へは付き合わない。

 

離れた壁へ解を走らせ、切り落とした石材を二人の間へ落とす。

 

ウルキオラはそれを避けることなく斬り払い、そのまま前へ出た。

 

朔夜も予想していた。

 

後退せず、今度はこちらから間合いへ入る。

 

御厨子と斬魄刀がぶつかった瞬間、ウルキオラがすぐに接触を切ろうとした。

 

捌を警戒している。

 

朔夜は追わなかった。

 

無理に触れようとすれば、その行動自体を読まれる。

 

代わりに、ほとんど身体を動かさないまま解を放つ。

 

ウルキオラの左肩。

 

今度は本人を狙った。

 

見えない斬撃が硬皮へ届く直前、ウルキオラが僅かに身体を捻ったため深くは入らず、白い装束と皮膚に浅い傷だけを残す。

 

「先ほどまでより迷いがないな」

 

「そう見える?」

 

「斬ることを躊躇っていない」

 

朔夜は御厨子を握り直した。

 

「斬ること自体は、前から躊躇ってないよ」

 

「なら何が変わった」

 

その問いに、すぐ答えは出なかった。

 

以前の自分は、危険な感情が出てくるたびに押し込めようとしていた。

 

殺したくなる。

 

強い相手をもっと追い詰めたくなる。

 

怯えた顔を見れば、さらにその先まで行きたくなる。

 

そんな自分は間違っていると思い、冷静でいようとするほど強く蓋をしてきた。

 

だが御厨子は、ずっとそれを笑っていた。

 

あれも自分だと。

 

認めた上で選べと。

 

「……無かったことにするのやめただけかな」

 

ウルキオラの目が僅かに動く。

 

「何をだ」

 

「俺の中にある、あんまり性格よくない部分」

 

「今さらだな」

 

朔夜は思わず眉を上げた。

 

「君に言われる?」

 

「少なくとも、戦っている間のお前は隠せていない」

 

「結構刺さるな、それ」

 

そう返しながらも、以前ほど嫌ではなかった。

 

図星だからこそ、受け入れられる。

 

その瞬間、胸の奥に残っていた乾いた熱が僅かに強くなった。

 

朔夜の表情が変わる。

 

ウルキオラも気づいたらしい。

 

「まただ」

 

「……うん」

 

「今度は隠さないのか」

 

「隠しても意味なさそうだから」

 

熱は強くなっている。

 

しかし、怒りに反応しているわけではない。

 

先ほどウルキオラを殺してもいいと思った時にも現れたが、それだけが条件ではない気がしていた。

 

むしろ。

 

自分の感情を押し込めず、それでも何をするかを自分で決めた時。

 

その瞬間に近づいてくる。

 

胸の奥で、御厨子が低く笑った。

 

『ようやく入口が見えたか』

 

朔夜は目を細める。

 

「入口って、何の?」

 

『自分で見ろ』

 

「またそれ?」

 

『卍解まで手を取って教えてやった覚えはない』

 

その言葉に、朔夜は一瞬だけ黙った。

 

確かにそうだった。

 

御厨子を具象化した時も。

 

伏魔御廚子を得るまでの修行も。

 

答えを与えられたことなど一度もない。

 

斬られ、叩き落とされ、何度も失敗しながら、自分で理解した。

 

卍解を得たからといって、御厨子の全てを知ったわけではない。

 

今さらながら、その当たり前のことを思い知らされる。

 

『力を得たことで、貴様は俺を理解したつもりになった』

 

御厨子の声には、いつもの嘲りが混じっていた。

 

『随分と傲慢ではないか』

 

「君にだけは言われたくないなぁ」

 

『それでいい』

 

短い返事。

 

そこで声は途切れた。

 

意識を現実へ戻した瞬間、ウルキオラが目の前にいた。

 

「しまっ――」

 

遅い。

 

斬魄刀が横薙ぎに振るわれる。

 

朔夜は御厨子を差し込み、直撃だけは防いだものの、衝撃を殺しきれず身体ごと壁へ叩きつけられた。

 

肺から息が押し出され、視界が一瞬白くなる。

 

「戦いの最中に意識を逸らすな」

 

「……今日は説教されてばっかりだな」

 

痛む身体を起こす。

 

ウルキオラは追撃してこなかった。

 

それが情けではないことくらい、もう分かっている。

 

見ているのだ。

 

朔夜がどこまで変わるのか。

 

その奥に何を隠しているのか。

 

藍染へ持ち帰るために。

 

そう思った瞬間、少し腹が立った。

 

「ねえ、ウルキオラ」

 

「何だ」

 

「一つだけ訂正していい?」

 

朔夜は壁から身体を離した。

 

「君ら、俺のこと知ったつもりになりすぎ」

 

ウルキオラは何も答えない。

 

朔夜はゆっくり御厨子を持ち上げる。

 

「解も捌も知ってる。身体の動きと斬撃を切り離してることも知ってる。俺が仲間を気にすると動きが変わることも、たぶん藍染には伝わってる」

 

「事実だ」

 

「うん。でもさ」

 

朔夜はそこで一度だけ笑った。

 

冷たい笑みではない。

 

どこか吹っ切れたような表情だった。

 

「俺自身がまだ知らないものまで、君らが知ってるわけないでしょ」

 

次の瞬間、解が走った。

 

正面。

 

一つだけ。

 

ウルキオラは難なくかわす。

 

だが朔夜は続けなかった。

 

斬撃を大量に重ねるのではなく、ウルキオラが避けた先へ自ら踏み込む。

 

刀がぶつかる。

 

すぐ離れる。

 

再び解。

 

今度は右。

 

ウルキオラが左へ動く。

 

朔夜はそこへ行かない。

 

逆に一歩引いた。

 

その判断に、ウルキオラがほんの僅かに遅れる。

 

今までの朔夜なら、移動先を狙っていたからだ。

 

その一瞬だけで十分だった。

 

何の予備動作もなく、ウルキオラの足元へ解が入る。

 

床が崩れ、体勢が沈む。

 

朔夜が距離を詰めた。

 

左手が肩へ触れる。

 

「捌」

 

硬皮と霊圧に合わせて斬撃が走る。

 

深く入る。

 

しかし致命傷になる直前で、朔夜は止めた。

 

ウルキオラの拳が飛んでくる。

 

今度は見えている。

 

顔を逸らしてかわし、そのまま距離を取った。

 

「……」

 

ウルキオラが肩へ手を当てる。

 

指に血がつく。

 

朔夜は息を整えながら、それを見ていた。

 

楽しい。

 

強い相手に自分の読みが通ったことが、確かに嬉しい。

 

それを認めても、もう罪悪感は湧かなかった。

 

だからといって、殺す必要もない。

 

ただそれだけだった。

 

その感覚に応じるように、胸の奥の熱がまた強くなる。

 

今度は一瞬ではない。

 

周囲の空気が、ほんの僅かに乾いた。

 

朔夜の額から流れた汗が、頬へ落ちる前に妙に早く乾いていく。

 

「……近い」

 

自分でも無意識に呟いていた。

 

ウルキオラが聞き逃さない。

 

「何がだ」

 

「入口」

 

「何の?」

 

朔夜は答えられなかった。

 

まだ分からない。

 

名前も。

 

形も。

 

どう使うのかも。

 

それでも、確かに近づいている。

 

精神の奥。

 

あの祭壇よりさらに深い場所に、閉じた何かがある。

 

伏魔御廚子を得た時には見えなかったもの。

 

いや。

 

御厨子の言葉を信じるなら、見ようとしていなかったもの。

 

朔夜は小さく息を吐いた。

 

「まだ開ける気はないよ」

 

ウルキオラが刀を構える。

 

「なら俺が開かせる」

 

「ほんと、それ好きだね」

 

指先に薄緑色の光が集まり始めた。

 

虚閃。

 

だが朔夜は今度、それだけを見なかった。

 

ウルキオラの視線。

 

身体の向き。

 

後ろにある通路。

 

こちらが避ければ何が壊れるのか。

 

一つずつ確認する。

 

以前なら、全部守ろうとした。

 

今は違う。

 

守る必要のあるものだけ選ぶ。

 

「そこなら大丈夫か」

 

「何?」

 

薄緑色の虚閃が放たれる。

 

朔夜は真正面から立ち向かわず、大きく横へ跳んだ。

 

閃光が白い壁を貫き、轟音と共に通路の一部が崩れる。

 

ウルキオラの目が僅かに動く。

 

「防がないのか」

 

「その向こう、誰もいないから」

 

「通路が壊れる」

 

「別の道探せばいい」

 

朔夜は着地すると、御厨子を構え直した。

 

「全部守るの、やめたんだ」

 

その言葉を口にした瞬間だった。

 

乾いた熱が、一気に胸の奥へ集まった。

 

朔夜の呼吸が止まる。

 

一瞬だけ。

 

本当に一瞬だけ。

 

内側にある何かの輪郭へ触れた。

 

炎。

 

そう呼ぶにはまだ遠い。

 

だが、確かに「熱」ではなく、その先にあるものだった。

 

御厨子の声が静かに響く。

 

『そこだ』

 

朔夜の目が見開かれる。

 

『ようやく入口に立ったな』

 

次の瞬間には感覚が消えた。

 

いや。

 

消えたのではない。

 

位置が分かった。

 

そんな感覚だった。

 

朔夜は御厨子を見下ろす。

 

「……なるほど」

 

「何が分かった」

 

ウルキオラが問う。

 

朔夜は顔を上げた。

 

「まだ秘密」

 

「なら、次で吐かせる」

 

「怖いなぁ」

 

口ではそう言いながらも、表情は落ち着いていた。

 

力を増やしたわけではない。

 

新しい技を使えるようになったわけでもない。

 

それでも、今まで曖昧だったものが一つだけはっきりした。

 

入口は、力を欲しがった先にあるのではない。

 

自分の中にあるものを否定せず、そのうえで何を使い、何を使わないかを自分で選んだ先にある。

 

朔夜は御厨子を握る。

 

まだ開かない。

 

今は、それでいい。

 

ウルキオラが響転で消える。

 

朔夜も同時に動いた。

 

今度は、乾いた熱に引っ張られることなく。

 

自分の意思で。





朔夜は「乾いた熱」へ繋がる入口の位置を、ようやく掴みました。

まだ開く段階ではありません。

次回――
第88話「選ぶ力」
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